第10話 僕たちが僕たちであるために
『――続きまして、二回戦、第二試合!』
『木場 凪人 対 宮 すもも!』
アナウンスが、無情に響く。
同じ師を持つ二人。凪人にとって確かに師匠は佳紬由だ。
だが、今までの波導士としての道標にはいつも、目の前に立つ亜麻色の髪の少女がいた。
共に切磋琢磨し、修行以外の時間にはゲームをしたり、他愛のない話をしたり。
この地獄のような三ヶ月の中で、唯一日常を感じることができたのは、すももと過ごしていた時だけだ。彼女は、凪人にとっての光だった。
そんな二人が、今から殴り斬り合う。
凪人は半壊した武舞台の土を踏みしめた。
さっきまでの杞憂との戦いで消耗した波導は、穂波の治療で「回復」はしたが、魂そのものにこびりついた「疲労」は、鉛のように重い。
対するすももは同じ学生服ベースの戦闘服だが、彼女の胸には、宮家の紋が誇らしげに刺繍されている。そしてその手には、訓練用の木刀ではなく、白銀に輝く真剣が握られていた。
円城寺たちの前で、「一勝」という課題は、もう果たしたのかもしれない。
だが、凪人の胸には、勝利の高揚感など微塵もなかった。
(あれは、俺の力じゃない)
凪人の中に潜む「異物」が、勝手に振るった力。
(あんなもので「一勝」と認められて、静香のいる日常に帰ったとして、胸を張れるのか)
(違う)
凪人は、目の前に立つ、旧知の少女を見据えた。
お互いがお互い何を賭けてここに立つのかを、言葉にしなくても伝わってくる。
(すももちゃん)
凪人は、拳を握りしめた。
(俺は、お前に勝ちたい。女王の力なんかじゃない。俺自身の足で、俺自身の波導で)
(天才の君に勝って、佳紬由さんに一撃入れたあの時のように、胸を張って『一勝』を掴み取る!)
***
対する、宮すもももまた、刀の柄に手をかけ、静かに呼吸を整えていた。
目の前にいるのは、大好きな友達だ。
一緒にいると楽しい。守ってあげたいとも思う。
(凪人くん……)
けれど――波導士としては、負けられない。
(私は、この大会で勝たなきゃいけない)
(私には十景を使える才能がある。それでも佳紬由さんみたいに認められない。ここで勝たないといけない。そうじゃ無いと、私が居場所を作らないと)
(宮家の「十景」は、血を残すための道具じゃない。私が、最強だって、証明するために!)
(だから、凪人くん。……あなたでも、容赦は、しない)
***
視線が交差する。
殺意ではない。
互いの強さを魅せる、純粋な闘志。
「…………」
「…………」
二人は、言葉を交わさない。
だが、その視線だけで、全てが伝わっていた。
『――はじめ!』
(俺が/私が、勝つ!)
その瞬間、すももが即座に地面を蹴る。
ブザービート。
すももの姿が掻き消える。
(――っ!?)
凪人の思考が、一瞬フリーズする。
そして、すももの切っ先が、凪人の右肩へと迫る。
当たれば腕の機能を奪われ、勝負が決まる一撃。
凪人は無我夢中で、全身の波導を右半身に集中させ、防御の壁を展開した。
ギィンッ!!
