閑話 大人
場所は変わり、波導協会本部――その最奥にある「円卓の間」。
そこには、重苦しい沈黙と、線香のような古い香りが充満していた。
年季の入った衣冠束帯を纏い、円卓を囲む四人の老人たち。
この国を裏から支配し、守護する、波導協会の総監部の者たちである。
鋭い眼光で周囲を威圧する、葛城九童。
岩のような巨躯を持つ武闘派、剛力武。
神経質そうに扇子を弄ぶ、吾妻竜徳。
そして、この場の長であり協会の最高責任を持つ協会長、波動玄瑞。
その重苦しい空気の中、一人だけ、場違いに軽い男が立っていた。
けだるげに高級スーツを着崩し、あくびを噛み殺している青年――円城寺晃。
「で? 呼び出した理由は分かってんだけどさぁ。結論から言うと、例の女王の眷属になった少年の件、僕は『処分ナシ』で」
円城寺が、老人たちに向けて言い放った。
その言葉に、剛力がバン! と円卓を叩く。
「円城寺! 貴様、ここは上層部会議の場ぞ。その口の利き方、慎まんか!」
「いやいや、ジジイたちさ、あんたらこそ、頭カチカチすぎんじゃないの?」
円城寺は、まるで聞く耳を持たずに続ける。
「報告書見たけどさ、この子まだ波導の『は』の字も知らないタダのガキじゃん。それが、友達を助けたい一心で、ションベンちびるほどビビりながらも命を懸けて助けた。あんたらにおなじことができるの?」
円城寺の目が、細められる。
「その勇気を、自分たち大人が『危険だからポイ』で中学生一人を殺せというのか? それを実行させられる、現場の人間――宮家の人間の気持ちは?」
「黙れ! 結果が全てだ!」
吾妻が激昂し、扇子で円城寺を指差す。
「その結果が、あの忌まわしき“波導の女王”との契約だぞ! 最も危険な存在との繋がりだ! いつ暴走してもおかしくない爆弾を抱える覚悟が、我々にあるとでも!?」
円城寺は、その言葉にピタリと笑顔を消した。
空気が、凍りつく。
先ほどまでの軽薄な雰囲気は霧散し、そこにいるのは、数多の修羅場を潜り抜けてきた「戦士」の顔だった。
「……それこそが、僕たち波導士でしょ」
声のトーンは低い。だが、その圧は部屋中の酸素を奪うかのようだった。
「危険だから? 爆弾だから? だから何だよ。波導士たるもの、弱きものを助けるために戦うものじゃないのか? ……少なくとも、僕はそう思ってやってますがね」
円城寺は、老人たちを見回して宣言する。
「僕は、この子に賭ける。未来に投資する。……ま、僕と佳紬由が責任もって育てるよ。もしそいつが暴走して、どうにもならなくなったら、その時は僕たちが殺しますよ。それで文句ないでしょ?」
「……」
「それに、これは波導の女王を殺すチャンスでもあるのは事実。それでも、波導の女王はわからないことのほうが多い。唯一近づくことができた、響木さんも今はいない。仮に少年を処刑にしようとしたとき、女王が暴走した場合、それこそ大惨事になる」
上層部は、その生意気な天才の言葉に、苦虫を噛み潰したような顔で黙り込むしかなかった。
沈黙を破ったのは、協会長だった。
「まあ、よいではないか。老い先短いわし達が一人の少年の勇気を無下にすること、それは正しいことでも美しいことでもないかもしれないな」
「協会長、波導規定に則れば、処刑が妥当ではないか」
「その波導規定も古くから変わっていないもの。さらに今回のようなケースを正しく裁ける規定などがない」
「葛城のじいさんも何か言えばどう?」
話を振られた葛城が、長い髭を撫でながら口を開く。
「ふむ……わしも、賭けてみても面白いかもしれんな。その木場凪人という勇気ある少年に。うまくいけば女王もこちらの手にできるかもしれん。そうなれば組合にも連合にも差をつけることができるじゃろうな」
剛力と吾妻は反対。だが、協会長と葛城、そして円城寺家当主である晃が賛成。
「じゃ、3対2で決定でいいか。ということで木場凪人の命は円城寺晃と宮佳紬由の下で預かります」
円城寺は片手を上げて、さっさと踵を返した。
***
会議の後。
本部のテラスにある喫煙所で、円城寺は紫煙をくゆらせていた。
そこへ、コツ、コツ、とヒールの音が近づいてくる。
「……無茶苦茶ね、あんたは」
呆れた声の主は、宮 佳紬由だった。
彼女もまた、上層部の決定を待っていたのだ。
「や! 佳紬由。やっと来たか」
「早いほうでしょ。電話から30分もたってないわよ。で、何よ。もしかして、例のあの子?」
「そう、話が早くて助かる。色々あって処刑は僕がなくしたよ」
「そんなことどうやってよ? あんたの無謀さはどこまで……」
「当主権限ってやつかな? 冗談冗談」
円城寺はニヤリと笑い、本題を切り出した。
「条件をつけた。『もし木場凪人が暴走したら、僕と佳紬由が責任を持って殺す』ってね。それを担保に、爺さんたちを黙らせた」
「あんたねぇ……勝手に人の名前を連帯保証人にしないでよ」
「何、自信ない? そうでもしないとあの石頭たちは動かないでしょ」
「そういう問題じゃないでしょ。……はぁ、まあ、あんたも一応円城寺家の当主なんでしょ。分かるでしょ私の立場も」
「まあ、そういうわけで佳紬由、凪人をよろしくね」
「って、なんで私なのよ」
佳紬由が柳眉を逆立てる。
「だって佳紬由しか信用できないじゃないか。……僕にも、『真』がいるんだしさ」
「……凪人くんだっけ? まあ、私たちと似てるわね。分かったわ、私が預かるわ」
佳紬由は諦めたようにため息をつくと、遠くの景色を睨みつけた。
「その代わり、宮家に連れてくわよ」
「宮家に? そりゃ『すもも』がいるからいい刺激になると思うけど。宮家になの?」
「何よ、いいじゃない。悪い意味でも波導というものを学ぶには宮家が最適解よ。それに私も宮家から出ていくのは嫌よ。めんどくさいし」
佳紬由はフン、と鼻を鳴らす。
「それに、才能大好きなじいさんたちが凪人のことをそこまで嫌わないでしょ」
「まあ、佳紬由の弟子ならなにもされないか」
「大丈夫よ、仮にされても私がいるわ」
「そっか。じゃ、僕は次の任務があるから。凪人が起きたら、よろしく言っといて」
円城寺はヒラヒラと手を振り、その場を去っていった。
残された佳紬由は、これから背負うことになる「厄介ごとの種」――いや、未来の希望かもしれない少年のことを思い、小さく息を吐いた。
「私が師匠か……」
佳紬由は空を見上げる。
「見ててよね。先生。お母さん」




