麗しのレールキァ編 1
「で、シャラルキァ。ここは《麗しのレールキァ》で間違いないのか?」
『えぇ!ここは間違いなく妾の愛する子たちが住む世界!!
ほぅら見て、そこにも、ここにも!愛しい子たちがたくさんいるわ!!』
「いや、俺見えねぇし。」
神木といっても過言ではない木々に囲まれたおだやかな森。
ふらふらと散策するように歩いて、頭の中できゃいきゃいはしゃぐシャラルキァに眉根を寄せながら。
丁度見つけた水晶のように透きとおった石に腰をかけた。
傍からみたら一人言のようにブツブツしゃべる俺。
いいんだ、誰も見てないし。と思った瞬間。
「おわ、」
ふわり、と不自然な風が俺の短い前髪を揺らした。
次いで座っていた石がグラグラと揺れ、足元の草がしゅるりと足首に巻き付いた。
『ね、みんないると言っているでしょう?』
「あぁ妖精か。」
『おしい。ここにいるのは精霊たちよ』
風の子と、土の子、あと木の子ね!
うきうきと笑いながら話すシャラルキァに同調するように、風は四方からそよぐし石は震度1くらいで揺れる。
楽しそうなのは何よりだが、おい木のヤツ。これ以上俺の足を緑で覆うな。
じっと見ているとふくらはぎ辺りで草の勢いは止まった。よしよし。
「へぇ、精霊にはお前の声が届くんだな。」
『私がこの子たちに語りかけているの!一応聖女ですもの。
この世界の精霊の力を借りれば何だってできるわ!』
確かに。シャラルキァの記憶を辿る限り、こいつはチートすぎる存在だった。
この世界に存在する5種の精霊の力を借りてやりたい放題。とんだお転婆聖女だ。
肉体がなくても精霊の力を借りれるのは、精霊の力は魂で使うものだからだろう。
「てことはやっぱりここは《麗しのレールキァ》か…。」
《麗しのレールキァ》
これはシャラルキァ、つまり俺の中の英雄の一人が存在していた世界である。
レールキァが名前ではない。麗しの、が頭につかないとこの世界の名前と認識されない、なんとも不思議で恥ずかしい世界だ。
火・水・土・木・風の精霊が存在するここは、一言で言うならファンタジー。
精霊の力を借りて魔法を使い、草むらや森に入ればたまに魔物が出るなんというRPG。
少年たちの夢を詰め込んだこの世界で、史上初!5種類すべての妖精の力を借りることができる人間!
が、なんと聖女シャラルキァである。
すごい肩書きを持ってはいるが、この聖女シャラルキァ、性格に問題アリだ。
たぶん後々わかると思う。正直コイツはきもちわるい。
先に言っておくが、俺の知ってる英雄にロクなヤツなんていない。
頭の中で色々と失礼なことを考えているうちに、シャラルキァと精霊たちは俺には聞こえない声で会話していた。
俺にもこの頭の仕組みは全部わかっていないが、俺が『口に出すこと』は英雄たちには聞こえる。
逆に英雄たちが『口に出すこと』も俺には聞こえる、が。
英雄たちは俺の脳内で話しているにすぎないので、他の人間には聞こえない。
つまり俺と英雄たちとの会話は傍からみれば独り言。なんて寂しいヤツなんだ。
シャラルキァは精霊の力を借りて精霊たちと話している、俺に聞こえないということは、おそらく俺が聞いても仕方のない内容なんだろうが…
正直このファンタジーの世界で精霊が見えないなんて、残念で仕方がない。
せっかくの妖精、あとでシャラルキァに相談してなんとかならないか聞いてみよう。
と、幻想世界に想いを馳せていると、シャラルキァの声が俺にとどいた。
『えぇ、どうやらここは風の聖域みたい。』
「風の聖域…とりあえず人間領だな。」
『でもおかしいわ。私の知っている風の聖域じゃないの』
「ん?どういうこと…っ!」
シャルキァと現在地について話していると、いきなりものすごい風が背中を押すように吹いた。
思わず座っていた石から立ち上がると、風はぴたりと止み、そして渦を巻くように俺の周囲を吹き荒れた。
いきなりの木枯らし旋風にびっくりしていると、ガサリっと音を立ててどこかの茂みが揺らいだ。
『右斜め後ろ、大丈夫よ。愛しい風の子が守ってくれているわ。』
脳内にひびく言葉に、ほっと息をつきながらゆっくりと右斜め後ろを振り返る。
そこにいたのは、3人の人間。
風の加護がついた甲冑と、両手で持っている槍は…たしか人間領フォルムの神殿マーク付き。
てことはここはやっぱり人間領の風の神殿預かりの聖域だろう。
で、彼らはそこを守る聖域兵か。
「何者だ!?」
三人のうちの一人が、声をあげて問いかける。
今にも襲いかかって来そうな戦闘オーラにすっと目を細める。
正直ビビってます。
だってただの男子高校生が薄黄色に光る甲冑着たムキムキ兵士の前に立っている図を想像して欲しい。
しかも超強そう。特に真ん中の人とか目つき鋭すぎるんですけど…もしかしてその兜の下はスキンヘッドですかね?
