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海が蟲  作者: AAA
第四章:思い出と人間
17/25

僕の所有権はグラム領が持っています

SIDE:SQUARE


 金属で出来た巨大施設に放り込まれて、早二日。

 スコヤは退屈と戦っていた。

 閉じ込められた部屋にはベットとユニットバスしかなかった。元々は誰のかの部屋だったのか、家具を置いていた痕が残っているが、基本壁の濃淡もクリーム色一色で殺風景極まりない。

 空調完備、食事は一日三回、衣服は支給されて、汚れたものは夕食と同時に運ばれる籠に入れれば勝手に洗濯してくれる。風呂はないが、代わりに手桶に張った湯と手ぬぐいは支給されるので、汗や垢で不快になる事もない。

 これまで一人で生きていたスコヤにとって、この部屋は快適だった。快適すぎて、やる事がない。暇を潰そうにもガシェットも取り上げられてしまった。

 唯一の娯楽は、ベットの上に置かれていた『良い子の教本』という本だけだ。本と言う非常に珍しい品物だが、スコヤにはみなれたものだった。

 善人チップを埋め込まれた後、適切に罪悪感が起きるように教育される。魂の髄まで、適切な正義感を埋め込まれるのだ。その過程で使われた教本が、良い子の教本である。これを暗唱どころか、見ないで書き写せるレベルまで身体に叩き込まれた。今さら見ても、大した楽しみにはならない。

 それでも、他にやる事がないので仕方なく本を読む。ベットに寝転がり、日長、本に目を通す。

 シムの安否が気になり焦りもするが、今は迂闊に動くべきではない、と自分に言い聞かせる。監視されているであろう現状、迂闊に動くわけにはいかない。

 近日中に訪問されるお客さんが居ますしね。それまでは体力を温存しましょう。

 見飽きた教本を眺めて待つスコヤに、お客さんが現れたのはその日の昼食を食べた後だった。音もなく入り口の扉が開き、グレーンが現れる。

 うっかりドジの方ですか?

 なんで駄目な方が来たのだろう、と内心がっかりしながらも、スコヤは笑顔で出迎える。


「ようこそ、何もない部屋ですがゆっくりくつろいで下さい」


「久しぶりです。身体や……精神に問題ないですか?」


「ええ、大丈夫です。どのようなご用件で」


 スコヤは意味ありげに良い子の教本の一ページを開き、一文を指す。

 ここは安全なのか?

 身体的な問題ではなく、自由に話して問題ないか問う。スコヤはこの部屋の監視レベルを警戒している。人を閉じ込めておいて、監視しないと言う事はない。逃亡や外部との連絡だけでなく、急な体調の変化や精神の変質という健康管理の為にも必須だからだ。


「安心して下さい。この部屋のプライベートは保証されています」


 本当かどうか疑わしいが、今、この場についてはその通りなのだろう。グレーンはあんまり信用したくないが、相方のドルトンは抑えるべき所は押さえるタイプに見えた。ドルトンがグレーンを一人でよこしたのだから、うっかり発言があっても問題ないだろう。


「それは助かります。正直、多少ストレスを感じていましたから」


「そうですか。時間がありません。早速、本題に入りますがスコヤ、貴方には大人しくここに滞在して欲しい」


「理由を伺っても?」


「全てを話すことは出来ませんが、私達はある任務の為ここに留まる必要がある。しかし、ここはセック領であり、部外者である私たちが理由もなく長期に滞在する事は難しい。そこで、貴方にその理由になってもらいたいのです」


 任務と言うのは、都市オングストロームで話していたシムを捕まえた裏を探ることだろう。この件の中心地であるこの施設は恐らく、重度の機密が保たれているはずだ。セック領としてはすぐにでも、ドルトンやグレーンに退出してもらいたいのだろう。これにドルトン達は、ごねる事が出来ない。正当な理由がなければ、セック領側に警戒されて、ドルトン達の任務を困難にさせる。

 そこで、僕と言うわけですね。


「なるほど、僕の所有権はグラム領が持っていますから、それを利用してこの場に留まるわけですか。名目は、グラム領の所有物の価値が損なわれないように管理監督する必要がある、とかですか?」


「そんなところです。理解が早くて助かります。恐らく、ここの研究員から君に領の移動について話があるでしょう」


「妙な言質はとらせませんよ。ですが、その代わりシムさんの事お願いします」


 スコヤは頭を下げる。出来れば定期的に情報を持って来てもらったり、シムを助ける手助けを依頼したいが、それは無理だろう。グレーン、いや、グラム領にとってスコヤの価値は、この場に留まる言い訳だけなのだ。その価値を損なう、もしくは無に帰すお願いはするだけ無駄だ。

 交渉する為には、もっとグラム領の狙いについて情報が必要だ。


「任せて下さい、とは言えませんが、彼女に危険が及ばないように努力します」


「そういえば、ドルトンさんが言っていた裏について、何か分かりましたか?」


 スコヤが軽く探りを入れる。幼子を騙すような罪悪感に額の辺りがチリチリと傷むが、まだ耐えられる。本当の罪悪感を持った時に比べれば、ぬるま湯もいい所だ。


「まだ不明です。ただ、気になるのは、研究員達が妙に落ち着いています」


「シムさんを自分の手に戻したんですから、可笑しくないのでは?」


「いや、あの子はメータラ領の子なんでしょう。だとしたら、メータラから抗議は当然として、実行部隊が来ても可笑しくありません」


 まだ、シムさんがメータラ領の領民と決まったわけではありませんけどね。


「シムさんを出汁に、ここの研究を奪う為ですね」


 スコヤはグレーンの勘違いをあえて訂正しなかった。シムがメータラ領であるかは不明だが、シムがセック領でない事は明白だからだ。シムは自分の村の事を話す時、冬には雪が降り積もると言っていた。大陸の南に位置するセック領では、雪は降らない。標高の高い山でも、時折降るぐらいで積もる事はない。雪が降り積もるのは北側の領だけだ。


「ええ。それなのに、何の対策もしていません」


 妙な話だ。北側の領にとって、南側の領の技術は喉から手が出るほど欲しいはずだ。南側の領に領民を誘拐されたなんて美味しい話を逃すはずはない。


「仮にシムさんの居た村人を……その、皆殺しにして誘拐した事を誤魔化した。ふふ、さすがにそれは無茶ですね」


 スコヤは言ってみて、苦笑する。あまりにも現実離れした話だ。村一つ消せば、そっちの方が大問題となり、結局北側の追求を受けてしまう。本末転倒もいい所だ。


「ええ、そんな事をしたら本気でメータラ領と敵対する事になります。ここの研究がどれだけ重要でも、たかだか一研究にそこまで肩入れはしないでしょうね」


「分かりました。貴重なご意見ありがとうございます」


「その辺を相談する為に、明日、ドルトンが近くの街に出かけます。何か欲しいものはありますか? 協力してもらってますからね。多少の便宜なら図りますよ」


 グレーンからの申し出に、スコヤは初めて仮面ではない笑みを浮かべた。


「それでしたら、何か暇を潰せるものをお願いします。この本一冊だけでは、暇をもてあましてしまいます」


「それはまた、寝る間も無い私達から見たら羨ましい悩みです」


 スコヤの申し出にグレーンは苦笑いを浮かべる。よく見ると、グレーンの目の下に薄っすらと隈が見えた。


「分かりました。ドルトンに言って、暇を潰せそうなデータを準備させましょう。ではまた」


「ええ、期待しています」

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