00,プロローグ
皆さんは、転生、というものをご存知だろうか。
【転生】生まれ変わること。輪廻。てんしょう。(広辞苑より)
「生まれ変わること」。
私はどうやら生まれ変わって、乙女ゲームの世界に、転生なるものをしたらしい。
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自分の中に持っている筈のない記憶がある、と気がついたのは、私が3歳の誕生日をむかえた次の日のことだった。
この世界での私の誕生日は冬なのだが、私の中には夏に誕生日会をした記憶があったのだ。一度気付くと違和感は次から次に溢れ出てきた。
両親の顔を思い浮かべると必ず二組の顔が浮かぶこと。かくれんぼをすると、姉のほかに居るはずのない弟まで探してしまうこと。行ったことの無いはずの『学校』を知っていること。習ったことの無い文字が読めること。3歳の子供にはとうてい理解出来ないようなことでも理解出来てしまうこと。
他にも脳の許容量を超える記憶の波が押し寄せて、私は熱を出して倒れた。
三日三晩熱で苦しんで、私は前世の記憶を全て思い出し、自分が転生したこと理解した。
転生したこと自体は、意外とすんなり納得することが出来た。むしろ、そういうことだったのかと腑に落ちたくらいだ。
納得出来なかったのは転生したこの世界のことだった。
前の世界とは違い、この世界には魔法という現象が存在する。もっと言えば、魔女も魔法使いも魔物も精霊も使い魔も、前の世界にはなかったたくさんのファンタジーが存在する。
そこまではいいのだ。自慢ではないが私は前世ではオタクで、魔女も魔法使いも魔物も精霊も使い魔も、ファンタジーなら大歓迎である。
問題なのは、この世界が前世でやっていた乙女ゲームにそっくりなことだった。
例えば、私の名前。
私の名前はシエラ・ローゼンベルクという。容姿は多分上の下くらいだと思う。肩までの長さのさらさらの黒髪と群青色の瞳(どちらもお父様譲り)のきつめの顔立ちで、笑っていないと自分でもビビるくらいの無表情になる。乙女ゲームの登場人物と同姓同名で、二次元と三次元という違いこそあるものの、容姿もゲームの中のシエラが幼児になったらこんな感じだろうな、という姿をしている。
ちなみに乙女ゲームの中でのシエラは主人公のライバル(当て馬役ともいう)をしていた。
例えば、私の姉。
私の2歳上の姉、アリア・ローゼンベルクは天使のような美少女である。緩く巻かれた金髪とサファイアのような瞳(姉の容姿はお母様譲りである)は乙女ゲームの登場人物、というか、主人公の幼少期にそっくりだった。
ちなみに我が姉は、主人公特有の鈍感、頭は良いがヘンな所で抜けている、料理の腕が壊滅的、の3つのスキルを持っている。
例えば、私の両親。
私のお家は公爵家、つまりは貴族らしい。
私のお父様は騎士を、お母様は宮廷魔術師をしている。お父様が騎士なのに当主の座についているのは、かつて爵位を賜ったご先祖さまが騎士で、『当主は騎士であること』という遺言を残したからなのだとか。
そしてそれも乙女ゲームの中にあった設定の一つだった。
このまま男子が生まれなければ当主につくのは主人公(つまり姉)である。しかし魔術の道に進みたい主人公は両親と言い争いをしてしまい、落ち込んでいるところを、その時一番好感度の高い攻略対象に慰めてもらう、というイベントが存在するのである。
ちなみにこの国では、女性の騎士も当主も許されている、というかむしろ推奨されている。
こんなにたくさんの似ている点を見つけてもなお、私は乙女ゲームの世界に転生したことを信じられなかった。信じたくなかった、というのもあったと思う。
だって、そうだろう。現実と物語は違うのだ。いくら前世がオタクで、『乙女ゲームの世界に転生しちゃった☆』的なネット小説を好んで読んでいたとしても、受け入れられる訳がない。
さらに、もし本当に乙女ゲームの世界に転生したのならば私は当て馬役である。前世ですらまともな恋愛が出来なかったのに、今世でも勝てない勝負に挑んで無様に負けることが確定しているなんて悲しすぎる。
しかも我が姉は、私のような無表情な幼女にも優しい、純粋で天真爛漫な天使である。将来悪い男に騙されないか心配になるくらいの良い子である。
―――そんな天使と男を巡って争うなんて私に出来るだろうか?
―――否。断じて否である。
むしろ応援したい。……もちろん悪い虫かどうか、私の厳しい審査を通り抜けられれば、の話だが。大事な我が天使をどこぞの馬の骨にやるわけにはいかない。例え攻略対象であろうとモブであろうと、フラグを叩き折ってやる……!
私は自分の当て馬フラグと姉の攻略フラグを全力で折ることに決めた。
しかし、前世の記憶を思い出し、フラグを叩き折る決意をしてから2年後、つまり私が5歳になった頃。
私はついに、一人目の攻略対象と出会ってしまった。
読んでくださってありがとうございます。
更新速度は信じられないほどゆっくりなので、気長に待ってくださればと思います。