流星少女 4
4
日曜は各自担当の星を作るという役割があるから、登校はしない。
ひたすら家で丸いものを作るにはどうすればいいか考え、星を作っては破棄し、新しい星を作る。
今日は宇宙人もいないし、ミケもおとなしく、妹は出かけているから、作業は順調に進む。
やはりはじめから丸いもの、というとむずかしい。おれの手で丸く形作ることができれば、それがいちばんいい。新聞紙は無理だ。どうしてもでこぼこが目立つ。なにかないものかと考え、やっとひとつ、解決策らしいものを思いつく。
おれは庭と呼ぶのもおこがましいような、家と塀のすき間めいた空間に降りる。一応地面は土だ。スコップで掘り返し、キッチンから水を運んで、土を湿らせていく。いい感じに湿ったところで適量を手に取り、手のひらで丸める。この工程がもっとも重要だ。ここで丸くできなければ、いびつな星になってしまう。この方法のいいところは、この工程次第でどんな形でも作れることだ。アルタイルなんかは忠実に楕円で作れる。いまは試しに球体で作る。
納得いくような球体になったら、あとはそれを適当な場所に置いておくだけでいい。何時間か経てば土が乾き、丸い塊ができる。それに色をつければ星のように見えるだろう。紙粘土ならもっと効率がいいのだろうが、それでは金がかかるから、ここは童心に返って泥をこねるしかない。
何個か実験用の泥団子を作成し、それを乾かしているあいだ、窓辺に腰を下ろす。十月に入ってやっと涼しくなり、いまはちょうど過ごしやすい気候だ。今日は天気もいい。風も冷たすぎず、どことなく秋を感じる。そういえば昨日のジャコビニ流星群はどうだったのかな。たまになんの前触れもなく活動が活発になる。流星雨くらいになればテレビでもやるだろうが、なにもやっていないことを思うと例年のとおり地味な流星群で終わったんだろう。
眠たげな顔をしたミケがそれとなくすり寄ってくる。そのくせ、抱き上げると抵抗する。しばらく放っておくとミケはおれの右手の上に乗って寝はじめた。膝の上ならわかるが、右手の上に乗ってなにか心地いいのだろうか。猫のことはわからない。
言葉が通じず、身振り手振り、ボディーランゲージも通じないなら、それは異星人のようなものだ。生きている環境がまるでちがう。同じ酸素を吸い、ほ乳類として分類上は同じものになっているが、結局この星には人間しかいないのかもしれない。猫は猫の星で生きているし、犬は犬の星で生きている。偶然どこかで出会うことがあっても、やあ、久しぶり、とはいかない。没交渉、というわけだ。そのくせ、おれは猫を飼っているし、猫はおれの右手の上で寝ている。のんきなものだ。
ミケのせいで動くに動けず、おれはそのまま用もないのに窓辺に居座り続けた。
そろそろ泥団子も乾いてきたころかな、というとき、電話が鳴る。仕方なくミケを退けて立ち上がる。ミケは退けても退けた先で寝続けていた。こんなことなら腕が痺れる前に退ければよかったと思いながら受話器をとると、挨拶もなく、相手の確認もなく、名乗ることもせず、二秒ほどで電話は切れた。
「いますぐうちにきて。もう耐えられない」
つー、つー、と通話終了の音が空しく響く。
なんとなく、部長の声のようだった。部長ならうちの電話番号も知っている。おれも部長の家を知っている。もう耐えられない、という言葉が発せられそうな状況にあることも、だ。
なんでおれが、と思わないでもないが、最初に宇宙人と言葉を交わした、という背景があるだけに、すこし宇宙人の行動に対して責任感のようなものもある。おれのせいではないが、おれにも原因の一端はある、ような気がする。教育がなっていない、というわけだ。
泥団子はあとで見ることにして、おれはすぐ準備をして家を出た。部長の家までは自転車がいちばん近い。駅近くにあるマンションだ。十五階建ての、このあたりではいちばん大きなやつ。その十四階に部長の家はあり、ぞっとするほど下にある地面を見ないようにしながら廊下を進む。一五〇七号室。加川、という名字も確認してチャイムを押すと、返答よりも先にドアが開いた。
