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海が蟲  作者: AAA
第一章:水売りの少年と大蟲の少女
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乙女の意地と言うもの

SIDE:SHIM


 シムが目を覚ますと、枠に入った青空が見えた。天井をくりぬいた窓から注ぐ日光が辺りをぼんやりと照らし、窓枠に取り付けられた集光素材が足りない光量を補っていた。


「ここは?」


 シムは自分がベットに寝かされていることに気付いた。寝具か香る匂いは、塩と汗、シムの記憶にないものだ。見知らぬ場所と嗅ぎ慣れない匂いがシムの警戒心を呼び起こす。


『体調、健康、疑問』


 鈴が鳴るような声がお腹の上で鳴った。なじみのある声にシムの肩から力が抜ける。


「うん、大丈夫。どこも悪いところはないわ、大蟲」


 シムはお腹の上に乗った大蟲の頭を撫でてやる。大蟲は黒い体を気持ち良さそうに揺すり、発達した顎を何度も開閉する。


「ここは何処か分かる?」


『不明、確認、未遂』


「そう、まだ分からないのね。相手は……あいつらだった?」


『否定、無手、無力』


 どうやら、自分達を追っていた奴らではないようだ。あいつらであれば、大蟲が武器を携帯しておらず、戦闘訓練を受けていないとは言わない。多分、倒れていた自分を見て保護してくれたんだろう。

 シムは安堵のため息を吐く。それと同時に疑問も浮かんできた。

 誰がどうして自分を助けたのだろうか?

 倒れている人を無条件で助けられる程、世の中裕福でない。もちろん、助けてくれる善人も沢山居るが、それ以上に見捨てる人が多い。何の見返りもなく助けてくれたんだろうか?

 助けた相手について何か分からないか、部屋を見渡してみるが、目に留まるものが殆どない。こじんまりとした部屋は左手にドアがある以外、真っ白な壁で囲まれている。ベットの隣に置かれた机が、ベットを除けば唯一の家具だった。机の上には、手の平に収まりそうな大きさの四角い板が無造作に置いてある。


「あれは」


 シムはかすれるような記憶の中から、それがガシェットだと思い出す。

 情報端末機であるガシェットの中を調べれば、助けた相手の事が分かるかもしれない。

 シムはガシェットに手を伸ばす。罪悪感はあったが、何も分からない事が怖かった。指先まで真っ直ぐ伸ばしたシムは、ふと自分の背中が妙に寒い事に気付いた。

 気になって背中をまさぐるが、布の感触がない。


「て、裸っ!」


 慌ててシーツを身体から離したシムは、その下に何もつけていない事を確認し、顔が真っ赤になる。幸い最後の防波堤ぱんつは装備していたが、それ以外は何もつけていない。桜色の突起まで丸見えだった。

 顔を真っ赤にしたシムだが、すぐに気を落ち着け、澄ました顔を作る。


「大蟲、わたしを助けた相手は女性だった?」


『未定、予想、男性』


「あらあら、これは危ない趣味のおじ様に捕まったかしら?」


 肩に乗る大蟲をなでるシムの頬から一筋の汗が流れる。

 シムは自分が一応美少女の類に入ることを知っていた。同世代の男の子に告白された事も一、二度あるし、母親譲りの青い髪には自信があった。道端で倒れていれば、特殊な趣味を満たすためにお持ち帰りされる可能性はあるだろう。

 まだ、そう決まったわけじゃないわよね。ただの善意かもしれないし。


「大蟲、助けた相手について詳しく教えて?」


 シムが更なる情報を得ようとした時、ドアが開いた。


「おや、目が覚めたようですね」


 シムの予想を上回る若い声だった。恐らく、シムより幾つか上程度の少年だろう。

 これは本格的にお持ち帰り? いざとなったら大蟲に潰してもらうしかないわ。ただの良い人ならいいんだけど。

 シムは恐る恐る声の主に顔を向ける。

 ドアを開けた少年は、予想通り少し年上だった。人の良さそうな笑みを浮かべ落ち着き払った様子で、手に持った袋を掲げている。同い年の男の子にはない大人っぽい仕草と日に焼けた肌とダークブラウンの髪が織り成す少し危なそうな雰囲気に、シムの頬が熱くなった。


