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再訪

前回『猫背の整体師 第一話「モーフ・ザ・キャット」』の続編です。

名前もちょっと変えて『真夜中の整体師』にしました。今回は章立てて計4回掲載の予定です。

巨乳美少女就活生・織原経華が朝草に猫背の整体師・小暮忍を探しに行く話です。

今後の『真夜中の整体師(以降マヨセー)』の世界を展開して行く上でのレギュラーキャラが続々出てきます。お楽しみに~

ここは人がノスタルジーを求めに来る町、朝草。朝草寺のお膝元、人力車が風雷門の車道で威勢よく客引きをし、和菓子の銘店、そばや、お好み焼き屋、そして怪しいお土産屋が軒を連ねる。

しかしその一方、人気チェーン店多数存在し、意外と来てみるとノスタルジーは薄かったりするが、それでも江戸っ子の景観がほんのり香る人気の観光スポットである。


そんな観光ムードをよそ目に織原経華、21歳は体を張ってある男を探していた。

先日の就活で間違えて面接を受けに行ってしまった朝草の整体院、もといいエロマッサージ店で出会った長身猫背の男、小暮忍である。

結局、あの謎のマッサージを受けて体が良くなった事以外、眠くて施術中の事はあの猫背の後ろ姿しかほぼ覚えていない。そもそも何者なのか、あの店の部外者であるならば施術代を払わないと気が済まない。

それに加えてもう就活エントリー企業がかなり少なくてヒマというのも、経華の探求心に拍車をかけた。

まずはあの男性が働いているであろう整体系の治療院を片っ端から探すことにした。

マッサージ、フットケア、鍼灸、気功、リラクゼーション…駅近辺だけで軽く6~7件は整体関係の看板が軒を連ねる。

律儀な経華は男性の存在を店先で確認するだけでなく、一軒一軒最後まで施術を受け切っていた。


初めのうちはいろいろなタイプの整体を受けられて良い社会勉強になる、完全に左肩が均等になるだろうと期待していたが、軍資金が減るのと同時に体中も矯正やほぐしを通り越して揉み返しやら、下手な施術を受けた際のダメージでボロボロになっていった。

「想像と違う」

朝から一向にあの猫背の整体師は見つからない。もう本来は就活用の軍資金も底を尽きはじめてきている。また新しいバイトを探さなければいけない…心身ともにボロ雑巾のような状態に陥っていた。



真っ直ぐ歩くのもままならない状態で、段々焦り始めた頃、川の向こうの一軒家に「森カイロプラクティック治療院」の看板を発見した。

「カイロプラクティック…聞いたことある!」

あの日、殆どメモも取らなかったため記憶は抜け落ち、施術を受けながら疲れと癒しで朦朧とする意識の中でかすかに聞き覚えのある単語にビビっと来てダッシュして駆け上がる経華であった。



森カイロプラクティック治療院前。

よくよく建物に近づくとそれは治療院とは言い難く、時代劇に出てきそうなオンボロ長屋のような木造の作り。まだ日は高いのに幽霊が出てきそうな鬱蒼とした気味悪さが漂っている。ある種、古都朝草らしいが施術院というよりは怪談噺が似合いそうな外観であった。前向きに言えばレトロな佇まいに気圧されながらも経華は徐に引き戸をノックする。ガシャンガシャンと鳴る音。それでも人気を感じないので去ろうとすると

