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第26話 ただいま

 そうして、9月17日、月曜日。

 なんだか、今まで嫌だった朝がこんなにも明るく、晴れやかなものだということを今日初めて知ることができた。

 それに久しぶりに遅刻せずの登校。

 

 4か月間いろいろなことがあったな。

 宮家での地獄の修行。

 波導大会での死闘。

 仲間たちの血。

 宮島での爆発の匂い。

 自分の中に眠る、絶対的な異物。

 それでも、やっと帰ってこれたんだ。

 

 校門をくぐる。

 グラウンドでは朝練中の部活の掛け声。

 昇降口の独特の埃っぽい匂い。

 やっと、やっと、帰ってこれた。

 俺は本当にここにきていいんだ。この普通を嚙みしめられるんだ。

 そうして、一段一段と階段を踏みしめて昇る。

 

 そして、胸を張り教室のドアを開けた。

 

 「……おはよ」

 

 あれ、教室が静まり返ったぞ。俺のことなんてみんな忘れたんだ。俺だけか、あんなに舞い上がっていたのは。

 でも、みんなの視線はまるで幽霊でも見るかのように俺に集中した。一気に注目の的だ。

 

 「……え」

 

 「……木場じゃん」

 

 そんな静寂を二人が突き破った。

 

 「うおおおぉぉっ! 凪人やないか」

 

 「なんで! 生きてたんか!」

 

 クラスの端から二人の男子生徒が椅子を蹴り倒す勢いで駆け寄ってきた。 

 

 「凪人! なんやなんも連絡なしで、今まで何してたん?」

 

 「学校辞めたかと思ったよ」

 

 こいつらは、トウジとシンゴ。

 俺の幼馴染だ。

 二人にバシバシと背中をたたかれる。

 

 「……ああ、久しぶりだな」

 

 そうだ、佳紬由さんたちと考えたウソを言わないと・

 

 「俺は……、ちょっと、その演劇? 舞台にスカウトされてさ、大阪だけど、ちょっと山の方で合宿していた」

 

 「演劇? なんで連絡してくれんのや?」


 「ごめんごめん」

 

 「確かに体格もでかくなったな」

 

 「顔つきも、なんか大人びたっていうかスレたっていうか……」

 

 そうか、俺は4か月命を賭けたんだ。顔つきの一つや二つ変わるだろうな。

 

 「まあ、いろいろあったしな。だから、家の場所も変わったんだ」

 

 「そうなんや、今度連れて行ってよ」

 

 二人がゲラゲラと笑う。

 その笑い声を聞いて、俺の肩からスッと力が抜けた。

 ああ、これだ。

 俺が守りたかった、ただのバカみたいな、愛おしい日常。

 

 そうして俺は、教室を見渡す。

 一番会いたい人を探して。


 あ、いた。

 席替えをしているから前とは違う席に座っている。

 たちばな 静香しずか

 言うまでもない、彼女と出会うためにここまで強くなった。

 だが彼女はあえて目を合わせようとせず、ずっとほかの友達と話しているだけだった。

 

 そうして、他のクラスメイトも俺を囲んできた。

 だめだ、ここから進めない。


 「ねえ、木場くん、何の舞台?」

 

 「写真とかないの?」


 「てか、背、伸びた?」


 質問攻めだ。

 そんな質問に答える間もなく、教室中にチャイムが鳴り響いた。

 

 それから、一日はすごく大変だった。

 久しぶりの授業は、夏休みの宿題をやっていたおかげで何とかついていけていた。先生が宿題を俺のために配慮してくれていた。

 休み時間にも、クラスメイトに囲まれ、嘘の話を盛る羽目になる。それに静香とは一度も一言も一切話すことができなかった。

 

              ***


 放課後。

 終業のチャイムが鳴った。

 静香は誰よりも早く教室から出て行った。

 なんでだよ、静香。怒ってるのかもだけど、謝らせてくれよ。

 

