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流星少女  作者: 藤崎悠貴
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流星少女 1

  1


 どこからか聞こえてくる騒がしい声で目が覚める。

 ベッドで身体を起こすとカレンダーが目に入る。十月の七日。八日のところに、ジャコビニ流星群極大、と書いてある。明け方近くに北の空。りゅう座の頭らへんから、龍の涙のように落ちてくる。らしい。というのは、流星群というのはどうにも予想がむずかしく、この時期にこの方角の空、ということはわかるが、それがどれほどの規模なのかははじまってみなければわからない。それなりに降る予想があっても、一時間に十個前後というときもある。逆に小規模の予想に反して、一時間に百個以上の流星雨になることもある。とくにジャコビニ流星群はそれほど規模の大きな流星群ではないから、明け方に空を見上げているのはよほどの暇人か星好きだけだろう。おれはそのどちらもだが。

 ベッドから降りて、服を着替える。鏡に向かってネクタイを締めていると仕事にいくような気分になる。やはりブレザーではなく学ランの学校を選べばよかった。それか、ブレザーでもネクタイのない学校。就職すれば否応なくネクタイを締める生活になる。つまり、これから先の人生、おれはほとんど毎朝ネクタイを締め続けるわけだ。なんだか首を絞められているようで不快だと思いながら。しかし慣れると、そんなことを考えているあいだに締め終わってしまう。深く考え詰めないのはいいことだ。あんまり考えると、いやになる。

 部屋の扉を開けると、騒がしい声が大きくなった。笑い声や話し声。テレビの音が大きすぎる。リビングにはだれもいないのだろうかと覗いてみると、両親も妹も揃っていた。おまけに、本来はこんなところにいるべきじゃない女も。

 その女が、いち早くおれに気づく。


「おはようございます、こんにちは、こんばんは、おやすみなさい!」


 例の五ミリのごみがごみごみしているというような言葉のあと、大きな声でその女、宇宙人が言った。それで、家族もおれに気づく。


「あら、おはよう。ご飯食べる?」とお袋。

「そりゃ食べる。その前に、なんでこいつが」

「こら」と親父。「ひとのことを、こいつ、なんて呼ぶんじゃない。このひと、と呼びなさい」

「親父は知らないかもしれないけど、こいつは人間じゃないんだよ。だから、このひと、というのはおかしい」

「宇宙人だって人間だわ」と妹。「宇宙人差別よ」

「そんな男に育てたつもりはない」親父は腕を組む。

「宇宙人だって知ってるのか」

「そりゃあ知っているさ。自分から、わたくしは宇宙人です、と言ったんだから。それなら、といっしょに朝食をとっていたところだ」

「宇宙人と?」

「こんなめずらしいお客さんは滅多にこないからな。それにしても、和樹、いったい宇宙人のお嬢さんとどこで知り合ったんだ。おまえの知り合いだというが」

「昨日、展望台で会ったんだよ。夢じゃなかったのか、くそ」


 朝食は味付け海苔と白米だった。やけに質素だと思いながら食べはじめる。ふと、となり、宇宙人の女の前を見ると、焼き魚かなにかが乗っていたらしい皿があった。


「早い者勝ちよ」おれの視線に気づいて、お袋は言う。「それに、おいしいともまずいともいわないあなたよりよっぽど作りがいがあるわ」

「美味でした」と宇宙人。

「お兄ちゃんは朝に弱いもんね」と妹。

「お兄ちゃんは朝に弱いのですか」と宇宙人。

「お兄ちゃんだって? おまえはおれの妹か」

「お兄ちゃんではないのですか」宇宙人は不思議そうな顔。「あなたのお名前は」

「お兄ちゃん、なんて名前の人間はいない。和樹だ。高市和樹」

「お兄ちゃんのことをお兄ちゃんって呼ぶのは、わたしが妹だからよ」と妹。

「なるほど、なるほど」


 納得だというようにうなずく宇宙人。本当かな。どうもうそくさい。

 味付け海苔と白米を平らげ、時計を見る。そろそろ家を出る時間だ。高校は、中学よりもすこし遠い。妹はまだゆっくりしている。宇宙人の髪を見てきれいだといったり、宇宙人の肌もすべすべだといったりしている。よくもまあ、これだけなじむものだ。もしかしたらうちの家族は宇宙人なのかもしれないと思う。宇宙人同士なら、なじむのも早いだろう。


