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静かなる戦場

 予鈴が鳴り終わった後、ルイスと共に教室へ戻っても、そこには先ほどと変わらぬ光景が広がっていた。


 ひそやかな囁きの飛び交う、どこか張り詰めた空気。


 そしてアレクの隣に、小さく座るミリアの姿。

 アレクからの言葉に弱々しい微笑みを浮かべながらも俯きがちな横顔は、先ほどよりもさらに小さく見えた。


 まるでこの広い教室の中で、自分の居場所を測りかねているように。



 

 その姿を見るだけで、胸の奥が……きゅっと握られたように痛む。


 それでも私は、何事もなかったかのように歩みを進めた。

 ルイスもまた、いつもの雰囲気へと戻っていて令嬢達へと愛想笑いを飛ばしている。


 「ルイス殿下、クラリス様。宜しければこちらのお席ご一緒にいかがですか??」

 

 「……ええ、ありがとう」



 私達は自然な流れで令嬢達の誘いに乗り、アレク達の後方の席へ腰を下ろした。





 「――失礼」


 低く落ち着いた声が前方から聞こえ、視線を向けると、そこには三人の男子生徒が立っていた。


 一人は、鍛え上げられた体躯を持つ短髪の青年。

 騎士団長の息子――レオン・ハルバート。


 もう一人は、整った面差しに知性を滲ませた眼差しの少年。

 宰相の息子――セオドール・マーヴェリック。


 そして――淡い銀髪に静かな魔力の気配を纏う少年。

 筆頭魔術師の息子、セイラン・アールヴヘイム。


 彼らの名を知らぬ者はこの学園にはいない程の有名人。

 そんな三人は迷いなく歩み寄り、アレクの近くで足を止めた。


 「殿下、ミリア嬢。お隣よろしいでしょうか」


 形式ばった言葉とその声音は、周囲へ向けた演技に過ぎない。


 アレクは一瞬だけ驚き、すぐに柔らかく微笑んだ。


 「ああ、もちろんだ」


 その一言で、三人は自然な動作で席へ着く。

 

 ――王子の周囲が、埋まった。


 それは偶然ではない。

 明確な意思を持った布陣。


 ミリアはもう、孤立などしていなかった。

 第一王子と名だたる子息の庇護下にあるのだと、周囲へ態度で示していく。


 「……ミリア、僕もいいかい?」


 まだいるのかと視線を声の方へ向けると、朝ミリアと共にギリギリで滑り込んできた、どこか眠たげな顔をした男子――そうだ、彼はフィール・グレンデンドル。

 若くして錬金術に長けた天才だと社交界でも話題になっていた人物だ。



 「あ……うん、どうぞ!」


 「ありがと」



 あっという間にミリアの左右は多くの男子の姿でいっぱいになった。


 (これで一安心……なのかしら? でも何故揃いも揃って男子ばかりなの……)

 

 安心こそすれど、誰にも気付かれぬほど小さく、私は息を吐いた。

 

 貴族令嬢はいくら王子達が居ても、決してミリアへは近付かない。

 どこの馬の骨か分からぬ平民の少女を守っているのは、王子と――未来の中枢に立つ少年達。


 ……まるで、ここだけが別の物語の舞台みたいに感じられた。



 だが皮肉にも、その光景が令嬢達の冷たい炎に薪を焚べている事に――

 まだ誰も、気付いていなかった。



  *   *   *



 Aクラスの教室の少し後方の席で、数人の令嬢が柔らかな笑みを浮かべながら、静かに顔を寄せ合っていた。


 優雅さを崩さぬまま、毒を含んだ囁きは扇の影に沈められ、その場以外の誰にも届かぬ声で交わされていく。


 「……ご覧になって? あの女の距離感。何て図々しいのかしら」


 「本当、まるで最初から決まっていた配置のようですわね?」


 くすり、と小さな笑みを落とす。


 「首席合格の平民を囲む第一王子殿下。騎士団長のご子息に、宰相と筆頭魔術師……終いには錬金術の若き天才ときた」


 「――随分と()()()()ですこと」


 扇の向こうで、別の令嬢が静かに目を細めた。


 「わたくし、お芝居は好きだけれど……ハーレムものは好きじゃないの」


 「……守りの堅い牙城を崩すには、正面から馬鹿正直に攻める必要はありませんわね」


 その言葉に、笑みが冷たさを帯びる。


 「触れずに崩す。それが一番……美しいでしょう?」


 誰かが笑うように小さく息を漏らした。

 だが、それは決して愉快ではない吐息が混ざっていた。


 「まずは――」


 そこで言葉は途切れる。

 続きは、もう口に出す必要がなかった。


 視線だけが、静かに一点へ向く。


 ――ミリア・ブレッドリー。


 「学園とは、勉学を学ぶ場所であると同時に――」


 淡く整った声が、最後にそう告げた。


 「――卒業後の立場を学ぶ場所でもある事を、教えて差し上げましてよ」


 扇が僅かな音を立てて閉じられた。


 密かに動き出した令嬢達による()()()()が始まるのは、もうまもなくの事であった。



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