01 王都にダンジョンできたよ
01 王都にダンジョンできたよ
さてさて、厨二病をこじらせた少年なら誰もが夢見る異世界転生。
とうとう俺の番がまわってきた。
目覚めると、暗い洞窟の中だった。学校の教室ぐらいの広さがある。
目の前の壁にぼんやりと光る赤色の水晶玉。
弱々しい光だが、ちゃんと洞窟の中全てを照らしている。いや、壁が発光しているのか? 手相が見える程度には明るい。
わかったぜ。これは、ダンジョンマスターになるやつだ!
擦れた俺はすぐに思いついた。
ダンジョン経営系のweb小説も大量に読んだ。チートダンジョンマスターの誕生だぜ!
30分ほど経ったが、未だに何も起こらない。
鏡は無いが、体を隅々まで見れる範囲で確認してみた。顔や髪を触ったりもしてみた。身体的特徴に変化は無い様だった。小太りのチビのまま。てことは、異世界転生ではなく、転移なんだろう。
家に居た時のままの姿で召喚されたようで、緑色のジャージ上下だった。裸足ではなく、靴下を履いていたのは助かった。フローリングの床が冷たくて履いていたのだが、この洞窟の床もかなり冷たい。靴下でもキツイが、裸足だったらもっと冷たかっただろう。
いい加減、心細くなってきた。足の裏から冷えが昇ってくる。
「すみませーん。誰かいませんかー? あのー、異世界から召喚されたっぽいんですけどー。誰か説明お願いできませんかー」
洞窟の中に声が響くばかりで、返事は無い。
「この水晶がダンジョンコアだと思うんだが……」
壁に近付く。その水晶は、身長163cmの俺の首ほどの高さにあり、大きさはバレーボールほど、半分壁に埋まっている。
手を伸ばし、触ってみると、赤色の光が青色に変わった。
電源入ったんだろうか。
『はじめまして。私はダンジョンコア1129号です。あなたが私のマスターでしょうか』
テンプレ展開きたぜ。
「ああ。多分俺がマスターだ。召喚されたみたいだし」
『そうですか。大変失礼いたしました。では、登録させていただきます』
ちくり、と、ダンジョンコアに触れていた手の平に痛みがあった。
『認識しました。マスター。あなたはダンジョンマスター1129号となりました』
ダンジョンマスターいい肉号か。悪くない。肉は好きだし。
「で、ダンジョンマスターになった俺は何をしたらいいんだ?」
どうせダンジョン経営だろうけども、手順を聞く必要がある。
そりゃぁもう大迷宮にして、強いモンスターとかじゃんじゃん生産して、カワイイかったり美人だったりする人型モンスターはべらせて楽しい引き籠り生活ですわ。酒池肉林ですわ。
『マスターのお仕事は、主にダンジョンの経営となります』
「そうか。まぁ、だいたいわかる。なんか、マニュアルみたいなものとかないのか?」
『ございません。申し訳ありませんが、その都度私にご質問下さい。返答いたします』
「一気に話せない理由があるのか?」
『はい』
俺を召喚した何者かとか、そいう上位存在の縛りがあるんだろうか。
まぁ、かまいやしねぇ。俺は酒池肉林が実現できればそれでいい。蒼天航路版董卓に俺はなる! 最後裏切られて殺されて臍に蝋燭立てられちゃうけどな。
「じゃあまず、ダンジョンを拡張したい。ここは何階だ?」
『ここは地下一階となっております』
「ダンジョンコアがあるって事は、この部屋がダンジョンマスターの部屋って事でいいんだよな」
『はい』
「この部屋をもっと地下深くに移動できるか?」
『はい。可能です。それには上に新たな階層を作る必要があります』