「じゃあ、そろそろ出るよ」とおれ。

「どこへ行かれるのですか」宇宙人も立ち上がる。「わたしも行きます」

「こなくていい。学校だよ。わかるかな。勉強するところだ」

「学校ですか。わかります。いっしょに行きましょう」

「いや、だから」

「いいじゃないか」と食後の珈琲を楽しむ親父。「宇宙人さんに地球の案内をしてあげなさい。事情を説明すれば学校だって追い返したりはしないだろう」

「こいつは宇宙人で、おれは案内をしているんだ、っていうのか。ばかだろ、そんなの。おれはばかじゃない」

「和樹、きなさい」親父は耳元で囁く。「異国の地ではなにかと心細いものだ。そんななか、おまえを頼ってきたんだ。そこでしっかり対応するのが男というものだろう」

「宇宙人に男を見せても仕方ないだろ。そんな区別があるかもわからない。もしかしたら、宇宙人には男も女もないかも」

「だとしても、だ。ここは地球だ。地球式に守ってやれ」


 いったいなにから守れというんだろう。ともかく、時間がない。仕方なくおれは宇宙人を連れて家を出た。宇宙人は昨日の格好のままだ。靴も履いていない。妹の靴がちょうど大きさも合ったので、それを履かせて、学校へ向かう。

 道中、宇宙人は思いのほか静かだった。どうせなにかと騒がしいのだろうと思ったが、あちこちを眺めてちいさくうなるほかは、なにも言わない。声を上げたのはバスを見たときだ。


「あれはなんですか」宇宙人はおれの服を引っ張る。「人間の詰め物ですか。食べるのですか」

「食べない。人間の詰め物でもない」満員のバスは、たしかにそう見えなくもないが。「乗り物だ。あれに乗って学校に行く。同じ時間に同じ場所へ向かうひとが多いから、毎朝ああなるんだ。バスという」

「バス。乗り物ですか」


 ははあ、と宇宙人はバスを眺める。本当に宇宙人か。遠い星から旅をしてきたということは、地球よりも優れた科学文明を持っているはずだが。まるで未開地から出てきたばかりの田舎者のようだ。

 バスに乗っているあいだも、宇宙人は子どものようにきょろきょろとあたりを見回していた。親父は異国の地といったが、たしかに宇宙人の様子を見ていると観光にきた外国人にも思える。頭に耳さえ生えていなければ。そもそも宇宙人はなにをしに地球へきたんだろう。まさか、観光しにきたというわけでもないだろうが。とぼけた顔をしながら、地球侵略の作戦でも練っているのかもしれない。

 バスを降り、学校へ向かう。その道中にも宇宙人は目立つ。さすがに声をかけてくるやつはいない。遠巻きに、あれはなんだ、というように見ている。おれも本当ならそっち側だった。なんの因果か、宇宙人はおれのとなりにいる。すこし距離をとり、おれもその他大勢のふりをしようとしたが、おれがそれとなく距離をとると宇宙人もそれとなくついてくる。結局、宇宙人はなんだあいつという顔で見られるし、おれはあいつも変だという顔で見られる。変なのは宇宙人だ。おれは普通なのに。


「ここにいるのは全員若者ですか」と宇宙人。「若者しか学ばないのですか」

「そうじゃなくても学ぶひとはいる。まあ、大半は若者だな」

「なるほど、なるほど」


 ふむふむと宇宙人はうなずき、どこからともなく手帳を取り出した。それにすらすらとなにかを書いていく。なにを書いているんだろう。後ろから覗き込むと、わけのわからない文字らしきものが書いてある。宇宙人語かな。筆記体のアルファベットか、草書体のような文字だった。


「なんて書いたんだ」

「地球人の社会構造と教育意識について」まるで読み上げているような言い方だった。「わたくし、これが専門なのです」

「ふうん。地球人の生態か。おれたちは宇宙人についてなにも知らないけど」

「技術の差があります。われわれは地球人よりも科学的に優れています。なので、地球人に気づかれることなく、観察することができるのです」


 覗き見のようなものか。気分はよくないが、仕方ないという気もする。宇宙人がこちらを見ている、と知れ渡ったら、それはそれで混乱するだろう。それなら、なにも知らないほうがいいのかもしれない。何事も、気づかなければ素通りできる。

 校門をくぐり、校舎に入っても、宇宙人が引き止められることはなかった。生徒のほうでは、だれだあれはという騒ぎにはなっていたが。それはそうだろう。うさぎの耳のようなものをつけた女が突然現れたら、どんなクラスでも混乱する。迷い込んだ猫とはわけがちがう。

