表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/11

第3章4 更新されなかった契約

 私は食堂で水を汲み、椅子に腰掛けて窓の外に浮かぶ赤い月を見上げていた。

 あの吟遊詩人の言葉が、心の中で、澱のように残っている。

 それが過去のある出来事を思い起こさせた。


「佐々木香織さま、派遣先企業さまの意向で、契約は今回で満了ということになりました」


 ――私は絶句した。


 満了、それは派遣の言葉で契約の終了を意味している。

 まだ働き始めて四ヶ月、ようやく仕事にも慣れてきた頃だ。

 たくさんの仕事を教え込まれ、慣れないながらも頑張って、多くの仕事をこなしてきた。

 社員にあなたが来てくれて助かったと言われて、この歳でまた一から覚えることができたと、少しだけ誇らしく思っていた矢先だった。


「ど、どうしてですか。私に至らない点があったのですか」

「そうではありません。先方も佐々木さまのことは評価しています。しかし仕事量の関係で、今の人数は多過ぎる、とのことでした」


 それは、違うと思った。今でも仕事は回っておらず、残業が続いている。

 なのに私を切るということは、なにか事情があるのだろう。


「ご安心ください。私どもと致しましても、しっかりサポートさせていただきます」

 申し訳なさを滲ませながら、派遣元の営業担当はそう続ける。

 先方が決断した以上、私にこの仕事を続けるという選択肢はない。

 ただ言葉を飲み込んで、わかりましたと頷くしかなかった。


 帰りの電車で、呆然としたまま仕事の検索サイトを眺めていた。

 まだ条件に合う求人は出ていない。今が更新確認の時期なので、新しい仕事が載るまであと一週間は掛かるはずだ。

 けれど、今の派遣会社はもう使えないだろう。

 たった半年で切られた者より、派遣先企業の評価が高い人、若い人が優先される。

 その人たちを押しのけて、社内選考を勝ち上がるのは難しい。

 紹介されるのは、誰も続けられなかった仕事ばかりになるだろう。


 ため息をつきながら、電車を降りた。

 料理をする気力も今はない。

 惣菜屋で鯖の煮付けとインスタントのお吸い物を買って、とぼとぼと部屋へ戻った。

 濃い味付けだったのに、まるで砂を噛んでいるように何の味もしなかった。

 それから通帳を取り出し残高を確認して、家賃や生活費で毎月出て行く金額と見比べる。

 傷む胃を抱えながら机の上に突っ伏した。


 ――またあのような日々に戻りたくない。


 ここでの暮らしを続けていくためにも、できることを少しずつやっていこう。


 気づくと赤い月は見えなくなり、代わりに白く輝く三日月が顔を覗かせている。

 私は水を一口飲んだ。

 月の光は頭を撫でているかのように優しい。

 そっと背中を押された気がして、私は立ち上がり、食堂を後にした。

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。



よろしければ、続きを読んでいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