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公爵令嬢は親友の為に悪役令嬢を演じますっ!  作者: 濃厚圧縮珈琲
第三章 学園へ

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星空の再会

 案の定、多くの視線――それも好意的ではないものに晒されながら食事をするのは、リネットには厳しかったらしい。

 ほとんどと言っていいほど、皿の上の料理が減っていない。


 「……リネット、大丈夫?」


 私の呼びかけに、リネットはびくりと身体を強張らせ、それから無理に笑みを浮かべた。


 「だ、大丈夫です! ……クラリス様、いつもこんな中でお食事を……?」


 「まさか。……今回は特別よ」


 少しだけ肩を竦めてみせる。


 「公爵令嬢という立場は、多少視線を集めるものだけれど……今日は少し、熱量が違うわね」


 そう言うと、リネットは申し訳なさそうに目を伏せた。


 「……わたくしのせい、でしょうか」


 「違うわ」


 即答だった。

 自分でも驚くほど、迷いのない声。


 「あなたのせいではない。これは……別の理由よ」


 視線を正面に向けたまま、スープを一口含む。

 温かくて美味しいはずのに、先程と異なり喉の奥が少しだけひりついた。



 「人はね、自分の常識や日常から外れた物を見ると、すぐに物語にしたがるの」


 「……物語に?」


 「ええ。例えるなら……憧れの王子様と名家の子息達に囲まれた首席合格者。しかもその生徒は平民のパン屋の娘……中々に刺激的でしょう?」


 リネットは小さく息を呑む。


 「でもね、その物語の外側にいる脇役の人間は……面白くないのよ」


 にこり、と笑う。


 「だから今は、少し騒がしいだけよ」


 リネットは黙ったまま、ちらりとミリアの方へ視線を向けた。


 ミリアは変わらず、静かに食事を続けている。

 孤独の影を落としつつも、毅然としたままの横顔。


 「……強い方なのですね」


 ぽつり、とリネットが呟く。

 私は少しだけ目を細めた。


 「ええ。……とても」


 だからこそ。


 ――守り方を間違えてはいけない。


 「リネット」


 「は、はい!」


 「今夜は早めに部屋へ戻りましょう。初日ですもの。疲れているでしょう?」


 「……はい」


 ほっとしたように、彼女は頷いた。

 その様子を見て、私は小さく安堵する。


 ここで出来ることは、多くない。


 それならせめて……。目の前の友人が、安心して食事を終えられるように。

 

 私は再びスープへと視線を落とした。


 ――その時。


 カシャンッとリネットの手からスプーンが滑り落ち、スープの皿に当たって小さく音を立てた。


 「す、すみません……っ!」


 「いえ、それよりスープは跳ねなかったかしら?」


 「はい……! 大丈夫です……!」


 何度かリネットが己の制服を確認している姿を見て、私は一つ思いついた。



 「……リネット、ちょっとお水を取ってくるわね」


 食事中に余程の理由がないのに席を立つ。

 屋敷では確実に怒られる行為だが、ここには使用人はいない。それ故に、水の準備やカトラリー不足等が起きた時は自分自身で対応しなければならない。


 ――それを利用するのだ。




 「わ、わたくしが……!」


 「いいの。少し歩きたい気分なの」


 やんわりとリネットを制し、私は立ち上がった。



 食堂の奥、壁際に設けられた給水台へ向かう。

 何をしていても付き纏ういくつもの視線を感じながらも、平静を装って二つのグラスに水を注ぎ入れた。



 ――さて、問題は……帰り道。


 水のたっぷり入ったグラスを両手に、私は自席へと戻っていく。

 歩いた振動で水が零れぬように、自然と歩調をゆるめながら。



 帰り道は最短ルートを選んで進んだ。そうすれば、自然とミリアの席のすぐ後ろを通るからだ。

 


 あと、三歩。


 二歩。


 一歩。



 「きゃっ」


 何かに躓いたかのように体勢を崩す。そうすれば手にしていたグラスは傾き、溢れ出した水が弧を描いて落下していく。


 ――ぱしゃり、と小さな音。


 その音の発生源はミリアのスカートの裾からだった。




 食堂が一瞬だけ静まり返った。

 だがすぐに、ひそやかな囁きが広がっていく。


 「まあ……!」


 「ふふふ……ざまぁないわね」


 「平民が調子に乗るから……」


 その囁きの大半は嘲笑であり、誰もミリアを気遣う声を漏らしていなかった。



 私はすぐに身を屈めた。


 「ごめんなさいね。足を滑らせてしまったわ」


 落ち着いた声で謝罪しながら、素早くハンカチを取り出し、ミリアの髪や服を軽く押さえる。

 