 おれは教室に入り、席につく。宇宙人の席はない。当然だ。おれの後ろまではついてきたが、なにをするでもなく、そのあたりをふらふら歩く。たまに、生徒に向かって例の「おはようございます、こんにちは、こんばんは、おやすみなさい」をやったりしている。木下は別のクラスだ。あいつはいい。熱中できるものがある。つまり、それ以外のものは大抵無視できる。となりに宇宙人がいようとも、だ。おれには熱中できるものがない。だから、となりにいる宇宙人が気になって仕方ない。

 宇宙人とはいっても、基本的には人間と変わらないのだろう。日本語をしゃべるし、見た目は人間の女と同じだ。耳以外は。それに、おれの焼き魚を横取りして食う。焼き魚を食える、ということだ。そういうところだけは宇宙人らしく、なぞの緑色のジェルしか食べられないならよかったのに。

 予鈴が鳴り、生徒は席につく。席のない宇宙人はおれの後ろに戻ってくる。やがて先生がやってきた。眼鏡をかけた、五十くらいの先生だ。いつものように教室を一瞥する。


「欠席はだれかいるか。全員出席だな。近ごろは風邪が流行っているらしいから、うがい手洗いをしっかりするように」

「あの」とおれは手をあげる。「欠席はいませんけど、ひとり多いですよ」

「なんだって?」先生は眼鏡をあげて教室を見回す。「ふむ、本当だ。きみはだれだ。ほかのクラスの生徒か」

「わたくしは宇宙人です」と宇宙人は言った。「どのクラスにも属していません」

「宇宙人? その頭のものは」

「耳です」

「耳か。ふむ。耳をつけた宇宙人とは」先生は注意深く様子を窺う。「きみが知っているかどうかはわからんが、学校には校則というものがある。それによると、この学校の生徒でないものは校内にみだりに入り込んではならない」

「理解できます」宇宙人はうなずく。「しかし、わたくしは宇宙人ですので、その校則にはあたらないかと。それは人間を対象とした校則でしょうから」

「ふむ、それはそうだ。たしかに、部外者ならびに宇宙人は、とは書いていない」

「それなら、このままでいいのでは」と生徒のひとりが言った。「悪いひと、いや、悪い宇宙人じゃなさそうですよ」

「それもそうだな。高市、予備の机と椅子を持ってきてやれ。立ちっぱなしではつらいだろう」

「おれが、ですか」

「おまえがいちばん近い」


 それはそうだけど、とおれは立ち上がる。宇宙人がここにいることには疑問を持たないんだろうか。たしかに、ウェルズの書いたタコ型火星人のように、見るからに侵略する気満々の宇宙人ではない。どちらかというと間抜けそうな宇宙人だ。シリアスに対応するのも面倒なくらい。みんな、そう思っているのかもしれない。はいはい、宇宙人ね、わかったわかった、と。おれもそうしようか。

 用具室から予備の机と椅子を教室へ運ぶと、宇宙人はうれしそうに腰を下ろした。おれの真後ろだ。なんだか背中に視線を感じる。やりづらい。まあ、話しかけられないだけましか、と思うことにする。上を見ても下を見てもきりがないなら、下を見るほうが気分はいい。

 授業は恐ろしいほどいつもどおりに進んだ。クラスにひとり、いや、一匹、一体、宇宙人が紛れ込んでいるとは思えないほどだ。実際、だれも気にしていない。いちばん近い位置にいるおれだけが、宇宙人がふむふむとかほうほうとか呟いているのを聞いている。なかなかまじめに授業を受け、ノートをとっているらしい。あのわけのわからない、みみずがのたくったような文字で。

 授業が変わるごとに先生も替わるが、どの先生も宇宙人のことは気にしなかった。そんなこともあるだろう、というような、大人の対応だ。大人ってやつはこれだからな。

 昼休みになると、好奇心旺盛な生徒たちが宇宙人を取り囲む。まるで転校生のように質問攻めだった。どこからきたの。どんなところに住んでいたの。やっぱりUFOできたの。やっぱり大きな耳だとよく聞こえるの。空を飛んだりできるの。ほかにも宇宙人はいるの。

 おれは購買部で買ってきたパンをかじりながら、なんとなく聞き耳を立てていた。やはり、おれも宇宙人の生態については興味がある。宇宙人は基本的に隠すということをせず、聞かれたことにはちゃんと答えていた。ずっと遠くの星からきました。町の様子はあまり変わりません。UFOできました。よく聞こえます。空は飛べません。ほかにも宇宙人はいます。

 そこで、だれかが決定的な質問をした。

 なんのために地球へきたの?

