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海が蟲  作者: AAA
第四章:思い出と人間
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一緒って言ったでしょ

SIDE:SHIM


 男の拳がスコヤの顔面に吸い込まれていく。ゴッと聞いている方が痛くなる音が響き、スコヤが後ろに仰け反った。倒れないように堪えているが、足元がふら付いている。


「危ない!」


 シムは咄嗟に飛び出して、スコヤを受け止めた。スコヤの体重がシムの両手にかかる。


『加勢、協力、全力』


 大蟲が足元に下りて、スコヤの身体を押すが焼け石に水だ。徐々にシムはスコヤの身体に押されて、仰け反っていく。


「ん、んんっ」


 シムは姿勢を変えようと、手を背中に回し滑らせた。血が掌に付いたのだ。

 シムはスコヤもろとも倒れた。スコヤの背中の傷を傷めない様に手で支え、背中から落ちる。骨の軋む音が身体の芯を駈けずり、肺腑から空気がたたき出される。


『要請、身体、検査』


 大蟲がシムの安否を尋ねてくるが、そんなものは後回しである。今は、スコヤの方が急ぐ。


「スコヤ、大丈夫……じゃないわよね。今、手当てするわ」


 息をするだけで背中が痛む。その苦痛を隠して、シムはスコヤをうつ伏せに寝かせる。


「シムさん、僕の事はいいですから。あの、男を、今なら」


 スコヤの顔が蹴り飛ばされた。


「黙れよ、ガキが」


「大蟲っ!」


 シムは怒りに任せて大蟲に命令するが、黒い矢が飛び出す事はなかった。大蟲はその髪の毛の様な足を震わせている。まるで、飛びたいのに上から何かで押さえつけられているようだった。


「馬鹿が。セーフティーがないとでも思ったのか。こいつは、私に危害を加えられないように調整されてるんだ。幾ら命令しても、痙攣するだけだ」


 男がシムの髪を引っ張り上げる。その細腕のどこにそれだけの力があるのか。男は片手で、シムを吊り上げた。


「ああっ!」


 髪の毛が引きちぎられる音が、シムの脳に直接伝えられる。


「し、シム」


 シムの呻きに反応したスコヤを、男が再度蹴り上げた。スコヤの身体が跳ね飛び、ガラスケースにぶつかって止まった。背中から流れる血が、緩やかに広がっていく。


「スコヤ!」


 シムは自ら髪を引きちぎって、男の拘束から逃れ、スコヤの元へ駆け寄る。触れたスコヤの頬は、粘土の様に冷たくなっていた。

 何度も頬を叩くが、反応がない。スコヤは停止していた。

 一つの単語がシムの脳裏を駆ける。

 嫌だ。

 そんなのは嫌だ。

 だって、だって、一緒て言ってくれたんだから……

 シムはスコヤに覆いかぶさり泣きじゃくる。

 トクン、トク、と次第に弱くなる鼓動。そして、スコヤの心音が聞こえなくなった。


「やだぁ、やだ、やだ、やだぁ。一緒って言ったでしょ。起きなさい。起きて、起きてよ。一緒に居てよ。スコヤァァァァァァァァァァ」


 大切な人を失う恐怖と悲しみがシムの許容量を超える。シムは天を向き、思いの丈をこの世界全てに叩き付けた。


「警告、警告、本研究所、南東部で蟲の大量移動を感知しました。本研究所上を通る可能性があります。直ちに、第一級封鎖を行います。職員の方は直ちに所定の非難区間へ移動願います」


 アラームが鳴り響く。


「は、はははは、予想通りだ」


 男が一人、笑う。


「怒り、悲しみ、恐れ、憎しみ。精神に一定の負荷を与えられ事で、脳内物質の変化、それによる蟲との交信レベルの上昇。ああ、予想通りだ。ハハハハハハハハ」


「スコヤ、スコヤ、スコヤ、起きてよ。死んだふりなんて、性質の悪い冗談は嫌いよ。大蟲もそう思うでしょ、ね」


 空ろな笑いを浮かべたシムが、大蟲に問いかけるが何も返って来ない。大蟲は腹を見せて倒れていた。まるで死んでしまった虫の様だ。現実を認めまいとシムは、スコヤの肩を揺すり続ける。そうしていれば、いつかスコヤが目を覚ます、と本気で信じていた。

 スコヤを揺するシムの体を無数の手が伸びて拘束する。職業兵だ。いつの間にか部屋には数人の職業兵が、入室していた。


「やだぁ、やだぁ」


 暴れるシムの抵抗は緩やかなものだ。ヨタヨタと動かす手に力はなく、簡単に大人しくさせられる。四肢を拘束されたまま、シムは廊下を運ばれていた。

 隣では男と職業兵が話している。


「さっきの話に間違いはないな」


「はい、現在、施設入り口付近の電装系が一式動いていません。その為、対蟲用の完全密封が出来ない状態となっております」


「チッ、グラム領の職業兵達か。まったく余計な事をしてくれる」


「それで、我々はどうしたらいいのでしょうか? 指示をお願いします」


「第二研究区画に行く。あそこなら、暫くは持つはずだ。その間に飛行船を手配しろ、空に逃げるしかない」


 シムは凡庸とそれを聞きながら、もがく。その心は真っ黒な闇の中に閉じ込められていた。

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