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Tokyo Babel  作者: スパイク
三軒茶屋ワーウルフ
6/7

三軒茶屋ワーウルフ5

005



「ねーねー礼央君、そろそろ探し方を変えてみたほーが良いと思うのー」


オカルト研究部の再活動から2週間、真木野さんのやる気と忍耐力は僕の予想以上だった。


何しろ僕の提案した活動は放課後ひたすら世田谷を歩き回るというものだったと言うのに、今の今まで文句も言わず、むしろ率先してこの行く当ての無い徘徊を続けていたのだから。


そのため僕の当初の目論みは1週間程度で方向修正を考えなければならくなった、ちなみに当初の目的とは「真木野さんがあきらめる」である。


別に僕だってわざと無駄なことをしたかった訳ではない。


まず第一に真木野さんの見たと言う狼男の話が曖昧すぎるのが問題なのだ、まあ本人には言わないけど。


真木野さんが狼男を見たと言うのは2年生から3年生になる間の春休み、約2ヶ月前の事だと言う。このユルフワ系女子はどうにも方向音痴という分かりやすいチャームポイントを持っているのだが、買い物の帰りに近道をしようとして案の定道に迷ってしまった事があったのだと言う。


まだ日が沈むのも早い時期にどんどん寂しく暗い場所に進めば進む程迷い込んでしまったようなのだが、そんな状況でいい加減泣きそうだった真木野さんを助けてくれたのが「狼男」なのだそうだ。


気付いたら人程の大きさもある犬のような動物が後に立っていたらしい。


もちろん初めは怖くてパニックになりかけたと言う、そりゃそうだ、人程の大きさの動物に夜道で向き合うなんて恐怖以外の何でも無い。


しかしそこで無闇に走りだしたりしなかったのが良かったのか、真木野さんはその犬が一定の距離をとって付いてくるだけで特に危害を加える気配がない事に気付いたのだそうだ、そしてそれどころか間違った道に進もうとすると短く吠えて、正しい道に誘導までしてくれたと言うのだ。


こうして真木野さんは、その謎の巨大犬の誘導で無事に良く知った道まで出る事ができたらしいのだが、安心して振り返るとその犬はすごい跳躍力で建物を駆け上り消えて言ったのだと言う。


うーん何と言うか、これが真木野さんじゃなかったら何か違法な薬の使用か何かを疑いたくなる話ではある。


実際、真木野さんもこの時点では「狼男」なんて物の存在に思い当たっていた訳でなく、大きくて賢い犬に助けてもらったと、それはそれで平和すぎる考え方をしていたようなのだが、そこであの「月刊 ネメシス」とかいう怪しい雑誌の登場である。


真木野さんの言葉を借りれば、あの記事を読んだ時、噂の「狼男」があの時の巨大犬だと


「ピキューンとねーきたんだよー」


との事らしい。


そんな訳で、正直どこにピキューンときたかさっぱり分からない僕のとった作戦が非常に後ろ向きになるのは仕様がないのではないかと言いたい。


何しろ狼男に実際に会わせるってのはハードルが高すぎるし、今回のポイントは本物の狼男がいるとかではなく、真木野さんが納得することと言う事を考えての作戦だ。


「後ろ向き」とは言ったが、世田谷公園で愛犬家の集いみたいな物をやっているのを調べて行ってみたり、ドッグスクールなんて施設に問い合わせてみたりしてそれなりの努力はしたつもりである、まあそのことごとくが空振りだったので今に至ってる訳だが。


「この探し方だとねー何だかワンチャンにしか会えない気がするのー」


うん、ついに気付かれたか、現在の僕の目標は「真木野さんがあの時の犬だと納得する犬」を探す事なんだからそれは当然だ。


「だけどなー狼犬とか飼ってると施設とかもなさそうだしなあ」


「だーかーらー探しているのはワンちゃんじゃないのー狼男さんなーのー」


真木野さんの頬が「ぶーっ」と膨らむ。


やばいこの膨らみ具合は過去最大クラスだ、これは部長からかなりの不興を買ってしまったようだ。


春の終わりの教室、活動方針の見直しの為のオカルト研究部緊急ミーティングは行き詰まりを見せ出していた。


「そうだー!ネメシスの記者さんに聞いてみるのはどうかなー?」


頬を膨らませつつも、何やら唸りながら机につっぷしていた真木野さんだが、突然起き上がると良い事を思いついたと提案してくれる。


うん、確かに手持ちの材料では当然取るべき手段だ、実に手堅い方法だと言って良い。


「あー言ってなかったっけ?僕もうネメシス出してる風見出版ってとこ電話した」


「おーさすが礼央君だー、もしかしてすごい情報教えてもらったー?」


目を輝かせながら真木野さんが身を乗り出して来る。


そんな無駄に期待をこめた目で見られても困る、もちろんそんな物が分かっていたら2週間も無駄に足腰を鍛えることは無かった訳で、ぶっちゃけ何も分かっていないというのが現実である。