『入室、相手、運搬』 


 大蟲が少年に向ってプックリとした頭を捻る。細長い円筒形の身体がそれにあわせて僅かによじれる。


「あ、あなたが、助けてくれたのかしら?」


 シムは口元に笑みを携え、少年に問う。シムの笑みが魅力的だったのか、少年は頬を真っ赤に染めて顔を逸らす。

 あら、思ったより純朴なのかしら? 可愛い感じね。

 少年の様子に多少余裕を取り戻したシムだが、そのめっきは次の少年の答えで剥がれ落ちてしまう。


「お嬢さん、年頃の女性があまり肌をさらすのは如何なものかと。正直、目の毒です」


 少年は気まずそうに、シムの胸元を指した。


「へ」


 シムは視線を下げて、自分の胸元へ。

 真っ白な大地に丘が二つ、丘の上では桜が満開だった。


「キャアアアァァァアァァァッ」


 シムの叫びが部屋中を木霊する。先ほどまでの演技は何処へやら、目じりに涙を溜めたシムは、火が出るほど熱くなった顔を覆いながら、叫ぶ。


「変態、変態、変態ッ、大蟲やっちゃって!」


 シムの肩から跳ねた大蟲は天井と床を上下に何度も往復しながら少年に迫る。シムの目には黒い線が何度も現れては消える様にしか見えなかった。

 最後、天井から稲妻の様に落ちてくる大蟲を、少年は身を逸らせてかわす。


「いや、あの、その誤解です! 誤解です!」


 必死に叫ぶ少年の足元で、大蟲が更なる跳躍を行う。目指すは少年の身体の正中線。両の足の付け根。シムに対して言い訳する少年は、大蟲の追撃に気付いていない。大蟲は両足に導かれるようにその付け根へと到達し、


 チーン


「うっわぁ。痛そう」


『弱点、効果、最大』


「うん、だけどねぇ。これはちょっと」


 股間を押さえて蹲る少年を見ると、少しやりすぎかなと思うところもなきにしもあらず。だが、乙女の柔肌を見たのだ。この位大した事じゃない。寧ろ、乙女の義務だ。ご褒美だ。


『追撃、勝利、確定』


 シムは大蟲の言葉に力強く頷き、少年の後頭部を踏んづけた。


「あんた、誰? わたしをどうする気? と言うか、何をしたっ!?」


 ま、まさか、わたしが目覚めないのを言い事に、大人のお人形さんゴッコとかしんじゃ! シムの頭にエッチでいけない妄想が浮かび上がり、耳まで赤くなる。


「僕はスコヤと言います。別にとって食べる気はありません。貴女が河口で倒れていたので、拾い上げただけです。誓って、変なことはしていません」


「河口に倒れてた?」


『肯定、相手、運搬』


 大蟲が少年、スコヤの弁を肯定するので、シムは半信半疑ながらも後頭部から足をどける。


「放っておくと体が冷えて危険でしたし、何か事情がありそうでしたので、目が覚めるまで看病していました。濡れた服を脱がしましたが、他は指一本触れていません。安心して頂けないですか?」


 内股気味に立ち上がったスコヤの姿は情けなく。不埒な事が出来る度胸はなさそうだ。仮にトチ狂っても、大蟲が守ってくれているはずだ。


「大体、貴女のような可愛らしい人に無粋を働いては、それこそ罪悪感で頭が割れてしまいます」


 スコヤは口角を吊り上げる。少し斜に構えた笑みは、物腰の丁寧なこのスコヤに意外とあっていた。本性はこちらなのかもしれない。

 少し怪しい感じがするが、悪い人ではなさそうだ。少なくともこんな美少女を捕まえて、怪しげな事をする度胸はなさそうだ。

 ホッとシムの身体から力が抜ける。自身が思っているより、緊張していたようだ。


「タオルと代わりの服を持ってきました。使って下さい。大丈夫、新品ですよ」


 スコヤは手に持っていた袋を差し出す。おずおずとシムが袋を受け取ると、スコヤが部屋から出て行こうとする。


「あ、そうそう」


 ドアまで出て所で、スコヤが振り返って言った。


「丁度、昼食の準備が出来たところなんですが、宜しかったら一緒に食べませんか?」


 言われてシムが鼻をひくつかせる。微かに香る肉と野菜の匂いを、鼻腔がキャッチした。自然と口の中が唾液で埋まる。

 く~~っと控えめな音を立てて、シムの胃が空腹を訴えた。


「フフ、分かりました。貴女の分も準備しておきます」


「ウーーーー、仕方ないから、食べてあげるわ。感謝しなさい」


「分かりました。大盛りで準備しておきますね」


「普通でいいわよっ!」


 シムが袋を投げつけるが、一足先に閉じられたドアに辺り、地面に落ちる。


『空腹、健康、悪化』


 ドアを睨みつけるシムに、大蟲が不思議そうに尋ねる。


『栄養、大量、良案』


「そうかもしれないけど、そこは乙女の意地と言うものが」


 不思議そうに首を捻る大蟲に対し、シムはしどろもどろになりながら言い訳した。

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