「ちょっとガラス割れるから強く叩かないでっていつも言ってるでしょ!?」

「ひぃよよ!」

経華は恐れで腰を抜かした。扉を振り返るとそこには白装束のお岩さんではなく、白衣の黒髪美白美人の森加奈子が立っていた。薄い眉をしかめて経華に尋ねた。

「…あなたどなた?ごめんなさい。予約の常連さんだと思ってつい」

どうやら加奈子はこれから診る予定の他の患者さんが来たと間違えて迎えてしまったようだ。

「はい、私は織原経華と申します!」

経華の手を引いて起こす森。

「ありがとうございます!初対面なのにお手数おかけします!」

「いいえ」

うっすらと会釈する加奈子。その仕草に大人の女の魅力を感じ、見惚れてフリーズしてしまう経華。

「あの、ウチに何か?」

「ああごめんなさい、失念してました!あのここはカイロプラクティックの整体院なんですよね?」

「ええ、アメリカ発祥の背骨と骨盤の歪みを徒手によって矯正する治療法です。」

「おや!そのフレーズはどこかで聞いた覚えが…」

頭を抱えて考え込む経華。耐えかねた加奈子が

「良ければ中に入って少しお話します?患者さんが来るまでまだ時間あるので」

後ろで一つに縛った髪を加奈子は肩口で撫でながら稀薄そうに尋ねた。



歩く度に少し軋む木目の床。どこかおばあちゃんちを彷彿とさせるほんのりお線香のかおる木造の空間。畳の居間に通される経華。

「お茶とコーヒーどちらにしますか?」

「お構いなく!でも強いて言えば少し胃の調子が悪いので緑茶でお願いします!」

しっかりと自己主張してお茶菓子と緑茶をニコニコしながらご馳走になる経華。加奈子は苦笑いで

「どこかお体で気になるところでもあるんですか?」

「はい、実はその左胸が…」

と言いかけたところで先日のエロマッサージ店での件を思い出し、いったん口をつぐんで

「就活で履歴書を書きまくっているせいか、左肩こりが多くて困ってます!」

と言い直す経華。

「そう、大変よね。学生さんは」

「この施術院には他にスタッフはいらっしゃいますか?特に男性とか」

「いえ、私が一人で自営しています。完全予約制にして私の都合の良い時間で働けているので気は楽かな」

「すごいです!その若さで女性で個人事業主だなんて!憧れます」

「そう?結構簡単よ。カイロプラクティックは民間療法で針や按摩マッサージとは違って早く安く資格取れるし。あなたもなってみたら?」

「私がですか!?たしかにちょっと整体業には興味がありますけど…不器用なんで絶対無理ですよ!今朝もお皿一枚割ってきたばかりですよ!?」

「関係ないわ。私も不器用だけど、大事なのは誰かを元気にしたいって思う事。あなたの笑顔にはそんな気遣いが見て取れるわ。初対面の人に言うのもおかしいかもしれないけれどあなたと私ちょっと似ていると思う」

照れたような寂しそうな笑顔を見せる加奈子の言葉に経華は動揺した。それは鋭く彼女にとっての笑顔の本質を射抜いたからである。経華は自身の過去のトラウマや病床の父への不安や弱さを見せまいと四六時中笑顔でいるよう心掛けていた。


経華にとって笑顔とはナチュラルな感情ではなく、振る舞いである。


そこを余りに見事に言い当てた加奈子に経華は狼狽して一瞬笑顔を解いてしまった。

それを察してハッとした加奈子との間で数秒違和感のある時間が流れると、ガシャンガシャンとガサツにドアをノックする音が鳴る。


加奈子が慌てて玄関に行くと

「よ!わりいわりい、ちょっと遅れた。寂しかった?ウハハハ」

馴れ馴れしくて大きく通る男の声。

「どうぞ」

冷たくて突き放した加奈子の声。二つの声に昨日今日じゃない親近感を感じて取れた。

しばらくして大声の主、菅原大吾が入ってきた。

イメージ通り狭い天井に付きそうな190センチの大柄で、縦にも横にも大きくラスボス感が漂っていた。加奈子は眉をしかめながら菅原の広い背中から施術検査を始めた。

「きみ誰?カナちゃん、新しい弟子でも雇ったの?独りが寂しいんなら俺が住み込みで…」

「そんなわけないでしょ。彼女は織原さんといって通りすがりの…」

加奈子は実に曖昧で奇妙な訪問者である経華の説明に困った。どこかの女性みたいに気軽に『お友達なの』『患者さんよ』など適当な事は言えないタイプの女性だからだ。それを熟知していた口が達者なこの大男は

「あっそう。じゃあ織原さん。悪いけどここは大人の男女の空気を読んでこのまま帰るか、俺の順番待ちで今日ここで初診の施術を受けるかの二択でお願いできるかな?」

「そういう事でしたか!すいません、空気読むのが苦手でして。ではお邪魔虫の私は本当にこの辺で」

「ちょっと、誤解を招くような事言わないでくれる?」

「あマジ?てっきりモリカナちゃんのやさしいけど鋭い言動に濃い女の愛を感じてたんだけどな、俺サイドは。ウハハハ!」

大男はシレッとベッドにうつ伏せになっていた。

「ちょっと、鏡の前での検査が先だって何百回言えばわかるの?」

「悪い。この後ちょっと寄らないと行けないとこ出来ちゃってね。巻きでお願いします、巻きで。ウハハハ」

「勝手な人。織原さんはどうする?カイロのこと知りたいなら見学してもいいわよ?この大男が悪さしないように見張ってて欲しい気もしてきたし」

「たしかに!私も似たような経験あるからわかります」

えっ?という顔で大人二人に見られる経華。

「いや、その…一応、自分としては社会勉強になったかなとは思っているんですけれどもね」

経華は抑えきれなくなって先日の就活先を間違えてエロマッサージ店で起きた一件の経緯を話した。大人二人は腹を抱えて爆笑した。

「いやあ、イケてるよ織原さん!探してる男って小暮選手の事だろ?昼にギャンブルやって、夜だけちょこっとカイロ整体する罪な猫背の色男」

「知ってるんですか!?」

「まあ、知らない仲じゃないよな。あと実はこう見えて俺ってそれなりにここらじゃ顔効くからさ。面白そうな話は自然と耳に入ってくるわけよ。この下世話な下町じゃ大好物なトピックだよ、君と彼。二枚目の整体博打打ちを追ってやってきた謎の色白巨乳美女なんてもう激アツプレミアリーチ演出だよね、実際」

「そんな大事件になってるんですか!?美女って誰ですか?」

「誰って織原さんに決まってるでしょ。よ、白雪姫!ウハハハ」

経華は頬を赤らめ、モジモジし始めた。菅原が悪乗りし始める前に加奈子が話を進める。

「どうして小暮君を探してるの?何かいたずらされた?お金?体?それとも土地の権利書とか?」

「ち、ちがいます!全然そういうのじゃないんです。ていうか、そんなに小暮さんって悪い人なんですか!?」

「さあね、冗談だといいわね」

加奈子はいたずらっぽく笑って言った。


御覧頂いてありがとうございます。いかがでしたでしょうか?

気に入って頂けた方は前作も併せて読んで頂けたら幸いです。

次回は二人の大人の入れ知恵によって経華が小暮を探しに日曜の朝草の町へ行きます。

知る人ぞ知る本家浅草民たちののあの節操のない日曜日を描けたらなあと思います。

よろしくお願いします。

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