王子さまと、お友達!
食事を終えると、国王陛下とお父さまが顔を見合わせて、少しだけ声を落としました。
「では、その件については……別室で話そうか」
「ええ、兄上」
そうして二人は立ち上がり、重厚な扉の向こうへと姿を消していきました。
その背中を見送ったあと、王妃殿下がふわりと微笑みます。
「では、私たちはお庭へ行きましょうか。今日はお天気も良いですし」
「まぁ、それは素敵ですわ」
お母さまも嬉しそうに頷いて、わたしの手をそっと引きました。
王城の庭園へ続く扉が開いた瞬間。
「……わぁ……!」
思わず、声がこぼれました。
そこには、城下町にも負けないくらい、華やかな花の世界が広がっていたのです。
石畳の小道の両脇には、色とりどりの花壇。
花で編まれたアーチ、風に揺れるリボンや布飾り。
噴水のまわりにも、可憐な花輪がいくつも飾られていました。
花祭りを迎える準備は、王城の中でも着々と進んでいるようです!
思わず胸がきゅっと高鳴りました。
(……走りたい……)
でも、だめです。
ここは王城。
しかも王妃殿下も、お母さまもいらっしゃいます。
わたしは、ぐっとこらえて、両手をきちんと重ねてお淑やかに歩きました。
……表情だけは、きらきらしていたかもしれませんが。
そんなわたしを見て、アレクシス王子がくすっと小さく笑いました。
「クラリス、そんなに花が好きなの?」
「は、はい……!とっても……!」
思わず本音が出てしまって、慌てて口元を押さえます。
すると、ルイス王子が、こそっと小さな声で言いました。
「……ぼくも、好き」
その声は、風に消えてしまいそうなくらい小さくて。
でも、わたしにはちゃんと聞こえていました。
わたしは、思わずにこっと笑ってしまいました。
庭園の奥に、白い柱に囲まれた小さなガゼボがありました。
その中には丸いテーブルと椅子が用意されていて、侍女さんたちがお茶の準備をしています。
「では、ここで少し休みましょうか」
王妃殿下とお母さまは、向かい合って腰を下ろし、穏やかな声でお話を始めました。
その様子を確認してから——
「さぁ、あなたたちは自由に遊んできていいわよ。ただし、目の届くところでね?」
王妃殿下がそう言うと、わたしたちは一斉に顔を輝かせました。
「……いいの?」
ルイス王子が、ちょっと信じられないという顔で聞くと、
「ええ。花は、子供たちに見てもらう方が喜ぶものですから」
王妃殿下は優しく微笑み、こう続けました。
「アレク、クラリスちゃんをちゃんとエスコートするのよ?」
「はい、お母様。……さ、クラリス。手を」
アレクシス王子の手が私へと差し向けられました。
それは絵本で読んだ、王子さまがお姫さまをダンスへ誘う時と一緒……!
「は、はい……!アレクシス殿下……!」
きゅっと軽く結ばれた手は柔らかく、それでいて少し温かい。
思わずわたしは顔が赤くなるのを感じました。
「こっち、きっとクラリスが気に入る白い花が植えてある場所があるんだ」
――うずうず。
「兄さん、きっとクラリスは……ピンクの花が好きだよ!……そうだよね?」
「え?う……はい!白もピンクもどっちも好きですわ」
――うずうずうず。
花壇でガゼボが見えなくなった時、ついにわたしは、思わず駆け出していました。
「……え、クラリス!?」
「まっ……待ってよー!」
後ろから、アレクシス王子とルイス王子の声が聞こえます。
でも、止まりません。
花の小道を、ぱたぱたと駆け抜けて。
風に揺れる花びらが、頬に触れて空へ舞い上がっていく。
笑い声が、庭園いっぱいに広がっていきました。
わたしは気がつけば、庭園の奥へと辿り着いていました。
「クラリス、そんなに急いだら危ないよ!」
アレクシス王子の声が後ろから聞こえます。
「だって……! このお庭、とっても広くて、とっても綺麗なんですもの!」
振り返ってそう叫ぶと、二人の王子は同時に目を丸くしました。
さっきまでの、静かでお淑やかなわたしとは、まるで別人。
自分でも分かります。
——今のわたしは、令嬢じゃない。
ただの、花が大好きな女の子。
庭園の奥には、小さな丘のようになった花壇があって、
そこからは王城の庭全体が見渡せました。
「わぁ……!」
思わず、その場でくるりと一回転。
ドレスの裾がふわっと広がって、
花の香りが、ぱっと広がります。
「ねぇ! ここ、すごいですわ! 王城って、こんなに楽しい場所だったんですね!」
無邪気にそう言うと——
アレクシス王子は、一瞬きょとんとした顔をしてから、
ふっと、肩の力を抜いたように笑いました。
「……さっきまでとは、ずいぶん違うんだね」
「え?」
「謁見の間でも、食堂でも、とても落ち着いていて……
正直、同い年とは思えなかった」
そう言って、少し楽しそうに目を細めます。
「でも、今の方が……うん。面白い」
その言葉に、胸がくすぐったくなりました。
「ほ、本当ですの……?」
「うん。こうして笑っている方が、ずっといい」
見つめ合ったわたし達に、ルイス王子は――
「ぼ、僕も今のクラリスが好きだよ!!」
必死そうな声を上げていました。
「ふふ、ありがとうございます!ルイス殿下……!」
その後もわたしがあちこち走り回るものだから、
王子さま達はすっかり振り回されていました。
それでもふわふわとはしゃぐわたしは、足元の段差に気付かなかったのです。
「きゃっ!」
足を取られそうになって、思わず倒れそうになりました。
でも、次の瞬間――ぐっと腕を掴まれます。
「……あぶない!」
支えてくれたのは、ルイス王子でした。
少し息を切らしながら、でも間に合ったと安堵の笑みを浮かべています。
「まったくもう……本当に、すごいね……クラリスは」
「ご、ごめんなさい……!」
「ううん。……でも」
ルイス王子は、少し間を置いてから——
ぱっと、大きく笑いました。
「楽しい!!」
その笑顔は、さっきまでの照れた顔とはまるで違っていて。
つられて、わたしも笑ってしまいました。
「ふふっ……!」
「はははっ!」
「あはは……っ!」
気がつけば、三人で声を上げて笑っていました。
王子とか、公爵令嬢とか。
そんな肩書きは、今はどこにもありません。
ただ、同じ庭で走って、笑っているだけ。
アレクシス王子が、ふっと言いました。
「ねぇ、クラリス」
「はい?」
「今日は……その……殿下はいらないよ」
「……え?」
「ここでは僕たち、ただの……友達だろう?だから、アレクって呼んで欲しい」
一瞬、驚いて。
それから、胸がじんわりと温かくなりました。
「……うんっ!」
わたしは、にっこり笑って答えました。
「じゃあ……アレク。ルイス」
ルイス王子——いえ、ルイスは、目を丸くしてから、照れたように笑います。
「……うん」
アレクは、満足そうに頷きました。
「これで、友達だ」
——友達。
その言葉が、胸の中で、やさしく響きました。
この時はまだ。
この「友達」という言葉が、
どれほど大切で、どれほど重たいものになるのか。
わたしたちは、まだ知りません。
でもこの日、この場所で。
わたし達は間違いなく友達になったのです。
帰りの馬車の中。
はしゃぎすぎて汚してしまったドレスを見て、お母さまに静かにしっかりと叱られました。
でも、心はちっとも沈みません。
だって、素敵なお友達が出来たのですから!
——そして。
王都が一年でいちばん華やぐ日、
花祭り当日が、やって来るのでした。




