第22話 心現
「ーー心現」
佳紬由がそう詠唱すると同時に背中から、波導の化身が現れた。
現れたのは、純白の着物をまとった女の幻影。背中に4本の刀が交差しており、袖先から脇下までにかけて重々しく白銀の鎖が垂れ下がっている。
綿帽子で顔を隠している、美しく冷たい処刑の女神。
「これが私の心現、白麗宮女・サクヤ」
佳紬由が刀の先を女王へ向ける。
そして、女神もまた女王を見下ろした。
「久方ぶりじゃな。前の化身はうぬとは違う形じゃったな」
「そうでしょうね、心現とは心象風景の具象化。人によって、魂の形も違うからね。心現の見た目も名前もなにもかも変わるんだよ」
「そうじゃろうな、それがわしら導魔にできない理由。わしら導魔に魂や心などという概念はないからのう」
「カマイタチ」
佳紬由が刀を薙ぐのと同時、それに呼応し背後の化身が動く。
放たれたのは、不可視の斬撃ではなかった。
白銀の断層。幻影のはずの女神の刃に質量が乗る。
ズギャアアアンッ!!!
轟音。
山頂の森が、水平にズレた。
数百本の木々と、空間そのものが切断され、崩落していく。
そして、その直線状にいる女王の身体も空間ごと真っ二つに分かれる。
今のカマイタチは不可視の斬撃ではない、佳紬由の視認できる範囲全てを切断する刃へと化している。
「あらら、本気でやりすぎたかな?」
佳紬由が肩をすくめる。
だが、上半身から下半身が再生する。そして、下半身が生え変わり、切り離された古い肉体が蒸発していった。
女王は、再生したばかりの足で大地を踏みしめ、狂喜の声を上げた。
「ふふふ、いいぞいいぞいいぞ!」
「人間よ! 名はなんという?」
「名前? 凪人くんの中で聞いてない?」
「人間の名前などわしが覚えるか」
「そっか、女王だもんね。私の名前は宮 佳紬由。よろしくね、レイナさん」
「そうか、宮 佳紬由か。一つ教えてやろう、レイナという名はもう、捨てた」
女王の目がかっ開く。
「ふふ……怖いねぇ。じゃあ女王でいいかな? まだまだ行くよ」
ドカァアン!
佳紬由の顔面に女王の拳が突き刺さる。
「はっやーい! でもでも、全然効かないよ!」
佳紬由のカウンターパンチが女王の腹を貫通する。
「グハッ……!」
心現の影響により、波導の量も質も大きくなる。
同じ量で、波導を纏ったとしても通常以上の威力を出すことができる。
女王は計算を見誤った。
「そうじゃった、そうじゃた。昔も同じような失敗をしたな」
そういいながら、また傷口が簡単にふさがっていく。
「唸れ、雷よ」
女王の身体の周りから、佳紬由に向けて無数の雷が放たれる。
バリバリバリバリッ!!!