 宇宙人は、にっこり笑って答えた。

 地球人を皆殺しにするためです。

 さっと生徒たちが遠ざかる。宇宙人は一瞬きょとんとしたあと、慌てて、いまのは冗談です、といった。


「本当は研究のためにきたのです。地球人の研究のために」

「なんだ、そうだったのか」


 すっかり騙された、と笑いながら、生徒たちは宇宙人を取り囲む。宇宙人も、すっかり騙しました、と笑っている。脳天気なやつらだ。もし宇宙人の目的が本当に地球人の皆殺しなら、そうむずかしくないにちがいない。

 昼休みが終わると、宇宙人は当たり前の顔をして午後の授業を受けた。とくに世界史の授業が好きらしい。終わったあと、興奮気味に、大変有意義な授業でした、とおれに感想を言いにきた。

 授業がすべて終わると、部活がある生徒は部室に、そうでない生徒は下駄箱に向かう。おれは、学園祭も近いので天文部に顔出しをしなければならない。当然宇宙人もついてきた。よくわからないが、おれは宇宙人の保護者的な立場になっているらしい。迷惑な話だ。

 天文部の部室は四階のいちばん隅にある。物置のような、ちいさな部屋。ただでさえちいさいのに、ステンレスの棚をふたつ入れ、ちいさな机まで入れているから、ほとんど歩くスペースもない。

 部室にはすでに木下と部長がきていた。木下はいつものように部屋の隅で土星の写真を見ている。部長は、暇つぶしなのだろう、ノートの隅に落書きをしている。おれの後ろから宇宙人が入ってくるのを見ると、部長は弾かれたように立ち上がった。


「どうしてその子がこんなところに。あれって夢でしょ」

「おれも今朝はそう思ったんですけど、どうも夢はまだ続いているみたいです」

「おはようございます、こんにちは、こんばんは、おやすみなさい!」


 宇宙人は大きな声で挨拶して、勧められる前から椅子に座った。部長は横目でそれを見ながら、すこしずつ距離をとる。


「ちょっと、高市。なんであんたがあの子を連れてくるのよ」

「おれが聞きたいくらいですよ。なんか、朝、おれの家にいたんです。おれの焼き魚まで食いやがって」

「焼き魚?」部長は首をかしげる。

「いや、とにかく、どうも本物の宇宙人みたいですよ。あの耳も本物らしいし」

「そんなはずないわ。宇宙人なんているはずがないもの。きっと偽物よ」

「それは土星ですか」と宇宙人は木下に声をかける。「美しい星ですね」

「まあな」と木下。「宇宙人だけあって、土星の美しさがわかるか。宇宙にあるすべての星を探しても、これほど美しい星はない。ぼくは常々思っているんだ。この宇宙というのは、ある種、土星のようなものだと。逆にいえば、土星は宇宙全体の縮図なんだ。たとえば、土星の輪にしてもそうだ。太陽系にしても、銀河系にしても、この宇宙そのものにしても、すべてのものは中心のひとつの物体とだいたい平行に周回するいくつもの物体でできている。これを俯瞰でみると、ちょうど土星と輪の関係になる。さらに土星には様々な衛星が存在し、太陽系でもっとも反射率の高い、つまり白い星から、液体が存在するタイタン、無数のちいさな衛星まである。結局、宇宙というのは土星であり、土星が宇宙なんだ。さらに土星は地球の九倍ほどもあるが、密度がちいさく、水に浮くほどだというのは有名な話だ。加えて土星にはまだなぞも多い。人類を魅了してやまない惑星、ということだ」


 木下は、土星について語らせたらなかなか止まらない。おれと部長はそれを理解しているから、途中からもう話は聞いていなかったが、宇宙人はひとりふむふむとうなずきながら最後まで聞いた。木下は驚き半分、うれしさ半分。


「宇宙人も、その、土星を重要視しているのか」

「自然は常にたくさんの疑問を孕んでいます」宇宙人は言った。「天体も自然のひとつです。疑問は尽きません」

「びっくりするくらいまともな意見ね」と部長が耳打ちする。「やっぱり宇宙人なんてうそなのよ。変な女が、変な耳をつけて、変な理由で宇宙人だといっているだけ。宇宙人らしいところなんてなにもないじゃない」

