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第6話 白線に立つもの

翌朝、俺ははやる気持ちで訓練場へと向かった。


(今日こそ、佳紬由かつゆさんに一撃をいれてやる)


 昨日のように全身に波導を纏い続けて戦う。燃費は最悪だが、それを大量の波導量でカバーする。


「おはよう、凪人くん。観察を始めて二週間ぶりぐらい? もたもたしていると学校に戻れないぞ!」


「大丈夫です。今日こそ一撃入れます」


「ふふ」


 佳紬由さんは、俺の全身から溢れる黒い波導をじっと見つめると、満足そうに口角を上げた。すももに目配せをした後、木刀を構える。


「じゃあ! はじめー!」


 すももが声高らかに合図する。


 俺は、内側のバルブを全開にした。

 全身の血管が膨れ上がる感覚。奥底にある冷たく、重い「黒」を一気に噴出させる。


 ドォォォォォォンッ!!


 一歩、踏み出した瞬間、訓練場の硬い土が爆ぜた。

 走るのではない。背中からジェット噴射で突き飛ばされたような、暴力的な加速。


 景色が、線になって後ろへ吹っ飛んでいく。

 速い。

 だが、それ以上に**「重い」**。

 俺自身が巨大な鉄球になったかのような運動エネルギーが、佳紬由さんへと殺到する。


(もらった!)


 佳紬由さんの顔面目掛け、波導を乗せた右ストレートを叩き込む。


 ガギィィィィィンッ!!!


 甲高い金属音と共に、空気が衝撃でひしゃげた。

 佳紬由さんが咄嗟に木刀でガードする。


「凪人くん、速くなったじゃない。それに威力も段違いになっている」


 佳紬由さんの表情から、余裕が消える。

 彼女は「受け流す」のを諦め、木刀に強烈な波導を籠めて、力づくで俺を押し返した。


 ズザザザザッ!


 俺は靴底で地面を削りながら、数メートル後ろへ下がる。

 だが、体勢は崩れない。

 全身から垂れ流している波導が、分厚いクッションになって反動を殺してくれたからだ。


 さらに全身に波導を垂れ流していることにより、自然と相手の波導の流れも視認できている。


(これなら、本当に行ける)


 さらに連撃を繰り返す。だが、佳紬由さんは余裕そうにはじく。

 黒い波導が、あたりにまき散る。


「凪人くん、きちんと波導も読まれないようになっているわ。それでも、その波導いつまで続くかしら」


 そう言われたが、先ほどからの連撃はすべて佳紬由さんにはじかれる。多分、単純にスピードが足りていないんだろうな。


 佳紬由さんの表情が変わる。


「カマイタチ」


 佳紬由さんはそう短く呟き、何もない空を木刀で薙いだ。

 ヒュッ、という風切り音。

 次の瞬間、俺の右腕の袖が裂け、赤い筋が走った。


「っ……!?」


「どう? それが宮家相伝の波導十景の十個のうちの一つ、『カマイタチ』。波導を飛ぶ刃にできるの」


 そんな、大人げないよ。佳紬由さん、なんでそんないきなり術式を……。


(いや……)


 俺は奥歯を噛み締めた。

 反則なんてない。これは「殺し合い」の訓練だ。

 技術がないなら、知恵を使え。俺にある手札は、この無駄に溢れる「量」だけだ。佳紬由さんが意味なく、斬撃を飛ばしたわけじゃない。俺にも戦い方が複数あることを教えてくれているんだ。


 俺は、血の滲む右腕を前に突き出した。


「う、おおおおおおぉぉぉっ!!」


 俺の全身を覆っていた黒い波導が、うねりを上げて「右腕一点」に集束していく。傷口から血が噴き出すが、構わない。

 痛みなど、溢れ出るアドレナリンと波導の熱で焼き消した。


 俺は、地面を思い切り蹴る。


「はああぁぁっ!!」


 俺は波導を溜めた右腕で佳紬由さんに振りかぶる。佳紬由さんの意識は俺の右腕に釘付けになる。


「力任せに……馬鹿の一つ覚えね!」


 さらに佳紬由さんは俺の予想通り、この攻撃を受けてくれる。そこを突くんだ。


 ドォォォォンッ!!


 俺の右腕が、佳紬由さんの木刀に激突し、拮抗する。

 凄まじい衝撃波が周囲を薙ぎ払う。

 佳紬由さんは歯を食いしばり、俺の右腕を完璧に受け止めていた。


 ここまで近づいたら行ける。

 佳紬由さんは、木刀を握っている。でも、俺は左手がまだ空いている。

 右腕に波導を残したまま、俺は、ガラ空きになった佳紬由さんの腹へ、波導も纏っていない左の拳を突き出す。


「しまっ――!?」


 気づいた時には、もう遅い。


 ボゴッ!


 鈍く、生々しい音が響いた。


 佳紬由さんの身体は大きな岸壁のように硬かった。


(殴った感触はない。……でも、お腹に拳は入っている)


「佳紬由さん、これはどうですか?」


 俺の問いかけに、佳紬由さんは答えなかった。

 訓練場に、重苦しい沈黙が落ちる。

 俺の左拳は、彼女の腹にめり込んだまま。

 だが、その感触は人肌のそれではなく、まるで鋼鉄の板を殴ったようだった。


(……駄目だったか?)


 冷や汗が流れる。

 波導を纏っていない左手。もちろん攻撃が効くわけがない。


「……はぁ」


 不意に、佳紬由さんが深く、長い息を吐いた。

 彼女の手から力が抜け、木刀がカラン、と乾いた音を立てて地面に落ちる。


「……参ったわね」


 佳紬由さんは、呆れたように、けれどどこか嬉しそうに俺を見下ろした。


「いい発想だったわ。それでも波導を纏っていない攻撃か……」


「もしかして不合格ですか」


 佳紬由さんはほほえみ、俺の頭に手を置き、乱暴にガシガシと撫で回した。


「なーんて、『一撃』入れなさい、と言ったわよね。……今のブラフ、完璧だったわよ。まさか、あの莫大なエネルギーを囮にするなんてね」


 彼女はニカっと笑った。


「文句なしの一本。合格よ。凪人くん、第2ステップの終了よ」


「まあそれでも、その波導の使い方は、直さないといけないわね」


 その言葉を聞いた瞬間、俺の中で張り詰めていた糸がプツンと切れた。

 全身から力が抜け、俺はその場に膝から崩れ落ちた。

 波導の使いすぎだ。視界がグラグラと回る。


「凪人くん!!」


 すももが駆け寄ってくるのが見えた。

 意識が遠のく中、佳紬由さんがしゃがみ込み、俺の耳元で小さく呟くのが聞こえた。


「……ゆっくり寝なさい。まだまだ、スタートラインに立ったばかりなんだから」


 その言葉を最後に、俺の意識は深い闇へと沈んでいった。

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