10 魔法使い殺し
10 魔法使い殺し
この迷宮は迷宮ではなかった。
ただ壁を並べただけのもので、目当ての方向へ向かえば、多少時間がかかるという程度で、階段までたどり着ける。
回り道も、行き止まりも無い。どこからでも通り抜けられる。
渦巻き道でもつくれば時間は稼げたかもしれない。行き止まりを作れば時間を稼げたかもしれない。
だが、いかんせん40畳程度の広さだ。こんなサイズで迷宮を作ったところでたかが知れている。
基本構造は、どこからでも抜けられる事と、3m程度しか通路が続かない事だ。すぐに曲がり角になるようにしてある。
これが俺の考えた魔法使い対策だった。
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マスタールームの壁に、第二階層の俯瞰図が映し出されている。
迷宮化してしまったため、横からよりも上からの方が解りやすかった。
壁は天井に届いているのに、どうして俯瞰図で見れるのかもわからないが、迷宮の不思議パワーのせいだと理解しておく。
魔法使い達は一つの通路にバリアを張って、魔法で応戦している。
あの盾のバリアは、どうやら盾正面だけではなく、球体の様に広がるものだったらしく、左右どちらからのゴブリンも防いでいる。
最初の一撃は以前の様な大きな魔法だったが、今はファイヤーボール(多分)を連発している。
ごにょごにょと詠唱しているようだが、その間1秒かからない程度だ。やはり魔法の威力で詠唱時間が変わるのか? 今回はスピードを取ったようだ。
右のゴブリンにファイヤーボールを放ち、左のゴブリンにファイヤーボールを放ち、よく頑張っていた。
盾のやつは、あのバリアを張っているだけで魔力を消費しているのだろうか。
というか、内側からの攻撃は通すのに、外からは防ぐとか凄いな。あるいは、あのバリアは物理障壁なのかもしれないが。
ゴブリン達がバリアの力場にべったりと張り付く。後から後から押し寄せて、見えない壁に阻まれたゴブリンが積み重なっていく。
ガラス一面にゴブリンが張り付いている様なものだ。気持ち悪い。
そのゴブリン達が焼き払われる。
次には、その反対側のゴブリンが。そしてまた、元の方向にはゴブリンが押し寄せ、一気に詰め寄ってくる。
いくら焼き払ってもきりがない。魔法使いの付近には魔石がたくさん転がっていたが、それを拾う暇も無い。
かたや盾バリアに集中、かたやファイヤーボールを放ち続けている。
口に被せている革袋が膨らんだり縮んだりしている。呼吸が少し荒い様だ。
ファイヤーボールで消し飛ぶゴブリンは、一度に6体から10体程。
通路の角のあたりまで焼かれてしまうが、それでも曲がり角の向こうまでは届かない。
そしてこの迷宮はどこからでも通れる。どこかで流れが詰まるという事が無い。
すでに第三階層からの増援も駆けつけ、迷宮の中はゴブリンの緑の肉で埋まっていた。
魔法使いがいる通路だけが、何度も火を噴き、緑に覆われていない。
しょせんゴブリンだ。魔法の炎の前になす術もなく焼き殺されてしまっている。
だが、
「さて、ファイヤーボールは何発撃てるのかな」
第五階層までゴブリンをぎゅうぎゅうに詰めた。
こちらの総兵力は2千近い。もうDPも殆どない。ゴブリンの大人買いだ。
こいつらを殺しつくすには、最低でもファイヤーボールが200発は必要だ。
魔法使いの魔力量は良く分からない。フィレの計算によれば、2人合わせればそれぐらいは放てるとの事だった。
だが案の定、一人は防御に徹している。
そんな事に魔力を割いているから痛い目を見る事になる。後で気付いても遅いのだ。
曲がり角の向こうに何があるかなんて、分からないというのに。
(数が減らない! どうなってるんだ!)
(ちくしょう! ちくしょう!)