「わたくしが宇宙人であることを説明するのは非常に困難なのです」


 宇宙人はくるりとおれたちを振り返った。その直前、頭につけた、いや、生えた一対の耳がぴくりと動くのが見えた。本物のうさぎのように、よく動く耳だ。人間のように顔の側面についているわけではないから、立体的に音を捉えるのは不得意かもしれないが、こうした密閉された部屋では集音率がものをいうのだろう。それに、とおれは思い出す、頭にうさぎの耳をつけてはいるが、顔の左右には人間と同じ構造らしい耳も持っているのだ。聴覚は、増すことはあっても減ることはない。

 部長は、今度は宇宙人にも負けず、言った。


「本当に宇宙人なら、自分が宇宙人だって証明することくらい簡単なはずでしょう。それができないなら偽物なんだわ」

「偽物ではありません。わたくしは宇宙人です。しかし宇宙人であることを証明するのはむずかしいのです」

「どうして」

「あなたはご自分が地球人であることを証明できますか」

「もちろん。わたしは地球で生まれたし、地球で育ったわ」

「ほかの星で育ったものに対して、どうやってそれを説明するのですか」

「それは」部長はおれを見る。「高市、言ってやりなさい」

「おれが?」

「部長の手助けをするのが部員の仕事でしょう」

「そうかな。いや、わかりましたよ。おれが地球人である証明か。地球の地名に詳しい」

「アフリカ大陸のもっとも西にある国は?」

「に、西アフリカ」


 宇宙人は残念そうに首を振る。部長には後ろからはたかれた。


「西アフリカなんてあるわけないでしょ」

「南アフリカって聞いたことあるから、西もあるかと思って。いや、おれは地球人だけど日本人だから、大陸のことは知らない」

「宇宙人のわたくしは知っています。アフリカ大陸最西端はセネガルのヴェルデ岬です。こうしたものは知識ですから、宇宙人でも知ることができます」

「地球人の証明にはならない、か。それじゃあ地球人の証明はどうしたらいいんだ」


 日本人としての国籍はある。しかし地球人としての国籍、星籍とでもいうのだろうか、そんなものはない。それに、その気になればアメリカ生まれアメリカ育ちでも日本の国籍はとれる。宇宙人にだってとれるだろう。実際、この宇宙人は地球人でも日本人でもないのに、うちの学校で一日授業を受けた。考えれば考えるほどふざけた状況だ。宇宙人が授業を受け、おれは自分が地球人であることを証明できない。


「生態系そのものは」と部長。「タンパク質やアミノ酸でできている人体そのものが、地球人としての証明になるんじゃないかしら。地球でしかなりえない形でしょう」

「でも」宇宙人は部長と自分の身体を見比べる。「わたくしは宇宙人ですけれど、このような身体です」

「それはあなたが宇宙人ではない証拠よ。そうだわ。どう見ても人間そのものの存在が、宇宙の別の星に芽生える可能性なんてほとんどないはず。たとえばダーウィンの進化論にしても、環境が同一であればともかく、環境が異なるならそれに適合した進化をするはずよ。ダーウィン的適合進化論でないにしても、最終的にはその環境でも充分に生息できる構造になるはず」

「地球型惑星がほかに存在しないという証明は不可能です。宇宙が膨張し続けるかぎり、最果ての星は観測できませんから」

「そんな観測もできないような最果てから地球までやってきたというの?」

「可能性です。ほかに地球型惑星が存在している可能性は充分にあります。たとえば、地球とほぼ同様の環境でしか生態系は芽生えないとします。その場合、逆説的ですが、生態系が芽生えたなら地球とほぼ同じ進化の過程を辿るはずです。環境が地球とほぼ同じなら」

「それは、でも」部長はおれの背中を押す。「いきなさい、雑用係」

「ひどい話だ」とおれ。「あー、つまりだ。おれは、自分が地球人であることを証明できない。同じように、あんたが宇宙人であることも証明できない。だからあんたは宇宙人でも宇宙人でなくてもどっちでもいい。そういうことか」

「ちがうでしょう」部長は苛立たしげに言った。「とにかく、わたしは宇宙人なんて認めないわ。非科学的よ。いえ、否科学的といってもいいわ。何光年も離れた場所からやってきたですって? そんなこと、できるはずがない」

「宇宙人の技術はすごいんじゃないですか」とおれ。「光速の半分くらいのスピードは出るのかも」

「機械的には可能でも、なかの人間が無事じゃないわ。どう見ても地球人と同じ肉体強度しか持っていないような宇宙人なら、とくに」


 それはそうだ。現行のシャトルにしても、軌道上に出るまでの加速は相当につらいと聞く。それでも光速の百分の一も出ていない。光速の半分まで加速することは不可能に思える。それとも、宇宙ではまた事情がちがうのだろうか。

