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流星少女  作者: 藤崎悠貴
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流星少女 5

  5


 木曜日の学園祭に向けて、各部活は準備に追われている。

 日ごろは地味なわが天文部も、結局本棚がある図書室ではなく空いている教室を使うことにして、飾り付けをはじめていた。

 学園祭三日前には木下の力作、土星のモデルが完成し、仲本が担当する太陽系のほかの惑星も続々と完成していく。それを教室の中央に飾って、その周囲におれと部長で作った星を飾っていく。距離や大きさは曖昧だが、場所だけは正確にしようということで、実際の星座表を片手に天井から吊していく。北半球からは見えない星座は床近くに配置して、地球の位置から見るとちゃんと星座を作れるようにもしておいた。

 学園祭の一日前にはそうした準備も済んで、部員全員で星座の説明書を作る。これには宇宙人も協力し、星の結び方や星座一覧などが書かれた説明書が完成した。

 そして学園祭当日。

 天文部は、その場で解説するためにふたりは教室に残り、それ以外は自由行動になった。

 まずおれと仲本が解説、部長と木下が自由行動。しかしはじまったばかりでは客もすくなく、おれと仲本は自作説明書を片手に自分たちで作った宇宙を眺めていた。


「一週間でやったにしては、なかなかよくできましたね」と仲本。「とくにこの土星なんて」

「明らかにひとつだけクオリティが高いよな」


 木下がひとりで時間をかけて作った土星。遠くから見るとちゃんとした輪なのだが、近くから見ると、無数のちいさな発泡スチロールの破片でできている。それをテープの上に散らすことで輪を作っているのだ。発泡スチロールにはすこしずつ明暗の差がついた色づけがあり、それが輪の明暗にも繋がっている。木下らしい妥協の感じられない作りだ。土星を愛していなければ、これほどの細かい作業はできなかっただろう。

 ほかの惑星にしても、特徴を見ればそれぞれどんな星かわかるようになっている。火星はやはり赤いし、地球は色が多く、金星は霞んだような黄色。太陽系外の恒星や銀河にしてもできるかぎりは再現してある。とくに、土星を作り終えた木下が手がけたアンドロメダはなかなかのものだ。

 時間が進むと、ぽつりぽつりと客がやってくる。

 大抵、はあ、とか、ほう、とか、ふうん、とかいって、十分ほどで帰っていく。まあ、そんなものだろう。現実の星空にしても、何時間も見上げていられるのは本当の星好きだけだ。

 なかには、いちいち星を指さし、あれはなんというのか、どこがどんなふうに星座になっているのか、と訊いていくやつもいる。そういうやつにはできるだけ丁寧に教える。あれは間違えて歪んでいるんじゃなくて、実際にあんな星なのだ、と。なんだか説明しているうちに言い訳めいてくるが、それも仕方ないことだ。やはり作り込んだ分、そこを理解してほしい。

 昼過ぎに部長たちと交代になり、おれはひとりでだらだらと校舎を歩いた。多くの部が大きな看板を出し、派手に宣伝している。うちもそうしたほうがよかったかと思うが、中身が派手でない分、拍子抜けになっても困る。

 うろうろしているうち、遊びにきたらしい妹と出会った。とにかく天文部に行けと命じて、乗り気ではない妹を無理やり天文部の前まで連れていく。あとは部長の仕事だ。見事な作り笑顔で部長は妹をなかに導き、あれこれと説明する。さすがに将来プラネタリウムの案内人になると公言している部長だけあって、説明はうまい。木下も、土星の話になるとだれよりも詳しい。まあ、熱が入りすぎて、ひとりでしゃべっている感はあるが。

 さらに校舎をうろついていると、同じようにひとりでふらふらと歩いている宇宙人を見つけた。頭の上の耳で、遠くからでもわかる。しかし今日ばかりはその耳もあまり浮いていない。生徒のなかにはわけのわからん格好をしているやつもいて、そうした派手派手しいコスプレに比べれば、頭に耳をつけているだけの宇宙人は地味とさえいえる。

 宇宙人にとって学園祭は、格好のサンプル調査の場のようだった。

 日ごろ、学校にも生徒はたくさんいるが、決まりがあるので自由には振る舞えない。自由ではない行動はサンプルとしては成り立たないらしい。そこにきて今日は決まりもないお祭りのようなものだから、充分サンプルになりうる。

