第24話 それぞれの覚悟
凪人が眠りについたその頃。
京都、波導協会本部・総監部。
薄暗い大部屋で、老人たちが、円城寺晃を囲んでいた。
「そうか。とうとう女王が顕現したのか」
「では、木場凪人の処遇はどうするのか円城寺? 約束通りなら殺す手はずだが」
「だから、会長には言いましたけど学校に戻しますって。彼にも佳紬由がそう伝えました」
「佳紬由が今日まで見張っていた。そして目覚めるまで一度も女王の片鱗見せなかった」
「じゃが、宮島で顕現し宮佳紬由と交戦した。そしてその宮佳紬由ですら手に余る力。それを世に放つのか? 学校の生徒が全員死ぬかもしれんのじゃぞ」
「これは僕の希望的観測ですが、おそらく女王にそこまでの力は無いですね。できないのかやらないのかはわかりませんが。今のところ、彼女に凪人くんの身体から離れて人類を殺そうとは考えていない」
「それはなぜだ?」
「彼女が本気だった場合、島にいた導魔を殺すよりも真達を食べることを優先するはずです。それをしない理由があるんでしょう。他にも、凪人くんが死ぬことを防ぐために顕現した。彼女にとって凪人くんが死ぬことは都合の悪いことなんでしょう。そうなれば、主従関係の立場関係も怪しいですね」
「学校には数百の人間がいるんじゃぞ? もし、前回女王はあえて人間を喰わなかったのだとしたら?」
「そこまで言うなら聞きます。そんな彼をどこに縛るんですか? ここの地下に封印でもします? それ意味ありますか? 学校にいるのもここにいるのもあまり意味が変わらない。万が一で地下で顕現した時のほうが最悪でしょ。凪人くんは殺されて女王は完全顕現。全盛期の力を取り戻した最凶の導魔が放たれて、波導士も壊滅。僕たちが見張りをするわけにもいかない」
「それにこういっちゃなんですけど、協会の波導士が全滅することと学校の生徒が喰われること、天秤にかけて日本にとっての損失はどっちですか? まあそんなことは絶対に起こさせませんが」
晃が、ニッコリと、しかし全く笑っていない笑顔を向ける。
圧倒的な『武力』と、円城寺家当主としての『権力』。その両方で首根っこを掴まれては、総監部の老人たちも沈黙するしかなかった。
「晃よ一つ聞いてもよいか?」
協会長、波動玄瑞が優しい顔つきで円城寺に聞く。
「佳紬由が、今回木場を殺すことができなかったのは情ではないのか?」
その問いに、晃の目がスッと細められた。
「どうでしょうね。情はあったと思いますよ。でもそれで、あの結果ではないと思いますよ」
「そうかそうだな。この質問は悪かった」
「そうだ、玄瑞さん。今度、凪人くんと話してあげてよ。凪人くんに、今必要なのは大人だ。これは僕達にはできない。玄瑞さんみたいな、おじいちゃんじゃないとできないよ」
「分かった。柳沢みたいにはできんぞ」
「はは! そこまでは期待してないっすよ」
「……ああ、それと。覚えておいてください。今回みたいに凪人くんを殺そうとするなら、僕たちはあんた達の敵になりますからね。念のため、殺そうとっていうのは任務のことですよ」
そう言い放ち、円城寺は扉を開けて会議室を後にした。
重厚な扉が閉まると、会議室の張り詰めた空気が遮断された。
無機質な廊下を歩きながら、晃は大きく息を吐き出し、ネクタイを少しだけ緩める。
「……ったく。どいつもこいつも」
口では強気なことを言ったが、実際、協会の上層部を敵に回すのは骨が折れる。
それでも、生徒一人守れなくて何が教師か。何が『最強』か。
晃はズボンのポケットからスマートフォンを取り出し、画面をタップした。
宛先は、宮 佳紬由。
『なんとか終わったよー! 凪人くんは明日以降いつでも正式に学校に戻っていいよ』
送信ボタンを押すと、数秒も経たないうちに既読がつき、短い返信が届いた。
『了解。恩に着るわ』
その文面を見て、晃はふっと口角を上げた。
あの負けず嫌いの佳紬由が、素直に「恩に着る」などと言うのは珍しい。それだけ、凪人という少年の存在が彼女の中で大きくなっている証拠だ。
「情があって、殺せなかった……ね」
「もしかしたら、本当にそうだったのかもな」
円城寺と宮佳紬由。それぞれの大人が凪人のために戦い奮闘した。
ーーそして、数日後
季節はすっかり秋めき、波導学校にも涼しい風が吹き始めていた。
死の淵から生還した一人の少年が、再びこの日常の門をくぐる。