なんというVシネの世界。違うのはスーツか甲冑かの問題だ。
いや、持っているのが槍か銃かも…と思っているところで、何もいわない俺に痺れをきらしたのか
真ん中の特に怖い人が脇を締めて声を荒げる。
「ここは神殿が管理する立ち入り禁止区域の園であるぞ!
許可なく侵入した者には厳重な罰が与えられる!!」
ですよねー、なんて声に出して言わないかったが、まぁそんな雰囲気になるのは見つかった時からわかっていた。
厳重な罰ってなんだろう、拷問?処刑?どっちにしろやだな。
こういうファンタジー世界の拷問ってグリム童話に出てきそうなことばっかりしそうだし、何より痛いのは嫌だ。
でもこの場から逃げ出すなんて、俺の力じゃ到底無理な話しだ。
つまり、俺ができることなんて一つしかないですよね。
「どうしようかな?」
シャラルキァさん助けてー!
まじ本当に俺一人じゃ無理だから。っていうかなんでこの世界にいきなり来たのかすらわからないし。
こんなVシネ常連みたいな兵士三人も相手になんて出来るわけないでしょ。
いくら趣味が剣道だとはいえ、剣道って知ってる?基本的に一対一の戦いなんだよ?
どこぞの傭兵から皇帝に成り上がった戦バカみたいに、一対百の戦いとかできないから。俺SUGEEEEEなチートなんて無理だから!
俺の必死な声にシャラルキァが応えるより先に、兵士たちが一歩踏み出した。
いや、俺動いてないよ?そっちに敵意だって示してないじゃないですか。
なのになんでそんな殺る気満々なオーラ出すの?風の甲冑がブォンって光ったよ今。
『そうね、まずはここから離れましょうか』
どこまでも冷静に、頭の中に涼やかな声が響いた瞬間、ゴォッという突風が兵士たちを襲った。
俺にはまったくそよ風すらも吹いていないが、兵士たちは「なんだ!?」と混乱して、必死で足を踏ん張らせる。
しかしその努力も嘲笑うかのように風は強まり、兵士たちは片膝をついて地面を掴むかのように姿勢を低くした。
見るのも怖いけど、見ないのはもっと怖いので、地面に伏せる兵士たちから視線はそらさない。
「じゃあ、なるべく遠くへ。」
シャルキァの声に反応して、つぶやく。
無いとは思うが、あの甲冑にブースト機能がついていて、風が止まった瞬間いきなり追いつかれるとか超怖い。
あの槍が巨大化して襲ってきたりしたらホント俺死ぬ。
だからここから早く離れましょう今すぐに。
『ふふ、行きましょうか!』
俺の返答を聞いたシャラルキァは、とてもとても楽しそうに笑った。
その時点で気づくべきだった。
この世界で頼るべきただひとりのシャルキァは、お転婆聖女だったということを。
彼女の楽しそうな声に呼応して、俺の足元に風が集まってくる。
足を中心に渦巻く風にもちろん焦る、が。
そのときにはもう兵士たちへの突風は止んでいたのが視界に入り、意識はそっちに持って行かれた。
おいおい、頼むから立ち上がって向かってくるなよ?
今足とか掴まれたらすごいびっくりするから。なんか変な声でるから。
と、いった感情から、つい兵士たちに向かって言ってしまった。
「追ってくるなよ。」
その瞬間、俺は宙をとんだ。