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第3話 <幼馴染みのワガママ>

 


 幼なじみとの再会を果たし、早一週間が経った。

 孝樹はとても疲れていた。

 何故なら、学校にいる間は紗美が後ろから常に話しかけてくる。

 そして家に帰れば同居人の優華から色々な命令を受けるからだ。

 今日、また雑用をするのかと思いながら荷物を片づけていると


「よっ、孝ちゃん」と横から紗美が顔を覗かせる。


「どうかした?」とそちらを向きながら聞くと、


「今日、家に遊びに行っても良いかな?」と言う。

 孝樹は焦った。

 家に帰れば優華がいる。これは実にまずい状況である。


 ただでさえ、一つ屋根の下男女二人きりというピンチに、クラスメイトにそれがバレる。

 それは何かとまずいことになる。


 そこで「ごめん、ちょっと用があるから無理だ」と言うと、彼女は耳元で


「良いのかなー、そんなこと言って。孝ちゃんのヒミツ皆にバラしちゃうゾ?」と言う。


「ヒミツって何かな?俺にはわからないなー」一気に体温が下がっていく。


「両親亡くなって一人暮らしになったはずなのにあの女子は?たしかこのクラスの千摩優華さんだったような…」


 彼はビクッとした。何故その事がバレたのだろう、尾行されたのだろうかと心で考える。


 彼女は耳元から離れて「孝ちゃんのことなら何でもわかるんだからね」と言い、

「早くお家に行こうよ」と言って歩き出した。

 バレてしまっては仕方がないと思い、言うことを聞くことにした孝樹であった。



 家に着くとまだ優華は帰宅していなかった。

 孝樹はホッとした。

 もしここに彼女がいたら、一体どんなことになっていただろうか。

 鍵を開けて中に入り、紗美が待ちかまえているので入れた。


「おじゃましまーす」と大きな声で言う、しかし何も起こらない。


「なんだ、いないんだ」と悲しげに言うが顔はどんどん喜びに満ち溢れ出す。


 そして彼女は真っ直ぐリビングに向かった。

 まるで家の中を知りつくしているように椅子に座ったので孝樹も向かいの椅子に座ると、


「今度は孝ちゃんの部屋行こうよ」と言った。


「なんで俺の部屋に連れていかなきゃならないんだよ」


「良いじゃん、それじゃ一人で行っちゃお」と言って歩き出す。

 それを孝樹は慌てて追いかけた。

 紗美は間違えずに真っ直ぐ孝樹の部屋へと向かう、そして中に入っていった。


 一見して「相変わらずきれいに片づいてるね」と言う。


 孝樹は心の中で叫んだ-待て待て、俺は一度も部屋どころか家にだってあげたことがないのに何で知ってんの-と。

 そう心の中で叫んでいる内に紗美はDIVE TO BED する。


「お前何してんだよ、人のベッドにさ」


「とくに何も?ところで優華さんとはどういう関係なの?」と聞かれた


「親の友人の娘で、俺はあいつの両親に世話になってる」と答えた


「それなら優華さんとはとくに関係ないんだよね?」


「そう、何もない」


「それじゃあ」とベッドから体を起こし、姿勢を正して真っ正面から見つめ合う。


「私と付き合ってよ」と言った。

 孝樹は頭の中が真っ白になっていくのが分かった。彼女は言葉を続ける


「昔した約束忘れてないよね?10年前にした」と

 そこで彼は思い出した、その約束を…


「確かにしたけど、あの約束は守れない」


「どうして?」と聞く目には少し涙がうかがえた

 その答えを探している時、玄関が開く音が聞こえ、


「ただいま、孝樹帰ってんの?」と一階から聞こえた

 とうとう優華が帰宅してしまったのだ

 その音を聞いた紗美は荷物を持ち、部屋を出かけて振り返り、


「私はまだ諦めてないから、これからもヨロシクね」と笑顔で出ていった

 そして一階から怒鳴り声が聞こえ、続いて玄関が閉まり、階段を駆け上がる音がした。


「ちょっとあんた何女子連れ込んでんの-」と優華が入ってきてボコボコにされた。



 時刻は午後九時である。

 俺こと雨河孝樹は理不尽な理由でボコボコにされた仕返しに、宿敵(今回の一件だけだが)、千摩優華を攻撃したいと思う。


 現在彼女は入浴中である

 しかし、男としてそこを襲撃するのはさすがにできない。

 なので入浴後を少しずつ精神的に攻めることにした。

 トラップを全部で三つ用意した。



 そしてその時は来た。

 彼女がお風呂から上がったのであった。


「ギャギャー」と悲鳴が聞こえる。彼は自分の一つ目の罠が成功してガッツポーズをした。


 一つ目の罠「ネバネバ地獄」であった


 そして続けざまに悲鳴が続く。

 二つ目の罠「ビチャビチャ地獄」


 彼女の息が荒くなるのが聞こえてくる。しかし、彼女は真っ直ぐに冷蔵庫へ向かう


 なぜならいつも風呂上がりにはジュースを飲む癖があるから。


 そこで三つ目の罠「カラカラ地獄」発動


 つまりは、一つ目の罠で風呂上がりの彼女の足を蜂蜜でネバネバにして、二つ目の罠で着る服に水をかけ、三つ目の罠でジュースを醤油と入れ替えるというものであった。


 まるで中学生のイタズラとも思える



 彼女は慌てて水を飲んだ。

 そして疾風が如く自分の部屋に行き、疾風が如く彼の前に現れた。


「何すんのよ!色々と死ぬかと思ったわ」と激怒する。


「さっきのお返しだ」とこちらも激怒する。


「だからって私の部屋汚さなくても良いじゃない」


「えっ…ちょっと待て、俺はお前の部屋にはなにもしてねぇ」


 しばし沈黙。さらにひやりと二人は冷や汗をかく。


「なっなにも…してない?」


 彼は何度も頷く。実際、何もしていないのだから。


「ギャー」「わぁー」と同時に叫ぶ


「とりあえず落ち着こう」と孝樹は水を一杯飲み


「よし、今日は寝よう。もしかしたら明日には元通りかもしれないから」と言い、自分の部屋に向かおうと歩き出した。


 すると、


「私はどうしたら良いのよ」と若干涙目で聞く


「寝れば良いじゃん」


「ちょっと、あんな何が起きたのか分かんない部屋で私に寝ろって言うわけ?」と言う。


「お前、怖いの?」とニヤリ


「バっバカなこと言わないで」と言いつつ震える


「んじゃどうしたいわけ?」


「仕方ないわね。一緒に寝てあげる」と言って孝樹の部屋に駆け込む。


「マジかよ」と呟き追いかける。

 部屋に入るとすでに布団に潜っていた、ど真ん中に。


「俺の寝る場所がねぇーじゃねーか」と激怒、というかつっこむ。


「もう、一緒に寝させてあげるわよ」と少し奥にずれた。


「俺の布団なのに…」と呟きつつも何も言えない孝樹であった。



 翌朝、窓から差し込む陽の光で目が覚めた

 彼は手早く朝食の支度を済ませ、彼女を起こしに行った。

 いつものように寝起きは悪かったが、支度をさせる事に成功し、朝食も済ませて学校に向かう。

 歩くなか、彼の心はひどく落ち込んでいたのであった。

 何故なら、昨日厄介な事に巻き込まれたからだ。

 おもわず息が漏れてしまう、そこに横から「何ため息ついてんのよ」と言われた。


 彼は思った-誰の、誰のせいでこんなに病んでると思ってんだ-と。


 当然口に出せるわけもないのだが……。

 そんな二人を他所に教室では……



 証言者その1:Y君

「最近あの二人、一緒に登下校してることがあるのだ。でも一緒にいても何かいつも言い争いとかしているのだよ。よく分からないよなー。ところでどう?この上腕二等筋、すごくね?日頃からやってる腕立て伏せの賜物だぞ」


 証言者その2:Mさん

「雨河くんと千摩さん?最近よく一緒にいることについて?そーね。そうだ、前に一度一緒にスーパーにいるとこ目撃したよ?でも付き合ってるとかそんな感じじゃなかったけどな~」


 証言者その3:I君

「最近の孝について?そういえばよく千摩と一緒にいるな。でも見てると時々犬猿の仲のような空気になることあったな。あと、聞いた話だがあいつら一緒に暮らしてるらしいよ?」


