第6話 <剣術師範にこの俺が?>
考査が終わって数日が経った。
壮汰はあのパーティーの翌日の朝、自宅に帰っていった。しかしそれは荷物を取りに行ったからだ。
優華たちから許しが下り、壮汰の両親からも許可が下りたことにより、これからはこの雨河家に四人が住むことになる。
孝樹たちは壮汰がやって来る日を少なからず楽しみにしていた。
そして次の土曜日、とうとうその日がやって来た。
玄関のベルが鳴り、孝樹が見に行くとそこには壮汰が立っていた。いつものようによく分からない決めポーズをしている。
「おはよう、壮汰。相変わらずだな」
「オッス、孝樹。俺はいつもどーりだぜー。今日からよろしく、な」
「おう、よろしく。とりあえず荷物中に入れろよ」
孝樹は家の中に荷物を入れるように促す。それに従い壮汰は自分の持ってきた荷物を玄関に運び入れる。
するとリビングから紗美がやって来て、何か手伝うことある?、と聞いた。
「大丈夫かな、俺たちでやれそうだ。ありがとな」孝樹は荷物の量を見て言った。
「分かった、それじゃあ戻ってるから何かあったら呼んで、ね?」とリビングに帰っていった。
「それじゃこの荷物を運ぶとしますかのう、どこに運べば良いのですかのう?」急に壮汰は老人ぶった姿勢をとる。
「ちゃんと準備しておいたよ、と言うか主に優華の親父さんが…なんだけど」少し目を細めて孝樹は言った。
「そう言えばさ、孝樹ん家、なんかでかくなった?」
「あ…ああ、ちょっとこの数日間色々あって……」
* * *
それは壮汰が帰った日の事。
孝樹たち三人がくつろいでいると、突然孝樹の携帯電話が鳴った。孝樹が電話に出ると、
「やあ、孝樹君。元気にしてるかい?」優華の父親である春助だった。
「元気にしてますよ、春助さんこそ元気ですか?」
「もちろん元気さ。ところで今回電話した一件なんだがね?娘から聞いたんだが、今度新たに同居人が増えるとか」
「ええ、そうですよ。俺の友達で吉原壮汰って言います」
「ほほう、君の友人かね?それなら安心だ。そこでだね、君の家を増築しようかと思うんだ」
「増築ですか!?大丈夫ですよ、それに学校だってありますし、荷物だってありますから。費用だって無いですし」
「お金の事なら気にする必要はない。全額私が出そう、娘もそこが気に入っているようだし。まぁ孝樹君が良ければ、なんだが」
「俺は…」
そこで少し考えた。確かに皆でこれからこの家に住むのならこのままでは少し窮屈かもしれない。
でもここは家族三人で何となくとはいえ、今まで暮らしてきた家だ。少なからず思い出はある。
もしここで増築とかしたらそういうのも壊れてしまう、なんかそんな気がするんだ。父さんと母さんの思い出が無くなるようなそんな気が。
その時だった。優華が孝樹の手を握り、廊下へと誘った。
紗美も一緒に来ようとしたが、珍しく優しく微笑んで部屋に残った。
廊下に出た孝樹たちは階段に腰を下ろした。そして優華は優しく孝樹から携帯を受け取り、
「お父さん?またかけなおします」
そう言って電話を切って携帯を孝樹の手に返した。そうして深呼吸をして、孝樹を真っ直ぐ見つめ、いつもとは違ってとても穏やかで優しく、
「どんな話をして、あんたが何考えてるか、何となく分かってる。そのつもりよ」と言った。
どうやら話の内容や考えていることが顔に出ていたみたいだ。孝樹は顔に出してしまったを恥ずかしく思った。
「安心して。あんたが何を選ぼうと私たちは攻めるつもりはないから」
いつもなら絶対に見せない優しい笑顔を惜し気もなく孝樹に向ける。孝樹は一瞬ドキッとしてしまったが、冷静に考え直して、
「一つ真剣なこと聞いても良いか?」と聞いた。
「別に構わないわよ」と優華も返してくれたので、ホッと一安心して、
「優華たちにとって俺って何だ?」と聞いた。
一瞬沈黙が流れたが、優華はゆっくり優しく、
「私にとっても、きっとあいつにとっても大切な家族のようなもの、かな」と言う。
