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初めての花祭り!

 ついにやってきた、待ちに待った花祭り当日の朝!


 わたしは目を覚ました瞬間から、ずっとそわそわしていました。


 窓の外から聞こえてくるのは、いつもより少し賑やかな街の音。

 遠くで鳴る鐘の音に、人の話し声。

 王都が目を覚まして、特別な一日を迎えようとしているのが、はっきり分かります。


 (今日は……花祭り……!)


 そう思っただけで、布団の中でごろりと転がりたくなるのを、必死にこらえました。


 だってもう、子供じゃありません。素敵なレディーなんですから!


 ……たぶん。


 

*   *   * 




 朝食の席でも、わたしはどうにも落ち着きませんでした。


 スープをひと口飲んでは、視線をきょろきょろ。

 パンをちぎっては、またそわそわ。


 気がつくと、椅子の上で少し前のめりになってしまっています。


 「クララ。お行儀が悪いわよ」


 お母さまにそう言われて、はっと背筋を伸ばしました。


 「ご、ごめんなさい……!」

 

 でも、お母さまの叱る声は少しだけやわらかくて……。

 お父さまも新聞の向こうで、くすっと小さく肩を揺らしました。


 「そんなに楽しみかい?」


 「……はい」


 正直に答えると、お父さまは新聞を置いて困ったように、でも微笑ましそうに目を細めました。


 「無理もないか。クラリスはずっと今日を楽しみにしていたからな」


 その言葉に、胸がまた高鳴ってしまいます。


 


 朝食を終えると、身支度の時間になりました。


 今日は——

 いつもの、きらきらしたドレスは着ません。


 花祭りは人が多くて、ふんわりしたスカートだと邪魔になってしまうのです。

 それに……目立ちすぎるのも良くないのです。


 「このくらいが、ちょうどいいですね」


 メアリーと一緒に選んだのは、淡い色合いの、落ち着いたワンピース。


 派手な刺繍も、ひらひらした飾りもありません。

 でも綺麗で、生地もしっかりして動きやすいものを選びました。



 「……どうかしら?」


 鏡の前でくるりと回ってみると、メアリーは満足そうに頷きました。


 「はい!とてもよくお似合いです!」


 その言い方が、なんだかくすぐったくて。


 わたしは、えへへ、と笑ってしまいました。


 


 足元は、軽めのブーツ。


 ドレス用の靴よりもしっかりしていて、たくさん歩いても走っても大丈夫!


 (いやいや……走っちゃだめ、走っちゃだめよ……)


 心の中で何度も言い聞かせながら……。

 それでも、つま先が自然と弾んでしまいます。


 


 鏡の中のわたしは、

 昨日までの公爵令嬢じゃなくて——


 花祭りへ行く、ひとりの女の子でした。


 (さぁ……いよいよ、今日ですわ)


 胸いっぱいに期待を詰め込んで、

 わたしは、王都でいちばん賑やかな一日へと踏み出す準備をしたのでした。



*   *   *



 お屋敷を出たわたしたちは、しばらく馬車に揺られていました。


 窓の外に流れていく街並みは、すでにお祭りの色に染まっています。

 花飾りを抱えた人たち、笑いながら行き交う家族連れ。

 遠くから、かすかに楽器の音も聞こえてきました。


 ……でも。


 馬車は、大通りへは向かいませんでした。


 石畳の道を外れ、少し静かな裏道へ。

 人通りの少ない場所で、ゆっくりと止まります。


 「ここからは、歩こうか」


 お父さまがそう言って、馬車の扉を開きました。


 「お忍びですものね」


 お母さまがくすっと笑います。


 お父さまもお母さまも、普段の貴族らしい恰好とは違い、オシャレな商人とその奥さんのような服装でちょっぴり不思議な気分。

 なんだか、秘密の冒険みたいです!