女王は炎のほかにも雷の力も使用することができる。
そして、佳紬由は向かい来る雷光を女神の腕の中で防ぎながら、冷や汗を流した。
(へえ、これが女王の術式……。森羅万象の力を利用することができる。でも、まだ力を完全に取り戻していないのにここまで能力が戻ってるんだ)
佳紬由の脳裏に、あどけない弟子の笑顔が浮かんだ。
初めて出会ったのは実はあの日の医務室ではなかった。もっと昔、凪人がずっと小さいころだった。
それから、凪人が弟子になって同じ家で住んだ。凪人の保護者となって過ごしたこの4か月。
(これは凪人くんはもしかしたら帰ってこないかもしれない……。それほどまで、女王が刻まれている)
(ごめんね凪人くん、私はあなたの母親になれなかったかもしれない。だからこそ、あなたを殺さないといけない。そう約束したから)
佳紬由のギアがもう一段上がる。
刹那。音もなく、佳紬由は女王の後ろに回り込んだ。
刀身が女王の胸を貫く。
「スサノオ」
刀に纏った雷は、心現により雷を刀から拡散することができる。
それによって、女王の身体が雷の形に亀裂する。
さらに、佳紬由は女王の頭を掴み、胴体から引きはがす。
首のうえから、大量の血しぶきが出た。
「女王といえども、今は凪人くんの身体。ここは弱いでしょ」
上から心臓に刀を突きさした。
首がもげ、心臓も破壊された。
だが、後ろの首から胴体が生えてきた。
(へぇ、再生の場所を指定できるんだ)
「かっか! わしの予想を超える強さじゃぞ。すまんな、舐めておった」
(これでも、死なないか。じゃあどうやって殺せばいいの? 心臓を破壊し続けても、再生の場所を変更できる。普通なら心臓を起点にして再生するはずなのに)
佳紬由が思考を巡らせる一瞬の隙。
女王がニヤリと笑った。
「では、終わらせてやるぞ。この島ごとうぬの命を刈り取ってやろう」
女王が、空を蹴り空中で波導を右手のひらに波導の弾を作った。
その弾が大きくなっていく。
「まずい、このままじゃ被害が大きすぎる。サクヤ、無理するよ」
「ヤマト」
心現の力を媒介に島全体に絶対防御の術式、ヤマトを放つ。
だが、術式対象を他人にすることはリスクが高すぎる。本来、十景は、刀に纏う術式。イザナミ、イザナギ、ツクヨミのような相手を対象とした術式は波導の消費が倍以上となっている。
さらに、ヤマトの本来の運用方法は刀に纏い防御をするもの。それを島全体にする。
だがそれを可能にするのは、後ろの女神だ。
ブチブチブチッ!
佳紬由の脳内で、何かが切れる音がした。
鼻から、目から、鮮血が滴り落ちる。
(脳を再生しろ。波導を集中するんだ)
視界が赤く染まる。それでも佳紬由は結界を維持し続ける
だがその時、、女王の様子が変わっていく。波導の弾がしぼんでいき、空から落ちた。
「なんじゃ? もう限界なのか? わしの従僕は?」
***
ここは、凪人の精神世界。
冷たい水の上を、少年と銀髪の美女が立っている。
「返せ。俺の身体だ」
「なんじゃと、わしの力を頼りにしたのはうぬじゃろ? あんな獣一匹に手こずっていたくせにのう」
「それは、感謝している。だけど、佳紬由さんを傷つけるな。俺の恩人なんだぞ」
「なら、自らの手でわしを倒して、取り返してみよ。我が従僕よ」
「望むところだ」
***
(何? なんで、落ちてきたの?)
佳紬由は目の前の光景に困惑している。
女王が心臓を抑え苦悶している。
「……返せ……」
一瞬髪の毛が黒色に戻りかけた。
(意識が戻りかけている? 凪人くん……)
佳紬由はその隙を見逃さない。
意識が戻りかけているのならば、今しかチャンスは無い。
サッ!
一瞬のうちに凪人の後ろまで移動した。
佳紬由の刀が凪人の首を狙う。
だが寸前、佳紬由の手が止まった。
今の佳紬由に凪人を殺す判断は出来なかった。今目の前にいる少年はもう、千年生きた女王ではない、ただの15歳のかわいい弟子だ。
佳紬由は、刀を反転させた。
刃ではなく、柄頭を握りしめる。
ドゴォッ!!
強烈な衝撃が、凪人の後頭部を打ち抜いた。
「……うっ!」
「宮佳紬由! わしはうぬを忘れんぞ」
凪人の身体から力が抜けそのまま佳紬由の腕の中に崩れ落ちた。
静寂。おびただしい量の波導も島中から引いていった。
「ありがとうね、サクヤ」
そういうと佳紬由の心現も引いていった。
佳紬由は、意識を失った凪人を抱きかかえ、港でほかの3人を救護していた穂波に凪人を託す。
そうして一行は船を出し、この長い紅き島での物語は幕を閉じた。
多くの犠牲と深く大きな傷を残して。




