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海が蟲  作者: AAA
第二章:蟲と職業兵
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パニックになります

SIDE:SQUARE


 スコヤの背後で、入り口のドアがノックされた。緩んでいた緊張が張りなおされる。

 再度、ノックが聞こえ、ドアの向こう側からくぐもった声が聞こえる。男と女が何か話しているようだ。

 真剣な顔になったシックネスが指先で机の上をタップする。そこがスイッチになっていたのだろう。机の天板が半透明に変わり、入り口の映像が映し出される。

 スタイルの良い女と縦長の男、スコヤの家にやってきた職業兵二人組みだ。女が監視カメラに背を向け、男となにやら話している。


「返事がありませんね。留守でしょうか?」


「センサは反応してる。居留守だろ。いきなり職業兵が着たんだ。少しでも後ろ暗い事があれば、警戒すらあ」


「すみません、グラム領職業兵の者ですが、少々お聞きしたいことがあります。いらっしゃいましたら、ドアを開けてもらえませんか」


 女の声が机とドアの向うからステレオで聞こえ。ドアが強めに叩かれる。


「ヘイ、グレーンちゃんよ。それじゃ、開けてもらえないぜ。シックネスさんよ。俺達、上の命令でちょっと人探しをしてるんだ。そいつに対する情報があったら買いたいんだけどもさ。ここ、開けてくんね?」


 続いて聞こえてきた男の声は軽かったが、有無言わせない力が感じられた。

 顔を真っ青に変えたシムが、スコヤにしがみついてきた。


「わたしを追ってきたんだ」


 スコヤは震えるシムの頭を撫でて落ち着かせる。そして、忙しなく机の上で指を動かしているシックネスに、裏口の有無を尋ねた。

 シックネスは頷き、背後の壁を叩く。よく見ると叩いた箇所には四角く切れ込みが入っていた。スライド式のドアになっているのだろう。


「この後ろから外のでれまっせ、坊ちゃん。急いでくだせぇ。出来る限り、話をはぐらかすつもりですが、あっしはあいつらに嬢ちゃんと、坊ちゃんの行き先を聞かれたら、嘘がつけやせん」


「分かりました。情報代はここにおいておきます。未使用の理想潤滑液、売れば一財産になるはずです」


 スコヤは掌に収まる程度の小瓶を懐から取り出し、机の上においた。シックネスは差し出された琥珀色の液体を摘むと、穴が開くほど見つめて唸る。


「こいつはぁ……ちょっと貰いすぎですぜ」


 シックネスが小瓶を付き返すが、スコヤは受け取らない。未使用の理想潤滑液は惜しいが、これからかける迷惑を思えば、それ位渡さなくては頭痛で死んでしまう。


「これからの迷惑料と、これまでのお礼も入っています。受け取って下さい」


「おじ様、さよなら。わたしの事は気にしないで、良いから」


 スコヤがシムを連れて、壁の奥へ入る。


「あ、坊ちゃん、嬢ちゃん」


 背後で二人を呼び止める声が聞こえたが、構っている余裕はない。職業兵をドアの前で待たせすぎてしまえば、それだけシックネスに負担をかける。さっさと逃げなくてはいけない。

 辺り一面に散乱する機械類を避けて、部屋を突っ切り、ESCAPEと荒々しく彫られたドアを開ける。

 ドアを開けると大人一人分ぐらいの足場と、地面から伸びる一本の棒があった。棒には二本の把手が突き出されており、これを使って下まで降りる。


「シムさん、僕に捕まって下さい」


「うん」


 スコヤの腰にシムが手を回した。そのまま隙間を埋めるように胸を押し付けてくる。スコヤのわき腹でささやかな丘陵が形を変えるが、それを楽しむ余裕はない。

 把手を両手で握りこんだスコヤの合図で、二人は棒に向って飛んだ。重量に負けた把手が緩やかに降りていく。棒内部に仕込まれたバネとダンパーのお陰で、落下速度は緩やかだ。


