三軒茶屋ワーウルフ
01
ビルとビルを足場にして飛び回りながら敵はこちらに素早く接近してくる、この動き方はおそらく「忍者」クラスだろう
「アミィ、ゴリラビルのあたりから敵、多分忍者」
僕の声に反応して「人狼」の正体をすでにさらけ出しているアミィは、その右手に掴んでいた「サイキッカー」をトドメの一撃とばかりに首都高の壁にに向けて投げつけると、即座に体の向きを変え迎撃準備を整える。
このタイミングで飛び出して来ると言う事は破れかぶれの特攻だとは思うが、何か隠し球を持ってる可能性はもちろん捨てきれない。
「何か仕掛けて来るかも、気をつけろよ」
迷わず自分に向かってスピードを上げて接近して来る「忍者」の姿を確認すると三茶パティオの屋上を蹴って「人狼」は夜空に弾丸の様に飛び出した。
「忍者」は走りながら印を結び何かのスキルの準備に入っている、この距離ではいかに「人狼」のスピードでもスキル発動前に止める事は出来ない、しかし甘い、アミィの体力には十分残りがある上このステージは今「月夜」だ、「人狼」であるアミィのステータスは全体的に底上げされている。
「忍者」の火力では一撃をもらったとしても距離さえ詰めてしまえばこちらの勝利だ、それを知らない訳ではないだろうが相手はストレートに距離を詰めて来る。
印を結び終わった「忍者」の前方に火遁スキルを示すエフェクトが展開し、間髪入れず視界を埋め尽くすほどの大きさの炎の竜巻がアミィに襲いかかる、高位忍術だが「人狼」の火炎耐性は高めである、持続時間こそ長いスキルの為ヒット数のカウントは次々と上がっていくが、きっちりと防御態勢をとっていたアミィの体力をほとんど削る事は無い、てっきり比較的通りやすい水遁系を撃って来るかと思ったがスキルを持っていなかったのか?
炎の竜巻を耐えて抜けたアミィの目の前には無防備な「忍者」の姿がある、この距離なら「人狼」の爪が十分に届く、この機を逃す事なくアミィの右腕が袈裟切りの様な軌道を描いて「忍者」をとらえる。
「いや後ろだアミィ!」
火遁はあくまで目くらまし、炎の影でノータイムで発動出来る「変わり身」の印を組んでいたであろう「忍者」の姿は爪で切り裂かれると煙の様なエフェクトを残して掻き消え、間髪置かずに本体がアミィの後に出現した。
その手には「人狼」にとって最大の弱点となる銀製、しかも祝福エンチャント付きの忍者刀が握られている。
この回避も間に合わない必殺のタイミングに「忍者」は刃をアミィの首筋に突き立てようと大きく振り上げた。
しかし銀の剣に体を貫かれたのは「忍者」の方だった。
振り返ることも出来なかった「人狼」のたてがみが一瞬に逆立ち、銀色の凶悪な剣山のような形態になっており、「忍者」はそこに突っ込む様な形になっていた。
オートスキル「シルバークレスト」
銀武器での背後からの攻撃にのみ反応する高位スキル。
無数の剣をカウンターで喰らい、体力の大部分を失いダウンした「忍者」をゆっくりと掴み上げ「人狼」は大きくその顎を開いた。
モニターの中で「人狼」が「忍者」の頭を容赦なく噛み砕くと同時に、ヘッドセットから軽快なファンファーレが鳴り響き「Enemy Destroyed You Win!」と文字が表示される。
「おつかれー最後はちょっとひやっとしたな」
ステータス画面を呼び出しソウルポイントを確かめる。
「おー今日で結構稼いだなー、やっぱあの「ナイト」倒したのがデカかったのかな、もう少しで新しいスキル取れそうだ」
「もう少しで大型アップデートだし、それまで貯めとくのも手じゃないか?」
ヘッドセットを通して聞こえるアミィの意見は確かに一理ある、アップデートによっては新しい使えるスキルやアイテムが出るだろうし、今は強いスキルでも弱体化するかもしれない。
とりあえずさっきの「忍者」「サイキッカー」から奪う物を決めようと画面をスクロールさせながら、アミィと次のアップデートの情報を交換する。
「まあそうだなー、次はどこだっけ?新宿エリアが開放されるんだっけ?」
「らしいね、俺はとりあえず噂のバベルエリアの開放を早くしてほしいんだけどな」
アミィの言うバベルエリアとは、この「Tokyo Night Blood」、通称「ナイブラ」が発表されてからすぐにその存在が公表されているものの永らく実装されていないエリアだ。
「何か、Devilの巣みたいなエリアになるんだろ」
「そうそうかなり派手な戦闘できたり、レアアイテムの山ってエリアって噂だけど」
「あれかねーやっぱ不謹慎とかそういう理由で修正されてんのかな?」
「ま、でもそんな事言い出したらこのゲーム自体がかなり不謹慎だけどな」
アミィの答えに軽く笑いが混じる。
「まあ、取りあえず今日はここまでだな、おつでしたー」
「ああ、また明日、レオ」
アミィとのボイスチャットを終え、PCの電源を落とす、窓の外を見ると少し空が白んでいた、時計に目をやれば午前5時を回っている。
「あーまたやりすぎたかなー」
長時間座っていたせいで固まった体をほぐすため、軽く体を伸ばしながら動き始めた街を眺める。
ゲーム上とは言えこの街の上を飛び回って戦っていたかと思うと何か妙な気持ちになる。
さっきまでボタン一つでビルからビルに軽々と飛び移っていたのだから、学校に行くのもそれくらい楽だったらなんて適当な事を考えて、僕は少しだけでも寝る事した。