それを聞いて、そっか、と孝樹は言うと電話のアドレス帳を開いてある人物に電話を掛ける。
「もしもし孝樹ですが、今よろしいですか?そのですね、先ほどの話をお願いしようかと思いまして。はい、大丈夫です。宜しくお願いします」
そう言って再び電話を切って大きく深呼吸をした。
「本当に良かったの?それで」優華が心配そうに聞いた。
「ああ、これで良かったんだ。いつまでも過去に囚われてちゃ始まらねーよ。それに俺にとっても今の生活の方がやっぱり大切だ。気づかせてくれてありがとな、優華」
孝樹は笑顔で言った。不意の笑顔に優華はドキッとして顔を真っ赤にしている。
「なっなによその笑顔は!フンッ、決心出来たならそっそれで良いのよっ。じゃっじゃあ先に戻るわ」と言い残し、早足にリビングへと戻っていった。
すると優華に代わって紗美がやって来た。
「大丈夫?孝ちゃん。どうやら決まったみたいだけど」と孝樹の隣にゆっくり腰を下ろす。
「ああ、色々とありがとな」
「もう、気にしないでよ。私と孝ちゃんの仲じゃないの。それに孝ちゃんが信じた道でしょ?なら大丈夫よ」
紗美は孝樹の背中を軽く叩いて笑顔で言った。そして立ち上がり、彼女もリビングに戻っていった。
孝樹は大きく伸びをした。そして、いよいよこれからが始まりかな、と思い二人を追ってリビングに入った。
それからわずか半日で家の増築が始まった
。荷物は春助が連れてきた総勢百人の社員の手によって一時的に用意してくれた千摩邸内の一軒家に移してもらった。
そしてたった三日で家の増築が終わった。
凄い早さ…と言うかやる気である。
更に家に戻って孝樹たちは驚いた。
なぜなら大きさが以前の三倍になったような感じがしたからだ。
社員の人たちが荷物を運び入れている時に、玄関の前で並んで立っていた春助に孝樹は聞いた。
「すごく大きくなってませんか?ここってこんなに敷地ありましたっけ?」
「ああ、敷地はあったよ。ただ他の人に貸してただけだよ。無償でね。大きさは三倍近くにはなるかな、これで何人も住むことが出来るぞ」
「それはそうですけど、何かと問題があるんじゃ…」
「そのあたりは問題ない。私が何とかしたよ、それに私は君を信じているのでな」
「どうしてそこまで?」
「無論あいつの息子だからさ。君の人柄も良いしね」
「そうですか…」
そんな風に言われては何も言うことがなくなってしまう。とりあえず頭を下げて荷物運びに加わった。
そして荷物を運び終わると春助たちは足早に去っていった。
* * *
「でもこんだけ広けりゃ一人一部屋でいけますなー」と壮汰が言った。
孝樹はハッとなった。そうだ、そうだった。もしかしたらこれで俺の部屋は解放されるんじゃないのか、と。
しかしそこで考え直す。
そもそもあいつが俺の部屋に住み着いた理由って“部屋が片付けられないから”じゃん。
それって結局のところ部屋が増えても同じことじゃんか、と冷静に落ち込み始める。
そうだ、紗美と一緒の部屋じゃん。なら問題ないな、と考えまた考え直した。
だめだ、部屋が片付いても、布団の上が片付いてねーよ。
さっきより一層心が沈んでいく。その時だった、
「どうしたんだ?孝樹。せっかく広くなったのに」と壮汰が不思議そうに聞いた。
「いや、現実って厳しいんだなあと」
「まぁ現実だからのう。しかしこの家はホント賑やかだよな」
「ああ、広くなって何かと良くなったし、家具も新しくしてもらったからな」
その時だった。リビングから優華がやって来た。
「いつまでも話し込んでないで早く片付けたら?」
そう言ってすぐにリビングに引き返していった。二人は頷き合って荷物を持つと孝樹の先導で壮汰の部屋に向かった。
ちなみに春助の配慮で家の内側の構造は元のままで、部屋の数が増えたり、リビングが少し広がったりしただけだ。
壮汰の部屋は二階にある六部屋の内の一つであった。壮汰の部屋は階段から見て左側中央の部屋である。
