第27話 家族
宮家の夕食は、この4ヶ月で慣れ親しんだ、あの息の詰まるような空気で進んだ。
源三郎さんも特に話もしていない。
そうだったな、俺の家はこんな感じだったな。
特に楽し気な話はしない。男の人たちがうやうやと波導士の話やら野球の話やらをしているだけ、女の人やまだ小さな子どもは話もせずただ黙々とご飯を口に運ぶだけ。
「ごちそうさまでした」
まあ、いいやさっさと修行して風呂入って寝よう。明日もまた学校なんだ。
「あ、凪人くんもう修行行くの?」
「うん、すももちゃんも今日するの?」
「うん、ちょっと待って私も行くから」
「分かった、俺は着替えるから訓練場で集合で」
くたびれた制服を脱ぎ捨て、中のシャツは洗濯場の籠に脱ぎ捨てる。
そしていつもの波導士の戦闘服に着替える。
そうやって訓練場までの道を歩く。
そうだ、学校の制服も洗わないといけないんだな。
一つ洗濯物が増えるんだな。
「そういえば凪人くんの女王、この前の任務で顕現したんでしょ?」
「そうらしいね。家でそういう面倒ごと起こさないといいけど」
「分からないわよ、だって女王でしょ? この私たちでも知ってるぐらいの存在よ?」
「そうね、まあこんな家だしね……もしかしたら壊してくれてもいいかもね」
ある部屋を通ると聞こえてくる。
まあ仕方ない。こういう感情は人間だったら普通なんだ。佳紬由さんやすももちゃんが俺を認めても、それ以外の人からしたら俺は爆弾だ。何も変わったことじゃない。凪人、何も思うな。
もうすぐ訓練場だ。何も聞くな、気にするな。
日常を知ってしまった凪人、それでも光には必ず影がついてくる。その影は本人しか見えない。影というのはそういうものだ。
***
「あ! 凪人くん! 遅かったね。もう夜の外は少し肌寒いね」
「そうだね、ごめん。少し遅れた。今日は佳紬由さんはいないよね?」
「うん、大会が終わってからまるっきり任務ばっかり。この4か月間分の任務もたまってるんだろうね。だからってサボっちゃだめだよ。まだまだなんだから私たち」
「うん! 分かってるよ! 俺もこの雑な波導を直して、それに基礎的な戦闘技術も学ばないとね」
「そうだね、私は得物使いだからなかなか殴りを教えれることは少ないや」
「それでも、こうして組手できるだけありがたいよ。前言ってたよね? 痛みがあるのとないとじゃ成長の質とスピードがまるっきり違うって。最近よく感じるよ」
俺は拳を握りこみ、薄く黒い波導を纏わせた。
ドッ!
鋭い音が、静かな空気を振動させる。
俺の右腕をすももちゃんの木刀が的確に打ち捉えた
「うーん、まだまだ波導に頼りすぎて動きが大振りだよ」
「痛ッ……! うーん分かってるけどまだまだ」
「波導っていうのは纏うのはいいけどそれだけで戦ったら波導を纏う意味がないよ」
「え? そうなの?」
「うん、波導を重りや鎧とかにするんじゃなくて、自分の筋肉や血の流れ、呼吸全てに合わせて連動するの。それで初めて力だよ」
すももちゃんが刀を握りなおした。
「導魔はもちろんだけど、これから戦う人間はそれを当然にやってのけるよ。凪人くん、私のこの刀だって身体の一部になっていたらもっと繊細な動きができるでしょ? 波導も同じだよ」
そうか、そうなのか? まあそういうもんか。でも実際波導の操作精度は最悪だ。ここをどうにかしないと、またあいつが……
「そういえば、学校どうだった? 楽しかった?」
「うん、楽しかったよ。久しぶりにみんなに会えて、なんか4か月がすごく長かったみたいな」
「何よ、そんな大人みたいな言い方」
「別にいいだろ、そっちが聞いてきたんじゃないか!」
「ははは、それもそうだね」
そうして俺達は一時間ほど修行をした。
「じゃあ今日はこれで終わろうか」
「おっけー、ありがとうすももちゃん」
「あ、そういえば佳紬由さん明日には帰ってこれそうだって」
「そうなの? じゃあ明日は佳紬由さんに修行つけてもらえるかな?」
「多分そうだと思うよ。じゃあ凪人くんおやすみ」
すももちゃんはそうして、家の中へ入っていった。
***
冷たい廊下を歩き、自室に戻る。
汗をかいた戦闘服を脱ぎ、タオルを手に取ろうとした。
ブッ、ブッ。
部屋の中に置きっぱなしのスマホが短く震えた。
ああ、久しぶりのラインだ。学校のみんなかな?
相手は「橘 静香」
『ごめん、凪人くん。話し忘れたことがあるの』
『港の、第三倉庫にいるから、今から、来て』
……は? この時間に?