 などなど、たくさんの噂や情報が飛び交っていた。

 そんな時に二人が一緒に入ってきたので教室中が騒がしくなる。

 しかし、空気を気にする風もなく二人はそれぞれの席に向かう。

 席に着いた孝樹のところに壮汰が全速力で近づいていく。


「雨河、お前ってさ千摩と付き合っているのか?」と小声で呟く。


「俺が?まさか、そんなわけないじゃん」と軽く手を振る。


 そこへ一村と小田野もやってきて「目撃情報があるんだぞ」と声を揃えて言った。


「付き合ってねぇーもんはねぇーんだって」


「だがしかし、一緒に買い物したりしてるとこ見られてるんだぞ?」


「いや、それは確かだけど、ちょっと違うから」と困りながら言う。


 そしてそれから阿波ちゃん(担任)が来るまで孝樹はクラスメイトの誤解を解くのに時間を費やした。

 そんな姿を自分の席に座り、眺めている紗美はため息をついた。


「そろそろホームルーム始めるよ~」といつもの子供っぽい声が聞こえる。阿波ちゃんだ。

 ホームルームの中、それぞれに思うところがある皆なのであった。



 授業が終わり、教室には孝樹以外に誰もいない。

 彼が残っている理由、それは阿波ちゃんから、「教室のポスター貼り替えてもらえる?」と頼まれたからだ。


 人の頼みを基本断れない彼は当然それを受けたのだった。

 全てを貼り終えた時、すでに時刻は五時だった。

 早く帰宅しないと優華に何されるかと思っていると、どこからともなく、


「ちょっと話があるんだけど」と声をかけられた。


 彼は慌てて周りを見回した。すると、席に一人だけ座っているのに気がついた。

 芳野坂 紗美であった。


「今日は何の話だよ」と彼は少し苛立ちながら聞いた。


「今あの家に二人で暮らしてるんだよね?」


「そうだけど」とそれに答えると、


「もし良かったら私も一緒に住んで良い?」と言った。


 おもわず、「えっ?」と口から漏れてしまう。


 孝樹の頭の中は処理しきれないコンピュータのように一時停止する。


 しばらくして、それから回復した彼の頭では何が起きたのか少しずつ処理し始めた。

 今確かに『俺の家に住む』と言ったと彼は結果を思い出す。


「俺の家に住むの?」と聞き返す。


「そう。言ったでしょ?諦めないって。だから一緒に住むことにした」と決意表明のように力強く言う。


「でも優華にも聞いてみないと」


「何で?良いじゃん別に彼女じゃないんだから」と言って孝樹の手を握り走り出す。


 孝樹は内心とても不安でいっぱいだった


「ところで万が一にも俺の家に住むとしていつから住む気だよ」と彼は走りながら聞くと


「そーだなー、今日から」と満面の笑顔で言った。


「はいっ!?今日からだと?無茶言うなよ、優華に何て言えば良いんだよ」と焦る。


「大丈夫!私が説明するから」と胸を叩き自信満々だ。


 孝樹はどんどん体から血の気が引いていくのがわかった。

 玄関に着くと手が自然と震えだしていた。


 当たり前だろう。今からどんな恐怖が待つのかを考えると誰でも震えてしまうはずだ。

 そんな孝樹とは裏腹に、やけに楽しそうな紗美が、「ねー、早く入ろうよー。疲れちゃったよ」と言う。


 そして震えてガタガタしている孝樹の手に自分の手を添えて「さぁ、早く」と鍵を回す。


 ついに扉が開いてしまった。

 中ではどうやらそこそこ気に入っている笑点を見ているようで、笑い声が玄関まで聞こえてくる。


「たっただいま」と中に入ると、遠くの方から「お帰り、遅かったじゃないの」とかえってきた。


「ああ、そのー少し問題が発生して…」と言うと、


「問題?めんどくさいもん連れてきてんじゃないでしょうね?」と怒鳴っているのが聞こえた。

 孝樹は震えだす、さっきよりも一層強く。

 しかし、意図的なのか、空気を読まないのか、彼の隣に立つ彼女は平然と、


「こんばんは、千摩さん」とにこやかに言った。


 奥からは「はっ?誰?」と慌てて玄関に近づく音が聞こえる。


 そして二人はこの家で再会した。いや、正しく言うなら“してしまった”の方かもしれない。

 孝樹は二人の後ろにただ者ではないオーラが漂っている。


 優華の後ろには赤くてまさに強者と思わせる“虎”が現れた気がした。


 逆に紗美の後ろには青くて可愛い“猫”が現れた気がした。

 -えっ?虎対猫?何か知らないけど、勝負する前から決まってない?-孝樹は震えながら思っていた。


 しかし、そんな恐怖に怯えている孝樹に対して二人は笑顔。


「いらっしゃい、芳野坂さん」と恐いほどの笑顔で言う。

 それに対して紗美も「おじゃまします、千摩さん」とこちらも笑顔だ。


 二人はその後無言でリビングに向かう。

 それから一時間、テレビを観ていた。ただ、二人は全く内容を理解していないだろう。