部屋の前に着くと、「3」と書かれた木の札が掛けてあった。
「なん…だ…と、この俺が三番だと…」何故か驚いている。
「なんでそんなに驚いてんだよ」さすがの孝樹も不思議に思う。
「だって…1番が良かったもんよー、やっぱ1番だろー」
「1番は俺の部屋だ。んで2番が優華と紗美の部屋。だからお前は3番だ」
「ちょっと待てよ、んじゃ俺も孝樹の部屋に入れてくれよ」
「それが無理なんだよ、だって俺の部屋には優華いるし」
「……何でだよっ!さっきは2番にいたじゃんかよっ!何で二部屋にまたがってんだよ!おかすィーだろ!」
「ちげーよ、2番に荷物があって何故か本体がこっちに来てんの」
「それもおかすィーよ!何で本体と荷物を別々の部屋にしてんだよっ!こんだけ広けりゃ十分収まるだろー」
「収まるけど、あいつの場合片付かなくて収まんねーんだよ」
「納得いく説明ですよっ!チクショ!……てか何で冷静!?おかすィーよ!」
「うーん、慣れだよ」
その言葉を聞いた瞬間、壮汰の目が点になる。
慣れかー、慣れって偉大だなー、と彼は呟いた。
「とりあえずそういう事だから3番な」
「ああ、俺、3番で良いや」
そして3番の部屋に荷物を入れた。二人部屋なのだが適当に入れただけなので床一杯に荷物が散乱していた。荷物を部屋に運び終えた二人はリビングに下りていった。
中に入ると二人はテレビを見て笑っていた。不意に優華が振り返って、
「孝樹、お腹空いたわ。ご飯作りなさいよ」と言った。
孝樹は時計を見上げた。もうすぐで正午になる。孝樹は壮汰をリビングに待たせて台所に向かった。台所に入った孝樹は椅子を引いて座り、携帯電話をポケットから取り出した。そしてアドレス帳からある人物を探す。
探しているとリビングから紗美がやって来た。彼女はこれといって何か言うわけでもなく、孝樹の向の席に座った。しかし何も話さない。
「どうしたんだ?」堪えかねて聞いた。
「どうもしないよ?ただこっちに来ただけ」
「そっか、んじゃちょっと電話するから喋るなよ?」
「りょーかーい」
孝樹は先ほどから探していたアドレスを見つけ、そこへ電話を掛ける。
「はいもしもし孝樹どの?どうしたでござるか?」相手が応えた。紗美にも辛うじて聞こえる。
「あ、透?明日流議会を開きたいんだけど、皆に連絡まわしてもらえないかな」
「ええ、構いませぬよ?何時にどちらへ集まるでござるか?」
「そうだな、武術館前に二時頃かな。来れない人には流議会の後で俺から伝えるから無理して来なくていい」
「分かったでござる。では失礼致しまする」
そして孝樹は電話を切った。紗美は少し不思議そうな顔をしている。彼女は疑問に思った事を聞いてみることにした。
「今話してた透ってだぁれ?」
「ん?今のはうちの道場に来てる一年生の藤隆透だよ。ほら、三年生の剣道部主将いるだろ?あいつの妹だよ」
「へぇー、そうなんだ。そう言えば道場って何?」
「父さんが開いてた剣術道場だよ。かなり格式高い流派なんだそうだ」
「そうなんだ、何て言う流派なの?」
「『村雨龍碧流』。何か中二っぽいよな。それでも歴史は古いらしい。ちなみに俺が十代目なんだぜ?」
「え?十代目なの?と言うことは……すごいよ!!」
そう聞いて、え?そんなに驚くことなの?何か嬉しい、と孝樹は心の中でガッツポーズを決め込む。そして二人はその話に区切りをつけて昼ごはんの支度に取り掛かった。
料理を作り終えてリビングにいる二人を孝樹は呼んだ。壮汰は普通に、おっ美味そうだなー、と言ったが、優華から聞こえたのはお腹の鳴る音、そして、早く食べさせろ、という肉食動物の呻きだった。皆が座ると、
「今日は中華にしてみた。この炒飯は結構な自信作なんだ」と言った。
「確かに。着実に腕を上げてきてるな」
「ホントだね!すっごく美味しいと思うよ」
「まぁ、うん、美味しいんじゃないの?」
皆が炒飯を食べながら言った。孝樹は顔がどんどん綻んでしまう。