 後ろでそんな話をしているあいだも、木下は土星を見ながらぶつぶつと呟いている。怪しいやつだ。宇宙人と、宇宙人は存在するか、という議論をしているおれたちとどっちが不気味だろう。どっちもどっちか。

 仲本はおれよりも二十分ほど遅れてやってきた。先生の手伝いをさせられたらしい。部室に入ってくるなり、宇宙人を見て腰を抜かすほど驚いていた。しかしある程度慣れて、宇宙人に危険がないということを知ると、なにしろ憧れの宇宙人だ、はにかみながら宇宙人と握手をしていた。宇宙人も笑顔で握手をする。そのあとで、おれにこれはどういう意味なのかと訊くので、おれは宣戦布告だと教えてやった。宇宙人は神妙な顔でうなずき、よろこんでいる仲本をそれとなく見ている。


「そろそろ学園祭ね」部長は、宇宙人のことは無視して言った。「うちもなにか考えないと」

「その前にジャコビニ流星群がありますよ」とおれ。「その写真でも撮って張り出しますか」

「ほかの生徒は見たがるかしらね、ジャコビニ流星群」

「さあ。一時間に何個かってくらいの流星群なら、派手な写真にはなりませんよね」

「いっそ流星雨か流星嵐くらいになればいいんだけど。そしたら観測会をするだけでも充分盛り上がるわ」

「そうなると何十年に一度の天体ショーですからね」

「がくえんさいとはなんですか」と宇宙人。例のごみごみした言葉のあとで、日本語が聞こえる。「額円債?」

「学園祭。祭りみたいなもんだ」

「おお、お祭りですか。知っています、知っています。それをやるのですか」

「来週のはじめにな。それぞれの部で出し物を考えて、やるんだ。うまくやれば部員が増える」


 毎年、うまくやっているかどうかは、現状を見ればわかる。三年は部長ひとり。二年はおれと木下。一年は仲本。この四人だけの部だ。とくに去年は、天文というより宇宙人捜しが趣味の仲本しか入らなかった。当時の三年生が考えた「天文部的お化け屋敷」がまずかったにちがいない。いまさらタコ型火星人のかぶり物をしたところで、笑われることはあっても、怖がられることはない。大抵の人間はタコ型の火星人は知っているだろうが、ウェルズの小説は読んだこともない。それを読めば恐怖も多少は理解できるだろうに。