 なぜなら二人ともテレビよりも相手の事ばかりを気にしているように見えたからだ。



 気づくと時間は七時になっていた。

 二人は「お腹減った」と連呼し始めていたので、孝樹は晩ごはんを作ることにした。

 ただ冷蔵庫を開けて焦った。

 材料が思いの外なかったのである。


「参ったなー」と頭を掻いているとふと閃いた。そうだ残りを全部使って鍋にしよう。


 それから彼は鍋の準備を始めた。

 鍋は基本的には具材を入れるだけというシンプルな料理にした。

 なので三十分で作り上げることができた。

 彼はリビングにコンロやお皿を運び始める


「私も手伝うよー」と紗美は立ち上がり孝樹に寄り添う。


「世間一般常識では、それ手伝うって言わねーだろ」と孝樹は愚痴る。


「それなら千摩さんはどうなのよ、あれは許されるの?」と未だリビングの床に寝そべっている優華を指して言った。


「あいつは仕方ないよ。ああいうヤツだから」と慣れたように言う。


「孝ちゃんは何で納得しちゃってるの?」


「だって一緒に住み始めた時からあんな感じだったから」


 と二人は会話を交わしながら準備をする。そんな中、リビングからイスを壁にしてこちらを覗く一対の眼があったことには全く気づかない。


 準備が終わり、夕食が始まった。

 三人という少人数のわりにはそこそこ盛り上がっている。


「ちょっと孝樹、そこのネギ取って」


「ハイハイ。これか?」


「そう、それ。あと、うどんと白菜とコンニャクも入れて。それと豆腐も」


「もう豆腐はない」


「なら、鶏肉入れてよ」


「了解。紗美はどうする?」


「私はお野菜たくさん欲しいなー。あとコラーゲン摂れる食べ物が食べたい」


「わかった。んじゃすぐ準備するから食べすぎるなよ?」と言うと、彼女たちは声を揃えて「ハーイ」と言った。


 そして台所に向かった孝樹は慣れた手つきで鶏肉をさばき、野菜を切って二人のところに持っていった。

 二人は顔を輝かせて「ヤッホーイ」と言って再び食べだした。


 しかし、二人はすでにそれぞれ三人前は食べているだろう。

 この小柄な体と美の化身のような体のどこに入っていくのか、孝樹は不思議で仕方がなかった。

 付け加えるなら孝樹は二人が一人前を食べているあたりですでに満腹になっていた。

 彼女たちはそれから三十分間、鍋の中をキレイに食べ尽くすのに精を出した。

 気づけばすでに九時を過ぎていた。

 そのことに気づいた優華が「そういや、あんたいつまでここにいるわけ?」と言う。


 孝樹はついにその時が来てしまったと感じた。


「ずっとだけど」と知らぬ顔で言う。それでも優華は騙されない。


「ずっとおおおぉぉお?」と雷に打たれたかのように立ち上がる。


「そう。今日からここに住むの。もう決めた」真っ直ぐ優華を見つめて言った。


「何であんたが決めんのよ!」と今にも噛みつきそうな勢いだ。


「あなたと孝ちゃんを二人だけに何て絶対しないんだからね」とこちらも立ち上がる。

 数分、二人は睨みあった。そして二人は同時に頷き「調停成立」と言った。


「調停ってなんのだよ」と孝樹は顔をひきつらせて言う。


 しかしそんな孝樹など眼中になしと言わんばかりに二人はなぜか仲良く風呂に向かう。

 一人残された彼は佇むしかできなかった。



 二人は風呂から出てくると優華の部屋にそそくさと上がっていった。

 孝樹はわけが分からなかったが、とりあえず風呂に入ることにした。

 お湯に浸かりながら十代なのに習慣になってしまったため息をついた。


「あいつら何考えてんだろ」と呟いて風呂に潜った。


 風呂から上がると家中が静まり返っている。

 電気はついていたが、それを無意味にするような怖さがその空間には渦巻いていた。


「何か不気味だ」と言いながら時計を見る。


 十時半を二分ほど過ぎていた。

 明日の朝も早いし、準備だけして寝ようと思い、弁当のおかずを作ったりする。


 色々な準備を終え再び時計を見る。十一時だった。

 さすがに今日は色々と起きて疲れたと思いながら自分の部屋へと向かう。

 その時、ついでに母親が使っていた部屋を片づけて紗美用の部屋にする。

 荷物はとりあえず父親の部屋に入れておいた。

 部屋の扉を開き、内にはいって孝樹はおかしな事が起きたと気づいた。


 まず第一に、整理しておいたはずのマンガが机の上に三冊置かれていたことだ。


 彼は恐る恐るその本に近づく。

 彼は近づいて気づいた、これは自分の本ではないことに。

 その三冊はどれも恋愛物だった。

 ただ、自分の物じゃなかったので無視することにした。


 第二に、クローゼットやタンスが開いて服が散乱していた。