ちなみに炒飯の他には餃子やチンジャオロース、酢豚に何故か唐揚げやサラダもある。サラダは恐らく中華ではない気もするが。
四人は結構ゆっくりと雑談も交えて昼ごはんを堪能した。お皿を綺麗に空にして一団楽。そして孝樹と紗美は四人分の皿を重ねて片付ける。
一方壮汰と優華はすぐにリビングへと戻っていった。それを目で追いながら孝樹は時計を見た。一時を少し過ぎていた。孝樹は食器を流し台に入れると紗美に、
「ごめん、俺ちょっと出掛けるからこのままにしといてくれるか?」と言った。
「分かった。頑張ってね、十代目っ」にっこりと最高の美を顔に映し出して孝樹に言った。
「あっああ、でもその呼び方は止めてくれ」そう言って孝樹は家を後にした。
孝樹の向かう武術館は彼の家とそれ程距離はない。長く見積もっても1キロ程だろう。三十分も歩けば十分だ。そこに向かい歩いていくと、呼び止められた。振り返ると透であった。
「お久しぶりにございます、孝樹どの」少し息を切らせて言った。
「おう、久しぶり。元気にしてたか?じゃじゃ馬」孝樹は自分より頭一個半ほど下にある小さな頭を軽く撫でて言った。
「止めてくだされ孝樹どの。私ももう高校生になるでござるよー」と彼女はそれを必死に振りほどこうとする。
「俺から言わせりゃまだまだだ。そう言えば先輩は?」手を止めて普通に並んで歩きながら聞いた。
「兄様でしたら先に行ったでござるよ?」と透は答えた。
すると彼は軽く空を仰ぎ、その口からは笑みが溢れ、
「やる気満々だな、先輩は。でも残念だけど今日はとりあえず話し合いだけだから先輩悄気るかも」
「気にする必要はないでござるよ。兄様は孝樹どのを深く親交しておられますから」
孝樹の方を見上げて純真無垢な表情で笑う。それを見て孝樹は思わずドキッとしてしまった。
しかしそこで孝樹はそれを気づかれないよう必死に冷静さを取り戻そうとした。そうしているといつの間にか武術館に着いていた。すると集団の中心にいた青年が孝樹たちの方へやって来て、
「お久しう御座います、孝樹殿」とちょっと低めの声で言った。
「お久しぶりです、雪司先輩」孝樹は軽きお辞儀をした。
「兄様早かったでございますな」今度は透が雪司の隣に並んで、彼を見上げて言った。
「まーな、久々で楽しみだったのでな。さぁ孝樹殿、こちらへ」
そう言って雪司は孝樹を武術館の入り口、皆が見渡せる場所へ案内した。孝樹は案内された場所に立ち、皆をしっかりと見渡して、
「まず初めに言わなければいけない事があるんだ」
孝樹のその言葉に皆は少しざわつく。しかし孝樹の次の言葉が始まるとまた綺麗に静まりかえった。
「実は二ヶ月くらい前に俺の両親が交通事故で他界してしまった。その事で今後この流派をどうしようかって話なんだけど……」
凄く気不味い空気が流れ始める。皆、その衝撃的な話と悲しみで何も出来ずにいた。そんな中、冷静な雪司は進んで孝樹の隣に並び立った。
「皆、師範がお亡くなりになった事は悲しい事だ。だが、少し考えてみてくれ、俺達にはまだ九代目嫡男であらせられる孝樹殿がおられる。起きてしまった事をいつまでも嘆くよりもこれからの事を考えていかなければいけないと思う」と力強く言った。
「そうでござるよ。ここで村雨龍碧流を途絶えさせて良いでござるか?皆師範の為にも続けるべきでござらんか?」
その言葉を聞いた瞬間、それまで静まりかえっていた皆が一気に気持ちを高めて、そうだそうだ、と囁き始めていく。
「なればする事は一つ。新たな師範を立てる事だ。そこでだが俺としては当然彼を推薦する」
そう言って雪司は隣に立つ孝樹の肩に手を置いて皆を見た。すると一同も同じ意見と言わんばかりに拍手をし始めた。
「ちょっと待ってくれ。本当に俺なんかで良いのか?俺みたいな未熟者で」と孝樹は言うが、
「もちろんでござるよ。この中で一番励み、一番強い孝樹どのだからこそ皆は選ぶでござる」
孝樹はそれを聞き、皆を見渡す。皆の顔には誰一人としてその事を不満に思うものはいない。皆が孝樹を認めている証拠だ。
