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第7話 門出

 あの合格の日から数週間が経った。

 この数週間の間、ようやく俺は佳紬由さんに波導のいろはについて教えてもらっている。

 あのような波導の纏い方はやはりこれから先に戦っていくにはやめるべきらしい。

 まあ元より、俺もその予定だった。



            ***


「本来、波導を全身で纏い続けるのは正解よ。長時間維持できるなら、攻守において隙がなくなるからね。でも、普通は燃費が悪すぎて不可能。だから大体の波導士は、体内循環させて、インパクトの瞬間だけ硬化させるの。もちろん、私もね」


「それじゃあ、俺も循環させる?」


「そうね、でも凪人くんには女王の無尽蔵の波導がある。多分、波導の量はこれからも上がっていくと思うわ。凪人くんと女王の繋がりが深くなればなるほどあなたの波導は倍増していく。あなたの波導の量は大きな武器になるわ。だから、全身から波導を立ち昇らせるのは、あなたに合ってるかもしれないわね。基本は全身で纏って戦いましょう。それでも、私たちのような纏い方も訓練しましょう。波導の操作は習って損じゃないから」


 佳紬由さんは続ける。


「まず凪人くん、私に攻撃を与えようとどうした?」


「波導を全身から出して、どこからの攻撃かを読めないようにしました」


「うん、そうだったね。じゃあ逆に、私たちの波導量は凪人君よりも少なかったはずだけど、攻撃は読めた?」


「読めませんでした」


「そう、それはなんでか分かる?」


「多分ですけど、俺と違ってインパクトのギリギリまで、波導を纏わなかった?」


「そう、正解。まあ正確に言えば、纏ってはいるんだけどね」


「私たちはね、常に少ない波導で、体内から自身の身体を纏っているの」


 確かに佳紬由さんは身体の周りにうっすらと波導が見える程度にしか漏れ出ていない。

 波導操作の精度が高すぎて、ぎりぎりまで攻撃の予測ができない。すももも佳紬由さんほどではないが、読みづらかった。


「だから、波導大会までには体内で纏えるぐらいの操作精度は身に付けましょうね」


「波導大会?」


「あ! 言ってなかった?」


 佳紬由さんはまた大事なことを俺に言っていなかった。前回の宮家についてもそうだった。


「波導大会はね、これから2ヶ月後の8月にある武道大会よ。波導学校の選抜生や、名家の子どもたちが集まる、若手最強決定戦。15歳から任務が許可されるから、そのお披露目会でもあるわね」


「15歳ってことは全員同い年ってことですか? 何人ぐらいいるのですか? 前に波導士は人手不足だと聞きましたが」


「そうね、多分凪人くんを入れて、6人だと思うわ」


「少ないですね?」


「それでもみんな、名門出身ね。幼い頃から英才教育を受けてきた本物の怪物たちよ」


「……!」

「ここで凪人くんは最低1勝すること。それが、凪人くんの最後の課題ね」


「え? じゃあ勝ったら?」


「うん。学校にまた戻っていいわ。もちろん、波導士は続けながらね」


「ほんとですか? 絶対に勝ちます」


「うん、その調子で頑張りなさい」


           ***


 そうして俺は数週間、波導操作の精度を上げる修行を続けた。


「凪人くん、だいぶ良くなったわね。その程度なら十分戦えるレベルよ」


 俺は数週間かかってある程度まで仕上げれた。燃費の悪さもある程度、克服している。


「あと1ヶ月を切ったところで、ここからは全身から立ち込めながら戦うのに慣れていきましょうか。凪人くんはこの1ヶ月で波導操作の精度が上がったから、燃費も倍以上になってるわよ」


「これから、毎日凪人くんとすももは毎日組手をしましょう。もし大会で当たった場合、お互いの手の内を知った上での戦いになるからそれも大きな経験になるわ」


 そう、すももも参加するらしい。


「すももちゃん、波導十景ってさどういう術式なの?」


「これはね、10個の型があるの。炎出したり、防御に特化したり。この前、凪人くんが佳紬由さんからくらったのはカマイタチだね」


「それでも、宮家の全員が波導十景のすべての方を使えるわけじゃなくて、大体3個から5個ぐらいの型を使えて、今の宮家で10個使えるのは私と佳紬由さんだけなんだ」


「へえ、すげえじゃん」


「使える型の数は、生まれつき決まってるの。努力じゃどうにもならない。……当主になれるかどうかも、生まれた瞬間に決まっちゃうんだよ」



 そういいながらすももは顔をしかめる。


「……当主になれるかどうかも、生まれた瞬間に決まっちゃうんだよ」


 そう言って、すももは自嘲気味に笑った。

 才能絶対主義。それがこの宮家の、そして波導士の世界のルールらしい。


「ふーん。くだらねえな」


「え?」


「いーや、生まれつきとかで決まっちゃうのはなんだかなぁって。そうだ、俺がこの宮家で一番強くなってそんなものなくしてあげるよ」


 俺の言葉に、すももは一瞬きょとんとして、それから吹き出した。


「……ぷっ。あはは! さすが凪人くん、暴論だね」


「暴論で結構。俺は、勝つためにやるだけだ」


「うん。……ありがとう、凪人くん。私も負けないよ」


 すももの表情から、少しだけ陰りが消えた。

 だが、俺の中の焦りは、消えるどころか日に日に増していくばかりだった。


            ***


 7月21日。


(あと、一月……!)