硬質な音が響き、火花が散る。
衝撃で凪人の体が後方へたたらを踏む。
防御がコンマ一秒でも遅れていれば、開始一秒で「一本」を取られていた。
冷や汗が、頬を伝う。
弾かれたすももは、くるりと軽やかに着地し、振り返った。
そして、ニカっと笑った。
「凪人くん、やっぱりすごいね! 今の防げるんだ!」
それは、獲物を仕損じた悔しさよりも、好敵手の成長を喜ぶ、純粋な賞賛の笑顔だった。
「……ははっ、危ねえだろ! いきなり!」
凪人は、抗議しながらも、釣られて笑ってしまった。
さっきまでの、胸を押しつぶすような「罪悪感」や「重圧」が、すももの笑顔で吹き飛んでいく。
「まだまだ! 凪人くん本気で楽しんで戦おうよ」
その言葉に、凪人はハッとなる。
彼女は誘ってくれているのだ。この、一瞬で命が燃え尽きるような、ヒリヒリする領域へ。
凪人の口元が、自然と緩んだ。
腹の底から、熱い高揚感がこみ上げてくる。
「……ああ! 望むところだ、すももちゃん!」
凪人もまた、重心を落として構えた。
二人の間に、これ以上ないほど濃密で、清々しい闘志の火花が散った。
だが、ここから両者その場から一歩も動くことができない。
観客席が、「どうした」「始めないのか」とざわめき始める。
だが、佳紬由と円城寺、そして真だけは、その異常なまでの静寂の意味を理解していた。
「まあ、こうなるか」
円城寺が、面白そうに顎をさする。
「そうね、初心者の凪人くんでも、あれだけ毎日拳を交えた仲だものね」
佳紬由もまた、二人の「見えない攻防」を見守っていた。
「あの子たちはお互いの『手札』と『癖』を知り尽くしてる。すももが斬り込もうとすれば、凪人はその予備動作を感じ取って、先に防御の壁を作る。凪人がカウンターを合わせようとすれば、すももはそれを察知して踏み止まる。3か月間の修行の成果ね」
「千日手か……」
円城寺が目を細める。
(さあ、凪人くんどうする?)
***
(……動けない)
対峙するすももの額に、汗が滲む。
(すももにはコスパよくダメージを与えられるカマイタチがある。下手に動けばその餌食になる)
先に動いたのは、すももだった。
「――『カマイタチ』!」
だが、それは一発ではなかった。
5連撃。
同時に、彼女自身も、凪人の死角へと踏み込んでくる!
(くそっ!)
想定外からの攻撃、凪人は上体をそらし、バックステップで回避する。
だが、その回避こそ、すももの狙いだった。
「そこ!」
回避した凪人の目の前に、すでにすももが回り込み、刀の切っ先が、凪人の喉元に突きつけられていた。
(速い……!)
(組手の時と、全然違う!)
ここで凪人の全身に黒い波導が纏わりつく。
今の凪人に首だけに波導を集中させるのは、この一瞬ではリスクが高すぎる。
だから、燃費を無視してでも扱いなれた全身での纏いを行う。
ガキィィン!!!
刃が黒い波導に弾かれる。
凪人はその僅かな後隙を見逃さない。
地面に足をつけた瞬間、すももに向かって加速する。
全身に纏っていたため、ノータイムで反撃を行うことができた。
すももは防御が間に合わない。
ドゴッ!!
すももの下腹部に、重たい一撃が入る。
「がっ……ぁ……!」
すももの口から、苦悶の声が漏れる。
華奢な体が、砲弾のように後方へと弾き飛ばされた。
ズザザザザッ!!
すももは地面を転がることはなく、足裏で土を削りながら、十メートル以上滑って止まった。
その顔は苦痛に歪んでいるが、瞳の光は消えていない。
「……さすが、だね。凪人くん」
すももが、腹部を押さえながらニッと笑う。
その腹部には、いつの間にか分厚い「波導の層」が展開されていた。
直撃の瞬間、彼女はとっさに全ての波導を腹部に集中させ、致命傷を防いでいたのだ。
(あの一瞬で、防御を間に合わせたのか……!)
(すももちゃんもやっぱり強いね)
***
(やっぱり、私みたいな貧弱な波導じゃ、凪人くんの防御は崩せないか……)
すももが自身の刀を見つめながら、波導を込めなおす。
(ここからは確実に十景を使って仕留める。凪人くんの波導は燃費が悪い。そこを突く)
(凪人くんとは、多分波導学校のみんなよりも多くの時間一緒に組み手を行った)
(だから、凪人くんごめん。私は容赦しない)
(行くよ。凪人くん)
すももが構え直す。
***
(後、10分もつかどうかか……! この全力状態で、決める!)