「分かりました。それでは師範には俺がなりたいと思う。でも今まで通り接してくれればそれで良い」と孝樹は言った。
すると皆は今まで以上に真剣な赴きになって、「はい」と言って一礼した。
「それじゃ…次に道場開く日時が決まったら追って連絡します。では解散」と孝樹は言った。
そうして皆は帰って行ったが、その場にはまだ数名が残っていた。それは孝樹、雪司、透、そして他に四人残っていた。
彼らはゆっくりと孝樹たち三人のもとにやって来た。その中の一人が話し始めた。
「孝樹さん、一つ質問してもよろしいでありますか?」
「ああ、何だ?北条さん」
「私たちは今後の方針を知りたいのであります」
「方針は父さんの時を変えるつもりはない。変えるとしてもどうしていいか分かんないしな」
「そうでありますか、それならば良いのでありますが。では私たちは失礼するであります」
そう北条が言うと他の三人は頭を下げて歩いていった。北条を残して……
「ええぇぇぇ、私置いてかれるでありますかー」と置いて行かれた北条は慌てて三人を追い掛ける。
「何だろう、北条さん見てるとホント可哀想に思えてくる」
「同感でござる。あの四人の中では一番リーダー格っぽいでござるのに」
「まぁ良いではないか、俺達も帰るとしよう」
「兄様って二重人格でござるか?武術系にはすごく熱を入れるでござるのに、他の事には全く入れませぬ」
「何故かあのようなものには力が入ってしまうのだ」
「そうですね、何か入ってしまうんだよ」
「そう言うものでござるかー」
そう言って三人は太陽が照りつけ始める六月の青空の下、家に向かって歩き始める。
一方その頃、北条は三人に追いついていた。
「ひどいでありますよ」彼女は軽く息を切らせて言う。
「すまんかったのう、これは好機と思って逃げてしまったき」三人の中で左に立つ茶髪の青年が言った。
「仕方ないやろ?何ちゅーてもお前いじられキャラなんやし」今度は右に立つ金髪の男が言った。
「いじられキャラになった覚えはないであります、東山さん」北条は目に涙を浮かべながら言った。
「いやいや、お前さんは完全にいじられキャラだきー」と茶髪の男が東山の味方をする。
「南雲さんまで、東山さんの味方するでありますか!?」より一層涙目になる。そして三人はそこでもう一人の男、黒髪の彼を見た。
「…………」
彼は無言のまま立っている。業を煮やした東山が大声で叫んだ。
「何でなにも喋らんのや!?何か喋らんかい、われー」
「すまん、俺は話すの苦手だから」それだけ言って彼、西谷は歩き出す。彼は足が体の大きさの割に結構早い。
他の三人もその早さに何とか追いつく。ちなみに北条は銀髪で、彼らは皆地毛である。
四人は人通りの多い駅前を歩く。目指すはいつも溜まり場としているファミレスだ。しばらく歩いているとそのファミレスに着いた。
「相変わらずやなー、この店は」と東山が言うと、
「普通のお店でありますから」と冷静に北条が言った。
その間に南雲と西谷はファミレスの中に入っていった。そしてさっさと席に案内されていった。
まだ外にいた北条と東山も慌てて二人の所に走っていく。
「ちょっと待ちーな、何置いてっとんねん!放置プレイなんぞ興味ないで、わいは!」
「そうですよ!東山さんはともかく、私まで置いて行かなくてもいいでありますよ!」
「いや、だってのう、何か付き合うの疲れたき。それに腹も空いてたし」悪びれる様子もなく、たんたんと述べる。
東山と北条は大きく溜め息をもらした。二人は同じ事を考えていた。“自分の存在って一体”と。
二人の目は立ちながら遠くの方を見続けていた。するとそこへウエイトレスがやって来てしまった。
「まぁお前達、座れ」と西谷は二人が座れるよう、南雲にも目配せして席を詰めた。
北条たち二人は黙って席に座ると水を一口飲んだ。ウエイトレスもやっと終わったという顔をして、御注文は御決まりでしょうか、と尋ねた。