顔を出したのは、心底疲れた顔の部長だった。その後ろから、宇宙人が覗いている。ぴったり背後に憑かれている。
「おはようございます、こんにちは、こんばんは、おやすみなさい!」
宇宙人は部長の肩越しに挨拶した。おれも一応挨拶し、それから部長に、
「お疲れさまです。半日保ちましたね」
「努力はしたのよ」と部長。「でも、これが限界。なんなの、この子」
「宇宙人じゃないですか、たぶん」
とりあえず、家に入れてもらう。いまは部長と宇宙人のほかにだれもいないらしい。一軒家のうちよりも広いリビングだ。それもおしゃれ。やはり大手の企業に勤めている家はちがう。
部長は倒れ込むようにソファへ座る。その後ろに宇宙人がつく。おれのときと同じだ。宇宙人はひとの後ろのつくのが好きなのかもしれない。
「それで、宇宙人はなにかしましたか」
「なにをしたってわけじゃないけど」部長はちらりと宇宙人を見る。「いつもこの距離よ。どこへ行くにも、なにをするにも」
「この距離が観測にはもっとも適切なのです」と宇宙人。「観測者というのは、少なからず観測対象に影響を与えてしまいますが、この距離が詳細な観測と観測対象への影響がもっとも釣り合った距離なのです」
「うっとうしいったらないわ」部長はため息。「あなた、よく一日も耐えたわね」
「まあ、気にもしてませんでしたから」
いわれてみて、そういえばいつも後ろから見ていたな、と思いつく程度。目の前なら邪魔だが、真後ろなら視界にも入らない。
「できれば、早急に引き取ってほしいんだけど」と部長。
「いや、引き取ってくれといわれても。宇宙人的に満足しないと無理なんじゃないですかね」
「あなたももう満足でしょう?」部長は宇宙人に言う。「充分理解できたんじゃないの。お風呂から、ベッドから、買い物までついてきたんだから」
「一定の成果は得られました」と宇宙人。「地球人について、さらに理解が深まりました。男女の差も自身の観測で把握できましたし。もうすこし観測すれば、さらに有益な結果が得られるだろうとは思いますが」
「思わなくていいわ。高市、早く連れて帰ってよ。これから星も作らなきゃいけないし」
「おれは泥団子で作りましたよ。時間はかかるけど、球体にしやすいから。まあ、色づけが問題ですけど」
「茶色い星はともかく、白い星はむずかしいでしょうね。まあ、絵の具かなにかで色づけもできるんじゃない。わたしもやってみようかしら」
「お願いします。一等星だけでも結構あるし、主要星座も入れるとなるとかなりのペースで作らなきゃ間に合いませんから。じゃあ、おれはそろそろ」
「宇宙人、連れて帰ってよ」
「連れて帰れるかな。どうする。いっしょに帰るか」
宇宙人は、すこし考えるような素振りを見せた。しかしすぐうなずく。はじめから答えは出ていたというように。
そして宇宙人は部長の後ろからおれの後ろへと移動する。やはりそこが定位置のようだ。おれはそれほど気にならないが、どちらかというと神経質な部長は気になって仕方ないのだろう。宇宙人云々という以前に、性格が合わなかったにちがいない。
掃除の行き届いた廊下を進み、玄関で靴を履いていると、部長がそっと、
「あの子、やっぱり宇宙人じゃないわ。その確信を得たのよ」
「確信?」
「お風呂でじっくり見たけど、どう見ても普通の人間だったもの。ほかの星で育ったはずの宇宙人が、あんなに人間と近いはずないわ」
「風呂、いっしょに入ったんですか。仲良しじゃないですか」
「好きで入ったわけじゃないわよ。あの子が入ってきたの。でもこれで宇宙人じゃないことははっきりしたわ」
にやりと笑う部長。それならもうしばらく泊めてやってもいいのにと思ったが、部長としてはそれとこれとは別問題なのだろうし、宇宙人かそうでないかは部長の心のなかの問題なのだろう。ひとまずおれが預かるしかないらしい。まるで捨て猫のようだ。放っておけばそれなりに生きていく気もするが、なんとなく放り出すのは忍びない。