 さっきは確かに閉まっていたはずである、そして気のせいか服が枚数が足りない。

 なので辺りを探しながら彼はそれらもきちんと片づける。意外に真面目な性格だ。

 こんなことが他にも二、三度起きているのを孝樹は見つけた。


 しかしそんな荒れようにも動じないのは今現在この家では何が起きても不思議ではないからだろう。

 部屋の整理を終えると十二時を過ぎていた。

 さすがに眠くなり布団に入ろうとして彼は気づいた


 あれ?何か布団膨らんでね?と。

 彼は布団に手をかけ、勢いよくはがした。すると中から優華と紗美が現れた


「お前ら人の布団で何してんだあああぁぁぁああ!!!」と孝樹は夜中だというのに叫ぶ。


 優華が先に目を覚まし一言、「うるさい」と言って再び寝てしまった。

 今度は紗美が目を覚ました


「おはよう、孝ちゃんってまだ夜中なんだ。んじゃ一緒に寝よ?」と布団をめくり孝樹を誘う。


 孝樹は顔を真っ赤にして動揺しまくりながらも、「『一緒にねよ?』じゃねーよ」と二人を布団の中から引きずり出そうと奮闘した。

 布団から出された二人は何故か孝樹のTシャツを着ていた。

 どうやら先程見当たらなかったのはこの二人が着ていたからのようだ。

 二人は少々不機嫌な顔をして布団から出て床に座った。


「とりあえず何で俺の布団にいたのかを聞こうか」と孝樹は冷静に問いかける。


「私はもちろん孝ちゃんと一緒に寝たいから」と紗美はにこやかに言った。


「んじゃお前は何で?」と今度は優華の方を向いて聞く。


「私の部屋じゃ寝れないんだもん」と口を膨らませそっぽを向いた。

 孝樹は現在優華の部屋がとても人が寝起きするには適さない魔の空間と化している事をすっかり忘れていた。


「そういやそうでした」


 と返す言葉を失ってしまい、長い沈黙が三人の間に流れた。その時、紗美が時計を見て、


「とりあえず今日はもう寝よ?遅いから」と言った。


「寝るって俺はどこで寝たら良いんだよ?またソファーか?」と二人に聞く。


 そして思い出した。「あっそうだ、お前の部屋用意したから」紗美に向かって言う。


 すると「それじゃ私のお部屋に来る?」と言った。


「それはだめよ。あんたと一緒の部屋にしたら何するか分かんないわ。孝樹は私と寝るのよっ」優華が言う。


「ちょっと孝ちゃんは私と寝るのよ」


「二人とも話が進まないからストップ」と孝樹はいつの間にか小競り合いを始めていた彼女たちの間に割って入った。


「とりあえず話をまとめよう。何?二人とも俺抜きでは寝てくれないわけ?」


「私はムリでーす」


「私はあんたが心配だから無理よ」と二人は共に意見を述べた。


「結果として話まとまってねーじゃんよ」と孝樹は思わず愚痴ってしまった。


「じゃーさ、床に布団敷いてみんなで寝ようよ」と紗美が提案した。


 孝樹は「なん……だと……」と唸る。


「それなら良いかな。そうしよう」と優華も賛同し、床に布団を敷き始めた。


「ちょっ、何勝手にやってんのー」と叫ぶ孝樹の声も今の二人には意味をなさなかった。



 夜が明けた。

 結局孝樹は少ししか寝ることができなかった。そんな孝樹とは裏腹に孝樹を挟んだ両隣の奴ら(優華と紗美のことなのだが…)は熟睡している。

 孝樹はいてもたってもいられなくなり、台所に下りていった。

 一晩の内に様々な事が起きたせいで彼は心身ともに疲れ果て、目の下にはクマができていた。


 しかしそんなことは気にも止めず、学校へ行くための支度をする。

 着替え終えて、弁当も準備し、朝ごはんを作っていると二階から二人が下りてきた。

 彼女たちもすぐに着替えを終えて朝ごはんが並べられていく机に座る。


「ところでこれから一緒に住むって言ったわよね」と初めに優華が口を開いた。


「そのつもりだけど、その話は昨日決着つけたでしょ」と紗美が答える。


「分かってるわよ。そうじゃなくてあんたの荷物はどうすんのよ」


「明日届くけど」


「はぁ?それどゆこと?」


「だから、明日届くの。前もって準備だけはしておいたから後は送るだけだったわけ。それで昨日の内にここに送るよう頼んでおいたのよ」


 と親指を立て満面の笑顔でいる。


 しかし、優華は理解していた、この行動は明らかに以前からこの家に住むつもりでいた。と


 それに気づいても顔には出さず、「それなら良いわ」と軽く流す。


「ところで、そろそろ朝ごはん食べないと遅刻するんだけど…」と二人の小競り合いの中に割って入り、時計を指しながら言った。


 二人も指された先にある時計を見上げ、「ヤバッ」と声をあげる。


 三人は席にさっと座り、大急ぎで口の中に食べ物をかきこみ、皿を流し台の中に割れない程度に投げ入れ(ホントに割れない程度に)、家を飛び出していった。その時間わずか三分だった。