「わしゃ和食御膳ぜよ」
「わいはハンバーグ定食と別で大ライスな、後マヨネーズ頼むわ」
「俺はカルボナーラとミックスピザ、それからお子様セット」
「私はチョコレートパフェとバニラアイス、チーズケーキにりんごのタルトであります」
四人が注文し終わるとウエイトレスは厨房に戻っていった。その後ろ姿を見て南雲が話し始めた。
「わしゃ思うんだがのう、あのウエイトレスは間違いなく東山の事を変わった人だと思っとるぜよ」
「なんでやねん!わいは何も変な事ゆーとらんで?」
「…マヨネーズ…」
「そっそんなら西谷のお子様セットてどないやねん!もう高三やぞ!」
「確かに高校三年生でお子様セットは正直ないであります」
「…むむ……デザート…」
「そうじゃそうじゃ、おんしゃもデザートばかり頼んどるき、十分変わっとるぜよ」
「なっ、女の子は甘い物が大好きなのであります。南雲さんだって……普通であります」
「はっ!確かに普通や。めちゃくちゃ普通やん」
「…普通だ…」
その時、先程のウエイトレスと初めて見るウエイターが四人の注文した料理を次々に運んできた。机一杯に料理が並んでいく。それぞれ個性的である。
東山の前にはかなりの大きさの熱々のハンバーグと小ライスにサラダ、そして別途で注文した大ライスが並ぶ。そして今、彼の右手にはマヨネーズがある。ちゃんとカロリーは半分のものだ。
西谷の前にはイタリアンの有名どころのカルボナーラとミックスピザが並ぶ。がしかしその内側にはおそらく子どもは皆大好きなお子様セットが堂々と鎮座している。ライスの上には日本国旗が立っている。
北条の前には色とりどりの甘いスイーツがいくつか並んでいる。ここだけは気のせいか冷気をとても帯びている気がする。
それに対し南雲の前にあるもの、それはごく一般的な御膳。これといった特徴もなにもない御膳であった。
「何やそれは!?普通すぎるやろ!お前には個性っちゅうもんがないんか!」
「食い物は普通の人間は普通の物じゃき!それに個性ならあるぜよ!」
「その話し方でありますか?でも確かその話し方は癖とかではなく、カッコイイから使ってるだけでありますよね?」
「…その通りだ…」
「な…なな……何でそういう事言うかな!結構気にしてんのに……」
「確かあれやろ?『クールな二枚目』設定目指してたんやろ?素質ないんちゃう?」
「ひっ酷くね?俺年上だぜ?せめてもう少し優しく言ってくれよ」
「何言ってんねん、年上でも腕はわいの方が上やろ?南雲」
「ちょっと待てぃ!ついに呼び捨てだよ!もはやテメェー年上とも思ってねーだろ!!」
「興奮し過ぎでありますよ、南雲さん。とりあえず食べるでありますよ」
「ああ、そうじゃな。先に食べるぜよ」
「また訛りよった、ここにおるんはホンマおもろいヤツばっかりや」
「…うむ…」
そして変わり者の四人は黙々と食べ続ける。もちろん東山は小ライスと大ライスに山になるほどマヨネーズをかけているし、西谷は嬉しそうにお子様セットを食べ、北条は頬や鼻にアイスをつけながらとても美味しそうに頬を膨らます。
唯一南雲だけが普通の御膳を普通に食べていた。
「ただいま」孝樹は玄関を開けて中に入った。すると奥の方から走ってくる音がしてくる。
「おかえり孝ちゃん、結構時間掛かったんだね」紗美であった。
「ああ、ちょっと話し込んでてな。とりあえずは俺が後を継ぐことで決まったよ」
「えっ!跡を継ぐ?つまり孝ちゃんが一番偉くなったの?スゴいじゃない」
「名目上の師範になっただけで一番偉いわけじゃないよ。俺はあくまで皆の代表に選ばれただけだ」
「そっか、まっ良いけどね。さっ行こ?」
紗美は靴を脱いだばかりの孝樹の左腕をガシッと掴むと、グイグイと孝樹をリビングへと引っ張っていく。
「二人ともー、やっと孝ちゃん帰ってきたよー」と中に入ると紗美がテレビを見ている二人に言った。
「遅いぞ孝樹、待ちわびたぞ」
「ほんっとぐずなんだから」
