私の猫人生
ゆっくりと目を開ける。
視界に飛び込んできたのは、高価そうなベッドと箪笥。
ん?視界が低い?体を起こしても視界が低いことが変わらない!?
「んにゃああぁぁぁ!」
なんだこれーって叫んだつもりなんだけど?
猫の鳴き声?どこに猫が…?
周辺を見回してみてもさっきと変わらない。
「にゃ?」
えっ? 私が話すと猫の鳴き声になる…。
手は…肉球。マジか! お尻には尻尾が生えている。おそるおそる頭に手をやると三角形っぽい。
人間から猫になるなんて…もう一度寝よう。
♢♢♢
私は、日本に住む平凡な女子高生だった。
黒髪黒目。彼氏はいなかった。
両親は共働きで二人共、帰ってくるのは夜遅い。一人っ子だったため食材を買って料理をするのは、日常茶飯事だった。
あの日もいつものように買い物をしていた。どのようにして私は、亡くなってしまったのか……その記憶はぷっつりと途切れていて、覚えていない。
なぜ猫になってしまっているのに、人間の記憶を持っているかも謎だ。
♢♢♢
「起きて、僕の番」
「んにゃぁ……」
ゆさゆさ揺すられて眠りから覚醒させられる。
黒みがかった緑色の短い髪、透き通るような紫紺の瞳に眼鏡をかけている男性に起こされたようだ。
私は、いつのまにか彼の膝の上にのせられている。起きても猫であることは、変わらなかった。
「雨の中、ぼろ雑巾のようになっていた君を見たときは驚いたよ。君ではなく、名前を決めなくてはいけないね。うーん、シーナっていうのはどうだい?僕はフェリクス・ヘリング。フェリと呼んでくれ」
「にゃあ!」
承諾の意味をこめて鳴く。
呼び捨ては抵抗があるので心の中でフェリさんと呼ぶことにする。
「ずっとここにいていいからね?まぁ、逃がさないけど。逃げたら、監禁してしまうかも。でも、シーナの毛並みをずっと撫でられるのならそれもいいかもしれないね。どう思う?」
にっこりと笑顔で聞いてくる。
「にゃ……」
いや、そんなの聞かないで〜!
どう答えていいかなんて知らないし。尻尾は丸まり、耳はへにゃりとたれ、体はぶるぶる震える。
「おや。怖がらせてしまったようだね。どうやら僕の言葉をわかっているようだし……。よろしくね、僕の番」
「にゃ?」
私は首を傾げて疑問の声で鳴く。番?
フェリさんの手が背中を撫で撫でしつつ、耳をカリカリしてくる。
うにゃっ。そこもっとカリカリして〜。
ゴロゴロと喉が鳴る。
「気持ちいい?よかった。番というのは、体内の魔力が自分と同じ量、色のこと。魔力の量と色は人によって違う。ただ一人の番を除いてね。魔力は、体内で自動的に生成される。それが生成されなくなるというのは、亡くなると一緒だから使い過ぎに注意。魔力の色は、銀色に見えるけど…見えるには魔法を覚えてからだ。魔法は、魔力を使用し想像力で発動する。想像力が豊かなのは悪くないけど、命の危険がある。わかった?」
「にゃっ!」
元気よくお返事する。
魔法という言葉があるなら、ここは日本ではないかもしれない…。異世界転生というやつかな。
「じゃあ、そろそろ寝ようか。説明し忘れたけど、番同士は性別が異なり、基本的に種族が一緒。結婚しやすいようにということ。僕達のように種族が違う場合もあるから心配しなくていい。番の会話は種族が違ってもなにを言っているのか、だいたいわかる。番の特権だね。シーナが猫から僕と同じような人間になりたいのなら、魔力で一時的になれるけど…時間がたつと元に戻る。これは、魔法を習得して僕に気を許した証ってことだから……今は考えなくていいよ。シーナの人間姿を見たら僕、なにをするか……ふふふっ」
私を膝から持ち上げて、ベッドに横たえる。
フェリさんは知らないうちに眼鏡を外していた。
彼は途中まで説明を真面目にしていたけれど…最後は世の人間の女性がみたら卒倒しそうな色気ありの流し目をくれた。
私に流し目はいらない。結婚なんて早い!
彼はどんどん先を考えているように感じる。
「にゃあ……」
そのまま就寝の挨拶をして丸まって寝ることにする。
「どうやら、機嫌を損ねてしまったかな……。ごめんね。番に出会って、気が急いていたようだ。自重するよ。僕達はまだ出会ったばかり、少しずつお互いを知っていこうね。おやすみ」
フェリさんの声を聞きながら、私は眠りに落ちた。
その後、朝起きたらフェリさんの腕の中にいたり、ここはお城の中で彼は宰相だったり……いろいろと知るのはまた別の話。