 宇宙人は手当たり次第に出し物を覗き、なにやら手帳にメモしていた。相変わらずよくわからないメモだ。みみずがのたくったような文字がずらりと並んでいる。

 宇宙人は宇宙人なりに楽しんでいるようだ、とおれはその場を離れる。そしてとくにすることもないので、天文部が使っている教室に戻った。そこで説明係りになるわけでもなく、ぼんやり教室のなかにできた宇宙を眺める。

 あれが北極星、そこからこぐま座、りゅう座。すこし南にはケフェウスがある。さらに南にはデネブ、ベガ、アルタイルの三つ。アルタイルの楕円はわれながら見事だ。ベガとアルタイルのあいだに天の川がないのがすこし残念。一応、説明ではここに天の川があり、これが織り姫と彦星で、というするのだが、実際に見えているほうがわかりやすいだろう。

 そうして考えてみると、やはり完成形にはほど遠い。現実的にするなら、背景にもたくさんの星を置くべきだろう。そのなかで目立って見えるものが星座になる。夜空というなら、流れ星もほしい。星自体が発光するのもいいな。恒星なのだから、そのなかに電球でも仕込んで光らせるとさらにそれらしく見える。

 そんなことを考えているうちにも客はやってきて、帰っていく。そのうち、宇宙人もやってきた。製作途中から知っているはずだが、宇宙人はやけにじっくりと星を見てまわる。


「本物の宇宙とはやはりちがう部分も多いのですが」と宇宙人。「これがひとつの宇宙だということはわたくしにもよくわかります。こうした想像力が、人類を支えているのですね」

「大げさだな」とおれは苦笑い。「まあ、星なんか想像力の塊みたいなもんだからな。星座にしても、その由来にしても」

「宇宙人は想像とかはしないんですか」と仲本。

「しますとも。想像がなければ、自らを進化させることはできません。人類はそれができます。自分自身で、自分自身を変えていくことが。それは想像力があるからこそなのです。過去を思い、現在を見て、未来を想像する。それはほかの生物にはできないことです。知的生命体の定義といってもよいでしょう」

「たしかに、泥団子に色を塗ったやつを見て恒星だと思えっていってるわけだからな」おれは頭上を見上げる。「想像力なくしては成立しないか」

「想像力と実行力。それこそが人間よね」と部長。

「実行力にはすこし欠けるさ」と木下。「土星は、もっとうまくできたはずだ。時間と資金があれば。いつか完全な土星を作ってやる」

「充分できてると思うけどな」


 新しい客がくる。部長が説明をはじめ、おれと宇宙人は教室の隅に移動して宇宙を眺めた。

 よくできている、とは言い難いが、こんなものだろうという気もする。もし宇宙を作ったのが神だとすれば、この宇宙を作った神というのはおれたちのことだ。しかしおれたちは神ではない。だから現実と宇宙と同じようにはできない。これは神の宇宙ではなく、おれたちの宇宙だ。そう考えると、なにもかも整っていなくてもいいように思える。便利なものだ。これも想像力というやつか。

 夕方になり、一旦、学園祭は終わる。

 しかし後片付けという名目で生徒の多くは学校に残り、後夜祭のような騒ぎは日が暮れるまで続く。

 天文部も片づけをしながらお菓子をつまんだり、ほかの部を覗いたりと忙しい。

 やっと教室が元どおりになったのは日が暮れたころだ。まだ多くの生徒が校舎に残っているが、そろそろ帰れと怒られる時間。校庭には荷物を抱えた生徒が大勢いる。おれたちも使い終わった星や惑星を抱えて校舎を出た。