なるほど、上に階層を作れば作るほどこの部屋が下に沈んで行くという事か。
「じゃあ、まず一階作ってくれ」
『このダンジョンの一階層を製作するには、100DP必要です。よろしいですか?』
DPとは多分ダンジョンポイントだろう。
「俺何DP持っているの?」
『はい。マスターは現在3千621DP所持しております』
はっきりとは分からないが、俺の財布の中身がそれぐらいだったはずだ。
転移する際に俺の財産が奪われていた。奪われていたのはいいが、昨日あの限定ソフトを買わなければ2万DPぐらいあったのか。
まだパッケージも開けずに置いてあった。異世界に来ると分かっていれば買わなかったが、後の祭りだ。しょうがない。
「じゃあ、とりあえず一階層作ってくれ。たのむ」
『了解いたしました』
その返答の5秒ほど後、部屋がわずかに振動した。下がっている感覚がある。
振動がおさまると、がらがらと音を立てて、背後の壁の一部が崩れた。ダンジョンコアと反対側だ。
そこには階段ができていた。
「あそこから上に登れるのか?」
『はい』
俺は階段を登る。やはり壁が発光しているようで、薄暗いが夜道の街灯程度には明るい。
しかし、運動不足にはキツイ。普通の建物の一階分の階段より長かった。
階段に入るとすぐに左に折れ、まっすぐ行くと、左、また左、また左、また左で、最後に左に曲がると、新しい階層に出た。
どうやら、部屋の周りをぐるっと回って登ってきた様だ。部屋の中に柱も無かったので、壁の中をくりぬいて階段なんか作ってしまって強度は大丈夫なんだろうか。
だがそれでも、まず正面から入って5mほどは進んでから曲がったので、壁の厚みは5mほどはあるはずだ。岩盤もなんか光ってるし。ファンタジー的な強度でもあるのだろう。
新しく作られた第一階層は、ダンジョンコアが無いだけで、マスタールームと全然違いが無かった。
そりゃあ壁の岩肌とかは違うけども。広さも高さも同じだった。
「なぁ、なんか、装飾とかできないのか?」
『可能です』
ダンジョンコアの前に居なくても会話ができた。頭の中で声が響いてちょっと気持ち悪い。
「例えば、草原とかにできる?」
『可能です。草原にするには10DP必要です』
「じゃあやってくれ。確認は省略で」
『了解致しました』
ふわっと、床が光ったかと思うと、次の瞬間には一面に草が広がった。
高さは脛ほど。風が無いのでまったく揺れない。そして、この薄暗い中での草原というのは、なにやら不気味だった。
「光量とか変えられんの?」
『可能です。光量の設定にDPは必要ありません』
「じゃあ頼む。昼ぐらいの灯りで」
壁がふわっと光った。一気に視界が開き、青々とした草がよく見える様になった。だが、壁は岩肌のままだ。天井を見てみるが、やはり岩肌だ。どうして明るいのかが分からない。光源が見当たらない。最初は壁が光っているのかと思っていたが、壁が昼間の太陽のごとく光っていたら眩しくて見れないはずだ。
謎だが、まぁ、多分魔法とかなんとか、そういうものだろう。
しかし、岩肌に囲まれた草原というのはなかなかシュールだ。
大きさも学校の教室程度。微妙だな。
「部屋の広さは替えられないのか?」
『可能です。部屋の床面積や高さの拡張にはDPが必要です』
「この階層の床と高さを倍ぐらいにしたいんだが、どれぐらい必要だ?」
『現在の倍、全方位に向けて拡張した場合、850万DPが必要となります』
盛大に吹いた。
「高いよ! 何でそんなに高いんだ?」
『このダンジョンは王都に存在しています。地価の問題でこの額になりました』
あほか!