 学校に向かい、走りながら優華が孝樹の方を向き、息を切らせつつも、


「今日の晩ごはんはハンバーグが食べたい。わかった?」と言った。


「わかった、わかった。ハンバーグな、了解。んじゃ今日の帰りに材料買いに行かねーとな」とこちらは優華に置いて行かれないように必死で走る。

 すると孝樹を挟んで反対側を走っている紗美(それなりに運動能力が高いようで優華に平然とついていく)は「私は大根おろしかけたヤツが食べたいなー」と言った。


「大根なら家にあるから大丈夫だ」と頷き、その後は会話もなく全力で学校に走っていった。

 校門に近づくともう登校し終わっていて、今現在入っていくのは二、三人程度しかいなかった。


 下駄箱で靴からスリッパに履き替えながら「何とか間に合ったな」と一息ついていると、今通ってきた道をものすごい速さでこちらに向かってくる者がいた。


 砂埃の中、その人物は段差に足を取られて顔からコンクリートに直撃した。

 砂埃がおさまってくるとその人物が孝樹の親友、吉原壮汰であることがわかった。

 体を伸ばしたままの体勢で地面に倒れている親友を見て孝樹は一瞬驚いたが、慌てて近寄り大丈夫か?と声をかける。


 すると、ピクッと反応していきなり立ち上がり、


「クハハハハー、大丈夫に決まっているではありませんか!」と額や鼻から血祭りの如く血を噴く。


「お前、それ絶対大丈夫じゃねーよ。保健室行ってこいって」と諭すと、


「うむ、そうさせてもらおうかな。ちょっと貧血っぽいからな」と歩いていった。


 しかし孝樹は思った、それは間違いなく貧血じゃねええぇぇえ。流血の方だろおおぉぉぉ。と


 しかし、そこにはすでに壮汰の姿はなかったので、あえてツッコまずに遠い目をしておいた。


「ちょっと何やってんの?早くしないとあんたのせいで遅刻になっちゃうじゃない」と頭を鞄で殴られる。


 孝樹はその言葉で自分たちが遅刻寸前の危機的状況であったのを思い出した


「すまん、急ごう」と孝樹は応えて二人が向かい始めていた教室の方に向かって走り出す。

 階段を上り切ったところでチャイムが鳴り始めたのが分かり、走って力一杯教室の扉を開き、中に飛び込んだ。

 ちょうどその時、チャイムが鳴り終わってしまった。


「セっセーフ」と三人は息を揃えて言った。

 それを見ていた教卓の阿波ちゃんは「ギリギリだねぇ~。気をつけないと遅刻しちゃうよぉ~?」と満面の童顔っぷりで言った。


「すんません、ちょっと準備に手間取っちゃって…」と孝樹は軽く恥ずかし笑いをしながら自席へと向かう。

 他の二人は軽く頭を下げただけで自分たちの席へ去っていった。


「えっと、それじゃあはじめよっかぁ?ところで誰か吉原くんがどこに行ったか知らないかなぁ?」と阿波ちゃんが言った。


 忘れてた。そういやあいつ流血兼顔面強打等で保健室行ってたなー、と孝樹は思い、


「せんせー、吉原なら怪我して保健室行きましたけど」と言った。


「そっか~、それじゃここにはいないよね~。んじゃ私がやりま~す」と言って右手を天高く突き上げたかと思うと、そのまま生徒の方に真っ直ぐ下ろして、


「きり~つ、ちゃくせ~きっ、れ~いっ」と言った。


 若干数名の素直な人たちはそれに従い、額を強く打ちつけていた。

 しかし、担任の性格を熟知し、気をつけていたほとんどの生徒は額を打ちつけずにいた。

 孝樹は内心、先生でいてこの人は大丈夫なのだろうか?と担任の行く末を思わず心配してしまう。


 そこへ、まるで体の七割の血液を失ったように顔面蒼白な状態の吉原が弱々しく扉を開けて入ってきた。見るからに生気と呼ぶようなものを感じることができない。

 吉原は消えてしまいそうな小さな声で、

「おそく…なり…ま…した」と言った。


 それを目撃したクラスメイトは背筋が凍りつきそうな何かを感じたような顔をしていた。

 当然みんなと同じようにその姿を見ていた孝樹も動揺した。しかし孝樹はそこで一つ疑問に思い、


「お前さっきより状態がかなり悪化してないか?」と聞いた。


 吉原はゆっくりと孝樹の方を向いて、


「いや、あの時はそれほどでもなかったから手当てしてもらってきたんだが、ハァーハァー、ここに、ゴホッゴホッ来る途中カハァグフゥ、階段を踏み外したりハァーハァー、壁に激突したりハァーハァー、床をダイナミックに転んゴホォだりしたら……こう…な…った」と言った。


 その時、教室は一瞬にして先程とは明らかに違う寒さに襲われた。


 てか何だよそれ。普通そんなことでそこまで怪我するのか?と孝樹は思った。

 がしかし、こうも思うわけだ、まぁー吉原ならばやりかねない、と。

 きっとクラスの皆も同じ感想だったのだろう、みんな冷めた目で見つめている。


 そこに、実は半分気絶状態だった阿波ちゃんが回復を果たし、覚束ない足取りではあるものの、教卓に立ち、吉原を見るなり、


「病院に行きなさ~~い!!」と叫び声をあげる。


 少ししてからクラス中から、そうだそうだ救急車をー、や、早くしないと死者がーなど中にはわけの分からないことを叫ぶ者もいるが、大半は病院に行けという一つの目標を示すことを叫ぶ。

