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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

竹やぶの小道

作者: 鈴鳴月

 カニバリズム的表現を含みます。ご注意ください。


 少女の家族がそこに越してきたのは丁度三年前のことだった。

 昔の面影を強く残したその集落は、その体裁も昔を気取っていた。

 老害、という言葉がある。

 そこは正しくその通りであった。


 回覧板、掲示板、自治会、隣の付き合いなど。現代の日本では廃れつつあるそれらが、そこでは色濃く残っていた。里山と言うべき場所にぽつぽつと昔ながらの家がある、そんなところ。

 下手をすれば電気すら通っていないのではないかと錯覚させるほど、そこは「昔々」の風景だった。


 故に、少女の家族は「新参者」としてほとんど村八分のような扱いを受けていた。

 集落に子供は数居れど少女に声をかける者はいない。一人の少年を除いて。

 隣に住んでいたその少年は、少女と同い年であり、また、少女とは違う理由で子供たちの集団から省かれた者だった。


 少女と少年はそれはそれは仲(むつ)まじかった。それはそうだろう。集落から遠いところにある学校は除いて、集落の中で「友達」であるのはたったの二人っきりなのだから。

 しかしそれが集落の中で許容されるわけがなかった。全てにおいて「和」を大切にする彼ら彼女らは、省かれたもの同士で彼らが固まることを許さなかったのだ。集落の中ではいとも簡単に省かれる者が出る。それを全て放置していたら、その者たちは団結して集落を乗っ取るのかも知れないのだから。


 静かに、静かに。

 省かれた両家族に彼ら彼女らの魔の手は伸びてきた。

 彼らを引き裂くように。


 大人たちや子供たち、年齢は何ら関係のないことだ。集落の「和」を乱す者は、速やかに排除する。それが集落の暗黙の了解であった。

 大人たちは大人たちで、子供たちは子供たちでそれぞれ彼らを物理的心理的に引き裂くように動き始めた。「作戦」と称してまるでお祭りの前夜のように子供たちは沸いた。決して彼らがおかしいわけではない。人間にはもともと残忍な部分がある。

 今、普段は潜んでいるそれらが「村」という狭い場所で行き場をなくし、手負いの獣のように凶暴化していた。


「遊んでくれるの?」

 もう日もすっかり暮れた、夜である。

 少女は周りの子供たちを見て顔を輝かせた。

 まだ小学校の低学年であった彼女は子供たちと雰囲気の悪さを感じてはいたものの、幼さ故それが何なのか理解できないままでいた。

 何でみんな遊んでくれないんだろう。自分と少年だけには、冷たいような気がする。

 数々の疑問を感じながら、それでもそれは気のせいであると片付けてきた少女の考えはあまりにも浅かった。いくら幼くても、本能で「ここは危険だ」と感じ取れていたはずであるのに。

 しかしそれを少女に問うのも無理があろう。少女は、家族とともに越してきたこの集落を良いところであると必死に思おうとしていただけなのだから。少女のまだ小さい世界に(ひず)みを付けたのは、彼女の親であり集落の住人であった。


「……うん、そうだよ」

 少女を見て優しそうに微笑んだ小学校高学年の彼女。彼女は学校ではいじめられていた。いじめられる方にも原因がある。そういう考えがまかり通っているこの集落において、彼女はそれを親にも、あんなにつながりの強い地域の住人にも誰にも相談できないでいた。

 あんたが大人しいから悪いんでないの、と呟いたいじめっ子の言葉が胸に刺さり、彼女の行動を阻害していたのだ。自分にも責任がある。まず自分の悪いところを直さないと。彼女は真面目で、どこまでも良い子であった。

 長年溜まり続けていたフラストレーションが静かに爆発したのは、「作戦」を聞いた時。自分よりも弱い立場のものがいる。それが彼女を突き動かした。その立場の者に自分のされてきたことごとくを味あわせたい。