だんだん冷静さを欠いてきた様だ。
彼らは人間なのだ。この得体の知れないゴブリンの波状攻撃に精神がもつわけがない。
いくら殺しても減らないゴブリン。右から左から押し寄せてくるゴブリン。
ワンフロアを一発で焼き払える威力の魔法も、ここで使ったところで通路分しか効果は無い。
だんだん勢いが落ちて来た。
もう30分ほどになるだろうか。
攻撃役が休む様になってきた。盾役は疲労困憊。
(おい、攻撃しろよ)
(だめだ、体力が……)
攻撃役がポーションらしき瓶を口にする。
魔力や体力を回復させて、また作業に戻る。これでファイヤーボールは2千匹分もつだろう。あの盾の方もちびちびと飲んでいる。
実際、これで粘られたら俺は死ぬ。
だがそうはならない。させない。
2人の疲労が限界というところで、いったんゴブリンを眠らせた。
通路のゴブリンは焼き払われ、角の向こう、魔法使いから見えないところのゴブリンは動きを止める。
(止まった……のか?)
(はぁ、はぁ、ちくしょう、何なんだこの迷宮は)
(少し休もう)
盾役のバリアが消え、攻撃していた魔法使いも腰を下ろした。
(見ろよこの魔石。いったいどんだけいやがったんだ)
(200……300はいたのかもしれん)
(なんでゴブリンばかりそんなにいるんだよ)
彼らは言葉を交わしながら、干し肉にかじりついて、水を飲んでいた。
「よし、5体ほど起こす」
『了解しました』
ゴブリンが5体、通路の左右で3体と2体目覚め、通路を進み、角を曲がって魔法使い達の前に出た。
とびかかる
(うおおっ!?)
片方はすぐに盾を起動させ、片方はファイヤーボールを放つ。
左からのゴブリンは盾に阻まれ、右からのゴブリンはファイヤーボールに焼かれた。そして、盾に阻まれていたゴブリンも焼かれる。
(なんだよ。驚かせやがって)
(まだ残っていたのか。ゴブリン多すぎだろ)
こいつらは今ファイヤーボールと盾を使った。
この数なら杖で叩いても良かっただろうに。
人間というのは、長らく同じ作業を続けていると、とっさに同じ行動をしてしまう。
これは偶然だったが、いいものを見せてもらった。また幸運一つ。
それから、同じようにまばらな攻撃をしかけた。
体力もある程度回復してたからなのか、2人とも片手間の様にゴブリンを片付けていく。
いつの間にか、一体相手にもファイヤーボールを使う様になっていた。
盾役の方も、いちいち盾バリアで防いだ後に、自らファイヤーボールを放ってゴブリンを焼いた。こいつが一番バカだ。
猛攻と単身突撃を繰り返していく。
わざと攻撃を停止させ、休憩に入ったところでまた突撃させる。
休むことができないよりも、休みに入ったところで邪魔される方が辛い。
精神がやられ、疲労が蓄積し、みるから汗まみれになって肩で息をしている。
ポーションは体力回復や傷の治癒、魔力の補充などにも使える。
だが、ポーションは500mlのペットボトルぐらいの瓶だった。重いし割れる。そう何本も持ち歩けるものではないし、フィレによると体力と魔力のポーションは別物らしいので、効果の違うそれらを自分の決めた割合で持たなければならない。魔術師というのは、体力が他の冒険者よりも劣っているため、体力ポーションを多く持つ事が多いらしい。この2人もそうだったようだ。フィレのスキャンで、2人合わせて魔力ポーションが3本。体力ポーションが7本との事。
体力ポーションなど無駄だ。ゴブリンに群がられては飲む暇すらない。
全部魔力ポーションだったなら俺は危なかったかもしれないが。
いや、この様子を見るとそうでも無い様だ。
もう3時間以上経過している。
2人はその場にうずくまり、ゴブリンにファイヤーボールを放つだけのマシーンと化していた。
