第23話 帰還
誰かのために命を賭ける。
そんなことをするなんてあの頃の俺は思わなかっただろうな。
誰かを助けるために戦うとか、他人のために死ぬことを美とする世の中とかそういう生き方を俺は昔は否定していた。
それでも、俺はあの宮島でみんなのために戦って、そして誰も救うことがむしろ全員を傷つけて、人を殺してしまった。
もう学校には戻れないんだろうな。
そんな、戯けた考えをしていたら目覚めの時が来たようだ。
瞼が重い。
それでも無理やり瞼を開ける。明日を自分の目で見据えるために。
白い天井。消毒液の匂い。電子時計の光。また俺はここに運ばれたんだな。
えーっとスマホはどこにあるんだろう?
今日は何日なんだろう?
電子時計はギリギリ見える。
うーんっと今日は……9月の13日
13日!?
もう学校はとっくに始まっているじゃないか。
また俺は、間に合わなかったのか。自分との約束も……
まあでも、俺に学校に戻る権利なんてないもんな。
誰も守れず、記憶もなくここに戻っているんだからな。
それにいつも以上に身体が重いや。なんだろう、神経が千切れたみたいな。指先に温かさを感じるけど、全く手を動かせない。
ガララ……
誰か入ってきた。駄目だ、いい感じの角度でドアのほうが見えないや。
佳紬由さんかな? すももかな?
「ーー凪人くん!」
「佳紬由さん……?」
佳紬由さんは、どうしたのか凄く焦ってベッド横まで来た。
「どうしたのですか、そんなに慌てて」
「なんでって、当たり前じゃない! 凪人くん、今朝まであなたずっと死の淵をさまよっていたのよ」
佳紬由さんが少し怒気を感じる声で叫んできた。
ずっと? 本当に? みんなは大丈夫だったのか? なんで何があったんだ。明美さんが死んで……明美さんが死んだ……そうだ明美さんは死んでしまったんだ。
「凪人くん、何度も生体機能が停止しかけて……! そのたびに私たちはもう」
佳紬由さん……? なんでそこまで俺を気にかけてくれるんだよ? なんで俺はこんな傷だらけの身体になったんだ?
「凪人くん、どこまで覚えている?」
「分かりません。明美さんっていう女性が爆発してから記憶がないです。なんでここで俺が生きているのか? みんながどうなったのかも……」
「みんなは無事よ。すももも回復して家にいるわ」
「そしてあなたはあの時、私が島に到着した時にはもうあなたがいなかった。あなたの身体にいたのは、女王だったの」
「女王? どういうことですか? 女王が顕現したのですか?」
「まあ、そういうことだね。今のあなたはその顕現の影響で死にかけになっていたの。まだ人間の身体に大量の波導が流れ込んだ。それも純粋な導魔の。それが人間の波導が拒否反応を起こした。まあ、その反応のおかげで私は助かったといっても過言ではないわね」
「じゃあなんでみんなは? 女王が生かしたのか?」
「それは私には分からないわ。本人に聞いてみて」
そうか、それでもみんな無事だったんだ。よかった、明美さんと美奈子さん以外で死んだ人はいないんだ。
もう一つ聞きたいことがある。それでも俺は今この状況でこれを聞いてしまって答えを知るのが怖い。
「佳紬由さん」
「俺って、もう学校……行けないですよね?」
佳紬由さんは、その言葉に一瞬きょとんとした顔をし、ふっと悪戯っぽく笑った。
「……そのことだけど」
「大丈夫だよ! 退院したら学校に通って大丈夫だよ」
「え……?」
正直自分から聞いてみたものの、俺の思っていた答えとはほど遠いものだった。
「自分から聞いててなんですけど、女王が顕現したんですよね? それだったら最初の約束と違うんじゃ……」
「ええ。そうね。さすがの私たちでも女王の顕現は隠蔽できなかった。でも、女王さんは誰も殺さなかった。それどころかあなたたちの命の危険であった導魔を倒したんでしょ?」
「女王があの島を救った。そうやって上には報告したから。それで、納得させた。あそこで顕現しなかった場合、島だけでなく、四国と中国地方も破壊された可能性があるってね」
そうなんだ。そんなことが。佳紬由さんは多分、俺のためにいっぱい動いてくれたんだ。想像もできないぐらいに。
「……佳紬由さん。俺……」
涙がこぼれそうになって、必死に天井を睨みつけた。
「本当にありがとうございます……。俺本当に今回も何もできなかった。それなのに、俺は佳紬由さんに助けてもらってばかりで」
「何もできなかったなんて、10年早いわよ。あなたはまだ、子どもなの。子どものあなたにできなかったことなんてない。あなたがあそこで戦って生きたことそれに意味があるの」
「でも、俺のせいで。俺がいたから」
「そう、ウジウジしないの。凪人くんの良くないところね。」
「凪人くんはまだまだ強くなるのよ。自分の力を知った今でこそ、また新しい自分を知れた。大人になるっていうのはそういうこと。いろんな自分を知って、それをどう扱うか」
「今日はまだゆっくり眠りなさい。身体もボロボロなんだから」
病室のドアノブに手をかけた佳紬由さんが、振り返って凄絶な笑みを浮かべた。
「じゃあね。おやすみ、凪人くん」
ガララ、と扉が閉まり、病室に再び静寂が戻った。
動かない指先を、ほんの少しだけ曲げてみる。
俺の中に、間違いなく化物がいる。
でも、俺は一人じゃない。佳紬由さんがいて、仲間がいる。
そして、日常が待っている。
明美さん。
あなたの命を貰って生き延びた俺は……これから、どう生きていけばいいですか。
俺は、答えの出ない問いを胸に抱いたまま、再び深い眠りへと落ちていった。