 その意見に大賛成だった孝樹は立ち上がり、ゆっくりと吉原のところへ行き、優しく肩を叩き、


「救急車呼んでやっから輸血してこい」と囁いて、阿波ちゃんに一言告げて救急車を呼んだ。

 そして電話を切り、吉原に肩を貸して校門に向かい歩いていった。

 とりあえずの問題は去ったようだ。


 少しクラスが冷静さを取り戻した頃に、「そろそろ授業始めよっか」と阿波ちゃんが言う。


 それに対し、「さんせーい」とクラスのみんなが若干暗い声で応える。



 終礼のチャイムが鳴り、クラスメイトが帰宅し始めた。

 孝樹の机の周りには、孝樹以外に優華と紗美が立っている。


「私ちょっと用事あるから先に帰ってて」と優華は振り返り際に言って、走ってどこかへ行ってしまった。


「それじゃお言葉に甘えて一緒に帰ろ?」と恐いほどニコニコしてこちらを向く紗美が言った。


 ああ、そうだな。帰りにスーパー寄って帰ろう、と軽くその恐怖を受け流す。

 そして二人は教室を出て近くのスーパーに向かった。

 校門を出ようとしたところ、二人は後ろから呼び止める声を聞き、立ち止まった。


 振り返ると、そこには一村と小田野が並んで立ってこちらに手を挙げていた。


「どうかしたか?俺らこれから買い物行かないかんのだが」と孝樹が言うと、


「何いいぃぃ!!お前ら、まっまさかっ付き合ってるとか?」と大げさなリアクションをとる一村。


「それはないでしょ~、光っちー。ね~雨っちー」とこっちはこっちで面倒なニヤニヤ顔をして小田野は言う。


「えっ?何ですか?小田野くん。それどゆこと?」と紗美は紗美で想い人への疑惑が浮上したことにより目を若干血走らせて小田野に詰め寄る。


 小田野はちょっと嬉しそうな顔をしつつもそれを抑制して「どうしたのよ、紗美ちゃ~ん。そんなに怒ってさ~」と言う。


 それを見ていた一村が「もしや、紗美ちゃんって孝の事が好きなのか?」と顔を青くして言った。


「そうよ?昔から孝ちゃん一筋だったもん。親の転勤で少しの間会えなかったけど、ようやく戻ってこれたのよ」とさらっと言ってしまった。


 一村と小田野は顔をひきつらせてしまった。どうやら冗談のつもりだったのだろうが、そのせいですごい事実を知ってしまったようだ。

 そして巻き添えをくってしまった孝樹の内心はドキドキである。

 なぜなら現在の状況がクラスのヒロインが自分を好きだとクラスの男子に言ってしまったというものだからである。


 そう思っていた時、不意に正気に戻った。

 二人を見ると、二人は鋭い視線をこちらに向けていた。

 孝樹はとっさに、ここにいるときっと殺されてしまうと思い、紗美の手を掴み、全力でその場から走って逃げた。


 スーパーに着くとちょうど特売セールが始まるところだった。

 中に入ると、至る所から威勢の良いアナウンスが聞こえてくる。


「とりあえず、ひき肉と大根買わねーと家にはなかったぞ?」


「それじゃまずは大根買いに行こーよ。ちょうど安売りしてるし」


 そして二人はごった返しになっている大根売り場へ突進していく。

 安いよー安いよー、今日は大根一本九十円だよー、と店員の声が聞こえてくる。


「おっ。今日はまた一段と安いな。二、三本買っておこう」


「そうだね。あっ、見て見て孝ちゃん。白菜が安いよ?」


「ホントだ、一つ買っていこう。鍋作れるからな」と二人は野菜をいくつかカゴに入れていく。

 そして、二人は魚コーナーを通り過ぎて肉コーナーへとおもむいた。

 すると、そこには見覚えのある後ろ姿が牛肉か豚肉かで悩んでいた。


「あれ?倉塚じゃん。買い物?」と後ろから優しく声をかけたつもりだったのだが、


「ひゃん!!キャッ!!にゃ?孝樹くんじゃないですか」と目の前に刃物を突きつけられたような驚き方をして彼女はカゴを落としてしまった。


「ごっごめん、驚かすつもりはなかったんだけど……大丈夫?」と孝樹はしゃがんでカゴを拾って渡してあげた。

 彼女は顔を真っ赤にして受け取り、走って逃げていった。


 しかし、逃げる途中でおもいきり顔面から転び、こちらを振り返り、また走っていってしまった。


「いや~、相変わらず俺って何か避けられてるよな~」と孝樹は苦笑をするが、その一部始終を見ていた紗美は去っていった倉塚の方を見てしばらくしてから孝樹を睨んで再び買い物をし始めた。