いくらポーションで回復しても、1千発のファイヤーボールは放てない。
通路のゴブリンを単身突撃させ、少し通路が片付いたら、しばらく休ませてやる。それで5歩ほど進ませたら、またゴブリンを突撃させる。
少しだけ進ませてから足止めさせるというのが重要だ。
下手にその場に留まられると、色々考えさせてしまう可能性がある。こうやって意識を行動へと移させたりしながら、とにかく何も考えさせずに、判断力を奪う。
突然戦闘を終了させ、休む方向に気が向いたらまた仕掛ける。留まるつもりになってしまったら歩かせ、進もうとしたら止める。戦闘に入っていったなら、突然攻撃をやめる。迷宮内の明かりも点けたり消したりしてやった。
何度も繰り返した。何度も何度も。
1時間が経過した頃、とうとう2人がイヒヒヒと笑い出した。
思ったより早かったが、命に関わるストレスだ。むしろ遅いぐらいだったのかもしれない。
俺はゴブリンを全員目覚めさせた。
緑の肉の中で、2人の魔法使いは赤い肉をまき散らして沈んでいった。
危なかった。残りのゴブリンは250体。
念のために第三階層も迷宮にしてあった。
魔法使い2人は、ぎりぎり階段の近くで肉片になってゴブリンの腹の中に収まった。
戦闘中に吸収した魔力を使って、空になった第五階層と第四階層にゴブリンを生産する事もできた。
ゴブリン達は昨日の午後生産して眠らせてあった。次生産までの時間的な縛りと、フロアのモンスター全消費の縛りもクリアしていたので、ギリギリで生産可能だった。
だが、もし迷宮二つ突破されていたら、数など問題じゃなくなる。人が入っている間は迷宮を変化させる事もできない。
なんとか先に生産した分で仕留められて良かった。在庫のだぶつき怖いです。
「フィレ、俺寝るわ。一応、ダンジョンは閉めといて」
『了解しました』
もう夜中だった。今からダンジョンに客があるとも思えないが、念のために。
フィレがマスタールームの明かりを落としてくれる。
「なぁ、フィレ。今DPどんぐらいだ?」
『現在およそ21万DPとなっております』
「魔法使いすげぇな」
だがそれでもまだまだ足りない。他のダンジョン経営者はいったいどうしているんだろうか。
いや、どうしてるかなどと。分かっている。
ダンジョンは存在する魔力を使い、放出し、自ら崩壊するか、人の手で攻略されるのだ。最初からそうなる運命だ。出し惜しみなどしないのだろう。
ダンジョンは魔力を使い切り、死ぬ。それが自然の摂理というものだ。
だが、そうはいかない。
俺は生きる方法を模索できる。それが成功するかどうかは分からなくても、考える事ができる。
何かできる事があるのに、何もせずに死ぬなんて自殺と変わらないとお姉さまも言っていた。
自殺をだめだとは言わないが、どうせなら最後まであがいて死にたい。
俺は目を閉じ、眠った。
でもすぐに起きた。
ゴブリンの悪夢を見た。
くそ。すげぇこわかった。手が震えている。
まだ深夜を過ぎた頃だが、眠れる気がしなかった。
ふと、あの2人のところへ行こうかと思ったが、いくら何でもこんな時間には迷惑だろう。彼女たちは迷惑とは思わないかもしれないが、俺が迷惑をかけると思ってしまう。
全ては自分のためだ。
「フィレ、起きてるか?」
『私にはそもそも眠るという機能がありません』
「そうか」
『はい』
「そろそろ考えないといけないな」
『何を、でしょうか』
「生かして返す方法だよ」
このままではまずい。
今のところ、入って来た奴はほぼ皆殺しだ。
このままでは客が減るし、強力な冒険者を送り込まれたらヤバい。
どうやって楽しく帰ってもらえるか。
どうやって中毒者を出して搾り取るか。
それが問題だ。




