第2章2 価値が集まる場所
「こんにちは」
重厚な造りのドアを開け、建物に入った。声を掛けるとカウンターの女性が顔を上げる。
「いらっしゃいませ。ああ、サラさん。こちらへどうぞ」
そう言って、横の扉を示される。小部屋に入ると、簡易的に木の板で仕切られたブースに案内された。
「今日の売り上げを預けに来たよ。よろしくね」
そう言って担当の男性に会釈をする。バッグから重そうな袋を取り出して、差し出された箱の中にジャラジャラ入れた。
「はい。730Gですね。お預かりします」
男性はサラからカードを受け取ると、小さな箱に差し込んだ。
キィン――と耳に響く音がする。
軽く光って文字が空間に浮かび上がる。
「えっ? 数字が現れた」
あれは、なに。
何もない場所に文字が浮かび上がるなんて、ホログラムか立体映像の技術があるのか。
「ああ。お金を預けると、このカードに記録されるんだよ。商業ギルド以外でも、どこのギルドでも出し入れ自由さ。魔法カードは初めて見たかい」
驚いている私を振り返り、サラが説明する。
「最近は盗みも多いですからね。その点こちらは魔法で守られていますから、契約者以外は入出金できません。今はまだまだ現金を持ち歩く方が多いのですが、商売をされている方にはおすすめです」
銀行のキャッシュカードのようなものだろうか。
それにしても、お金を預けるのに魔法――が使われているなんて。
担当の男性はニコニコと笑っている。客がひとり増えたと感じたのかもしれなかった。
「さてもうひとつ、彼女は持ち物を売りに来たんだ。査定をしてやってくれないかい」
サラの言葉に男性は私に目を向けると、上から下へと視線を動かす。
「少々お待ちください」
そう言って立ち上がると、奥の部屋へと入っていった。
「お客さま、お待たせしました。こちらへどうぞ」
男性はにこやかに笑って私を二階へ案内する。
「サラさんはご商売の相談があるそうで」
なにやら目配せをしてホールの方へと去って行った。
コンコンコンと扉をノックする。どうぞと言う言葉にノブを引いて中に入った。
「いらっしゃいませ」
私より年上の、五十代と思われる男性が立っていた。
グレイの髪に、涼やかな目元。瞳は濃い森の色だ。顔は映画俳優のように整っている。
スラリとした体躯で真っ直ぐに立ち、いかにも仕事ができそうな、そして隙のない雰囲気だった。
「わたくし、お客さまを担当させていただくクロードと申します。この商業ギルドの責任者を務めております。お気軽にしてください」
「責任者? いきなりそんな、偉い方なんて。私ちょっと持ち物の査定と、買い取りをしてもらいたかっただけなんです」
私はうろたえた。
銀行を訪ねていきなり支店長が現れたら、動揺もする。
「どうぞお掛けになってください。こちらではあなたは客人です。安心してお話ください」
そういって椅子を勧められる。
若い女性が美しいカップに入れたお茶を持って来てくれた。
「さて、査定と買い取りとはどういったものでしょう」
「あの、こちらです」
バッグのファスナーを開け、ネックレスを取り出した。
「いかがでしょう」
ビロードの布が張られた箱の中で、真珠が輝いている。鈍く光る光沢は部屋の中でも美しい。
「これは――」
クロードは、白い手袋をはめた手で箱を持ち上げた。手をかざし、低い声で聞き取れない言葉を発している。
「! 素晴らしい。これは相当価値のあるものだ。本気で手放されるおつもりですか?」
「は、はい。おいくらぐらいに――なりますか。できたらその、一粒ずつ買い取っていただけると助かるんですが」
私は震える声でそう言った。
手持ちの中で一番高価な物だった。ううん、現実世界の持ち物でも、真珠のネックレスが一番高い。家電製品やパソコンよりも。
「大丈夫でございます。一粒につき――700G。私どもでもこれが限界でしょう。もちろん無理にとは申しません」
「!」
心の中で叫び声が上がる。二週間分の宿代だ。
それだけあれば、必要な物も余裕で購入できるだろう。
「本当に、これはよいものです。大きさ、照り、完璧な形、それに傷ひとつない。これほどの真珠を目にすることは滅多にありません」
「そ――そうなんですね」
質の善し悪しはともかく、真珠のネックレスは日本人なら大抵の女性が持っている。それがここまで高く評価されるなんて。
700G。
この街で安全に暮らすための、生活資金が取りあえずできた。ケインのような危険な労働はせずに済む。
次は――。
「もうひとつお許しを。あなたはこちらの世界の方ではありませんね?」
私はビクリと体を震わせる。クロード――いや、先ほどの男性にも、見抜かれていたのか。
「驚かせてしまったようで申し訳ございません。ですが、推測は簡単なのです。その鞄に靴。私の知る限りここでは見たことも、聞いたこともないのです」
バッグは街を歩くとき羽織で隠していたつもりだったけど、見せてしまった。スニーカーはそもそも履き替えてもいない。
「他に査定させていただく物はございますか」
穏やかな笑みを浮かべ、クロードが続ける。今一度に見せてしまうのは少し怖い。
だけど――好奇心が勝ってしまう。
「あの、これも、――買い取りできますか」
そう言って、ポーチの中から小物をひとつ取り出した。
「こちらは、どういったものでしょう」
クロードは困惑している。
机の上にあるのは小さな四角い金属だ。金色に光り、赤い石で飾られている。
「リップです。女性の唇に色をつけるものです」
言いながら私は口を指さす。
出掛ける前に、目立たないブラウンレッドのリップで化粧をした。
「なるほど」
私は手を伸ばしパチンとキャップを外す。回転させて、中から鮮やかな赤のリップ本体を繰り出した。
「なんと! いやこれは面白い。化粧用の紅はありますが、彩りが非常に美しい。それに入れ物も見事だ。鏡のように輝いて、飾られている石も均等に並んでいる。職人の気迫を感じる見事な逸品です」
以前友人に海外旅行のお土産としてもらったものだ。ポーチに入れていたけれど、私には色が合わずあまり出番がなかった。
「使い差しなんですけど、あの」
私は一度言葉を飲み込んだ。
「もちろんこちらもいただきます。そうですね。200Gではいかがでしょう」
クロードの目が油断なく光っている。興奮しているのか、少し頬に赤味が差していた。
「ありがとうございます。ただ、これはあくまで使い差しの品です。もし、この構造や作り方が……誰かの役に立つのなら、その可能性を一緒に考えていただけませんか。大げさなことではなくて、ほんの少しでも、この街の力になれたらと思うんです」
私の言葉にクロードの瞳が揺れた。
驚きと興味、そして計算が静かに交差する。
「……興味深いお考えです。普通は、ただ売って終わりにされるところでしょう」
低く落ち着いた声が、響いてくる。
「是非、あなたが描く『未来』を教えてください」
彼の言葉に、空気がゆらりと揺れる。
何かが大きく動き出す予感がした。
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