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海が蟲  作者: AAA
第二章:蟲と職業兵
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顔見せちゃってるし

SIDE:SHIM


 都市ジュウに向って歩く道中、シムは高く聳え立つ塔を指差し尋ねる。


「あの塔、何?」


 あの塔が視界に入ってから、ずっと気になっていた。天にそびえ立つような異様な大きさ。足元にある建物が豆粒に見える。村では一階建ての建物しか見た事がないシムは、初めて目にした時、あまりの巨大さに度肝を抜かれた。


「発電所です。屋上が巨大なレンズになっていて、太陽の光を集約、超高温のエネルギーを水にぶつけて発電しているらしいですよ。水売りにとって、大口のお客さんの一つです」


「へぇ、あれが……あ、あれ何? あそこの道、凄くピカピカしてる」


 シムは目の前に現れた道を指差す。草原の中に幅三メートル程、むき出しの大地が線を引いている。大地は丁寧に研磨された板の様に平らで、その表面は鈍い光沢を放っていた。


「これは舗装路ですね。都市間を繋いでいます。地面が光沢感を持っているのは、地面を溶かして硬化させる溶剤と舗装機で地面を平らにしたからですね」


 シムとスコヤはコツコツと硬質な音を立て、舗装路を歩く。時間が良いのか、舗装路は閑散としており、人の姿はない。時折、縦臼に似た木製の円盤が荷台を引いて通り過ぎていく。


「ふぇぇぇ」


『心拍、上昇、興奮』


 都市ジュウに足を踏み入れたシムは、口を開けたまま天を見上げる。懐から大蟲も顔を出し、目をクリクリと回していた。


「凄い、窓が多いわ。それに三段も重なってるっ! 屋根も平らで、入り口が高ぁい!」


「三階建ての家ですね。これを見ると、都市に来たなと思いますよ。街ですと二階建てでも珍しいですからね」


 村にはない背の高い家々に、シムは目を輝かせる。平らな屋根や階段を上って入る玄関等、どれもシムが見た事ない様式だった。


「珍しいといえば、これを見てください」


 スコヤが手近な建物の壁を叩く。壁はその木目を見せる模様とは裏腹に、カンカンと硬質な音を返してきた。


「都市の建物は全て、高密度木材が使われているんです。石を投げた程度じゃ、壊れません」


 シムも同じように壁を叩く。まるで石を叩いているような感触に、目が丸くなった。


「うっわぁ。凄く硬い。こんな木があるの?」


「特殊なプラントの中で栽培しているそうですよ。このプラントも精製水が必要となるので、水売りの顧客の一つですね」


「へぇ、思ったより、色んなところに顔出すのね、水売りさん」


「ええ、お陰で僕みたいな奴でも商売できますよ」


 スコヤが口角を吊り上げて笑う。口調も何処となく掃き捨てたような感じだ。

 あれ、ちょっと、不機嫌かしら? 悪い事、言ってないわよね。

 シムは今の会話を反芻するが、何が悪いのか分からない。これからも一緒に旅していくのだから、なにか琴線に触れる事を言ったのなら謝りたい。父親と母親の喧嘩は大抵、屁をしただの、食事にきのこが入っていただの、くだらない事が多かった。互いの顔に爪を立てたり、鼻の穴に指を突っ込んだりするのは、淑女として遠慮したい。


「シムさん、行きますよ」


「あ、うん」


 いけない、そんな事より今はわたしの村の場所よね。頬を叩いて雑念を取り除いたシムは、数歩先で待つスコヤの隣に小走りで向った。

 都市の中心に向うと、軒先に看板をかけた建物が増えて来る。窓の中を覗くと、ガシェット片手に弄っている大人の姿が見えた。何件か覗いてみるが、どこも同じである。

 奇妙な所ね。シムの村にあった雑貨屋や工場こうばが見当たらない。雑貨屋がなければ、食品や薬は手に入らないし、工場こうばがなければ壊れたものを直しても貰えない。


「ねぇ、スコヤ? ここって雑貨屋や工場こうばは何処にあるの?」


「ああ、雑貨屋というか総合デパートが都市の中心にありますから、買い物は基本そこかガシェットで注文ですね。工場やプラント関係は、都市を挟んで反対側ですよ。このあたりは住宅区になっていて、人通りがありません。お陰で、職業兵に会う事もめったに、おっと」