 「おーい! 凪人。カラオケ行こうぜ!」

 

 「わりい、用事ある!」

  

 トウジの誘いを初めて断った。本当なら行きたいけど、それ以上に大切なものがある。

 俺は全力で廊下を駆け抜ける。

 波導でバレない程度で強化して走った。

 

 夕暮れの、あの懐かしい帰り道。

 オレンジ色に染まった住宅街の道を、

 小さな背中がゆっくり歩いていた。

 

 「ーー静香!」

 

 俺は静香の前に走った。

 

 「静香、なんで俺を置いていくんだよ」

 

 「俺は、静香に謝らないといけないのに」

 

 「……」

 

 彼女は不思議そうに俺を見つめていた。

 

 「本当にごめん。俺は静香のことを守ろうとしなかった。それにその責任から逃げようとした。いや、逃げた。ごめん、ごめん」

 

 それから、少し沈黙が続いた。 

 俺はずっと頭を下げたままだった。

 

 「ふふ……」

 

 「凪人くん、そんなこと考えて佳紬由さんのとこにいたの?」

 

 「ーーえ?」

 

 佳紬由さんって今言ったよな、え? なんで静香が知ってんだ?

 

 「なんで? なんで、佳紬由さんのことを? それに俺のこの4か月も? なんで?」

 

 「……あの後ね、私、病室で目覚めたとき何も覚えていなかったの。それは、凪人くんが私を庇ってくれたことも。唯一、あの銀髪の女性だけ覚えていた」

 

 「そしてね、そのとききれいな女の人がお見舞いに来たの。その人が佳紬由さんだったの」

 

 「佳紬由さんは、その時私に波導のことも導魔のことも教えてくれた。凪人くんの現状も」

 

 「佳紬由さんね、そのあともよく私に何度も話をしてくれたんだよ。凪人くんが今どんな状況とか」

 

 「凪人くんが血反吐を吐くぐらいの修行をしてるって。それが私のためにって」

  

 「だから、私はずーっと凪人くんが生きていることを知っていたの」

 

 「だから、謝るなら私のほう。私のために、戦ってくれて。私を護ってくれているのに私は何もできなかった。凪人くんのそばにいることができなかった」

 

 そんな。佳紬由さんは俺のことを教えていたのか。ずっと、静香を心配させないように。


 「ごめん、ごめん。ほんとうにごめん……」


 「俺本当は、そのあと誰のことも守れなかったんだ。静香だけじゃない、誰一人守ることのできない弱いままなんだよ」

 

 「私のほうこそごめん。そんなこと言わないで、もう十分凪人くんは私のヒーローだよ。だからそんなに泣かないで」

  

 気づいたら俺の瞳から多くの涙が流れていた。今までの罪を浄化してくれるように。

 

 「全部、話させてくれ。俺の口からも」

 

 「うん、聞かせて」

 

 そうして俺は話した。

 宮家での日々。

 波導の使いかた。

 武道大会のこと、宮島での戦闘。

 そして……

 

 「あの時の、銀髪の女。そいつは俺の影にいるんだ。あの時、俺は静香を助けてもらうために俺を犠牲にした。それで、目覚めたらこんな状況になったんだ」

 

 「……そっか」

 

 「凪人くんはそんな遠いところで戦っていたんだね。なんか、いつの間にか凪人くんに追い抜かれたみたいだなー」

 

 「なんだよそれ、大体なんで俺が後ろを走っている前提なんだよ」

 

 「そうでしょ?」

 

 「なーんて、凪人くん」

 

 「おかえり」

 

 「ああ、ただいま」

 

 この4か月を、祝福するように街並みがゆっくりと移り変わっていく。

 その日の帰り道はこれほどのない幸福だった。

 空気がおいしくて、夕焼けが優しく俺たちを照らしてくれる。

 この先の俺たちの背中をゆっくりと押してくれるように。

 

 ただいま。

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