学校の教室が40畳として、だいたい20坪。坪単価42万円超えるぐらいか。実際はこの部屋の広さがはっきりしないので分からないが。
DPについてはそのまま日本円換算だろう。
さすが王都。とんでもない地価だ。東京には坪単価80万円を超える場所もあったりするが、異世界もなかなかやる。
「このダンジョンの地上部分はどうなっているんだ?」
『現在空家が建っております』
「王都でも空家があるのか。どうして空家なんだ?」
『はい。地下に私が生まれ、ダンジョンが発生しました。しかしマスターがまだ現れなかったため、住人が魔力酔いで体調を崩し、亡くなりました。その後、見に来る人達も体調を崩し、誰もこの家を購入していません。解呪や祈祷なども行われましたが、原因不明のまま、空家となって放置されております』
こっちの世界の常識は知らんが、さすがに王都の地下にダンジョンができてるとは思うまいよ。
「その時からこの大きさなのか?」
『いえ。本来ダンジョンとはダンジョンコアとマスターが揃ってのものです。この広さになる前は、他のダンジョンと同じく、発生時のサイズ、およそ5歩四方のサイズでした』
今よりは小さかったけど、そこまで違いがあるわけでもないか。
「どうしてマスターもいないのに拡張されたんだ?」
『地上で亡くなった人間の魂をエネルギーとして吸収した際、地上の建物と同じ広さに変化しました。仕組みはお答えできません。申し訳ありません』
これも縛りがあるのか。伏線なのかなんなのか。
改めて部屋を見回す。草原が広がる部屋。教室の広さというのは、田舎なら小さいだろうが、都心の一戸建てとなると十分頑張った方だろう。
「なぁ、ダンジョンって地下だろ? こう、その辺上手くさ、こっそり拡張とかできないの?」
『周りの土地の所有者に同じ事を言ってみて下さい』
「はい。すみませんでした」
入り口はこちらから解放しないと開かないそうだ。
都心の空家にダンジョンが開くとか、ちょっとした観光名所にはなりそうだが。
土地の権利を買えば拡張できるのかと聞いてみたが、土地の権利があれば一律100BPで拡張可能だそうだ。
そもそも、850万DPあったら無理矢理拡張できるのに、土地の権利がどうのこうというのはおかしいんじゃないかと詰め寄ってみたが、ダンジョンが広がった部分は魔力酔いにより住めなくなるので、結局土地の権利を放棄する事になるとか、広がった部分の土地は消滅するとか、広がった部分に入った人間は死ぬとか、同じ質問を何度もしてみたら答えが全部違った。お役所仕事か。
つまり、答えられないって事なんだろう。
空家の元所有者の魂を吸収してしまった事が影響しているんじゃないだろうか。
このダンジョンコアは、おそらく自立支援型AIとか、そういうものだろう。
機械というのは0か1かで判断するが、人間は曖昧な物事を根拠もなく信じて自分ルールを作ったりできる。
おそらく、このダンジョンコア自身、どうして上の建物と同じサイズになったか分かっていないんじゃないだろうか。
「なぁ、お前壊れているんじゃないのか?」
『……自己診断プログラムによる解析の結果、一部に深刻な機能障害を発見しました。原因は、ダンジョンマスターが現れる前に、人の魂を吸収してしまった事である可能性が高いです』
そりゃあ、出来立てのダンジョンの真上で死ぬ人間がいるなんて予想できなかったんだろう。
おまけに、その魂いを吸収してしまうなんて。
だが、死んだ人間の魂を吸収するって事は。
「お前のエネルギー源って何なんだ?」
『主に魔力、そして人の魂です』
「エネルギーが切れたらどうなるんだ?」
『ダンジョンコアは機能を停止し、ダンジョンは崩壊します』
ダンジョンは魔力溜まりが変化したものらしい。
溜まり続けた魔力が、ある日ダンジョンコアを形成してしまう。その後、コアによりダンジョンが発生。そのダンジョンの維持のために魔力が使い切られ、ダンジョンが消える。
ダンジョンマスターによって導かれない限りは、ダンジョンは人を飲み込む様な事も無く、地下でひっそりと消えるらしい。
魔力溜まりの自然解放システムなんだろう。溜まった魔力で地下の空間を維持するために土中や空間へと魔力を流す。そうやって魔力は自然に還っていく。
「しかし……お前壊れてたんだな。大丈夫か?」
『データベースには問題ありません』
まぁ、ダンジョンがいじれるなら問題無い。
「やっていきましょうかね」
『はい。よろしくおねがいします。マスター』
こうして、俺とダンジョンコア1129号、通称フィレとのダンジョン経営が始まった。