ちょっと驚いただけ、逃げないわよ
SIDE:SHIM
飛行船、三日間の旅の終着点は山の中にポツンと建つ、金属の箱だった。高さは都市ジュウで見た三階建ての建物と同じ位、幅もほぼ同じ正方形の形をしている。奥行きは分からない。遠くまで伸びて、途中から木々で遮られていた。正面中央に長方形の穴が開いていて、その中に職業兵達が入って行く。
シムはその建物の異様さに目を剥く。この資源が少ない星で、金属をここまでふんだんに使った建物をシムは初めて見た。その表面は滑らかで繋ぎ目がない。木目の様な個性がなく、どこまで均質で一定の面が続く。木材にあった命の息吹が感じられない。
だが、熱さを感じた。人の想いが見た。この壁一つに何十人も人間のこだわりが、情熱が感じられた。木の建物が自然の欠片だとするならば、この金属だらけの建物は人の情念だ。
圧倒的な意志にシムは一歩後ずさる。
『逃亡、困難、奇襲』
「ううん、ちょっと驚いただけ、逃げないわよ」
懐から飛び出そうとした大蟲を押さえ、シムはツルリとした壁にあいた長方形の穴へ向う。さりげなく辺りを窺うが、スコヤの姿は見えなかった。どこか別の場所に連れて行かれたのだろうか。スコヤの事が気になり、シムの足取りが鈍った。
職業兵の一人がやって来る。グラム領の女職業兵、グレーンだ。敵じゃない女の登場にシムの顔が綻ぶ。
「あなたの連れは、あなたが研究所に入った後、続いて研究所に入ります。安心して下さい。彼はグラム領のものですので、無意味に損なわれる事はありません」
「ふ~ん、分かったわ」
シムは表情を凍らせる。
もの。損なわれる。まるで人形か何かを扱う言葉に、改めて味方でない事を突きつけられた。
わたしが、わたしがやるしかないんだ。皆の為に。
建物の中は金属だけでなく木材も使われていた。寧ろ木材の方が多い。目に見えて金属質な部分は柱位だ。何処からともなく拭いてくるそよ風が、肌の潤いを奪う。
前後を職業兵に挟まれたシムは彼らに従い、奥へ向う。右へ左へ上へ下へ。最初は距離を方向を数えていたシムだが、あまりに複雑な経路に方向も距離も分からなくなった。
十数分、いい加減建物の広さにうんざりしてきた頃、ようやく終点へ到着した。厚さ二十センチはあるであろう、分厚い金属の扉が音もなく開き、中に押し込められる。
職業兵に背中を押されて入ったシムは、自分を取り囲む人影に身をビクつかせた。白衣を羽織った女達が半円状に立って、シムを無言で見下ろしていた。
『警戒、攻撃、準備』
大蟲が懐から飛び出て、シムの頭で攻撃態勢を取る。女達は大蟲を見ても、慌てる様子がない。それどころか、大蟲を見る事すらない。シムに無遠慮な視線を浴びせ続ける。
居心地の悪さを感じるシムに、ショートカットの女性が薄緑色の服を突き出す。
「な、なに? 何なのよ?」
「今着ているものを全て脱いで、それに着替えなさい」
シムは恐る恐る服を受け取り広げた。薄い布で作ったガウンの様な服で、シムがスコヤに助けてもらった時に着ていた服に似ていた。
「分かったわ。どこで着替えたらいいのかしら? 更衣室はどこ?」
辺りを見渡すが、部屋の中はそこかしこに機械が設置されているだけで、着替えられそうな場所は見当たらなかった。
「ここで着替えなさい。スタッフは全員女性よ」
そう言う問題じゃない、と言いたかったシムだが、グッと我慢する。ここで抵抗して、皆に何かがあったら。それに比べれば、ここで着替える位なんでもない。
「分かったわよ」
シムは手早くシャツとズボンを脱ぎ捨て、渡された服に袖を通そうとして、ショートカットの女性に止められる。
「下着も脱ぎなさい」
「え!」
「私は全てと言ったわ」
シムが恥辱に頬を朱に染める。しかし文句は言えない。家族の為、村の皆の為、スコヤの為、と言い聞かせて、下着を脱ぎ捨てた。
薄緑色の服に着替えたシムは、部屋の中央にあるベットに寝かされた。ショートカットの女性とその助手らしき女性が枕元に立ち、矢継ぎ早に質問を浴びせてくる。
「貴女の年齢は?」
「十三よ」
「貴女の名前は?」
「シム」
「流れる川は蟲の元へ、そそり立つ木々は天へ、大地は人を見捨てたわたし達を受け止める」
「何、それ?」
「貴女の好きな食べ物は?」
「甘いもの」
「もっと具体的に」
「砂糖菓子」
「Bの五ね。ここに二人の男が居ます。一人はのっぽ、もう一人はチビ、助けるならどっち?」
「へ?」
「速く答えなさい。後がつっかえているんだから」
「え、えっと、のっぽ」
質問は四時間ほど続き、終わった頃にはシムはクタクタになっていた。
「実験、終了」
女性の宣言に、シムは集中の糸を切る。ずっと頭を使っていた所為で、頭の中が沸騰しそうだった。
漸く終わったわね。
シムが目を閉じて休もうとするが、腕を引っ張られ、強制的に起される。
「出て行きなさい」
そのまま腕を引かれて、部屋の外へと追い出された。部屋の外には実験中ずっと待機していたのだろうか、職業兵が直立不動で待ち構えていた。
「移動する。ついて来たまえ」
シムの返事を待たず、職業兵は踵返す。シムも背中を棍棒で押されて、歩き出す。
「今度はどこよ?」
『疲労、休息、要望』
「うん、休めるといいんだけど」
シムはペタ……ペタ……重い足取りで職業兵に従う。上へ下へ何度も階段を渡り、先ほどの部屋と似た様な扉の前につれてこられる。
「どうやら、まだ休ませてもらえそうにないわ」
扉が開くと中では白衣を着た男女が待ち構えていた。