 正面から職業兵が歩いてきた。紺色の滑った光沢のある服を見て、シムの身体が恐怖で震える。自分を追ってきた奴らと同一人物でないと分かっていても、あの濡れたカラスの様な姿が目の前に現れると体中の血液が凍りつく。体中の関節が錆びついてしまった様だ。

 自然にしなきゃ、と思えば思うほど鼓動が早まり、歯の根が合わなくなる。


『緊張、恐怖、混乱』


「だ、大丈夫だから」


 懐から心配そうに声をかける大蟲を、シムは震える手で押さえる。

 一歩、一歩、職業兵が近づいてくる。ガラス球のような目が自分を捕らえている。目だけで職業兵を追うと職業兵の目がギョロリとこちらを睨みつける。

 ああ、見つかったんだ。もう、駄目。

 シムは全身を襲う寒気に負けてその場に座り込みそうになるが、突如、手の平に温かみを感じて顔を上げる。シムの手を握ったスコヤが心配そうな顔をしていた。


「シムさん、そんなに怖がらないで下さい。大丈夫です。シムさんの変装は完璧です」


「で、でも、顔見せちゃってるし、ばれたら」


「その時はまた一緒に逃げればいいだけです。そんな硬くならないで下さい」


『同意、護衛、確実』


 シムの身体に熱が入る。恐怖はあった。だが、それ異常に心強い騎士様が二人もいるのだ。怖がってばかりいては、二人に失礼だ。


「ふふ、そうね。こんな頼もしい騎士様がいるんだから、大丈夫よね。期待してるわスコヤ、大蟲」


 シムはスコヤの手を握り返す。こうしている間にも職業兵は近づいてきていた。

 お互いの顔のシワまで見えそうな距離。シムは目をつぶって歩き続ける。ただ、ただ握ったスコヤの手に身を任せた。

 職業兵の靴音が聞こえてきた。靴音はどんどんと近づき、そのまま通り過ぎていった。


「ほら、大丈夫だったでしょう」


「そ、そうみたいね。それだけわたしの変装が完璧だった、て事ね」


 シムは両手を腰に当てて胸を張る。威張りたいわけではないが、汗でじっとりとした掌を誤魔化すには他に方法が思いつかなかったのだ。


「あ、あの通りに出たら、あと少しです。人が多いですから、お手を拝借させて下さい」


「ええ、エスコートお願いね」


 シムが手を引かれて通りへと出ると、スコヤの言う通り、人が一個の流れとなって自分をどこかへ連れ去ろうとする。乱立する人の林に戸惑うシムを、スコヤが上手に誘導し流れに乗せる。

 シムは必死にスコヤの手を握り締めた。唯一の命綱だ。この手を離せば、きっと人の流れに分断されて会えなくなってしまう。シムは抱きしめる様に差し出された手を抱える。

 そうしてシムが何とか通行人の波の中をある事になれてきた時、スコヤが左手、三件先にある建物を指差す。


「あそこが、知り合いの店です。裏から入るんですよ」


 建物の脇から裏手に回ると、人が一人登れる程度の急角度な階段があった。看板等はない。外に階段がある事を除けば、他の建物との違いはない様に見える。

 シムは階段を上りながら、僅かに染みが出来た壁を撫でる。掃除はしているのだろう、指先には微かに埃だけが付いた。時折、引っかき傷や小さな凹みがあり、生活感溢れている。


「ここに情報屋がいるの? なんか、普通の家みたいだけど」


「誰かが興味本位で入らない為の予防だそうです。その所為か、客の入りは良くないらしいですけど」


 階段を上り終えた先にも看板らしきものはなく、こじんまりとしたドアが出迎えてくる。ここでホントに大丈夫なの? 心配になるシムを置いて、スコヤが無遠慮にドアを開ける。


「ここは大人の社交場だよ~。今来た道をゴーバック! 童貞と処女を捨ててから来な~」


 ドアを開けた先からは、こちらを小馬鹿にした下品な声が飛び出した。

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