第12話 決勝
「……ん」
消毒液の匂いが鼻を突く。
凪人が重いまぶたを持ち上げると、そこは見慣れた白い天井だった。
「あ、起きた?」
横から声がした。声の方を向くと、視線を少しそらしながらガーゼを腕に巻きなおしているすももがいた。
先ほど、戦った女の子とは別人だと思うほどに落ち着いていた。
「凪人くん、楽しかったね。おめでとう」
「……すももちゃん」
「負けちゃった! 凪人くん、強かったよ。あと何回やっても勝てないかも。でも、最後手加減なんてしちゃってさ」
「それは……ごめん」
「なーんて、気にしてないよ!」
そういいながらすももは凪人にバナナを手渡す。
凪人はバナナを頬張る。慌てて食べてのどに詰まらせる。
「ちょっと、凪人くん焦りすぎだよ」
二人は顔を見合わせて、小さく吹き出した。
命を削るような戦いをした直後だというのに、不思議と空気は穏やかだった。
「凪人くん」
すももが、真剣な眼差しで凪人を見た。
「ここまで来たなら、優勝目指すんだよ。私に勝ったんだから、負けたら承知しないよ」
「ああ。……任せとけ」
凪人は拳を握りしめた。
すももの想い、そして自分自身の証明。その全てを懸けて、最後の敵に挑む。
(藤原真か……)
すもも戦の前に廊下ですれ違ったときは、優しそうな顔。それでも、1回戦は観客席からも少し恐怖を感じる、冷徹さを感じた。
(どっちが本当のあいつなんだ?)
『――これより! 決勝戦を行います! 両選手、入場!!』
会場のアナウンスが、壁越しに響いてくる。
凪人はベッドから体を起こそうとした。
そうすると、佳紬由がやってきた。
「凪人くん、どう? 緊張してる?」
「いえ、でもどちらかといえば怖いかもしれないです」
「そういいことよ。その為の武道大会だもの。よし、右腕の傷も治ったのね。」
佳紬由が凪人の手を握る。
「はい、これ。私の波導分けてあげる。これで波導を回復しなさい。真くんは本当に強いよ。なんせ、円城寺の弟子なんだからね」
「はい、がんばります」
そして、凪人は重い体を起こし、光あふれる武舞台へ向かう。
***
暗い通路を抜けると、視界が一気に白く染まった。 鼓膜を揺らすような大歓声。今日は生憎の快晴だ。
凪人は、眩しさに目を細めながら、武舞台へと足を踏み入れた。
先ほど破壊した武舞台もきれいに修復されていた。凪人が意識を失って、2時間ほどで直っていた。
「やあ、木場くん! 待ってたよ!」
藤原 真。凪人と体格はたいして変わらず。きれいに整えられた前髪に軽く刈り上げているツーブロック。明るい天真爛漫な笑顔。そしてすごく人柄も非の打ち所がない性格。まるで、少年漫画の主人公のような。
「……悪いな、待たせて」
凪人は深く息を吸い込み、腹の底に波導を練り上げる。
「いい波導だね。木場くんとの戦い、楽しみにしてたよ」
「じゃあ、始めよっか!」
真の全身から、橙色の波導が漏れ出る。
『試合、開始!!』
ブザーが鳴った瞬間、世界が裏返った。
ドォォォォンッ!!
凪人の視界から、真が消えた。速いなんてものではない。
(後ろ!?)
凪人は本能だけで振り返り、黒い波導を纏った腕を振り抜く。
ガギィンッ!!!
重い衝撃が腕に走る。真の蹴りを、ギリギリでガードしていた。
だが、防いだはずの凪人の体が、ボールのように吹き飛ばされる。
「うおおおっ!?」
地面を削りながら踏みとどまる。
真は片手で前髪をかきあげ、こちらに顔を向ける。
「その程度なのかよ? 波導の女王とやらの導魔の力はよ?」
(なんだ……!?)
「答えろよ。導魔の力を借りてなんでそこに立っていられるんだ?」
「なんだ、お前は?」
凪人は、ヒリヒリする右腕をさすりながら、真を睨みつけた。
「俺の質問にも答えれないか。まあそうだよな、導魔と手を組むやつがまともなわけないよなぁ!」
真の膝が凪人のみぞおちをえぐる。息を吸おうとして、うまく肺が動かない。
「が、はっ……!?」
無様に地面を転がる。立てない。今まで感じたことのない痛み。波導での防御が貫通される。激痛に霞む視界で顔を上げると、そこにはもう「少年漫画の主人公」なんていなかった。
「俺がお前を殺してやるよ。導魔野郎」
(何があったかわからないけど、真は俺を殺しにきてる)
観客の歓声は、スーパールーキー藤原 真に集まる。
誰も知らない。その光の少年が今、どす黒い殺意の刃を向けていることを。
誰も気づかない。倒れ伏す凪人が、たった一人で絶望の淵にいることを。




