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流星少女  作者: 藤崎悠貴
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流星少女 2

  2


「お兄ちゃん」と妹がおれの手元を覗き込む。「さっきから、なにしてるの。ごみ作り?」

「ばか。だれが好きこのんでごみを作るんだ」おれはまだ作成途中のモデルを掲げる。「これを見て、なにかわからないか」


 妹は首をひねる。


「新聞紙を丸めたもの」

「たしかに、それも間違いじゃないけど」

「それ以外に呼び方があるの?」

「リゲルだ。まだ途中だけどな。これからテープを巻いていくんだ」

「ひとになるの、これ」

「ひとじゃない。星だ。オリオン座は知ってるだろ。そのひとつだよ」

「ふうん」ととくに感心した様子もない。「そんなにちいさい星なの」

「実物大じゃない。本物は、太陽より大きい。でかい恒星なんだ」

「こうせい?」

「自分で光ってる星。邪魔だから、あっちで宇宙人と遊んでろよ」

「宇宙人さんは」妹は振り返る。「ミケと遊んでる」


 おれもすこし手を止め、リビングの様子を見た。ソファの向こうに、宇宙人がいる。身体を縮めるようにしゃがんで、頭の上についた白い耳だけをぴくぴく動かしている。その前には、似たような体勢のミケ。うちの飼い猫だ。ただの黒猫だが、いつの間にかミケという名前になっていた。なんにしろ本人は気にもしていないだろう。なんと呼ばれようと気が乗らないときには無視するし、呼ばなくても腹が減れば足下にくる。おかげで近ごろぶくぶくと太っている。いまでは片手で抱えられないような大きさだ。ダイエットさせたほうがいいのでは、とお袋は言っているが、飯を食わないと機嫌が悪くなるのは人間だけではないようで、ご機嫌を伺うように餌をやっている。だから痩せない。ぶくぶくと太っていく。そのうち、猫又になるのではとおれは半ば本気で思っている。

 そのミケが、宇宙人と対峙していた。お互い身体を低くし、にらみ合っている。ように見える。


「遊んでるのか、あれは」

「遊んでるんじゃない? 楽しそうには見えないけど」

「宇宙人と猫の考えることはわからん。まあ、飽きたらやめるだろ」

「それで、この、マイケルだっけ」

「リゲルだ。アメリカ人じゃない」

「リゲルはどうするの。部屋に飾るの?」

「学園祭に使うんだ。天文部で宇宙を作ることになってな。その一角を担うことになる」

「高校の天文部って宇宙を作れるの」

「模型だけどな。よし、リゲルはできた」


 青いテープの残りがすくなくなっている。できるだけ予算削減でやっているつもりだが、テープ代だけでも結構なものだ。おれは次の新聞紙を丸め、適当な大きさにする。


「今度はシゲルを作ってるの」

「日本人でもない。今度はベテルギウスだ」

「恐竜みたい」

「不気味な赤い星だからな。もしウェルズがベテルギウスをよく観察していたら、タコ型の宇宙人は火星人よりもベテルギウス星人になったかもな。まあ、あれは火星の運河問題でああなったわけだけど」

「その、ベテルギウスにはタコみたいな宇宙人がいるの」

「ベテルギウスにはいないよ。さっきも言ったようにベテルギウスも恒星だから、生物は住めない。太陽にはなにも住んでないだろ。どうやったって住めないんだ」

「おもしろくないの。宇宙人がいたらいいのに」

「そんなに宇宙人だらけの宇宙なんて大変だぞ。宇宙人は、ひとりでも充分すぎるくらいだ」


 うちの宇宙人は、まだうちの猫と遊んでいる。にらみ合ったままぴくりともしない。

 そもそも、ごく当たり前のように宇宙人がうちにいるのがおかしい。自然とおれにくっついて家まで帰ってきたが、ここは宇宙人の家ではない。おれの家だ。もちろん宇宙人など飼っていない。

 宇宙人なら宇宙人らしくUFOに帰ればいいのに、と呟くと、人間の耳かうさぎの耳でそれを聞いたのか、宇宙人は膠着状態のまま、そう簡単にはいかないのです、といった。


「地表近くまで乗り物を下降させるのは危険なのです。危険な飛行物体と間違えられて撃ち落とされたら大変です」

「まあ、たしかに怪しいものではあるけどな。なにしろUFOだ」

「もし地球の組織に乗り物が撃ち落とされたら、われわれは報復をしなければなりません。やられっぱなしはだめです」

「じゃあ、どこかにホテルでもとれよ。それともうちに居候するつもりか」


 言いながら、おれは赤いテープを巻いていく。できるだけ丸くなるように。これがなかなかむずかしい。中身は新聞紙を丸めたものだから、どうしてもでこぼこしてしまう。それでは不格好だ。表面だけはなんとかしてつるりとした球体になるように努力する。


「わたくしは地球人の生態を観察にきたのです」と宇宙人は言った。「そのためには、地球人の近くで観察するのがいちばんです」

「おれたちは稀少動物か」

「稀少ではありませんが、重要な動物であることはたしかです」

「勘弁してほしいよな。宇宙人のペットみたいだ」


 部長あたりが聞いたら怒り狂いそうだ。人類は宇宙人のペットじゃないし、そもそも宇宙人なんて存在しない、と。その気持ちはよくわかる。きっと部長は宇宙人がきらいなのだろう。なにか、トラウマでもあるのかもしれない。アダプター、だったかな。ちがうな。アブダクション、か。宇宙人による誘拐。まさか、部長がそんな経験をしているとは思えないが、大嫌いなものは存在しないほうがいい、と思うのはごく自然なことだ。うさぎの耳を生やした宇宙人との接触が、部長に新しいトラウマを植えつけなければいいが。

 ベテルギウスを作り終え、次はプロキオンだ。リゲルやベテルギウスに比べて地球に近い恒星。距離は十一光年ほど。近いといっても、おそらく人類には一生かかってもたどり着けない距離だ。いまの技術でも地球史そのものと同じほどの年月がかかる。

 プロキオンは青い光だ。青いテープを用意し、新聞紙を丸める。


「そういえば、お兄ちゃん」と妹。「今日はなんとかって流星群があるんじゃなかったの。もう夜だけど。えっと、紅鮭流星群だっけ」

「ジャコビニだ。耳が悪いのか、頭が悪いのか、微妙なところだな」

「悪いのは名前だもん」妹は拗ねたように言う。「変な名前ばっかりつけるから。そのジャコなんとかは見なくていいの」

「だいたい明け方だから、まだ早い。それに星作りもやらなきゃいけないしな」


 猫の手も借りたいほどだが、肝心の猫は宇宙人とにらめっこをしている。猫も宇宙人も肝心なときには役に立たない。だから、猫の手も借りたい、なのかもしれない。借りる、ではない。猫は手を貸してくれない。宇宙人もだ。結局、これは天文部がやるべきことなのかもしれない。

 その夜、おれは八個の恒星を作った。

 ジャコビニ流星群を見る余裕はなかった。

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