 もうすっかり夜だ。風も冷たくなっている。楽しかったというよりは騒がしかったが、それなりに満足はあった。


「お、天文部」と校庭でたむろしていた野球部が手を挙げる。「いいところにきた。ちょっとこっちこいよ」

「なんだ」野球部は、どこから持ってきたのか、たこ焼きを持っている。まだ熱くてうまそうだ。

「あ、勝手に食うなよ」

「いいだろ、一個くらい。なんか用か」

「いや、今日は星がよく見えるって話をしてたからさ。本業のやつに解説してもらおうと思ってな」


 空を見上げると、たしかに星がよく見える。さすがに町中で、落ちてきそうなほどとはいかないが、いくつかは目立つ星もあった。


「あれ、なんの星だよ」野球部のひとりが空を指さす。「ちょっと暗いやつ」

「あれか。さあ、なんだろうな」

「天文部のくせにわからないのか」

「天文部だからって全部暗記してるわけじゃない。その下にある明るいやつはわかる。夏の大三角のひとつだ」

「聞いたことあるな」

「これだよ」とおれは紙袋からベガを取り出す。

「なんだ、その泥団子」

「星だ。あの星だよ。こと座のベガ。ちょっと離れたところにあるのがアルタイルで、そこから横へいくとデネブがある。これが三角だ」

「ふうん。たしかに三角っぽいけどな。そんなもん、どの星でも作れるだろ」

「大三角は通称だ。正式な星座じゃない。夏の空でとくによく見える一等星以下を三つ繋げたんだよ」

「じゃあ、あれは」

「あれはカシオペアだ。よく見たらアルファベットのWに見えるだろ」

「見えねえよ、そんなの」

「見えるんだよ。見えることにしろ」

「あ、流れ星」とだれかが言う。「しまった、願い忘れた」

「いちばんいいのは、金、金、金、らしいぞ。すぐ言えるからな」

「髪、髪、髪は」

「禿げてねえよ」


 だれかがけらけら笑う。暗くなり、お互いの顔もよくわからない。校庭には野球部のほかにも何人か生徒がいるはずだ。天文部も。そういえば宇宙人はどこへ行ったんだろう。今夜もうちに泊まるつもりかな。そうなるとまたソファだ。普段はミケが寝ている場所だから、ミケの機嫌が悪くなる。


「まただ」だれかが短く言った。「また流れ星」

「結構見えるもんだな。あ、まただ」


 紺色の空を光の筋が横切っていく。それが消えるとまた別の場所で光が走り、次は消えないうちから現れる。

 校庭のあちこちで、流れ星、という言葉が聞こえてくる。まだ残っているほとんどの生徒が空を見上げていた。


「流星群みたいだな」とだれかが言った。「前に見たことあるけど、こんな感じだった。いや、もっとすくなかったかな」


 いまでは一秒にひとつ程度のペースで流れ星が現れる。一分で六十個。流星雨だ。

 おれはしばらく空に見とれていた。いくつもの光が横切っていく。空が興奮してよろこんでいるように。

 後ろから足音が聞こえて振り返ると、部長や仲本が立っていた。木下もいる。


「この流れ星、なにかしら」と部長。「ジャコビニ流星群はもう終わったはずでしょう。オリオン座はもっと先だし」

「すこし遅れても見えることはあるけど、こんな数になるはずがない。それに、方角もばらばらだ」

「なんだか変な感じですね」と仲本。「日食とか月食を怖がった昔のひとの気持ちがわかるかも」


 いくつもの星が、文字どおり空から降ってくる。その光であたりがすこし明るくなったようだった。木下の真剣な顔が見える。おれは校庭を見回した。すべての生徒が空を見上げている。宇宙人の姿はない。校舎を出たときは、いっしょにいたはずなのに。


「数が多くなっていく」部長は呟いた。「空全体が流れてるみたい」


 おれはその場を離れ、校庭を歩いた。だれもおれには見向きもしていない。空に見入って、言葉もない。静かな夜に星だけが騒いでいる。

 宇宙人は、校庭の隅の木の陰に立っていた。おれに気づいて、なんとなく笑っている。


「この流れ星は、なんなんだ」おれは言った。

「お迎えです」と宇宙人は言った。「調査は終わったので、迎えを呼んだのです」

「迎え? もう、帰るのか」

「あなたにはお世話になりました」宇宙人はぺこりと頭を下げる。白い耳がゆっくりと揺れた。「おかげで調査ははかどりました」

「なんの調査をしていたんだ。どうして地球にやってきたんだ」


 空は、昼間のように明るい。しかし太陽光とはちがう青白い光だった。


「地球は母なる星です」宇宙人は言った。「いつかはわれわれもここへ帰ってくるつもりでしたが、いまはまだそのときではないようです」

「どういう意味だ。ここへ帰ってくるだって」

「われわれの寿命は長いのです」宇宙人は笑った。「あなたの息子の息子の息子の息子あたりと会ったら、今日のことを話します。では、またいつか。おはようございます、こんにちは、こんばんは、さようなら、おやすみなさい!」