実は真木野さんの部活再開宣言があった翌日に僕は風見出版に電話していた。


ホームページも無い様な雑誌だったが、さすがに雑誌の巻末に発行責任という事で出版社の住所、電話番号は乗っていた、それによると会社は神保町にあるようだったが、直接行くのもあれだったので昼休憩の間に電話をする事にしたのだった。


携帯のディスプレイに表示された番号を確認し発信を押す、問題なく電話は繋がり呼び出し音が鳴り出す。

しかし中々相手は電話にでない、根気強く30回以上コール音を聞いた所でガチャリと受話器を上げる音がした


「金なら無いわよ」


こちらが口を開く前に、そんなやたらと機嫌の悪そうな女性の声が聞こえた瞬間すでに電話は切られていた。


携帯を手にしばらく考えて、もう一度リダイヤルする事にする今度は15回くらいのコールで電話がつながった。


「しつこいわねぇ、だから金は…」


「すいませんネメシスのファンなんですけど!」


何とか女性の言葉が終わるまでに考えた台詞をねじ込んだ、雑誌のファンを無下に扱うような出版社はいないだろうと言う狙いだったが。


「え?ファン?何?こんな馬鹿な雑誌買って読んでるの?大丈夫?頭悪くなるよ?お金をドブに捨ててる様なものよ?」


どうも雑誌同様まともな出版社では無かったらしい、しかしまあ取りあえず電話は切られずに済んだ。


「あのー今月号の記事で乗ってた「三軒茶屋に狼男出現」て記事を読んで電話したんですが、担当の人いますか?」


「何?あなたもあの記事について聞きたいの?」


「え?僕も?」


「んーあー何か昨日も同じ様な電話があったのよ、普段は貯まった請求の電話しかかかってこない事務所だから珍しいのよねー、あーあれかなーやっぱどんなネタを題材にした文章でも注目を集めちゃうか、やっぱ才能が滲みでちゃうのかなー?」


なんか勝手に電話の向こうの女性は「二ヒヒ」などと気味悪い笑い声をだしながら勝手に上機嫌になっているようだった。


「えーと実は記事に書かれてた狼男の被害にあった人とか場所とか教えてもらえないかなーと思って、実はうちが近所なんで怖くて怖くて、担当の人に聞きたいなーって」


なるべく哀れっぽく、心底怖がってる風に演技してもう一度担当を出す様にお願いしてみた。


「担当?私が担当の峠よ、記事の最後に記名してるでしょ峠って」


言われてみて見れば確かにページの最後には「峠」と書いてあった。


「でも悪いわね、取材源は秘密にするのがジャーナリストのプライドってもんよ、まあでも君学生でしょ?せっかく電話してくれたんだから少しはヒントあげなきゃねー、これはね実はこんなオカルト雑誌で扱うような事件ではなくて、高度に政治的な陰謀に繋がっている事件なの!うーんこの記事に何かを感じるとは君は中々優秀な記者になれる素質があるかもよ?ニヒヒヒなんか燃えて来た、こう少しづつだけど注目を浴び始めてるこの感じ、大きな波が来てるわね!!これはちょっと追加取材行ってこなくちゃ、じゃあ学生君来月号に追跡調査の記事あげるからまた買ってねー」


そう峠さんと言う記者?は一方的にマシンガンの様にまくしたてると、これまた一方的に電話が切られた。


おい、峠さん、さっきこんな雑誌買うのはドブにお金を捨てるようなもんだとか言ってなかったか?


