第2章3 信用を記録するもの
あれからリップの話を一通りし、今日はここまでということになった。何もかもが初めてで、時間が掛かる。
先にお金を手元に用意したいと伝えると、クロードはごもっともという顔をしながら頷いた。
「真珠を一粒とのご希望でしたね。承知しました」
工具を取り出し、手際よくネックレスの留め金を外す。一粒だけ取り出して、元通りにした。それを指先でつまみ、隠れた傷がないか確認をする。
「これは本当に見事な品です。お譲りいただけることに心から感謝します」
深々と頭を下げると立ち上がり、背後の箱からコインをいくつか取り出した。
「700G。こちらが今回の査定となります。どうぞお確かめください」
銀貨が7枚置かれている。これがこの世界のお金なのかとじっと見入った。
「お客さまには魔法カードを作られることを、強くお勧めします」
先ほどサラが使っていたものだ。今後の事を考えると必ず必要になるだろう。それに全額お金を持ち歩くより、預けていた方が安心だ。
「お願いします」
私は頷きそう言うと、クロードは一枚の紙を取り出し差し出した。
文字に目を通すと契約書だ。意味は理解できた。現実世界でも、銀行口座を作るときに記入したことがある。
先端が金属になっているペンを出されて手に取った。
模様の描かれたインク壺の蓋を開け、手持ちのメモ用紙に線を引いて試し書きをする。
「お客さま! そのインクには魔法が宿っています。取り扱いにはご注意を」
クロードが慌てた。これは魔法インクで、不思議な力があるらしい。取り扱いは要注意と言われ、知らなかった私は恐縮する。
「いえ、こちらの説明不足です。失礼いたしました」
改めて、佐々木香織とサインした。
途端、文字が金で書かれたように光を放つ。
「――きれい」
キラキラと回りの空間にまで光が舞っている。紙全体が輝いて、契約は履行されたと主張する。契約書の右下に貼られていたカードにも私の名前が転写されていた。
やがて輝きが収まると、クロードは紙からカードをそっと剥がす。
「これでいつでもご利用いただけます。ささきかおり様、本日の処理につきましては、いかがなさいますか。半額ほどお手元にお持ちになりますか?」
この後は買い物の予定だ。でも魔法カードも気になる。
「先ほど契約者以外は引き出せないと伺いました。では盗まれた場合は?」
「契約者本人以外が利用する場合は、すぐに魔力の違いで判明します。犯人はギルドが拘束し、カードは再発行されます」
落ち着いた声で答え、一呼吸置いて続けた。
「それから商業・冒険者・運輸など、ギルドと名の付く組織ならどこでも利用可能です。たとえ国を越えようと、この大陸ならどこでも資産は守られます」
本当にしっかりしている。もしかしたら現実よりもすごいのかもしれない。日本の金融機関でも、犯人をすぐに逮捕するのは難しい。
金融システムが魔法によって守られている世界なんだと実感する。
私は胸をなで下ろした。
「では、400Gを現金で。残りはカードにお願いします」
クロードは頷き、例の箱にカードを差し込み処理を進めた。
その後、クロードは私に小さな巾着袋を渡した。
こちらは――守り袋と呼ばれる品です、と低い声で囁いた。
魔法が掛かっており、盗難防止に役立つらしい。ネックレスを入れるようにと勧められた。
客の持つ高価な品――いずれ商業ギルドの益となる――を失わないようにということだろう。
「またいつでもお越しください。お会いするのが楽しみです」と声を掛けられる。
私はほくほくしながら部屋を出た。部屋の外ではサラがおしゃべりをしながら待っている。こちらに気づいて手を振った。
ギルドでの手続きを終え、外に出るともう日が高かった。
市場は昼の光に照らされて鮮やかに輝き、屋台からは肉の焼ける香ばしいにおいが漂っている。
「さ、あんたの服を見てみよう」
サラに手を引かれ、露店とは違うこぢんまりとした店に案内された。
棚には縫製前の布が並べられ、壁に作り付けられたハンガーには、ワンピースやスカートが吊るされている。
「これ素敵。それに軽い」
手に取ると柔らかく肌を包み込み、ガーゼのように温かい。
「この街は機織りでも有名だからね。肌触りがいいのにくたびれにくい。普段着にはぴったりさ」
縫製も丁寧だ。ちょうど手の当たる位置にポケットがあり、使い勝手もよさそうだった。
「こちらもお似合いです」
店主が笑顔で近づいてくる。サラと顔なじみなのだろう。壁に掛かっていた服を何枚も出して、布地や機能などを説明する。
私は首元に当ててみて、どれが似合うのかとサラと店員の反応をそっと窺った。
「うん、いいね」
普段ならば手にすることもない、ワインレッドと青銀の服を一枚ずつ選んで試着した。
とても温かい。けれど暑い日は涼しいそうだ。意外な技術の高さに少しだけ目を丸くした。
「お値段は二着で210Gです。いかがでしょう」
どちらもアンサンブルで、上着とワンピースがセットになっている。それならば高くない。
私は財布を開き、銀貨を出して、返ってきたお釣りの銅貨を確認した。
「ついでにお昼を食べていこうか。いろいろあるよ」
サラが屋台を案内してくれる。串焼き肉にサンドイッチ、肉や魚を包んだクレープもある。
どれもとてもおいしそう。
「はいよ、毎度あり」
分厚いベーコンに玉子を落としたガレットのような物を買い、サラに渡す。
「そんなに気を遣わなくていいんだよ」
「いえ、本当にありがとうございます」
どう見てもこの街の者ではない私に声を掛け、宿に連れ帰って寝床を与え、今も優しく気遣ってくれている。彼女には計り知れない恩義がある。
広場の隅に並んでいる石に腰掛け、ふふふと笑いながらおいしい昼食を味わった。
その後の買い物ではちょっとしたハプニングがあった。
目を付けていたサンダルが売り切れてしまっていたのだ。
「可愛かったのに」
残念そうな顔をする私をサラが笑う。
「まぁまぁ。そっちの靴の方が落ち着いていて服に合ってるよ。それにサンダルより歩きやすいだろう?」
浮かれて若者向けの靴を選んでいた自分を思い出すと、ちょっと恥ずかしかった。
それから下着も無事に購入し、人がまばらになった広場を後にする。
――部屋で袋を開けた瞬間、おかしな声が出た。
横を紐で縛る、かなり攻めたデザインだ。
……これがこの世界の標準なの?
ひとり、部屋で赤面した。
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