 


 大通りへ近付くにつれて、香ばしい美味しそうな匂いと、甘いお菓子の香りが風に乗って届いてきます。

 自然と踊る様に歩くと、足元の石畳とブーツがこつこつと音を立てていて、わたしもお祭りの一部になっているんだと、何だか楽しい気分になってしまいました。


 ざわざわ。

 ざわざわと。

 人の声が重なり合って、音の波みたいに押し寄せてきます。



 しゃん、しゃらら。

 とん、とん、とん。


 耳をくすぐる鈴の音。

 お腹に響く太鼓の音。

 弦を弾く、軽やかな調べ。


 楽器の音が、あちこちから聞こえてきました。


 「……わぁ……!」


 思わず、息をのむ。


 角を一つ曲がった、その先。


 


 そこには——


 色とりどりの屋台が並ぶ、大通り。


 花で飾られた柱。

 風に揺れる布。

 笑い声と、呼び込みの声。


 まるで、街そのものが歌っているみたいでした。


 


 「クララ、はぐれないように」


 お母さまにそう言われて、わたしは慌てて頷きます。


 「はい……!」


 でも。


 視線はもう、あっちへこっちへ。


 飴細工のお店。

 花冠を売る露店。

 楽器を鳴らしながら歩く人たち。


 どれもこれも、きらきらしていて。


 胸の奥が、きゅうっと鳴りました。


 


 (……すごい……)


 (これが……花祭り……!)


 


 人々の喧騒と、音楽と、笑顔に包まれて。


 わたしの心は、もう完全に——


 お祭りの中へ、溶け込んでいたのです。




 しばらくの間、わたしたちは三人一緒に、大通りをゆっくりと歩きました。


 屋台をひとつ覗いては、立ち止まり。

 また次の屋台で、目を輝かせて。

 選り取り見取りで迷ってしまいそう! 


 「ほら、クララ。これなんてどうだい?」


 お父さまが指さしたのは、色とりどりの飴細工のお店。


 お花や小鳥、星の形まであって、どれもきらきら光っています。


 「わぁ……! きれい……!」


 迷わず選んだのは、淡い色のお花の飴。


 ぺたっとした感触が少し心配でしたが……。


 


 「……お父さまも、ひと口いかがですか?」


 そう言って差し出すと、お父さまは一瞬きょとんとしてから、素直にぱくり。


 


 ——ぺた。


 


 「……ん?」


 次の瞬間。


 「……あっ」


 お父さまのお髭に、飴がぺったりと張り付いてしまいました。


 


 「……ふふっ」


 「……はははっ!」


 気付いたお父さまが困った顔で笑い、お母さまが耐えきれずに声を上げます。


 周りの人たちまで、くすくすと笑っていました。


 「これは参ったな。しばらく髭が甘くなりそうだ」


 「も、もう……クララったら」


 そう言いながら、お母さまもどこか楽しそうです。


 


 こんなふうに笑い合うのは、久しぶりな気がしました。


 


 


 別の屋台では、香ばしい匂いに誘われて、くし焼きを買いました。


 いつもなら「小さく切ってからですよ」と言われそうなのに——


 


 「……あむっ」


 


 思いきり大口を開けてかぶりついても、今日は誰も何も言いません。


 肉汁がじゅわっと広がって、思わず目を細めました。


 


 「おいしい……!」


 「ふふ、今日は特別ですからね」


 お母さまはそう言って、優しく微笑みます。


 


 


 頭には、庭師のお爺さんにもらった花の冠。


 歩くたびに、風を受けるたびにふわりと甘い花の香りが鼻腔をくすぐる。

 指でそっと確かめながら、るんるんと歩いていると、楽器の音がすぐ近くから聞こえてきました。


 通りの真ん中で、数人の演奏家さんたちが輪になって演奏しています。


 


 足が、自然と止まりました。

 


 音に合わせて、人々が手拍子を打ち、

 小さな子どもたちがくるくると回っています。


 


 気が付くと、わたしも……つま先で、くるり。


 ドレスじゃないワンピースの裾が、軽く揺れました。


 


 「……クララ?」


 お母さまの声に、はっとして振り返ると。


 


 「……ふふ」


 怒られるどころか、やさしい笑顔。


 「クララが楽しそうで良かったわ」


 「はいっ!とっても楽しいです!」



 家族で歩く、花祭り。


 笑って、食べて、音楽を聴いて。


 


 この時間が、ずっと続けばいいのに——


 


 そんなことを思ってしまうくらい、

 わたしは、心から浮かれていたのです。

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