第15話 雨上がり
バッッ!!
突然目を覚ますと、そこはもう見慣れた協会本部の白い天井だった。
(また、ここか……)
戦闘開始と同時に豹変した真の性格。
自分の、最後の一撃。
二つの攻撃がぶつかり合った後の爆音。
真の倒れた姿。
戦いの記憶がフラッシュバックされる。
(試合は、どうなったんだ?)
凪人は上体を起こした。体の痛みはそこまではなかった。どちらかといえば包帯が巻かれている方で動きにくかった。
(真も俺も最後倒れていた。勝ったのか? 負けたのか?)
ガラッ
病室のドアが勢いよく開かれる。
「あ……」
そこで立っていたのはすももだった。
彼女は凪人が目を覚ましているのを見るや否やに凪人のほうへ駆け寄る。
「お…はよう、すももちゃん」
凪人がかすれ声で尋ねる。
すると、すももは凪人に容赦なく抱き着いた。
「いてて……」
さすがに勢いよく抱かれたら痛かった。
「凪人くん、良かった……! 良かったよぉー……」
すももは凪人の胸に顔を沈めたまま、泣いた。
「凪人くん、1週間ずっと寝てたんだよ。ぜんぜん起きなくて、穂波先生もずーーっと心配してて……」
「1週間も?」
ベッドの横の机にあるデジタル時計に視線を移す。
日付は「8/27」を示していた。
「そんなに経ったのかよ……」
「そうだ。真は大丈夫なのか? 試合は?」
「真くんなら、大丈夫だよ。千切れた右手もくっついたし、すぐに目を覚ましたよ。試合は、ひきわけだったよ。お互い立ちあがったけど、すぐ倒れちゃって両者戦闘不能で終わった」
「ーー右手が? 大丈夫だったの本当に?」
「うん、砕けたわけでもないからね。きれいに戻ったよ」
「そうか、最後のほうはもう記憶がないや。真に最低なこと言ってしまったのはおぼえているけど」
「真くんは、お兄ちゃんの人格が魂にあるらしい。だから、試合前と試合中で人が変わったように見えるらしいよ」
「そうなんだ。じゃあなおさら言っちゃいけなこと言っちゃったよな。俺も自分のことを否定されてつい」
「真くんは優しいからわかってくれていると思うよ」
「それでも俺は……」
(あれは、俺の本心だった。あいつを否定して、傷つけたのは、紛れもない俺の意志だ)
胸の奥に、棘が刺さったままだった
「……凪人くん」
病室の入り口に、いつの間にか佳紬由が立っていた。
彼女は、ゆっくりと凪人の元へ来た。
「凪人くん、ごめんなさい」
「え……佳紬由さん?」
「ごめんね凪人くん、こんなボロボロになるまで」
「なんで、謝るんですか? 本気でやった結果にすぎませんよ」
「それでも私は、あの戦いを止めることができた。だけどそれをしなかったの。凪人くんがどんどん強くなる姿を見たかった、止めたくなかったの。凪人くんに大きな可能性を感じたの。そのせいで一生後悔するところだった。凪人くんの保護者失格ね……」
凪人は何も言えない。どこにもやれない気持ちが延々と。
そうして、3日後何事もなく退院した。
凪人の学校は私立なのもあり、9/10から始まる。
「凪人くん、始業式の日から学校へ行ってもいいわ」
「いいんですか? やったー!!」
「でも、その前に凪人くんにはまだ二つの課題が残ってるわ」
「え? まだあるのですか?」
そうしてすももがリュックを持ってきた。
それは見覚えのあるリュックだった。毎朝学校へ持っていっていたリュックだった。
「もしかして……」
「そう、夏休みの宿題よ」
「えーーー全部ですかぁ……?」
「もちろんよ、でも始業式の日は無理だから9月中でいいらしいわよ」
「ほんとですか良かったぁ」
「そしてもう一つあるわ。明後日9/1に宮島での任務が入ったわ。すももと一緒に解決してきなさい。凪人くんの初任務よ」
「任務ですか……」
「大丈夫よ、まだ新人波導士には命に関わる任務は当てられないわ」
「そうですか! 頑張ってきます!」
「うん、それまではゆっくり休みなさい。後、凪人くん答えはわかるけど、もう宮家から出て、実家に戻ってもいいわよ。どうする?」
「僕は、佳紬由さんとかすももちゃんがいいまでこの家にいたいです」
「じゃあ、ずっといなさい。ここはもうあなたの家だもの」
「ありがとうございます」
そうして凪人は笑顔で自室へ戻った。
***
そうして、来る9月1日。
昼過ぎから新幹線とフェリーを乗り継ぎ、凪人とすももは、夏の終わりの宮島に降り立った。
夕暮れが近いこの宮島は不気味なほど静かだった。
「改めて任務の確認をします。ここ一週間で、住民や観光客が行方不明となっています。二人にはその原因調査をお願いいたします。もし、導魔の気配が少しでもする場合、すぐに連絡をするように。広島のほうで、私と佐々波波導士が待機しております。決して戦わないように」
そう説明するのは、波導士の補助士である服部さんだ。やつれた顔で頼りなさそうな男の人だが、佳紬由さん曰く一番信用できるらしい。
補助士というのは戦闘員ではないが、波導士のマネージャー的な役割を持ってくれている。
「絶対にですよ。本当に本当に万が一があってはいけませんから」
「分かってますって。この書かれた場所へ行けばいいんですよね?」
「本当に信頼していますよ。それでは、結界を張ります。通信機能は使えるので安心してください。頑張ってきてくださいね」
そうして、結界が降ろされる。
そうして、二人は指定された場所へ向かう。
「こっちで合ってるよね?」
「うん、合ってると思うよ。にしても本当に誰もいないな」
夕暮れが迫る宮島は、不気味なほど静かだった。
土産物屋のシャッターは全て閉ざされ、鹿たちもどこかへ消えている。
ただ、潮の満ちる音だけが、ザザァ……ザザァ……と響いていた。
そうしてしばらく歩いたのち、二人が指定された旅館の前までついた。
「なんか、誰もいない旅館ってマジで怖いな」
「そうだね、なにもいないのはわかっても雰囲気が」
そうして、旅館の暖簾をくぐるとそこには見慣れた人影が二つ。
「おー! やっと来たか。ほら! 真、来たで」
杞憂がおどけて手を振ってきた。相変わらずだ。
「凪人くん、すももちゃん、久しぶりだね」
そしてそこには、あの廊下で会った時と同じ、柔和な笑顔の真がいた。
あの戦闘中みたいな殺意はみじんも感じられない。
(すももちゃんの話は本当なのか……)
凪人は一瞬、あの冷徹な「兄」の幻影を重ねて息を呑んだが、すぐに警戒を解いた。
「なんで、お前たちが?」
凪人が困惑した表情を出す。
杞憂はニヤリと笑い、誰もいないロビーを見渡した。
「さあな、ここに集合しとけって言われたけど、宮家のお二人さんが来るとは思わなかったで。ほんま、これが俺らの最終試験っつーわけかいな?」




