はじめまして、王子さま!
わたしが王都へ到着した、翌日のこと。
この日は家族みんなで王城へ赴き、国王陛下へご挨拶をする予定になっていました。
「だ、大丈夫かしら……お母さま、わたしの髪型……変じゃない?」
少しだけきつく感じるドレスの胸元をそっと押さえ、メアリーに結ってもらった髪を触ろうとして、すぐに手を引っ込める。
触ったら崩れてしまうかもしれないからです。
「大丈夫よ、私の可愛いクララ。とっても素敵よ」
お母さまはそう言って、わたしの手をぎゅっと握ってくれました。
王城の廊下は、別邸よりもずっと静かで、 足音が高く響く気がします。
やがて辿り着いた大きな扉を兵隊さんが開き——
一層キラキラしたお部屋にいらしたのが、国王陛下と王妃殿下でした。
……そして。 陛下の傍らに立つ、二人の王子様。
背筋が自然と、ぴんと伸びました。
広い広い謁見の間。
高い天井、色とりどりのステンドグラス、磨き上げられた床。
どこもかしこも、キラキラしていて——少し、こわいくらいです。
お父さまとお母さまが一歩前に出て、深く礼をすると、
わたしも慌てて真似をして、ドレスの裾をつまみ、ぺこりと頭を下げました。
「エルフォード公爵、公爵夫人、そしてクラリス嬢。遠路ご苦労であった」
穏やかで、よく通る声。
国王陛下はにこやかに微笑んでいらっしゃいました。
王妃殿下もまた、とてもお優しそうで、
わたしを見る目が、まるでお母さまのようにあたたかいのです。
——でも。
わたしの視線は二人の王子様へと向いていました。
一人は少し背の高い、凛とした雰囲気の王子さま。
王様譲りの金色の髪に、まっすぐな青い瞳。
じっとわたしを見つめる姿は、まるで絵本に出てくる勇者さまみたいでした。
そして、もう一人。
王妃様のと同じ柔らかそうな淡い赤色の髪。
少しだけ人懐っこそうな、でもどこか照れたような表情。
その男の子達が、じっとこちらを見ているのです。
——目が、合った。
どきん。
胸が、小さく跳ねた気がしました。
「……っ」
無礼にならない様に視線を伏せ、礼の姿勢を保ちます。
馴れない姿勢にぷるぷると手足が震えてしまいそうなのを必死に抑えます。
がまんがまん……。
まだかな?まだ頭上げちゃダメかな?とそっと視線を上げると、ばっちり王子さまと目が合いました。
すると王子さま達は、そんな私を見て、にこっとほんの少しだけ、笑ったのです。
「……!」
心臓が、今度ははっきりと跳ねました。
その瞬間、国王陛下が声をかけます。
「紹介しよう。こちらは、長子のアレクシス。
そして——次男の、ルイスだ」
——アレクシス、ルイス。
その名前が、胸の中でころん、と転がりました。
アレクシス王子は、少し照れたようにはにかみながら、一歩前に出て、
わたしの方を見て、言いました。
「はじめまして、エルフォード公爵令嬢。クラリスと呼んでも?」
「は、はい! アレクシス王子殿下……!
お声がけいただき、大変うれしく存じます!」
精一杯教わった通りの文言を話し、丁寧にお辞儀をしました。
さっきよりも、やさしい笑顔。
そのやさしい笑顔に、胸の奥がじんわりとあたたかくなりました。
……あ、でも。
その隣で、もう一人の王子さまが、そわそわと落ち着かない様子で立っているのが、視界の端に入りました。
淡い赤色の髪の王子さま——ルイス王子。
何か言いたそうに、口を開いては閉じて。
ちら、とこちらを見て、また慌てて前を向いて。
……かわいい。
そんなことを思ってしまって、
わたしは慌てて背筋を正しました。
すると、意を決したように、ルイス王子が一歩、前に出ました。
「えっと……その……」
一瞬、言葉に詰まって。
「……は、はじめまして。クラリス嬢」
少し高めの声。
でも、とても一生懸命なのが伝わってきます。
わたしは、思わずふわっと微笑んでいました。
「はい!はじめまして、ルイス王子殿下」
そう答えると、ルイス王子は目を丸くして、
それから、顔を赤くして俯いてしまいました。
その様子に、王妃殿下がくすっと微笑み、
国王陛下はどこか楽しそうに目を細めていました。
* * *
謁見を終えたあと、わたしたちは王城の奥にある食堂へと案内されました。
長い長い廊下を抜けて辿り着いたその場所は、
さっきの謁見の間とはまるで別世界のようでした。
大きな窓からやさしい光が差し込み、
白いクロスのかかったテーブルの上には、あたたかいお料理の香り。
何より——
「はははっ! 相変わらず固いな、お前は」
「兄上こそ、少しは王らしくなさってください」
国王陛下とお父さまが、肩を叩き合いながら笑い合っていたのです。
わたしは、思わずぱちぱちと目を瞬かせました。
国王陛下と、お父さまが兄弟と言う事は知っていました。
でも――
「クララ、驚いた顔をしているわね」
「だって……お父さまと、陛下が……」
「ええ。昔から仲の良い兄弟なのよ」
お母さまが、そっと教えてくれました。
だからでしょうか。
この食堂の空気は、とてもやわらかくて、あたたかくて。
とても居心地の良い場所なのでした。
席につくと、次々にお料理が運ばれてきました。
色とりどりの前菜、香ばしいパン、湯気の立つスープ。
わたしは、丸まりかけた背筋をぴんと伸ばします。
立派なレディになるんですもの!
ナイフとフォークをきちんと持って、
一口ずつ、静かに。
……うん、できてますわ!
広いテーブルの正面に座るアレクシス王子達を見ると、アレクシス王子はとても落ち着いた様子で、
まるで大人みたいに、綺麗な所作で食事をしていました。
凄い……!
思わず見とれてしまいます。
……でも。
そのお隣。
ルイス王子は——
「…………」
フォークに刺さった緑色のお野菜を、じっと見つめていました。
口元が、少しだけへの字。
眉も、きゅっと寄っています。
……あ。
もしかして。
わたしは、そっと視線を下げました。
ルイス王子の前にあるのは、苦いお野菜のサラダ。
残さず食べなきゃいけない。
でも、野菜は好きじゃない。
そんな気持ちが、顔に全部出ています。
(……がんばれ……!)
わたしは声を出さずに、そっと目を向けました。
そして、にこっと小さく笑ってみせて——
自分のお皿のお野菜を、
ゆっくり、ひと口。
もぐもぐ。
——うん、えらいですわ、わたし。
それから、ほんの少しだけ、親指を立ててみました。
(だいじょうぶですわ)
(ひと口だけで、いいですの)
すると。
ルイス王子が、ちらっとこちらを見て。
目が合って。
……こくり。
小さく、頷いたのです。
それから、意を決したようにフォークを持ち上げて——
ぱくっ。
「……っ」
一瞬だけ、顔をしかめて。
でも。
ちゃんと、飲み込みました。
……えらい!
わたしは、思わず嬉しくなって、
ぱぁっと笑顔になってしまいました。
それに気付いたのか、ルイス王子は耳まで赤くして、
でも、誇らし気に胸を張ったのでした。
「……ふふ」
その様子を、王妃殿下がやさしく見守っていらっしゃったことを、
わたしはまだ、知りません。
でも、この時。
わたしの中で、何かがそっと芽生えた気がしたのです。
言葉にしなくても、
気持ちは、ちゃんと伝えられる——
そんな小さな喜びが。