 (くら)い考えが彼女の胸の(うち)に広がり、ぐるぐるととぐろを巻いた。鎌首をもたげたそれに彼女はすがったのだ。きっとこれで、私はいじめられなくなる。


「そのまえに、ひとつ」

 そう言って幼い少女に向け指を立てた少年が一人。今年中学三年生である彼は、進学について親と揉めていた。自分は資格の取れる商業高校に進学したいというのに、親はそれを許してくれない。集落の中では噂がすぐに広まる。ほらあそこの家のやっちゃん、今度大学に行くんですって。まあ、あの子あの賢い高校に行っていた子。

 少年の親は(はす)向かいの家の息子が賢い高校に進学したと聞いて、自分の息子もと必死だったのだ。少年の希望している高校は、その子の行った所よりも偏差値が下で、集落での評判も良くはない。そんな所へ行けば、集落で自分たちは肩身の狭い思いをする。それを息子にぶつけた。

 少年は困っていた。親以外の大人に相談したとて、この集落では「親に逆らうなど言語道断」が定石である。自分の理想と親の理想、その間で板ばさみになっていたのだ。

 そんな時聞いた「作戦」。ここで「手柄」を上げたら自分の希望が叶うやも知れない。


「僕たちと「友達」になるのに必要な試験があるんだ」

 そうまとめた少女と同年代の少年。何ら支障の無い環境でのびのびと育った彼には「作戦」に参加するメリットや目的などは何も無かった。しかし、彼とてこの集落の人間。小さい頃から「村」の考えに染められてきた彼は、省かれた者を排除することに何のためらいも無かった。

 悩みの無い分、ほかのことを考える余地の無い分、彼は他の子供たちよりそれに集中することが出来、そしてそれを心の底から楽しんでいた。まるで幼子が虫の手足をちぎって遊ぶように。


 少女を囲んだ中のリーダー格はその三人。最も「作戦」を実行する意欲に満ち溢れていたのもその三人。様々な迷い、悩み、確執、決意。それら全てを呑み込んで、今「作戦」は決行されようとしていた。

 少女に課された試験。その内容はどこまでも他人任せで、歴史の繰り返しの元に成り立ち、そして悪意に染められていた。

「この集落を取り囲むようにある竹やぶって、解るよね?」

「うん」

「今からその竹やぶに入って、奥の奥の奥まで行って、そこにある小さなお堂から、僕らが置いていたハンカチを取ってきて欲しいんだ」

「え、今から?」

「そう。そうじゃないと、「友達」にはしてあげないよ? どうする?」

 少女は竹やぶを不安そうに見回し、こくり、ひとつ頷いた。

「わ、わかった。やる」

「懐中電灯を渡しておくね」

「うん」

「危なくなったら、叫ぶんだよ」

「わかった!」

「さ、この試験をクリアしたら僕たちの「友達」だ。頑張ってね」

「うん!」

 懐中電灯を渡された少女は、途端に笑顔になった。暗い夜道は歩いてはいけないよ、と母に言われた約束が頭をよぎったのだ。でも、懐中電灯があれば明るいから、大丈夫。

 背後で少女を囲んでいた子供たちが笑顔で手を振っている。大丈夫。これを成功させたら友達になれる。



 ざわざわと竹の葉が擦れる音。

 最初は怖がっていたそれは、もう心地よいBGMと化していた。どんどん進む。一本道の、竹やぶを。


 少女は知らない。

 新参者の少女は知らない。

 昔々、この集落が、この竹やぶが何と呼ばれていたかを。

 名は廃れど実は変わらない。

 本質はもっと変わらない。

 形は違えど目的は同じ。

 伝説は伝統で、伝奇は形質だ。

 まだ「現代」に侵食されていないこの集落は、「過去」の代物を大切に保管していた。

 それは風景であり、生活である。

 それは良いものであり、悪いものである。

 「人質の村」

 「生贄の(やぶ)

