第16話 招かれざるもの
夕暮れに沈みかけた宮島は、不気味なほどに暗く静かだった。
海からの風が、閉ざされた商店街のシャッターをカタカタと鳴らせている。
「本当に誰もいないね」
すももが警戒しながらつぶやく。
「んーまあでも、人の血痕も死臭一つもないけんな。めっちゃ強い導魔か、めっちゃ弱い導魔のどっちかやな」
杞憂がひょうひょうと答える
「ねえ、すももちゃん導魔ってさどんなやつなの? 全員、こいつみたいな感じなの?」
凪人は影に指をさしながら尋ねる。
「「「……え?」」」
凪人以外の3人が驚愕する。
「なんでそんなこと知らへんのや?」
「アハハ……佳紬由さん結構適当だからさ……」
すももが笑う。
「導魔っていうのはね、みんな女王みたいな感じじゃないよ。自我を持って、人と会話できるほどの高度な知能を持つ導魔は珍しい。言ったら、災害みたいなもの。波導士人生でも会えるかどうかのレベルだよ」
「へえ……」
「大体の導魔はね、強い人間の感情とか怨念とか未練とかが、波導となって実体化したものだよ。導魔は波導で体を構成しているから、その維持のために……唯一の波導供給源である人間を襲って食べるの」
「なるほどな……」
凪人の脳裏にあの日の銀髪の美女が浮かぶ。
静香を喰おうとしていたあの女を。
凪人は、真に言った言葉を思い出す。
『導魔に殺されたから、導魔を恨むのかよ? 導魔だってただ、生きるために人間を喰ってるだけだ。じゃあお前は、ほかの動物を食べて生きてないのか? 生き物の命を奪ったことはないのか? いや、なんなら人間だって導魔を殺しまくってるだろ。導魔だけが悪なわけないだろ』
(おれはなんであんなことを言ってしまったんだろう。どうして、女王を庇う様なことを言ったんだよ。女王は静香を喰おうとしたのに。俺をこんな姿にまでして生かしたのに)
(違う、俺は女王に対していったんじゃない、自分の行動がバカにされたと思ったから言ったんだ。)
(正論で武装して痛いところを隠すように。いいように解釈するんじゃねえよ、クソが)
凪人は強く拳を握りしめ、自己嫌悪を噛み殺した。
「あ、あっちが厳島神社だよ。人もいなさそうだし行ってみよう」
「神社にいるかな? あまりいそうじゃないけど」
「神社は、波導にとっても重要な場所なんだ。人の祈念が集まるから波導の聖地になりやすい。とくにああいう観光名所的な神社はね。その祈念がキャパオーバーした場合は、悪い方に働く可能性もあるから一応見に行こうってことだよ」
すももが説明する。
そして一行は神社へと足を進める。
砂利を踏む音だけが響く中、凪人は隣を歩く少年に声をかけた。
「なあ、真」
「ん? どうしたの? 凪人くん」
「あれ? 真って俺のこと名前で呼んでたっけ?」
「え? それは凪人くんもじゃない? 戦った後に名字呼びもあれだしね」
「それもそうだな、俺も無意識に名前で呼んでたよ」
「で、用件はそれだけ?」
「いや、違う。あの試合で言ったこと謝りたくて」
「なんのこと? 僕、凪人くんの言ったことで何も怒ってないし、悲しんでもないよ。こっちのほうこそごめんね。僕も凪人くんのこと、蔑むようなことを言って」
「真はだって、お前が言ったけど、お前じゃないんだろ?それに俺も、女王をかばったように言ったけど、本当は俺自身を護るためだけに言ったんだ」
「いいや、僕が言ったんだよ。僕の身体だもの、僕にも責任がある。凪人くんを傷つけたのは僕さ。謝らせてよ。それに、自分を護る言葉を言えるのは強いからだよ」
「そうか、真。お前はいいやつだな」