「手を離します」


「分かったわ」


 把手が二階の床程度まで降りてきたところで、シムが腰から手を離し着地する。その場で靴についた上げ底を剥ぎ取った。

 スコヤも把手から手を離し、シムの横に着地する。

 二人、手をつないで逃げ出す後方で、女の声が響いた。


「いました、目標はこちらです!」


「馬鹿、なに突っ立てるんだ!」


「取っ手がまだ下にあって、ポールが使えないんです。待つしかないでしょう」


「そうじゃねぇよ。さっさとこっちの階段から降りて、追うぞ。それと、本部に連絡だ!」


「ああっ! その手がありましたかっ! い、いそいで連絡します」


 職業兵の会話を聞いて、シムの顔が気弱で染まる。


「どうするの? ここままじゃ、捕まっちゃう」


「縦臼まで戻りましょう。偽装していますし、町と都市ジュウを結ぶ道の反対側においていますから、まだ見つかっていないはずです」


 それが希望的観測である事、都市ジュウから逃げられる保証がない事、幾らでも不安要素が見つかる行き当たりばったりの案だが、ないよりはましだ。少なくとも縦臼に戻るまでは、余計な事で迷わずにすむ。

 シムの手を引き、人ごみに逆らうように走る。通行人の肩にぶつかり、足を踏み、時には転ばせながら走る。その度に、頭を襲う苦痛に顔が歪む。痛みで足を止めるわけには行かない。背後からは数人の職業兵が追いかけてきている。

 横の路地から職業兵が飛び出しきた。スコヤは身を捩って職業兵の手をかわす。

 もう、全員の配置が出来上がったんですね。これからは横や前にも注意が必要になった。

 神経を尖らせるスコヤの耳に、シムの幼子を言い含めるような声が聞こえてくる。


「まだ大丈夫だから、もう少し、そこで待機してて」


 スコヤがチラリと見ると、シムが懐から飛び出そうとする大蟲を必死に宥めていた。


「シムさん、ぎりぎりまで大蟲は隠していてください。パニックになります」


「え、ええ、分かったわ」


 大蟲はジョーカーだ。出せば一瞬で場を変えることが出来る。だがそんな劇薬を人通りの多い、この場所で使えばどうなるか。その答えはさっきシックネスが見せてくれた。恐慌状態になった無秩序な団体。そんな所に放り込まれたら、シムもスコヤもひとたまりもなかった。

 次第に人通りは減り、背後から追う職業兵の数が指数を越えた頃、道の先に大きく広がる草原が現れた。


「あそこを抜ければ、縦臼までもうすぐです」


「う、うん」


 顔中を汗だくにして走るシムが明るくなる。握った手が強く握り返された。ようやく見えてきたゴールへ、最後の力を振り絞るつもりなのだろう。

 ペースを上げて走る二人の前に、職業兵が立ちふさがる。その数は今まで最多の六人。六人が道を塞ぐように、立っている。


「先回りっ! あーもう、しつこい男って大嫌い!」


「シムさん、背中を貸します。一気に飛んでください」


 簡単にはすり抜けられないと判断したスコヤは、シムを上から逃がそうとする。幾ら職業兵がプロでも、自分達の頭上を飛び越えられるのは想定外のはずだ。必ず隙が生まれる。


「シムさんに気を取られている隙に、間をすり抜けます」


「分かったわ。捕まらないでね。まだ、エスコートは途中なんだから」


「勿論です。最後まで案内させてください」


 スコヤは更に速度を上げて、職業兵に向っていく。職業兵達が両手を広げてスコヤを囲い込もうとしていた。スコヤが姿勢を低くする。


「今です!」


 合図と共に背中に重いものが乗り、衝撃が走った。シムが職業兵の頭上を越えて飛んで行く。職業兵達は足を止め、シムの描く放物線を追っていた。

 隙だらけです。

 スコヤは職業兵と職業兵の間を滑るように通り過ぎる。しかし、相手もプロ。ただで二人目を通過させてくれる程、甘くはなかった。スコヤの服が掴まえられる。スコヤが上着を脱いで逃げようとするが、時間が足りない。上着を脱ぐより先に、もう一人の職業兵がスコヤを拘束するだろう。

 スコヤの予想通り、職業兵が手を伸ばしてくる。


「大蟲!」


 突如、飛んできた黒い物体によって、職業兵の手が弾かれた。


「む、蟲だァァァァアァァアアアァァァッ」


 地面に降り立つ大蟲を見て、誰かが叫んだ。スコヤは場の混乱に乗じて上着を脱ぎ、拘束から脱出する。

 スコヤがシムの元まで駆け戻ると、シムが得意そうな顔で言ってきた。


「大蟲、連れてきて良かったでしょ」


「ええ、全くです」


 スコヤは素直に賛同する。いつの間にか戻ってきた大蟲が、シムの頭の上で得意そうに何度も頭を回した。

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