 それが名であり、実である。


 がさり。

 一際大きな音が少女の後ろで。

 びくりと身を(すく)ませた少女は素早く懐中電灯を音のした方へ向けた。

 しかしそこには当たり前のように何もいない。

 気のせいだったのだ、きっとそうなのだと自身に言い聞かせて少女はまた前を向く。

 早く早く、行かないと。

 もっと早く。

 後ろから何かが迫ってきている。

 気のせいと片付けたそれが心の中でささやいた。

 気のせいで、思い込みだ。

 しかし一度考えてしまうと、何度忘れようとしてもそれは脳裏にこびりつく。

 嫌だ。

 怖い。

 それらを口に出してしまうと、それが追いかけてくるようで。

 少女は自然、早足になった。


 がさがさがさがさ。

 最早気のせいと言うレベルではなくなった葉擦れの音。

 がさがさがさがさ。

 少女の走る音と被せるように、しかし全く異なる質の音がそこかしこから聞こえる。

 振り向くわけにもいかず。

 止まるわけにもいかず。

 あれほどまでに輝いていた月は、星はもう見えない。

 上を向くと何かがいそうで。

 同様に、

 左も

 右も

 後ろも

 下も


 そして、

 前にも。


 がさささささささ!


「いやあああああああああああ!」

 少女は目をつぶった。

 そのまま走る、走る、走る。

 ここは生贄の藪。

 昔々から、生贄が通る竹やぶ。

 長年誰も通っていないはずなのに、下草も生えず、実に走りやすかった。

 しかしそれを疑問に思うことは出来ない。

 がさ。

 がさ。

 がさ。

 がさ。

 今にもそこの影から何かが出てきそうな。

 今にも竹の裏側から何かが覗きそうな。

 今にも頭上から。

 今にも。

 今にも。


 ほら、そこにも。


「あっ、いや、いや、痛いっ、ひゃあああああ?!」

 目を開けた少女が見たものは。

 いや、少女は何も見ることが出来なかった。

 あんなにも頼りにしていた懐中電灯が。

 ぼこぼこに殴られた後のように。

 少女の手に欠片が突き立った。

 それが爆ぜる瞬間を見てしまった。

 強い光が目を()く。

 何も見えない。

 怖い。

 怖い。


「あああああああああああ助けてえええええええええ!!」

 走りながら、力の限り少女は叫んだ。

 がさがさがさがさがさがさがさがさがさがさがさがさがさ!!

 少女の叫びを打ち消すように、音が。

「ひゃあああ、ああぅあ、あ、あああぁぁっ…………」

 酷く咳き込む。

 目を閉じるわけにもいかず、少女はそのまま竹やぶを走り抜けた。


「っ…………」

 そこにいたのは一人の少年。

 急に細い道が開けた中で、ぱちくりと目を(しばたた)かせた。

「どうしたの?」

 訊ねてくる彼は、少女の唯一の友達だった、少年。

 少女とは違う理由で集落から省かれた、少年。

 なぜ彼が、こんなところに。

「なんでここにいるの、ここ危ないよ! 早く、早く逃げて!」

 がさがさと言う音。

 少女は少年に抱きついた。

「怖いの、怖いの! 何かが追いかけてくるの!」

「ねえ」

 少女とは正反対の落ち着いた様子で、少年は少女に声をかけた。

「良くここが解ったね?」

「知らないよこんな場所! 目つぶって走ってたら着いちゃっただけだもん! ねえそれより早く逃げようよ、ねえ……」

「君は。すっごく間違った道……でも、すっごく正しい道に入っちゃったんだよ」

 かつんと硬質な音を立てて。


 少年は、少女に噛み付いた。


「ん、おいしい」

 ぺろりと舌なめずりする彼は、更に少女を(かじ)る。

「なに、してるの」

「食べてるの。生贄を」

 少年のままで、背格好のさほど変わらない少女を次々と食べていく。

「なんで」

 ずぷり。

 心臓に突き立った彼の歯が、少女の疑問を呑み込んだ。



 少年が集落から省かれた理由は、集落の人間にもわかっていない。

 ただ、何となく、省こうと思った。

 その答えは実に正しい。

 人間の本能が共に暮らすことを拒否するのだ。



 集落の本質は昔からずっと変わらない。

 ここは人質の村。

 捧げられるための生贄が住む、村。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 全体的な流れが気に入りました! [一言] 村八分=火事、葬式を除いてつき合わないこと。 竹やぶはかぐや姫等、生と死のイメージ 最後の少年に言われていた、「すっごく間違った道……でも、すっご…
2013/03/22 18:46 退会済み
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