 何でコイツこんなに不機嫌なんだろう、と思いつつも時間も遅くなり、外も暗くなり始めたので、早く済ませようと買い物を急いだ。


 店を出て家に向かっていると、前から近づいてくる人影が見えた。

 孝樹にはその影が誰なのかすぐ分かった。

 同じクラスの和泉院琴音である。孝樹の想い人でもあったりして。


「こんばんは、孝樹さま。それと芳野坂さま?お二人でお買い物ですか?」


「ああ、そうだよ。コイツとは幼なじみなんですよ」と必死に孝樹は訴えた。当然紗美にも、孝樹が彼女に抱く想いが伝わり、紗美は少し琴音を睨む。


「なぜかしら。私睨まれてる気が致しますわ」とおどおどしながら二人を見た。


「気のせいですよ。ハッハッハッ」となぜか紳士風に言うも、睨んでいるのが明らかに紗美だと分かっている孝樹は気が気ではいなかった。


「それじゃ私たち帰ってごはん作らないといけないので、ここで失礼しますね」と紗美が笑っていない笑顔で琴音に言う。


「そうですか。それではまた明日、ごきげんよう」と琴音はお辞儀をして歩いていく。


「断じて二人きりではありませんから」


 去っていく琴音の後ろ姿に叫びかけた。

 そして見えなくなった頃、おもいっきり足を踏まれてしまった。


「今のどうゆうこと?孝ちゃんは私の事が好きなんでしょ?なんで和泉院さんのご機嫌ばかり伺ってるわけ?」


 ものすごく不機嫌な顔をして孝樹に詰め寄るのだった。

 それを孝樹は軽く受け流して話題を変えようと頭を回転させ、ようやく出た言葉が

「早く帰らねーと優華がぶちギレる」だった。


 紗美はふ~ん、と目を細めて、「まっいいや」と呟いて心の中で決心を一つした。

 “我が敵は和泉院琴音なり”と。


 孝樹はそんなよく分からない決心をして手を握りしめている紗美を少し恐ろしく眺めた。



 家に着くと、珍しく電気が着いていなかった。

 普段ならついていてもなんら不思議はない時間だ。


「あれ?まだアイツ帰ってきてねーじゃん」


「ホントだ。どこいっちゃったんだろ?」


 と普通に優華を気にする孝樹と内心二人きりだと笑う紗美は玄関で言葉を交わした。

 二人はそのまま台所へと向かい、買ってきた食料品などを手際よく片づけていく。

 片づけ終わり、夕食を作ろうとし始めた時、不意に紗美はどこかへ言ってしまった。


 なんだよ、手伝うって言ってたじゃねーかよと思いつつも口には出さず孝樹は一人、黙々と作り始めた。


 五分ほど経って具材を切っていると、後ろから名前を呼ばれた。

 孝樹は思わず振り返り、息を呑んだ。

 そこにはピンクのエプロンを着て、肩まであった髪をポニーテール風に縛った紗美が立っていた。

 その姿はまさに、琥珀色に輝く湖の畔に咲く一輪の花のようであった。


「どうかな?孝ちゃん。私に似合うかな?」と恥ずかしそうに顔を背けつつも、時々目だけでこちらを見ていた。

 一瞬にして孝樹は心を奪われたが、冷静になり心を取り戻した。

 俺には和泉院琴という心に決めた人がいる。と


 頭の中を必死に落ち着かせた。その時、紗美が近づいてきて、


「ねぇーねぇーどうなの?似合う?似合わない?」と言った。


「あー似合う、似合う。だからあんまくっつくんじゃねーって」と近づいてくる紗美を押し退けた。


「も~冷たいなー。少しくらい可愛がってくれても良いじゃない」と頬を膨らます。


「悪かったよ、とりあえず晩ごはんだけ作ろうぜ」と言い、作り途中のハンバーグに手をつけた。


「うん。それで私は何するの?」


「そうだなー、んじゃ大根おろし作ってくれ」


「了解!大根貸して」


「ほい、皮は剥いといたからこれ全部すってくれ」と差し出した掌に皮をキレイに剥いた大根をのせてやる。のせられた大根を握り、棚からすり器を取り出してすり始める。

 ようやく平穏な空気になったなぁと孝樹が思っていると、玄関が開く音がしてその平穏は破られた。


「ああーもう腹立つ。なんなのよもう!」と手当たり次第に怒りをぶちまける。

 優華がまた何かをやらかしたらしい。

 彼女は入ってきて廊下から台所を眺めていた。

 当然孝樹たちも優華を見た。そして、孝樹は持っていた包丁を置いて優華のもとへと飛んで行った。


「お前……どうしたんだよ。その格好、ボロボロじゃんか」


 孝樹はあたふたしながら彼女の服を軽く調べた。

 調べ終えて、こりゃだめたな、生地自体が裂けちまってる、と困った表情を浮かべる。

 その手際の良さを台所から眺めていた紗美が目を細くして冷たい視線で「てか、何したの?」と言った。


「猫に襲われたのよ」と二人から目を背けて言った。


 二人は黙ってしまった。

 何と言っていいのか分からないのだ。

 いくらなんでも猫に襲われただけでここまでボロボロになるものだろうか。

 それ以前に何で猫に襲われてんだよ、と孝樹は心のなかでツッコんでしまう。

 紗美は紗美で高二にして猫に襲われたんだと心の中で笑っていた。


 それから五分ほどこの空間の時が止まってしまった。

 そして初めに孝樹が口を開いた。


「とりあえず、優華は風呂と着替えしてこい。その間に飯の支度しとっから」


「分かった。今日の夕ごはんはハンバーグでしょうね?」


 何故だろう、自分の犯した罪のようなものをさらっと流してものすごい睨みを効かせて孝樹を見上げる。

 一瞬蛇に睨まれた蛙のように固まる孝樹であったが、すぐに正気を取り戻し、「ハ、ハンバーグだよ」と答えた。


「なら良いのよ」と言って優華は自分の部屋(くしゃくしゃの)へ上がっていった。


 孝樹はため息をつきながら台所へと入っていく。

 そして入った瞬間に背筋がゾッとするのを感じた。

 顔を上げると少し目を細めて立つ紗美が目に入った。

