第17話 裏切り
いきなり現れた熊。
凪人たちの思考が一瞬停止する。
「ーー伏せて!! みんな!」
真が激しく叫んだ。
ガァッ!
さっきまでかわいかった小熊の爪が凪人達に襲い掛かった。
凪人とすももが女子大生二人を庇うために前へでた。
ズズズ……!
だが、熊はその場で拘束されたように動けなかった
杞憂の影がロープのように伸び、熊の身体を縛っていた。
「凪人くんら、危なかったで。まだ序盤や、あんま傷つかんといてや」
「すももちゃん! 凪人くん!」
真が苦しみ頭を片目を抱えながら叫ぶ。
「ここは僕たちに任せて、なんとか二人を連れて逃げて。服部さんと連絡取れるように島の外に出て」
「……!」
「早く! 行けよ、死にたいのか?」」
真の姿が、あの冷酷な兄のようになっていく
「凪人くん! ここは二人でに任せて行こう。相手の導魔の強さが分からないから、佐々波さんを呼んだ方がいい」
「分かった。行こう」
「二人ともこっちです! 走ります」
怯えている明美と美奈子を抱え、旅館の壁を破りながら裏山へと続く道を駆け出した。
***
旅館に残ったのは二人。
そして、影の縄で拘束された、一匹。
「真、こいつどないするか?」
「んなもん、殺すだけだろ」
真の人格は完全に兄へと変わった。
右手に波導を溜めて熊の頭を破壊する。
だが、熊は波導を体内にため込んでいく。
「おっと、自爆はさせへんで」
杞憂が自身の影を広げる。
熊の足元が影に沈み込み波導の練り上げを阻害する。
真が一点に波導を集束させ、熊の頭を貫く。
小熊は、痙攣するように、その場に崩れ落ち、
力を失った「影」が、杞憂の足元に戻っていく。
真は、手についた体液を、忌まわしそうに振り払った。
「ほんま、さすがやな真よ」
杞憂が、真の肩をたたく。
「触るんじゃねえよ」
「やけど、おかしいな、あの導魔が島全体でここまで暴れられると思えへんな」
「ああ、そうだな。敵はまだいる、そしてもう一つ、あの導魔は女子大生二人を避けて攻撃した」
「え? そうか?」
「ああ、ちょうど爪の位置が明らかに上だった。それに、神社に隠れていたのも引っかかるな」
「んじゃあ、まさか」
「ああ、本体は別にいる。それはもしかしたら、木場が狙いか?」
「んじゃあ、急がないかへんな」
「――っ!」
真が、何かに気づき、叫んだ。
「杞憂、下がれ!」
ゴゴゴゴゴゴ……
真が貫いたはずの、小熊の「死骸」。
その傷口から、内臓があふれだすように肉が盛り上がり、原型を失い、ありえない速度で、「膨張」を始めた。
バキ! メキメキッ!
旅館の天井を突き破り、肉が裂け、骨が歪み、小熊だった「モノ」は、一瞬にして、体長4メートルを、優に超える、巨大な熊の形をした導魔に変異した。
「なんやこの大きさ。インチキやろ!」
「グルルルルァァアア!!」
巨大な熊は小熊だった時の傷など意にも介さず、赤く爛れた目で、二人を見下ろす。
((ーー速すぎる!!))
二人が反応するより、コンマ数秒、巨熊の右腕が二人を旅館ごと吹き飛ばそうとした。
「影の回廊」
杞憂は、影で大きな部屋を作った。
ズガアアアアァァン!!!
旅館の壁が衝撃波で吹き飛んだ。
杞憂の回廊も吹き飛ばされ、二人は、石畳に打ち付けられる。
「ガハッ……!」
杞憂が血反吐を吐き、真も壁にめり込みながら呻いた。
***
その頃。
凪人とすももは二人を連れ、山の中腹あたりへと駆け上がっていた。
「はぁっ……はぁっ……! もう、無理……!」
さすがに山を二人を抱えながら走るのは限界だったため、一緒に走っていたが、女子大生二人も限界で座り込んでしまった。
(もう限界か……)
その時、
ドオオオォォン!!!
山の下の先ほどの旅館の方角から、地響きととてつもない波導の爆発を凪人とすももは感じた
「「……!」」
すももは、振り返り、戦慄する。
(さっきの波導、なにこの量。真くんと杞憂くんが危ない……)
「すももちゃん!」
「凪人くん、二人を頼んでいい? ゆっくりでいいから、港まで急いで。私は旅館に戻る」
「何言ってんだよ、真と杞憂が戦闘不能だった場合、すももちゃん一人だぞ」
「分かってるよ、それでも私は、宮家の波導士だよ! 友達を見捨てることもできないし」
(私には、最悪アマテラスがある。凪人くんたちを逃がすことはできる)
「でも、それですももちゃんが死んでしまったら……」
「大丈夫だよ、私にはこの刀があるんだから。絶対大丈夫」
「凪人くん、服部さんに早く連絡をお願いね」
そうしてすももは、旅館のほうへ引き返した。
「……死ぬなよ、すももちゃん」
凪人は女子大生二人に向き直る。
「行きましょう、ゆっくりでいいですから」
明美と美奈子を半ば強引に立たせ、さらに山頂へと足を進める。
***
数分後。
山の開けた場所、古い祠が並ぶ、安全そうな場所にたどり着いた。
「はぁっ……はぁっ……」
美奈子は、座り込み、泣きじゃくる。
「もう、嫌だよ。帰りたい……」
「……大丈夫です。港にさえつけば」
だが、凪人は焦っていた。
(……遅い)
すももが向かってから10分が近くなった。
さらに、さっき一度大きな戦闘音がした後から、音がやんだ。
(行くべきか……?)
(駄目だ、それじゃあ、意味がない。二人を港まで送って連絡手段を見つけないと。俺がこの二人を置いったら、すももちゃんの覚悟を無駄にするだけだ)
凪人は葛藤しながら、祠の入り口に立っていて、すももたちがいるはずの旅館の方向を見下ろした。
その背中は、祠の二人に対し手完全に無防備だ。
「……凪人くん?」
不意に明美が凪人に声をかけた。
「はい?」
「あとどれくらいで着きそうですか? 私たちも3日ほどちゃんと寝られていないから体力が」
「そうですね、もう半分はいっ……」
凪人が明美の方へ振り向こうとした瞬間。
ゴッ!!
鈍い、硬い音。
凪人の後頭部に、焼けるような激痛が走った。
(ーーは?)
凪人は何が起きたか理解できなかった。
視界が白く染まり、膝から、力が抜けていく。
そして、地面に崩れ落ちる寸前、凪人の霞みゆく目に映ったのは、血の付いた石を持った、明美の冷たい冷たい目だった。
(……なんで?)
疑問は言葉にならず、凪人の意識は闇へと落ちていった。




