マイハウス沈没
風呂上がり、俺はアイスを食べようとキッチンに向かった。
冷蔵庫の前に立ち、扉を開ける。
そのとき、足の裏にひんやりするものを感じた。
直感的に濡れているのだと分かった。
下を向いた。
心臓が波打ち、俺は足を跳び退けた。
床が濡れている。
どころではない。
床が、水に浸されている。
背後にあった机の角に激突した。
腰に尖った角が突き刺さり、俺は低いうめき声を上げた。
着地の衝撃で飛び散った水が膝上にかかった。
痛みをこらえつつ、辺りを見渡した。
全体が浸されていた。
この部屋だけじゃない。
開いた扉の奥に見える自室も、玄関に通じる廊下も、全てがぬらぬらと輝いている。
一面に張られた水は、なんでもない顔で波打っているように見えた。
意味がわからない。
風呂から水が溢れ出した?
んなわけない。
じゃあ雨でも降ったか?
なんで中に入ってくる?
津波か?
地震なんてなかった。
頭痛がした。
頭が追いつかない。
机の上に置いてあるペットボトルを取った。
中には水が入っている。
蓋を開ける。
飲む。
吐き気がした。
床に張られた水が口腔内に入ってきた気分だった。
蓋を開けたまま、ペットボトルを投げ捨てた。
床にぶつかり、水が弾けた。
どうしたらいい?
とりあえず、外に出るしかない。
俺は歩き出した。
その瞬間気づいた。
くるぶしが、水に浸かっている。
さっきは足の裏だった。
足の裏までしか浸かっていなかった。
鼓動が加速し始めた。
体の隅々が発熱した。
水は凍るように冷たかった。
体の熱と、水の温度が拮抗していた。
俺は走った。
再度机に体をぶつけつつ、立ちふさがる椅子を押しのけつつ、玄関に向かった。
足を床に接地する度に水が弾けた。
体中に飛沫を浴びた。
巨大な水たまりを走っているみたいだった。
玄関にたどりついた。
水は膝まで来ていた。
ドアノブを握る。
力を込めて捻った。
回らない。
びくともしない。
両手で握った。
歯を食いしばり、全力でねじ込んだ。
開かない。
急激に水位は増し、腰に迫っていた。
確実に速度を増していた。
ガンガンとノブを揺らした。
それでも開かない。
肩まで水に浸かった。
口までせり上がってくるのを想像した。
全身の毛が逆立った。
後ろを向いた。
コレクションしていた靴が大量に浮いていた。
キッチンにあった家具が玄関まで漂流してきていた。
向き直った。
もう一度力を込める。
動いた。
少しだけだが、確実に動いた。
下唇が水に触れた。
口の中に入りこまないように顎を上げた。
口を閉じた。
ドアノブを捻る。
少しだけ動く。
水がせり上がる。
口が覆われた。
鼻が覆われた。
息ができなくなった。
頭がクラクラし、力が抜けていく。
めまいがする。
最後の力を振り絞った。
ドアノブが回った。
跳ねるようにドアが開いた。
顔面に激突し、俺は吹き飛ばされた。
激流が部屋に飛び込んだ。
息ができなくなり、全身が圧縮される。
体が引き裂かれる。
意識は消えた。