もちろんその後いくら電話をしても無駄だったことは言うまでもない。


以上、回想終わり。


「いやー何か取材元を明かすのはジャーナリズムとしての根幹に関わるから教えられないって言われた」


と言う訳で結局真木野さんにはこんな答えしか出来ない訳である。


「うーんそうかーそうだよねー、さすがにネメシスを作ってる人達だもんねーそう言う所はしっかりしなきゃだもんねー」


何だか真木野さんはがっかりしつつも納得しているようだった、というか真木野さんの中でネメシスというものがかなりしっかりした会社という認識になっているのが気になるが、そこはスルーしていこう。


さて正直本格的に手詰まりだ、真木野さん的には狼男の手がかりについて、僕的には真木野さんを納得させる方法についてという違いはあるが。


相変わらず今後の目標が見いだせない内に廊下が騒がしくなってきた、時計を見れば部活終了の時間だ、部活動を終えた生徒の一部が教室に戻ってきてるのだろう。


「おー真木野さんに礼央じゃん、珍しいまだ残ってたのかよ」


僕のクラスも例外でなく、石松が同じ陸上部のグループと何やら楽しそうに話しながら帰って来た。


体操着姿の石松はこうして見るといかにも爽やかなスポーツマンと言う感じである、一見細いが無駄なくついた筋肉、短く揃えられた髪、何より3年になって転校してきたと言うのに既にクラスにも部活にもとけ込んでいるコミュニケーション能力、本人いわく学業に不安があるそうだがそれを差し引いても何と言うか出来過ぎなやつである。


正直なとこを言うと嫉妬したくなるような奴である。


「石松君も部活終わりー?おつかれー」


そんな僕の暗い気持ちは多分全く気付いてないだろう真木野さんは、暢気に手を振って石松に返事を返す。


「お疲れーって、お二人は何してんのさ」


部活仲間の輪から抜けて石松はこっちに近づくと机に広げられたネメシスやここまで探したポイントをチェックした地図を覗き込む、こういう気安さが僕には備わっていない物だ。


「何これ狼男?」


「そー探してるのー石松君何か知らないかなー?」


開いていたネメシスの記事を興味深そうに読み出した石松に真木野さんが尋ねる。


「何?狼男探してんの?大変だなー悪いけどさすがに狼男に知り合いはいないかなー」


そう笑いながらネメシスを机に戻そうとした石松の手が止まった、表紙をじっと見つめてに何かを思い出そうとしているようだ。


「何でも良いから気付いたことあったら言ってみてよ、今行き詰まってんだ」


その様子に僕は少し水を向けてみる事にした。


「あー何だっけこの雑誌、どっかで…あーそうだ思い出した、て言うか何で忘れてたんだろすげー事あったんだよ。

こないださー駒沢大学駅の前でこれと同じ雑誌持ってるなんかやたらと目立つ二人組がいたんだよ」


しかしすげー雑誌だなこれと石松は爽やかに笑った、光りそうなくらい白い歯がむかつく。


「目立つってどんな二人組だったんだ?」

「あー何て言うか犯罪的と言うのかな?あー言うの、男と女の子の二人組なんだけどさ。

初めはやたら可愛い子がいるなあって目についたんだよ、オレ等とタメか少し下かな?

いやあ、ああ言うのを美少女って言うんだろうな、

何つーか黒髪ロングに白ワンピなんて狙い過ぎだろ「人形みたいに綺麗」って奴?

まあスタイルは真木野さんのが良いけどね、これお世辞じゃなく本当ね」


そんな石松の軽いノリに真木野さんが赤面する、この同級生の少女はこういう話題は苦手なのだ。


「余計なことはいいからさ、今の話だけじゃ石松のが犯罪的だぞ」


「ん?そうか?ごめんねー真木野さん。いやそれがさー男の方は二十歳すぎくらいなんだけど大学生って雰囲気でもないし、リーマンて訳でもなさそうだし、なんつーかこの組み合わせだけでも都条例にひっかかりそうじゃね?」


「兄弟かもしれないじゃないか?」


「んーまあだとしたら似てない兄弟だなあ、美少女と血がつながってるならもっとイケメンなはず」


期待していた訳ではないが、石松の話を聞くだけ無駄だったようだ。


「何かすごくどうでもいい話を聞いた気がする」


「馬鹿ここからがすげーんだって、オレも駅前で待ち合わせで暇だったから何となく遠くから見てた訳よその二人を。

で、初め二人は何かその雑誌を見て色々話し込んでる感じだったんだけどさ途中で何か揉め出したわけよ。

でさーいきなり!いきなりだよ女の子がすげー飛び上がって踵落とし男に決めたの!」


いやーもーちょっと位置が違ったらパンツ見れたのになあと悔しがる石松、いちいちそんな感想はいらない。


「で蹴り喰らった男はそのまま土下座みたいな体勢になっちゃってさ、女の子は踵落としからそのまま頭に足を置いた体勢で何か男を罵ってる訳よ。駅前だから結構人いたんだけどさーオレもだけどみんな呆気にとられちゃって何も言えない訳、しばらくして何か話がついたのかどっかに行っちゃったけどそれまでそこにいた全員ポカーンて感じでさー」


確かにすごい話だ、すごい話ではあるが。


「何かそれ狼男と関係あるんだろうか?」


「いやだから別にオレは雑誌を見たことあるって言っただけで狼男は知らないって、何でもいいから話せっていったの礼央じゃねーか」


「ああそうか、そうだったな悪い悪い」


この情報から得るべき物は、こんな雑誌は書いてる人間も読んでる人間もあんまりマトモじゃないと言う事だろうか?