部長の家をあとにして、ゆっくり家へ戻る。おれは自転車だが、宇宙人は歩きなので、それに付き合う形。自転車を押しながら住宅街を進む。
「おれんちでもよかったのか。個人的には、部長の家のほうがなにかと楽しいと思うけど」
「あなたの家のほうが家族が多いのです」と宇宙人。「その分、多くのサンプルを観察できます。年齢の差、男女の差などなど」
そういえば部長はひとりっ子だ。サンプルとしてはひとつすくない。
「それだけ調査をして、どうするんだ。人類の弱点を探して攻めてくるのか」
「攻めるつもりなら弱点を探さなくてもできます。生態を調べる必要があるのです。どんな社会を作り、どんな町を作っているのか」
「研究対象というだけか。そのためだけに地球へきたのか」
「理由はいくつかあります。しかしまずは調査です。それが済めば一度帰って、行動を検討します」
サンプル、つまりおれたちによって宇宙人の行動が変わってくるというわけか。悪いように振る舞えば侵略されるとか。しかし宇宙人にとってなにが好ましく、なにが嫌われるのかがわからない。結局、普段どおりにやるしかないのだ。
「いまのところ、人類はどうなんだ」
「なかなかです」と宇宙人。
「なかなかってどっちだよ。いいのか、悪いのか」
「よい悪いの二択ではありません。しかし、強いていえば、想像していたよりもずいぶん順調なようです」
「順調だって?」
「進化している、という意味です」
「ふむ。原始人レベルだと思っていた、ということか」
「社会は好ましい方向へ進んでいます」
「そうとは思えないけどな。ややこしいし、わけがわからん」
「人間もそうです。互いに愛し合い、よりよい生活を目指しています」
「宇宙人がそれをいうとなんとなく怪しいな」
おれたちはただ生きているだけだ。もし結果としてそうなっているなら、そのように生まれたのだと思う。
「宇宙人はどうなんだ。人間とはちがうのか」
「基本的には同じです。環境が変化し、変わっていくこともありますが」
「よくわからん。いったいどこに住んでるんだ。太陽系の惑星じゃないんだろう」
「決まった惑星ではありません。舟に乗って旅をしているのです。舟がわれわれの母星なのです」
「宇宙船か。そういえば、そんな小説があったな」
家に帰ると、ミケはまだ寝ていた。暑くもなく寒くもなく、猫にとってもちょうどいい気候なのかもしれない。
放置しておいた泥団子はいい具合に固まっている。色づけはやはり絵の具ですることになった。もともと濃い茶色という色がついているせいでなかなかむずかしいが、何度も塗り重ねるとやっとそれらしくなる。これがただの惑星なら茶色で楽なのにな。茶色い恒星は存在しない。せいぜい赤色だ。赤色というにはすこし黒が多い。
おれが色塗りをしている後ろで、宇宙人はぼんやりおれのことを観察していた。部長はこの視線に耐えられなかったのだろうが、おれはとくに気にしない。そのうち宇宙人のほうも眠っているミケにちょっかいを出しはじめて、ミケも目を覚まし、いつかのようなにらみ合いになる。宇宙人避けには猫が有効、か。もし宇宙人と戦争になったら、猫のかぶり物が役に立つかもしれない。本物の猫は、頼み込んでも人類の代わりには戦ってくれないだろうから。
夕方までに五つの星ができた。紐をつけ、持ち上げてみると、それらしく見える。新聞紙にテープを巻いたものよりもよっぽどいいできだ。
夕食前に妹が帰ってきて、宇宙人が戻ってきたことをよろこんだ。お袋も張り切って夕食を作っている。宇宙人もそれを手伝ったりして、すっかり家の一員だ。宇宙人なのに。
夜になり、泥団子作りも終わる。風呂に入って、ベッドで寝ようとすると、妹に止められた。そういえば今夜は宇宙人がいるのだ。宇宙人は妹のベッドで寝て、妹はおれのベッドで寝る。はじき出されて、おれはソファ。仕方なく布団を引きずってソファに移動し、寝転がる。今度は肘置きを使わず、身体をずらして枕を置いた。これで寝違えることもないだろう。