 紗美は孝樹と目が合うとニコッと笑って


「ハンバーグの続き作ろっか」と言った。


 孝樹にはその笑顔が一目で作り笑顔だと分かった。


「ああ、作ろう」と言いつつも背中にはすごい悪寒を感じずにはいられなかった。


 ハンバーグを焼いているとお風呂から優華が出てきた。

 優華は真っ直ぐ孝樹の方に来ると「ちょっと孝樹っ!入浴剤はミルクじゃなきゃだめだって言ってあったでしょ?何で森林浴なのよ」と言った。


「そんなこと言っても売ってなかったんだからしょうがねーだろうが」と言うと、


「ダメ犬」と吐き捨てた。


 だっだめいぬ?それはいくらなんでも言いすぎではなかろうか。

 確かにミルク以外は嫌とは言われてはいたが、売ってなかったものは仕方がないではないか。

 売っていないものをどうやって手に入れろと言うのだ。

 一時間もかけて買いに行けというのか。と孝樹が心の中に嘆いていると、

 隣に立っていた紗美が孝樹の心中を察してか、優華に対して、


「ちょっとワガママじゃない?」と言った。


 すかさず優華も反論を始めた。


「あんたには関係ないでしょ?」


「関係あるもん。私もここに住んでるんだから。それに人の恋人を犬みたいに扱わないでほしいんだけど」


「ちょっ、誰が恋人だ、誰が」


「あんた、うっさいのよ。じゃま、どけ」


「ちょっと私のダーリンに何するのよ!」


 それから約一時間、言い争いが終わることはなかった。


 気づくとすでに九時近くになっていた。


「ハァーハァーもうこの話はやめよう。きりがないから」と孝樹は言う。

 孝樹の前で立ち、睨み合っている二人は同時に頷き、「そうする」と言った。


 そして三人は冷えきってしまったハンバーグを温めて食べ、孝樹はお風呂に入ることにした。

 自分の部屋に着替えを取りに階段を上がっていると紗美が追いかけてきた。


「お風呂入るんでしょ?」と子犬のように首を傾げて聞く。


「そのつもり。何か用でもある?」

 すると首を左右にぶるぶるっと振って、「別に、ただ一緒に入ろうかなーっと」と言い出した。


 孝樹は何となく「へー」と言った。しかし、よく考えてみると間違っていることに気づく。


「ん?いや、ちょっと待ていいぃぃぃ!何か間違ってんぞ!?」とこめかみに血管を浮かせつつ叫ぶ。


「何が?」と不思議そうに紗美は聞き返した。


「何がって一緒に風呂入るってとこがだよ!!」


「良いじゃん別にー」と紗美は頬を膨らます。


「良くない良くない。つーか一緒に入るとか俺嫌だから、先入る」


 孝樹はそう言い残し、全速力でお風呂へと向かった。

 残された紗美はちっ、と舌打ちして優華のもとへもどっていった。



 お風呂から上がるとリビングのソファーに優華と紗美が座っていた。

 孝樹はお風呂が空いた事を伝えようと紗美に声をかけた。

 しかし、紗美は少しも動かない。

 不思議に思い、顔を覗き込んで唸った。

 眠っていたのだ。


「寝てやがる」と言って紗美を揺すって起こそうとするがなかなか起きない。


「おい、いいかげん起きろって」と軽く頬を叩いてみた。

 すると、紗美が起きた。


「ん?何よ孝ちゃん、人が良い夢見てるのに」と目を擦りながら言った。


「わるいな。だが、風呂が空いたから」


「了解しました。それじゃ行ってきまーす」


 紗美はお風呂に向かっていった。

 残った孝樹はもう一人、ソファーで寝ている方を見た。

 優華は人形のように美しい姿で眠っていた。

 孝樹は一瞬見とれてしまったが、気を取り直して優華を起こし始めた。


 すると、ああとか、うおとか唸って目を開けた。


「やっと起きたか。もう部屋で寝ろ」とソファーに座っている彼女に言った。


「うん、そうするわ。んじゃおやすみ」と言って彼女はふらつきながら歩いていった。


 それを見送った後、孝樹はソファーに腰を下ろしてテレビを見始めた。

 三十分が過ぎた頃にお風呂から出た紗美がやってきた。


「私のために起きててくれたんだー」と明るい声で言う。


「そんなんじゃねーよ」と孝樹は落ち着いた声で答える。


「なーんだつまんないの」と言って孝樹の隣に座って、「もう少ししたら私も寝るよ」と更に言った。


「俺もそうするか」と孝樹もそれに便乗した。


 それから二人は無言のまま時刻は十一時になっていた。


「私先に行くから」と紗美は立ち上がり、歩いていった。


「了解」と一言だけ言って孝樹は戸締りやガス栓、電気などを確かめて回った。

 結構な几帳面ぶりである。


 確かめ終わって孝樹は二階へ上がって行き、自分の部屋の扉を開けた。

 部屋を一見した彼からはため息が漏れた。

 彼の見た先―自分のベッド―は二人に占拠されていた。

 彼は思った。今二人を起こすのは面倒だから諦めて床で寝よう、と決めた。


 そしてどこからともなく―まー押し入れなのだが―から一式の布団を出してそこへ寝転がった。

 その瞬間、ベッドから怒声が聞こえた。紗美である。


「コラアアァァァ!!どうしてベッドに入ってこないのよっ!」


 孝樹はゆっくりとベッドの方を向いて、だって狭いから、と呟く。


「狭いからって何よ何よ何なのよ!せっかく待ってたのにー!」


 一向に紗美は怒りがおさまらないらしい。孝樹は再びため息をついた。


「もういいから自分の部屋で寝ろよ」疲れた声で言う。


「もういいよー、うえーん」半分嘘泣き状態で部屋から飛び出していった。


 ようやく平穏が訪れたと思った。

 孝樹はこんな日がいつまで続くのかと思うと気が滅入ってしまう。

 とりあえず今日はもう寝ようと目を閉じた。



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