やはり真木野さんに購読を止める様に説得すべきかもしれない。


「その狼男探してるのってオカルト部ってやつ?」


「そーなのー狼男さんにお礼を言うのー」


真木野さんの答えに石松の頭の上にハテナマークが浮かんでいるのが見える、真木野さんワールドを理解するにはまだまだ石松は経験と修行が足りてない。


「あーまーよく分かんないけどオレ手伝おうか?」


石松が予想外の提案をしてくる。


「石松は陸上部で忙しいんじゃないのか、スポーツ推薦狙ってるんだろ?」


「いやそりゃ毎日とは言わないけどさ、こないだあった大会で出した記録でほぼもう推薦もらそうなんだよねー。でオレまだここらの土地勘薄いしさあ、何かあっちこち歩いて回ってんでしょ週二くらいだったらそういうのも良いかなーと思ってさー」


どうもこんな時期に進路をほぼ決めた石松の暇つぶしの思いつきらしい。


「なあ真木野さん良いだろー新入部員として指導よろしくおねがいしますよー」


石松はおどけながら真木野さんに入部申請をしている、どうも言外に僕の意見は関係ないと言っている様にも見える。


「んーごめんねー石松君うれしーんだけど、一応これでオカルト部最後にしよーと思ってるからオリジナルメンバーだけでやりたいんだー」


そうだ最後の活動にぽっと出が混ざるんじゃないって…いや真木野部長、最後の活動って副部長の僕も聞いてないですよ?


「オリジナルメンバーって真木野さんと礼央とあと…えーと天野君だっけ?」


何となく視線が一つの机に向けられる、3年生になってから誰も座っていないあの席はオカルト研究部の3人目天野公平のものだ、そして恐らくこのまま誰も座る事はないだろう。


「何か2年の時事故ってずっと入院してんだって?うーんじゃあ天野君の代わりというか補欠って感じじゃだめ?」


石松は案外しつこく真木野さんに食い下がる、真木野さんがこれ以上困るようだったら無理にでも割り込んでやろうかと考えたが、真木野さんの答えははっきりしたものだった。


「だめーオカルト部は私と礼央君と公平君なのー代わりとか補欠とかいないのー」


その答えに僕は複雑な心境ながらも取りあえず安心する。


「あーそうかー何かしつこくてごめんね真木野さん、まあじゃあ何か関係ありそうな事見つけたら教えるよ、それなら良いだろ?」


まだ何となく往生際の悪さを感じさせるが、さすがに空気を読んだのか石松がひいた。


「うん、それなら大歓迎だよー」


そんな石松とのやり取りの後、今後の活動はそれぞれ持ち帰って考えることにして僕と真木野さんは下校する事にした。


陽がかなり沈みかけてはいたがさすがに冬服のブレザーでは少し暑いくらいの季節になりつつある、衣替えもそろそろだろう。


「礼央君「送り狼」って妖怪いるじゃない」


突然そんな事を真木野さんが言い出す、「送り狼」って言葉は女を騙して襲う男ってイメージが強すぎて一瞬何を言い出したのかとも思ったが、どうやら語源になった妖怪の話らしい。


彼女のオカルト知識は洋の東西を問わないしジャンルもUFOから魔術関係と無駄に幅広い。


「あれってー私本当はそんなに悪い妖怪じゃないと思うのー、

山で迷った人とーかを他の悪者とかからねー守ってくれるのー」


僕には今一真木野さんが言おうとしている事が分からなかった。


「きっとねー本当は神様の使いとかなんだよーだから私の事も助けてくれたんだよー」


夕焼けに照らされた真木野さんの顔は穏やかに微笑んでいた。


「だから私ねー今度会ったらね、お礼を言って天野君を助けてーってお願いしようと思うんだー」


僕はその表情に何も言えなくてなってしまったのだった。



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