第28話 我が従僕
いつもそうだ。真と戦った時だって、宮島で戦った時だって、戦うは前はいつも怖い。
今だって怖いさ。痛いのは嫌だし、死にそうになるのももちろん嫌だ。
でも戦うんだ。恐怖で止まるのはあの時の俺だ。今の俺は違うだろ。
「おいおい、なにボーっとしてんの?」
男の切っ先が首元に来る。
ドカンッ!
俺の拳が男の頬を打ち抜く。
「……がはっ!?」
男の身体が浮いた。
次の瞬間、数メートル先の倉庫の壁に叩きつけられる。
ナイフが手を離れ、乾いた音を響かせた。
人を悪意を持って殴ったのは初めてだった。
別に嫌な気分じゃないな。
ーーああ、そうだよな。
「ずいぶんと、やるじゃねえか」
男はゆっくりと身を起こし、口の端から流れる血を手の甲で拭った。
そして、ヘラヘラした笑いを消し、ひどく冷たい目
で俺を見る。
「この短時間で何をした?」
「さあな、強くなった」
でもこの力は俺の力なのか?
いや今はどうでもいいや。
運命も境遇も全て飲み込んでも静香を助ける。
「まあ、じゃあガキだと思って手加減したけど本気で行こうか」
男のスピードが1段階上がる。
この速度、佳紬由さんぐらい速いんじゃ無いか?(”佳紬由の本気を凪人は見たことありません“)
ガキンッ!
くそっ! こいつ確実に俺の急所を、このスピードで。
キン! キン! キン!
ダメだ、また防戦一方。いつもこれだ。
佳紬由さんとの組み手を思い出せ。佳紬由さんの方が数倍強いだろ。
俺は深く息を吐き、波導を練る。
視覚に頼るな。波導の流れを読め。
「そこだっ!」
男のナイフを左腕で弾き飛ばし、ガラ空きになった胴体に右拳を叩き込む。
「チッ……!」
男は間一髪で後ろに跳んで致命傷を避けたが、その顔には明確な焦りがあった。
「……なるほどな。ただのガキだと思ってたが、まともにやり合うと面倒くせえ」
男の視線が、俺の背後――静香へと向いた。
「戦いの際に変なこと考えすぎじゃないか?」
「やめろ!」
男の狙いは俺の急所じゃ無い。防戦一方になることによる、静香への意識の薄れ。
静香への守りが薄くなっている。
男が静香に向かってナイフを数本投擲する。
コンマ1秒にも満たない。
左手でナイフを受け止める。
「グッ……!」
「凪人くん……」
「おいおい、後ろガラ空きじゃ無いか」
ナイフは囮だった。
男は猛スピードで俺の後ろ、静香の前にいた。
グサッ!
男のナイフが俺の心臓を突き破る。
「ーーがっ」
やられた。
そうか最初から静香を殺す気なんてなかったのか。
ダメだ、力が、波導が吸われる。
逃げろ静香。
「凪人くん!!!」
ダメだ。また俺は守れないのか。
「ふー、よしよし。じゃあ大人しく一緒に来てもらおうか。」
「凪人くんをどこに連れていく気!!」
「お嬢ちゃん、黙っててや。じゃ無いと俺はいつでも殺せるんよ?」
やめろ、ダメだ。
意識が保てない。暗闇が広がる。
「離さない。凪人くんを離すまで私もあなたをこうやってする」
「しょうがないな。本当は殺すな言われてるけど左手ぐらいなら許してくれるやろ。嬢ちゃん、波導士はなナイフ一本でも人の腕ぐらいなら切れるんよ」
ズシャ!
小さく、斬撃音が聞こえる。
静香、ダメだ。お前の体が傷つくのは。
「う、うわーー!!」
男の叫び声?
何が起きたんだ?
まさか静香が反撃したのかよ?
「……何をやっておるんじゃ、我が従僕よ」
この声は……
紛れもない。
同時に止まっていたはずの鼓動が、脈打つ。
銀髪の雪のような月光を編んだような髪の毛。
紅く血に濡れたルビーのような目。
漆黒を纏ったようなドレス。
生涯、忘れることのないあの時のショッピングモールの。
だが今目の前に立つのはあの時のような美しい絶対零度の女性の姿ではなく、同年代に見える女の子だった。
「久しいのう、我が従僕」




