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海が蟲  作者: AAA
第二章:蟲と職業兵
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ええい、女は度胸よ

SIDE:SHIM


 シムの目の前には木々がまばらに立ち、その木々の奥には開いた草原が見える。草原の草は背が低く、遠くには巨大な塔とその下に立ち並ぶ建物の黒い影が見える。

 シムは着替えとタオルを持ったまま固まった。遠くから見た時は気付かなかったが、恐ろしく見晴らしが良い。


「スコヤ、ホントにここしかないの?」


「はい、ここぐらいしか、適当に隠れられる場所がありません。幸い、近くに人は居ないようですから、手早く済ませてください」


 シムの背後に衝立の様に駐輪された縦臼の陰から、スコヤが申し訳なさそうに答える。

 もう一度、木々の隙間から見える大平原を見る。


「こっちから見えているという事は、あっちからも見えているわけで……ああ、もう、大蟲、誰も覗かないようにお願いね」


『了解、背後、警戒』


 懐から飛び出た大蟲が、毛の様に細い足を縦臼に貼り付け、忙しなく動き回る。


「いや、スコヤじゃなくて」


『疑問、男性、危険』


「うん、そうなんだけどね。大蟲がスコヤを警戒するんだから、他には誰も居ないって事よね……ええい、女は度胸よ!」


 やけくそ気味に叫んだシムはシャツの裾に手をかけて、一気に捲り上げた。初雪の様に白く柔らかそうな肉が、外気にさらされる。更にズボンに指をかけ一瞬躊躇うが、目を閉じてずり降ろす。無地の下着に包まれた尻が現れた。

 手早くタオルで汚れを拭き、持ってきた服に着替えなおす。

 緑色のシャツに青色の長ズボン。さらに、腰まで届く青い髪を帽子に押し込み、マフラーで口元を覆う。コートをマントの様に羽織って体格を誤魔化した。


「どう、大蟲。これならわたしが誰か分からないでしょ?」


『判別、不能、完璧』


「よし、これなら街に入っても大丈夫っ!」


 帽子の上に飛び乗ってきた大蟲の称賛に、シムは自信満々に胸を張る。

 シムがスコヤと共に職業兵から逃げて三日目、海岸線を通り、森の中を横断し、付近で一番大きな都市ジュウまで来た。ここにスコヤの知り合いの情報屋がいるらしい。その情報屋からシムの家の場所が分からないか、尋ねに行くのだ。

 シムが意気揚々と縦臼の裏側に回ると、スコヤが縦臼に枝や葉っぱを被せ偽装している。


「あ、着替え終わりまし、た、か?」


 スコヤが振り向き、シムを見て固まった。指でよく目をもんで、再度シムと目を合わせた。


「どう、完璧な変装でしょ。これで誰が見ても、わたしだと分からないわ」


『同意、肯定、賛同』


「その代わり、不審者としてしょっ引かれます。さっさと脱いで、可愛い顔を見せてください。その方が断然魅力的ですよ」


 てっきり褒めてもらえると思っていたシムは、マフラーの中で唇を突き出す。折角、暑いのも我慢しているというのに、全く褒めてくれないのは酷い。


「えー、そんな姿で出て行ったらばれない?」


 声を出すと息が篭って息苦しい。コートの中も蒸れて気持ちが悪い。季節は春と夏の変わり目、半そで一枚で十分な季節だ。早くもこんな姿になった事を後悔し始めたシム。だけど、そこは女の意地と言うものがある。はしたなく脱ぎます、とは言いづらい。


「髪型を弄ります。それと靴の裏に板を貼り付けて身長を誤魔化せば、随分、雰囲気が変わりますよ」


「へぇ、そんなものでいいの。随分簡単ね」


 それに涼しそう、とは口が裂けても言わない。


「ま、今回はスコヤの意見を採用してあげるわ。喜びなさいっ」


「ハハ、ありがとうございます、お姫様」


「うむ、宜しい」


 シムは嬉々として服を脱ぎ、シャツとズボンだけになる。じっとりと汗で蒸れた身体に当る風が気持ち良い。


「こっちに道具を置いておきますね。僕はもう少し、縦臼に枝を被せておきます」


「分かったわ」


 シムは鼻歌交じりに櫛を髪に通す。なんだかんだ言っても、時間をかけて髪や服を整えられるのは嬉しい。さて、どんな感じにしようか、と髪を弄り始めた。

 暫くして、髪を左右でお団子にまとめたシムが立ち上がる。靴につけた上げ底の分、ぐらつくが歩けないほどではない。二、三歩進んだり、後退し履き心地を確かめた。歩く分には問題なさそうだ。走るようなことになれば、上げ底だけ取り外せば良い。

 うん、これで完璧。変装を終えたシムは、大蟲の前に立つ。


「どう、大蟲? ちゃんと別人に見えてる?」


『判別、困難、予想』


「大蟲が言うなら大丈夫ね」


 笑みを深めるシムの前に、縦臼を隠し終えたスコヤが帰ってきた。


「ガラっと雰囲気が変わりましたね。大人っぽいです。よくお似合いですよ」


「そうかしら」


 謙遜しつつもシムは口元が緩むのを押さえられない。


「ええ、十分です。普段とは違う魅力に溢れてますよ」


「それは光栄ね。それじゃ、きちんとエスコートしてね」


「謹んでお受けいたします」


 シムが手を出すと、スコヤが芝居ぶった動作で手を取った。


「それじゃ、行きましょ。大蟲、こっち入って」


 大蟲がシムの肩に飛び乗り、シャツの襟首からその懐の中に入っていった。


「大蟲も連れて行くんですか?」


「当然でしょ。わたしの友達なんだから」


 驚くスコヤに、何を当然でしょ、と思う。大蟲とはこれまでも一緒に居たのだ。都市の中に入るからと言って仲間はずれになんて出来ない。


『守護、防衛、護衛』


「守ってくれるのね。んー、ありがとう」


 懐からプックリとした黒丸の頭が出てきて言う。シムは大蟲の頭を撫でてやる。


「誰かに見つかったら大騒ぎになるので、ここで待機していただきたいのです……ガッ」


 言い終わると同時にスコヤが仰け反る。大蟲がスコヤの額に体当たりしたのだ。宙で二回転を決めてシムの胸元に着地した大蟲は、全身を震わせてスコヤに威嚇行動を取る。


『不可、却下、無理』


「大蟲だけ、のけ者なんて駄目よ」


 シムは大蟲を抱き寄せながらスコヤを睨む。


「僕が良いと言うまで、懐から出ないで下さいね。見つかったら、本当に大騒ぎどころじゃなくなりますから」


 スコヤが赤くなった額を摩りながら、ため息を吐いた。

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