 本来なら今日から夏休み。みんな楽しんでいるんだろうな。俺も夏休み明けから再開できるように頑張るよ。

 俺は、修行の合間に、縁側で荒い息を繰り返していた。全身から、まだ黒い湯気が立っている。

 常に全出力で波導を垂れ流し続ける。「常時全開」の訓練は、俺の精神と肉体を毎日やすり掛けのようにすり減らしていく。


 ふと、視界の端を、すももが通り過ぎた。その直後、すももの父親が、逆方向から無表情で歩いてくる。


 二人は、廊下の真ん中ですれ違った。

 だが、


(……)


 会話がない。

 視線すら、合わせない。

 まるで、お互いが「存在しない」かのように、音もなくすれ違い、それぞれの角に消えていった。


 俺は、あの夜の食事会を思い出していた。

 家族団欒など程遠い、あの冷え切った氷のような空気。


(歪んでる……)


 この家は、確実に歪んでいる。

 それは、佳紬由さんに対しても同じだった。


 女が訓練場で、宮家に仕える男の戦闘員たちに指示を出す時、彼らの返事は「はい」と短いが、その目の奥には、隠しきれない「侮蔑」や「反発」が、常に灯っていた。


(あんたも所詮は「女」だろ、と)


 佳紬由さんは、それに気づいていながら、全く意に介さず、鋼のような無表情で指示を続けていた。

 男尊女卑とも違う、もっと根深い「血」への執着。


 得体の知れない闇が、この「宮家」という伝統の底に、ドロリと淀んでいた。


 そして、ついに8月20日。


 俺は宮家の玄関に立っていた。

 身につけているのは、いつも着ている動きやすい学校指定の体操服。


 その隣には、すももがいる。

 彼女は、宮家の紋が刺繍された、黒い学生服ベースの戦闘服に身を包んでいた。生地の上質さ、仕立ての良さ、そして何より、その胸で輝く銀色の家紋。

 それは彼女が「選ばれた側」の人間であることを、残酷なほど明確に示していた。


「……」


(これが、差、か)


 俺は、この期に及んで自分だけが「部外者」だと突きつけられた気がして、無意識に拳を握りしめた。

 才能、血筋、そして装備。

 同じ戦場に立つのに、スタートラインが違いすぎる。


「凪人くん、何ぼーっとしてるの。さっさと着替えなさい」


 不意に声が飛んできた。

 見ると、同じくラフな私服姿の佳紬由さんが、大きな包みを俺に向かって放り投げてきたところだった。


「え?」


 慌てて受け取る。

 ずしりと、確かな重みがあった。


「……これ、なんですか?」


「あのバカ(円城寺)が、あんたのために協会に作らせた特注品よ。宮家の紋は入ってないけど、『凪人くんにも必要だろ』だって」


 学生服のようでもあり、闇に紛れるアサシンの装備のようでもある。

 黒一色。だが、ただの布ではない。着心地の良く、軽い。特殊な素材でできていて、守りが固い。


 俺は初めて実感した。自分専用の戦闘服。


(俺も波導士の一員なんだな)


「……いらないの?」


 佳紬由さんの声に、ハッとする。


「……いります」


 俺は、顔を上げられなかった。

 ただ、その黒い布を強く握りしめる。


「さっさと着替えて来なさい。遅れるわよ」


 佳紬由さんは、俺の湿っぽい感情を断ち切るようにそう言うと、先に玄関を出て行った。


            ***


 着替えを済ませ、協会が手配した黒塗りの車に乗り込む。

 後部座席に座ろうとして、俺は足を止めた。

 運転席には、なぜか佳紬由さんが座っていたからだ。


「え、佳紬由さんも来るんですか?」


 てっきり、ここでお別れだと思っていた。


「当たり前でしょ」


 佳紬由さんは、ルームミラー越しに俺を一瞥し、エンジンをかけた。


「あんたたちの師匠は私よ。教え子の晴れ舞台を見届けない薄情者に見える?」


「……いえ」


「しっかり掴まってなさい。遅刻したら失格だから、飛ばすわよ」


 タイヤが軋む音と共に、車が走り出した。

 俺は新調したばかりの戦闘服の感触を確かめながら、窓の外へと流れる景色を睨みつけた。

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