 さすがに今年も「天文部的お化け屋敷」をやるわけにはいかない。そもそも、手が足りない。もぎりがひとりいるとして、残り三人で適当な宇宙人に扮しても数がすくなすぎる。


「いっそ、エイリアンなんかどうですかね」とおれは言ってみた。「宇宙人繋がりで、エイリアンの映画をひたすら流すとか」

「まあ、何人かは確実にくるでしょうけどね」部長は腕を組む。「天文部と関係ないでしょ」

「SF小説を集めて、図書館にするとか」

「それも天文部と関係ない。天文の部なんだから」

「土星でいいよ」と木下。「土星の写真を張り出す。繁盛間違いなしだ」

「おまえみたいなやつばっかりだったら、そりゃあ繁盛だろうけどな。土星という名前で目玉焼きを売るとか。火星はチリソースかなんかをかけて赤くする」

「地球は?」

「地球は、食べたらなくなっちゃうから売らないってことにする」

「太陽系全部でそれを作るの? 大変でしょ。冥王星とかどうするのよ。どんな天体かよくわからないのに」

「それは、惑星から降格したんで、おまけ的に適当に作るとか」

「肝心の料理はだれがやるの。ちなみにわたし、スクランブルエッグしかできないから」


 スクランブルエッグをアステロイドベルトというのはすこし無理がある。


「おれも土星なら作れますよ。仲本は」

「え、なんですか」宇宙人と見つめあっていた仲本はわれに返ったような顔をする。「料理ですか。えっと、卵焼きくらいなら」

「地層っていうのはどうですか。卵焼きで、太古の地層を表現するとか」

「でも結局はただの卵焼きと目玉焼きとスクランブルエッグなわけでしょう。だれか買うの、それ。たまご専門店でもあるまいし」


 たしかに、卵料理は簡単に見えて奥が深い。卵焼きの専門店があるくらいだ。予算もそれほどない。質のいいたまごを仕入れるほどは。


「じゃあ、やっぱり写真の張り出しですかね」おれは言った。「毎年そうなりますけど、いちばん天文部らしいやり方なのかも。地味なところも含んで」

「学園祭ですか」と仲本。「せっかくだから、派手にやりたいですよね。去年なんかおもしろかったし」

「あれをおもしろいと感じたのはおまえだけだと思うけど。天文部っていっても趣味がちがいすぎるな」


 木下は土星専門だし、仲本は宇宙人専門だ。おれと部長は、基本的にはなんでもこい。その分、これといったこだわりがない。


「せっかく宇宙人さんもいるんだし、それにちなんだ出し物ってどうですか」

「宇宙人にちなんだ出し物?」

「宇宙人がいそうな星、ベストスリーとか」

「いそうな星ねえ」と部長

「宇宙人と地球人の歴史とか」

「歴史か」とおれ。

「あれ、あんまり乗り気じゃない感じですか」

「乗り気もなにも、宇宙人なんていないし」部長は言った。「いないのに、いそうな星、というのもね」

「宇宙人はいますよ。現にここにだっているじゃないですか」

「うさぎの耳をつけた変なひとでしょう」

「でも、歴史というのはおもしろいかもな」とおれ。「昔から地球外生命体とのコンタクトは何回も書かれてきたし。SFではそれがひとつのジャンルになってるし、それ以前では竹取物語もそうだろ。あれは月に住んでいるやつが地球にやってきたときの話だ。どうも原作を読むと、月がどうとかっていうよりは風刺のほうが強い気はするけど」

「だから」と部長。「それと天文のどこに関係があるの」


 それを言われると、おれも仲本も黙るしかない。宇宙人と天文には、根本的な繋がりがない。宇宙人について調べている人間は、夜な夜な空を見上げたりはしない。大抵、アメリカはその存在を知っているのに隠しているのだ、とかいって砂漠あたりの秘密基地を調べている。そんなところに星はない。UFOというのはこんな形をしているのだ、と説明しても、どこの星からその乗り物に乗ってやってきたのかは教えてくれない。

 宇宙人は宇宙人だし、星は星だ。天文部は星を観測する部だから、星にちなんでなにかをしなければならない。宇宙人ではなく。


「観測会っていうのはむずかしいんですかね」とおれは言った。「やっぱり星は実際に見るのがいちばんだと思うんですけど」

「星が見えるのは夜だもの。そのころには学園祭も終わってるわ。それに、せめて展望台まで行かなくちゃ、この町のなかじゃほとんど見えないし」

「実物が無理なら、プラネタリウムとか」

「それ、いいですね」と仲本。「プラネタリウムならロマンチックだし、時間に関係なく室内でできるし」

「手作りでできなくはないけど、大変よ、あれ」と部長。「売ってるやつもあるにはあるけど、それを買って置いておくだけじゃ部としての活動にはならないわ」

「模型は」と木下が呟く。「プラネタリウムが無理なら、模型を作ればいい」

「太陽系のモデルとか? でも地味じゃない」

「太陽系だけじゃない。できるかぎりの星のモデルを作ればいい。太陽系、別の恒星系、別の銀河。見えるものはたくさんある。まあ、土星がいちばん美しいけど」

「それってプラネタリウムのことじゃないの」

「プラネタリウムはただの光だ。拡大して星にすればいいだろう」

「つまり、天井から丸い星をいっぱいぶら下げて、夜空を再現するってことか」


 木下は無関心そうにうなずいた。別にどうでもいい、というように。そのわりに、やつが言っているのはかぎりなく面倒だ。


「肉眼で見える星の数って、何個あるかな」

「文字どおり、星の数ほどでしょうね」部長はむずかしい顔をする。「たとえば、だいたい三等のアンドロメダまでとしても、数えきれないわ」

「一等以上だけ、とか」

「太陽と月を除けば、いちばん明るいのはシリウスでしょう。それからカノープス、アルクトゥールスと続くから、一等以上ではそう多くないはず」

「別に実際の等級にこだわる必要はあまりないんじゃないですか」と仲本。「その、要は宇宙はこんな感じですよ、ってことをモデルにしたいんなら、実際の等級ではそうでもないけど、たとえばアンドロメダ銀河を入れたりとか」