二人がソファーに座ったまま振り返り言った。よく見ると机の上には大量のお菓子が置かれ、ほとんどが開封された上に空になっていた。もはや孝樹の口からはため息しか出ない。なぜなら彼が出掛けてからまだ一、二時間程度しか経っていないのにこの荒れ様だからだ。
孝樹は黙って机の上のゴミや床に散らばるお菓子の欠片を片付けていく。三人はその姿をソファーの上から眺めている。
「ちょっと待てやコラァァァアア、オメェーら高みの見物してんじゃねーよ!汚した張本人だろうが!」
孝樹は三人の行動に堪忍袋の緒が切れて、勢いに任せて人差し指を綺麗に伸ばして怒鳴りつけた。
そうすると、壮汰は、すまんすまんハッハッハッハッハッ、と手伝い始め、紗美はご褒美何くれるのかなぁ、とふざけながらも一応手伝う姿勢を見せる。だが、優華だけはやはり違っていた。
彼女は手伝うどころか、片づける三人をただ見て、全く全く、と呟いている。それを見ていた孝樹は頭に血がのぼってしまい、
「優華も手伝えよ」と言った。
すると優華はギロリと孝樹を睨み付け、
「ずいぶんと偉そうな口きくじゃない」と不敵な笑みを浮かべる。
それを視界の端から見ていた他の二人は、やっちまったな孝樹(孝ちゃん)、と全く同じ事を考えていた。
そしてその時は日常の風景のように、唐突に、それでいて波乱の空気を漂わせて訪れた。
優華はソファーの上に立ち上がり、一度反動をつけて高く跳躍。天井に当たる寸前で方向を変えて弾丸の如く手を挙げ、足を揃えて孝樹の背中目掛けて跳んでいく。
孝樹は片づけに集中し始めていてそれに全く気づいていない。
次の瞬間には、優華の足が見事に孝樹の背中にヒットした。孝樹はそのまま前に飛ばされ、壁に顔を打ち付けた。
ここまでは優華も計算の内だったのだが、これからは全くの計算外だったようだ。まず孝樹を飛ばしたまでは良かったが、自分が完全に地面から離れていることを彼女は忘れていた。
そのため彼女の体は重力に従い落ちていく。そして当然のように床にぶつかった。しかも顔の方から……
壮汰と紗美は顔を見合わせて、小さくため息をする。二人は思ったのだ、もしかして天然?、と。
「ちょっと大丈夫?顔打ったみたいだけど」倒れたまま起き上がらない優華に紗美が近寄り揺すりながら言った。
壮汰もそれを見て少し心配になってきた。するとそこに飛ばされた孝樹がやって来た。いたる所に傷が出来ている。
「全く、面倒なヤツだな。手伝いはしないし、墓穴は掘るし、まさにお嬢様って感じだよな」
「まー、大手企業の娘なんだろ?だったら当然なんじゃないか?」
「確かにそうだけどよ、ちとワガママって言うかさ」
「大目に見てやろうじゃないか、さっ片づけるぞ?」
壮汰は作業を再開した。無論孝樹も片付け始めるが、彼はその前に優華と紗美のもとに行った。孝樹は無言で優華をひっくり返した。すると彼女は完全に目をまわして行動不能となっていた。紗美はどうして良いか分からず、孝樹を見上げている。
「仕方ねーな、部屋に運んどくか」少々面倒臭そうに頭を掻いた。
紗美はそれを聞いて、分かった、とだけ言い孝樹の先導をして優華を孝樹の部屋に運び入れた。
ちなみに孝樹の部屋は春助の配慮で二人用のベッドが置かれていた。他の部屋は一人用のベッドが両側に一つずつ置かれている。そして孝樹はその二人用のベッドにゆっくりと優華を寝かせた。その間紗美は暇そうに部屋の中を見て回っていた。
「意外だよ、孝ちゃんがこんなに綺麗好きとは」色々といじりながら不意に彼女が言った。
「あ?え?そうか?別に普通だと思うけど」
「そんな事ないよ。かなり綺麗にしてる」
その落ち着いた声に孝樹は思わず紗美に視線を向けた。彼女は傾き始めた陽光をたたえる窓を背にして立っていた。そして彼女はその艶やかな髪を縛る二つのゴムをスッとほどき、長く伸びた髪に空気をふくませる。その姿はまるで地上に舞い降りた美の化身のように美しくて、それでいてこの世のものとして確かな存在感を醸し出していた。彼はそんな紗美をじっと見つめてしまう。