港? 第三倉庫? なんで駅でも公園でも静香の家でもいいじゃないか。
静香は中学生だぞ。夜の倉庫なんて危ない。
俺はそうして場所の変更を促そうとラインのメッセージを打とうとした。
いや、待て。違う、嫌な予感がする。誰かが静香を人質にしているのかもしれない。
ドクン、ドクン、ドクン。
心拍数が跳ね上がる。
脳裏に、あのショッピングモールの悪夢がフラッシュバックした。
駄目だ、もうあんな思い静香にさせない。俺に行かない選択肢など一つもない。
***
夜の港は、死んだように静まり返っていた。
冷たい海風が、俺の頬を容赦なく叩きつける。
鼻を突く、ねっとりとした潮の匂いと、ひどく錆びた鉄の匂い。
波の音だけが、不気味なほど等間隔に響いている。
海の近くはさらに冷え込むな。まだ9月なのにすごく寒いや。
「多分これが第一倉庫。だから、第三倉庫はあっちか?」
「第三倉庫、あったこれか」
掠れたペンキで書かれた文字。
周囲には人っ子一人いない。
街灯すらなく、ただ冷たい満月の光だけが、その巨大な廃倉庫のシルエットを不気味に浮かび上がらせていた。
「扉が少しだけ空いている? やっぱりそうか」
「ーー静香!」
中へ入ると、静香が椅子に縛り付けられている。
「おー、おー、お前さんが木場凪人っちゅう男であってんのか? ガキかいな」
暗闇から、ゆっくりと、一人の男が姿を現した。
痩せた体に、蛇のような目。
その手には、短いナイフが握られている。
「誰なんだよ、お前。目的はなんだ?」
いつでも動けるように重心を落とす。
「はは。ガキがそんなこと聞くな。黙って聞いとけ」
グシャッ!
「やめろ!」
男のナイフが静香の右腕を突きさす。
「はいはい、分かってるんやな。お前さん、自分の立場」
めちゃくちゃだよこいつ。質問に答えないくせに俺の立場が何かだって?
「このナイフは波導を吸収する。刺したところは人間には耐えれない痛みかもな」
「もう一度聞くぞ、なにが目的だよ」
「鬱陶しいな、分かってるだろ? 波導の女王を俺に渡せ。それがこっちのリーダーの要求なんよ」
「……!」
女王を狙ってるのか?
「もちろん分かってるよな? お前に選択権は無い。女王かこの女かのどちらか」
「さあ、さっさと選べ。どっちの命が大切なんだ?」
「静香は、静香は関係ないだろ!」
「そんな、漫画の主人公みたいなセリフ吐いて。関係あるに決まってるやろ。お前が今日一緒に帰ってたんやから」
「はよ選んで。……どっちを選ぶのが正しいのか」
どっちって、そんなの決まってるじゃないか。
静香。
彼女は光だ。純粋でまっすぐで、俺の人生の道しるべのような存在。じいちゃんがいなくなった俺に小学校の時から隣で一緒に歩いてくれた。
静香を殺すことなんてありえない。
彼女を護るためになら何でもできる。
正解は決まっているよ。
女王。
あいつは暗黒だ。
忌むべき存在。
俺の身体を乗っ取り佳紬由さんを傷つけて、みんなを殺そうとした。俺を苦しみ続ける呪い。
静香も喰おうとしたんだ。
助ける義理なんて一つもない。
分かってる。
どちらを選ぶのが正しいかなんて。どちらを捨てるのが美しいことなんて。
分かってるんだ。
それでも、どうして今俺はここに立っていられる?
宮島で俺は死ぬはずだった。
あの時俺を生かしたのは紛れもないこいつだ。
女王がいなければそもそもこんなことは起こらなかった。
いや、女王がいなければ俺は今も一人だった。すももちゃんも佳紬由さんにも会えなかった。会うことはできなかった。
「ああ、当然だよな。分かってるよ」
「静香は俺の好きな女だ」
「……」
俺はそれでも、
「そして、俺の影にいるこいつは」
影は何も言わずただ揺れているだけ。
「……こいつは俺の家族だ」
「はっはー! 面白い、導魔を家族か」
男が腹を抱えて笑っている。
「だから、俺が選ぶのは、ここでお前を倒す。俺は誰も手放なさない」
「それは、両方捨てる選択肢だというのが分からないのか? これだからクソガキは」
男のナイフが俺を狙うのではなく、静香の心臓に向かって突き立てた。
キィィィン!!
火花が散った。
俺の拳に纏わせた波導がナイフを弾いていた。
「遅せえよ」
「なんだと、お前のデータではそこまで」
ああ、そうか。あの宮島での顕現。あの時女王の戦闘が身体に刻み込まれた。その影響でここまでの成長速度が得られたのか?
「静香!」
「凪人くん……」
「静香絶対ここから動くなよ。絶対にだぞ。絶対護ってやる」
俺は静香を安全な場所に降ろして、そして男と向き合う。
「ええわ、素人風情が人間一人守りながら俺を倒してみろよ」
「俺はお前を許さない! 言われなくてもやってやるよ」