「なるほど。印象的な星を集めて作っていくわけか。それなら、夜空を再現というよりは宇宙を再現することになるな」

「数もできるかぎりでかまわないだろう」と木下。「だれも実際の宇宙を見たわけじゃない。適当にやったって、だれも疑問には思わない。ちなみに土星はぼくがやる」

「宇宙の模型か。うまくできれば、おもしろそうだな」

「あとは場所ね。この部室じゃ狭すぎるわ。ある程度は広い場所じゃないと」

「体育館は広すぎるな。あんまり広いと、寂しいのがばれる」

「図書室なんかは。大きさは充分だと思いますけど」

「それじゃあ、一応それで申請してみましょうか。大変そうだけど」

「星の模型か」とおれ。「全部丸いのがせめてもの救いだな。造形の才能はあんまりいらない」

「アンドロメダは才能あるひとに任せましょう」と部長。「あれはむずかしいわ。形だけならともかく、ちいさいのがたくさん集まってああ見えているわけだから」

「土星にしてもそうだよな」おれは木下に言った。「輪にしても、結局はちいさな星の欠片みたいなものの集まりなわけだろ」

「氷の粒子といわれている。そのあたりも再現する」

「じゃあ、余力があったらアンドロメダも頼む。なかったら、目玉焼きでも浮かべるか」

「なんだか楽しそうですね」と宇宙人。「お祭りは楽しいのですか」

「見て回るだけなら楽しいんだろうけど。作るとなったら大変だ。時間もないし」


 明日のジャコビニ流星群の極大は無理かな、とおれは考える。明け方まで起きているなら、ひとつでも星を作れ、か。


「それぞれの星の大きさはどうしましょうか」部長はノートを一枚ちぎり、ペンを走らせる。「等級はある程度ごまかすにしても、大きさがめちゃくちゃだとどうしようもないでしょ。基準を決めておいたほうがいいのかしら。たとえば、地球を十センチとした場合、とか」

「太陽系は厳密なモデルのほうがいいでしょうね」とおれ。「地球より月のほうが大きいのはどう考えてもおかしい」

「でもそうすると地球がちいさくなりすぎないかしら。たとえば、太陽なんて地球の百倍はあるわけでしょ。太陽を一メートルで作るとしても、その百分の一になるとね」

「大きい、小さいだけでは考えてはどうでしょう」と宇宙人が言った。「正確な測定値を手作りのモデルで再現するのは不可能ですから」

「まあ、そうするしかないわね」部長は、渋々という顔でうなずく。「地球を基準にして、それよりも大きいものは一回りか二回り大きいくらいにしましょう。木星は地球よりも一回り大きいくらいに作って、太陽はそれよりも一回り大きいくらい。木下が愛してやまない土星は木星よりもすこしちいさいくらいね」

「太陽系以外はどうします。同じように大きいちいさいで考えますか。そうなるとアンドロメダなんてとんでもないことになるわけですけど」

「太陽系外の恒星系や銀河は、等級ですこし差をつけたらいいんじゃないかしら。各等級で大きさを決めて」

「一等は十センチ、二等は七センチってことですか。たしかにそれなら空をモデルでありながら夜空も再現できるかもしれませんね。その分、面倒だし大変だけど」

「まあ、これ以外に活動があるわけでもないんだから、できるだけはやりましょう。来週の木曜日に向けて」


 もう一週間をきっている。あと六日だ。どれほど星が作れるかはわからないが、それなりに作らなければおもしろみがない。


「部長として言っておくけど」部長は部員全員を見回す。そのなかに宇宙人を見つけて、静かに視線を逸らしたのをおれは見ていた。「できるだけお金はかけないようにね。かといってクオリティも下げず。各自、努力するように」

「軍隊みたいに無茶な注文だな」とおれ。「でも、やるしかないか」


 年に一度の祭りのようなものだ。普段だらだらとやっているだけに、こういうときくらいはやらなければ。


「わたくしもお手伝いします」と宇宙人は言った。「猫の手ほどお役に立つかはわかりませんけれど」


 宇宙人の手か。一見、人間の手と同じに見える。猫の手よりは役に立つだろう。問題は、それを司る脳のほうにあるのかもしれないが。

 やるべきことが決まれば、部長は行動が早い。すぐに星座などが書かれた資料を引っ張り出し、担当を決めていった。それなりに作り込まなければならない太陽系の惑星は、仲本と木下で担当する。おれや部長は、肉眼では光としか見えない太陽系外の恒星を作る。とはいっても、太陽系の惑星のように詳細な写真があるわけではないから、ほとんど勘だ。とりあえずは丸く作っておけばいい。アンタレスなんかは赤く見えるから、それなりの色を塗らなければならない。

 準備期間も含んで、残されているのは六日だ。やるべきことは多い。急がなければ。すくなくとも、うさぎの耳をつけた宇宙人にかまっているひまはない。

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