第3章2 数字の向こう側
「こんにちは」
私は市場にやってきていた。アークの姿を見つけて声を掛ける。
「こんにちは、かおり」
少し生意気に呼び捨てだ。でもそんなことは気にしない。
「今日は古着市ね。服が好きなの」
「服も見るけど――今日は値段の動きが面白い」
確かに着ているものはボロボロだ。ズボンも丈が合っていない。
けれど熱心に服を見ている。織り方や光沢、縫い目にまで目を走らせ、他の店と値を比べていた。
「かおりは何か買いに来たの?」
「そうね――エプロンかな。今は宿のものを借りてるし」
そう言って、服にはあまり合っていない、いかにも業務用といった見た目のエプロンをつまみ上げる。
「任せといて!」
アークは目を輝かせて声を張り上げる。あちこちの店を回り、私の着ている服と見比べ、三枚のエプロンを手に取った。
「これなんてどう? メルナドの街の中でも人気の織物店で扱ってる布でさ、均一に織れてて質がいいのに値段は破格の安さ」
「よく見つけるわね」
彼が差し出すエプロンを受け取り、胸に当てる。
「こっちは染織の出来がいい。色も今の服にマッチするさ」
確かに、素敵な桜色をしている。
「あとこれ。布はそこそこだけど縫い方が一流品だ。きっとかおりにピッタリさ」
私は三枚を見比べて当ててみたり、実際に着けてみたりした。
「今日のこの店はおすすめだよ。店主が体を壊して閉めることになった古着屋から丸ごと託されてる。だから相当お得だよ」
「そんなことまで知ってるの! ……すごいわね」
驚いてみせると嬉しいのかヘヘッと笑う。
「これ、今日じゃなければ勧めなかった」
「どうして?」
「露店がたくさん並ぶ日は、それだけ安くなるからね」
――なるほど。
普段なら高い。
でも今日は店が多いぶん競争が激しくて、値段が下がっている。
今、この瞬間だけ安い理由を、彼はちゃんと理解している。
少年らしい、得意げな顔がまぶしく見えた。
「アークはどこに住んでいるの? ご両親は?」
エプロンを購入した後、彼と歩きながら、ふと気になっていたことを口にする。
聞いてはいけないことなのかもしれないけれど、彼の汚れた格好がどうしても気になっていた。
「……田舎から、飛び出してきたんだ。故郷には、オレに合った仕事がなかったし」
そうだったのか。
彼のように、値段の裏にある流れを読み取れる少年は、都会の方が合っているのだろう。
「オレみたいに街に出てきた連中向けの建物があって、そこで寝泊まりしてる。まぁ屋根があるだけマシだ」
恐らくひどい環境なのだろう。
とまり木亭は、庶民向けとしては上等な方で、私の部屋は狭いけれど清潔だ。
ケインのような冒険者がよく泊まるハンモックを使った宿や、土の床の上に藁を敷いただけの宿泊所もあると、聞いたことがある。
もしあの時、サラに声を掛けられていなければ、同じような場所で眠っていたかもしれない。最悪の場合はきっと路上生活だ。
ここには日本のような、生活保護も女性支援も何もない。
両腕を抱くようにして、思わず身震いをした。
「あっ、でも結構面白いんだぜ。いろんなヤツがいて」
アークは私が顔を曇らせたのに気づいたのか、慌てて手のひらを振っている。
弱みを見せるのは、彼のプライドが許さないのだろう。
「お得に買えたから、浮いたお金でおごっちゃおう!」
おいしそうな料理が並んでいる屋台を指さすと「やった!」と言って飛び上がっていた。
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