「じゃあ、これはお互いさまでいいよね?凪人くんが言ったのは僕の兄さんだしさ。どちらもお互いを謝り合おう。そして、許し合おうね。そういう仲直りの仕方もあっていいとおもうんだ」
「そうだな、お前は優しいんだな。兄貴にもよろしく言っといてくれよ。後、次は俺が勝つ」
「分かった。僕も負けないよ」
***
「うっし、ここが拝殿やな」
「そうね、特に何もないね」
その時、凪人の耳が、微かな「音」を拾った。
いや、音じゃない本当に微弱な波導だ。
「なあ、あっち。少しだけだけど波導の揺れを感じないか?」
「え? 何も感じへんけど」
「いや、感じるよ。行ってみよう」
凪人が先頭を切って、能楽屋のほうへ走った。
そして楽屋を開くと……
「キャッ……!」
そこには二人の女性が肩を寄せ合いながら震えていた。
おそらく大学生ぐらいだろうか。
「ほんまにおるやん、よう凪人くん分かったな」
「大丈夫ですか?」
すももが駆け寄ろうとすると、
「ひっ……! 来ないで!」
「食べないで……!!」
二人は完全に錯乱していた。
「落ち着いてください! 私たちは人間です」
すももがゆっくりと優しい声で話しかける。
すこしだけ、女性たちの恐怖は和らいだのだろう。
「人間だ……」
「はい、私たちは生き残りの調査に来ました」
「何者……?」
「今はとにかく安全な場所へ……」
すももはスマホで服部さんに電話をかけようとした。
だが、すぐに表情が曇る。
「なんで? 圏外になっている? 結界に電波を遮断する効果は付与していないはずなのに」
「観光地やしな、電波が無くなることなんてないだろう」
「導魔が電波塔壊したんじゃ?」
凪人が疑問を持つ。
「そりゃないやろ、よっぽどのことがない限り導魔は建物を攻撃せんね」
「そうなんだ、じゃあなんで?」
「まあ、今は一旦、さっきの旅館に連れて行こう。安全な場所に二人を」
そうして、一行は最初の集合場所の旅館に身を隠した。
外は完全に日が落ちて、暗闇が続く。
建物内の電気はまだ通っていた。
「やっぱ、繋がらへんな。船もないし、どう逃げようか」
疲弊しきった女子大生二人にすももが水と食料を渡す。
「……飛澤明美です。そしてこっちが佐藤美奈子」
やっぱり二人は大学生だった。夏休みの旅行でここを訪れたらしい。大学生の夏休みはすっごく長いらしい。
「何があったんですか? 詳しく教えてください」
「……一昨日あたりです」
「……夜、お土産屋さんでお土産を買っていたら突然に悲鳴が」
「そして、商店街の中央に黒い化け物が。人を大量の人を食べてて……!」
「食べた?」
その言葉に凪人の心臓が冷たく握りつぶされる。
「そして、私は無我夢中で、神社に隠れたの」
「それは幸運やな。神社のおかげでその化け物がこんかったんやな。でも一つ気になることがあるな」
杞憂の目が鋭く光る。
「人を食べた。商店街に血痕一つなかっただろ。全員を丸のみなんてできるか?」
杞憂が核心を突く。
「それは……私たちにもわかりません。見た目も真っ黒で夜だったし」
「まあでも、確かに商店街には不自然な損傷がたくさんあったな。地面がえぐれてたり、何かが爆発したみたいな。」
「でもそれでも、導魔の仕業でどうやって町中の人間は消えるんだ?巨大な導魔だった場合、俺たちはおろか、視察に来ていた波導士の人らがみのがすわけないやろう」
話が佳境に入ったその時だった。
カラカラカラ……
部屋のふすまが開かれた。
凪人は焦る。
4人、見習いとは言えこれほどの人数がいて、誰も侵入者に気づけなかった。
だが、その目に映ったのはおぞましい化け物ではない。かわいらしいくりくりした瞳。黒く丸い耳。
それは、宮島には生息していないはずの小熊だった。