 「えっ……クラ……」


 「しっ……」



 周囲から見れば、私が王子を誑かした平民へわざと頭から水をかけて、わざとらしく詫びる光景に見えている事でしょう。

 横目で伺えば目を見開き観劇を楽しむ生徒達の顔が見える。

 ……だが私は決してひるまない。


 ――このチャンスを逃してしまえば、この先もう一度話す事なんて出来ないから。



 耳元へ、ほんの少しだけ顔を寄せ、彼女だけにしか聞こえないように囁く。


 「……二十一時。中庭の大モミの木の下で」


 

 一瞬ミリアの瞳が揺れるも、すぐに表情を戻した。


 「……いえ。大丈夫ですクラリス様。……お気になさらないで下さいませ」


 丁寧な言葉だが、棒読みのようで感情が籠っていない。

 まるで何事もなかったと自分に言い聞かせているように……。

 

 私は静かに立ち上がる。


 「本当に申し訳ないわね、このハンカチは差し上げますわ」


 形式的な言葉を残し、手にしたハンカチを投げ捨てるようにミリアへ渡すと背を向けた。




 ――公爵令嬢が平民に水をかけた。



 彼女達にとっては、ちょうど良い噂。


 私は何も聞こえないふりをして、席へ戻る。


 「クラリス様……!」


 心配そうなリネットに、柔らかく微笑む。


 「大丈夫よ。許してくれたわ」


 席へ腰を下ろし、再び少し冷めたスープを口に運ぶ。



 平静。


 完璧な、平静。


 ……無論、内心では上手くやり切れたのか、心臓がバクバクと音を立てているが。


 (よし)


 それでも小さく、小さく。

 誰にも見えぬテーブルの影で、拳を握る。


 これで……布石は打った。

 

 後は……約束の時を待つだけだ。



*   *   *



 途中から時計の針が進むのが遅くなった気がする。

 何度も睨むように壁に掛けられた時計へ視線を向けては、まだ時間があると手元の荷物の整理を続ける。


  畳んだばかりの新しいハンカチを、意味もなくもう一度畳み直す。


 引き出しを開けては閉じ、並びを整えてはまた崩す。


 落ち着かない。


 こんなにも時間を意識するのは、いつぶりだろう。


 「……クラリス様?」


 向かいのベッドで本を読んでいたリネットが、不思議そうに首を傾げる。


 「どうかなさいましたか?」


 「え?」


 気付けば、また時計を見ていたらしい。


 「いえ……少し、目が冴えてしまって」


 嘘ではない。

 ただし、詳しい理由は言わなくて良いだろう。


 窓の外には、澄み渡った夜空。室内の明かりで星の輝きは見られないが、もう夜も更けていた。


 (……そろそろ、もう良いかしら)


 「リネット」


 「は……はいっ!」


 「少しだけ、外を歩いてくるわ。夜風に当たるとスッキリしてよく眠れるの」


 リネットは一瞬だけ驚いたように目を丸くし、それから小さく頷いた。


 「お気を付け下さいませ。……あまり遅くなられないように」


 「ええ、大丈夫。すぐ戻るわ」


 羽織を肩に掛け、扉を開ける。


 

 通り抜ける廊下は静まり返っていた。

 部屋の灯りがもう消えている部屋も、中から話し声が聞こえる部屋もある。

 

 それでも外を出歩こうとする生徒はいなかった。


 

 極力音を立てないようにするも、控えめな足音がやけに大きく響く。



 薄暗い暗い階段を下り、1階の廊下から中庭へ続く扉を押し開けた。




 ふわっと仄かに冷たい夜気が頬を撫でる。

 もう春とはいえ、夜はまだ冷える。

 

 (……羽織を着て来て正解だったわ)


 きゅっと羽織の裾を握りながら一歩、中庭へと踏み出した。



 整備された石畳の道を歩き、コツコツと音を立てる靴音と、気の早い虫の鳴き声。

 それに風が吹き抜ける度にざわめく木々の葉の音を聞きながら約束の場所へと歩いていく。



 (ミリア……来てくれるかしら?)


 例え彼女が居なくても、例え彼女が待てども来なくても、私はずっとモミの木の下で立っていようと心に決めていた。


 

 ザワザワと音を立てる、約束した大モミの木はもう目の前。

 大きな枝と豊かな葉で星の光すら遮られ、根元は暗闇に包まれていた。


 ――その暗闇から、誰かが動く気配を感じた。

 


 「……クララちゃん?」



 その声が耳に届いた瞬間。

 私は、考えるより先に走り出していた。

 

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