凪人は、重力そのものを纏ったかのような威圧感で、すももに向かって突進する。
凪人にとって駆け引きなどの次元ではない、すももの術式ごと、その自身の波導で粉砕する。
「――『カグツチ』!」
すももが牽制のために放つ。
波導十景。
宮家に伝わる、古の神の名を冠した十の型。
カマイタチ、カグツチ、スサノオ、アマテラス……。
森羅万象を操るその秘儀の中から、すももが選んだのは、全てを焼き尽くす「火」の型、第三景『カグツチ』。
ボオオオォォォッ!!
すももの刀身から、真紅の炎が爆ぜた。
「無駄よ!」
だが、凪人はそれを避けない。
炎の刃を、真正面から殴りつけ、掻き消す。
(馬鹿な!? 術式を、ただの「強化」で!?)
すももの動揺は、一瞬。
だが、凪人はその一瞬を見逃さない。
懐に潜り込み、渾身の右ストレートを放つ。
「『カグラ』!」
キンッ!
刀から氷晶が舞った。
「速い。あの術式変化の速度、並みの15歳じゃできないよ」
観客席から円城寺が感心する。
凪人の右腕が凍りつく。
凪人は、焦っていた。
(手の内を知っているはずなのに、速い! 鋭い!)
(これが、宮家の「天才」……!)
凪人が、再度、最短距離で突進する。
今度こそ、逃がさない。右手に波導を集中させた全力の一撃がすももをとらえる。
隙だらけの正面からの一撃。凪人は避けられてから追撃しようと考えていた。
だが、すももは回避しなかった。
それどころか、彼女もまた、踏み込み、刀を正眼に構えた。
(受ける気か!?)
「凪人くん、甘いよ。――『ヤマト』!」
ガギィィィィィンッ!!!!
凪人の最大の一撃がすももに襲い掛かる。
だが、すももの薄い刀身に完璧に受けられた。
すももの右腕が凪人の顔面をはじく。
『ヤマト』。絶対防御の術式。さらに防御で受けた波導をカウンターとしてオートで返す、必中の返し技。
(いってえ……)
凪人の鼻の骨が折れた。
さらにすももが追撃をする。
「『カムイ』」
すももが凪人に刀を振るう。
術式が発動する。
(――!?)
凪人の身体が、突如として見えない何かに押しつぶされた。
すさまじい「重力」。凪人は立てない。
「ぐ……っ!」
膝が、折れそうだ。
体が、鉛のように重い。
(すももちゃんの術式は何度も見たけど、やっぱり対処は難しいな)
(これが、俺と、あんたの「経験値の差」か……!)
(俺が宮家で「基礎」をやってた間、あんたは、とっくにこの「術式」を磨いてたんだ!)
「(まずいわね)」
佳紬由の心境は、複雑だった。
(凪人くん、あの馬鹿……重力に、真正面から力で抗おうとしてる! それこそ、すももの『罠』よ!)
(『カムイ』に力で抗えば、波導の消耗は倍になる。すももは、凪人くんの「ガス欠」を誘ってる!)
***
(ダメだ、このままじゃ、俺の波導が持たない!)
凪人は、重力に押し潰されそうになりながら、必死に思考する。
(この戦いの中で、成長しなきゃ! 杞憂の時みたいに!)
視界が霞む。
黒い波導の出力が落ちていく。
すももの勝ち誇ったような、しかしどこか悲しげな切っ先が迫る。
(どうする!? どうすれば、この「術式」を……!)
(ここで終わるか……!?)
その時、極限の圧力の中で、凪人の脳裏に閃光が走った。
(――待てよ?)
(重力は、上から押さえつけているんじゃない。俺を「引っ張って」いるんだ)
凪人は、自分の足元を見た。
そして、ニヤリと血に濡れた歯を見せて笑った。
(なら、引かれるがままに……堕ちてやるよ!)
波導十景は、これからも技出していくよー