 流れ星はさらに輝きを増す。火球のようだ。あまりの眩しさに目を閉じる。そのとき、だいたいのことは予感していた。想像力、というやつかもしれない。きっと、目を開ければ頭のうさぎの耳をつけた奇妙な宇宙人はいなくなっている。夢から覚める。それでもおれは目を閉じ、流れ星が去るのを待った。



  *



 突然の大規模な流れ星、というニュースは、それから三日間、飽きるほど見た。

 四日目には別の大きなニュースが入ったので、流れ星という平和なニュースは自然に消え、話題にも上らなくなった。

 流れ星は消え、夢から覚めても、日常というものは続いていく。だからこそ日常なのだ。

 日は昇って、落ちて、月が出て、星が出て、見えなくなる。

 何度かそんなサイクルを繰り返したあと、おれは久しぶりに天文部へ顔を出した。

 学園祭以来、ひと仕事終わったような気分でなかなか顔を出す機会もなかったのだが、部室にはいつものように全員が揃っていた。部長、木下、仲本の三人だ。木下や部長は毎日きていたらしいが、仲本はおれと同じように久々の顔出しだったらしい。


「結局、宇宙人さんは帰っちゃいましたね」仲本は心底悲しそうに呟く。「地球に永住してもよかったのになあ」

「よくはないでしょ」と部長は古い月刊天文をめくる。「そもそも宇宙人じゃなくて、どこかに帰っただけよ」

「まだそんなこと言ってるんですか。それじゃあ、あの流れ星は」

「なにかの天体現象なんでしょうね。まだどんなものかわかっていないというだけで、宇宙人とはなんの関係もないわ」

「頑なですね、部長は。高市先輩はどう思います?」

「さあ、どうだろうな。本物の宇宙人だったのかもしれないけど、まあ、どっちでもいいような気はする」

「絶対宇宙人ですよ。だって、耳、ありましたもん」

「作り物じゃないの」

「ちがいますって。それにね、わたし、考えたんです」と仲本。「あの宇宙人さん、地球には調査のためにきたって言ってたじゃないですか。前にも何回か同じように調査できたことがあるんじゃないでしょうか」

「あったとしたら、どうなの」

「あったとしたら、もしかしたらあの宇宙人さんこそ天使じゃないかと思ったんです」

「天使ですって?」

「ほら、天使って頭の上に輪っかがあるじゃないですか。あれって、耳が変形したものじゃないかと」

「ばかばかしい」部長は鼻で笑う。「そんなこと、あるはずないでしょ。耳は耳。輪っかは輪っか。それに天使なんて柄じゃないでしょ」

「そうですかねえ。美人だったから、もしかしたら、と思ったんですけど」

「天使が宇宙人だったら、神はどうなるんだろうな」とおれ。「宇宙の中心にいる巨大なやつか」

「かもしれませんね。その使いだったのかも。もう一回きてくれないかな」

「もう充分だわ」


 部長は実感がこもった声で呟く。おれは思わず笑った。


「もしかしたら、またくるかもしれませんよ」

「どうしてよ」

「前は調査だったでしょう。今回は、遊びでくるかも」

「勘弁してよ、ほんとに。もしもう一回きても、うちには泊めないから」


 まあ、そんなことはありえない。いくら宇宙人でもそう簡単には行き来できないだろう。そのはずだ。いや、ただでさえ奇天烈な宇宙人のことだ、正確なところはわからない。まさか、本当に?

 ミケだ。ミケを家の前に飾っておこう。宇宙人避けの猫。

 部長にも教えてやろうかと思ったが、おもしろそうなので、しばらく黙っておく。それには、すくなくともしばらくは宇宙人などこないだろうという予想もあったが、この一月後、おれは自分の見通しが甘かったことを、例の挨拶詰め合わせとともに思い出すこととなる。

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