「どしたの?孝ちゃん」紗美が優雅に首を傾げて聞いた。
「いっいや、こうやって見ると紗美って綺麗なんだなー、てさ」彼女の目と合いそうになる度にそらしながら彼は言った。
「まーね、学校じゃ結構モテてるしね。でもそれならそこの千摩さんだって同じだよ?」
「そうなんだ。確かに改めてみると綺麗な顔してっからな、お前らは」
「あら?そう言う孝ちゃんだってモテてるじゃない」
「俺が?誰に?」
「はぁー、鈍感な男は嫌われちゃうよ?」
紗美はそう言うと部屋から出ていった。後に残った孝樹は紗美の言った最後の台詞が異様に気になった。孝樹はしばらく考え込んでいたが、答えは全く見つからない。近くで眠っている優華の顔を眺めていても当然見つからない。悩んだ結果、孝樹は考えるのを止めた。ある程度深く考えて出なかったのだからそれ以上考えても恐らくは見つからない。
孝樹は優華に被せた布団を掛け直して部屋を後にした。
下に下りた孝樹は純粋に驚いた。部屋だけでなく廊下なども綺麗になっていた。孝樹がリビングに入っていくと壮汰と紗美はテレビを見ていた。
「遅いぞ?孝樹。遅すぎて一人で片付けてしまった」
「その割には疲労感が全く見られないんだけど」
「こんなことで疲れる僕ではないぞ!それよりも師範になったんだろう?ならば僕と勝負しよう!」
「しても良いけど手加減とかしないぞ?後お前いつから自分のこと僕って呼ぶようになったんだ?」
「今日からさ、何か俺より僕と言った方が頭良さそうだろ?」
「確かに……実際頭良いから別に良いんだけど、何故だろう、バカにされてる気分だわ」
「そんな事はないさ、あくまで僕個人の意見だからね!それよりも早く勝負しよう」
そう言って既にやる気満々の壮汰は準備運動を始めている。孝樹は、ハイハイ、と言って自分の部屋に愛刀の一つ“四月一日”を取りに行こうとした。この愛刀は木刀で樹齢千年の御神木から作り出されたものだ。
部屋を出ようとすると視線を感じた。その方向を見ると紗美がこちらを見ているのが目に入った。紗美は目を輝かせて孝樹を見上げていた。
「紗美、勝負見るか?」と孝樹が気を遣って聞くと、
「見ますっ!」と力強く答えた。
そして紗美は玄関に向かった。壮汰は紗美より先に玄関から出て、中庭に向かっていた。孝樹はそれを見送り、再び自分の部屋へと歩み始めた。
部屋に入ると部屋中に小さな寝息が響いていた。彼は物音をたてないように忍び足で自分のタンスの前に向かう。彼は両開きの扉の右側を開けた。すると扉の裏側に一本ずつ、木刀と刀が並列で縦向きに縛られていた。孝樹は木刀を縛る紐を解いてそれを取り出した。そして扉を閉めて一息深呼吸をして中庭に向かった。
中庭に出ると向かいでユニフォームに少し手を加えたものを着た壮汰がまた準備運動をしていた。紗美は壮汰と孝樹の間、リビングからつながっている僅かな場所に腰掛け、こちらを眺めている。
「なぁ壮汰、そのユニフォームで俺と勝負するのか?」
「おっと甘く見ないでもらいたいぞ。このユニフォームはただのユニフォームじゃない。対人用戦闘ユニフォームなのだ」
壮汰は後ろにドドーンと文字が出そうな自信満々の仁王立ち姿でそれを自慢する。正直自慢されても別にそれすごくないんだけど、というかそれ試合に着て行けるのだろうか、と孝樹は思っていた。すると壮汰はニヤリとして、試合では着ないぞ、と孝樹に言った。
はっ、こっ心読まれた?勘か?でもあのニヤケ様は明らかに心を読んだ奴の顔だ。本当コイツって一体何者なんだよ。実は宇宙人なんじゃねーの?と刹那に孝樹の頭の中で考えが駆け巡った。
その時待ちくたびれた壮汰が構えて、早くやろう、と言った。我に返った孝樹も木刀を独自の型で構えた。そんな彼を紗美はとても熱い視線で見ていた。
一方下で行われている事を全く知らない優華は未だすやすやと寝息をたてていた。