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公爵令嬢は親友の為に悪役令嬢を演じますっ!  作者: 濃厚圧縮珈琲
第二章 10歳の王子と公爵令嬢
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穴は塞がり、未来は開く

 短い再会を終え、三人で交わした約束を胸に名残惜しく店を出た僕達は、足早に城へと帰らねばならなかった。

  

 ふわりふわりと僅かに舞うだけだった雪は次第に勢いを増し、通用口へと辿り着く頃にはしっかりと降り始めていた。


 「ッ……!」

 

 通用口には何度か人が行き来したような足跡が残り、水路へと続いている。

 もしまだあの男がいれば、また鉢合わせしてしまうかもしれない。


 「……アレク」


 不安げに僕の名を呼ぶクラリスの手をしっかりと握り、僕は通用口の鉄の扉へと力を籠めた。


 扉は行きと同様、軋む音を立ててゆっくりと開いた。

 素早く身を滑り込ませて扉を閉じ、周囲の様子を伺う。

 

 ……人の気配はない。

 それなのに、胸の鼓動はまだ速いままだった。


 「……行こう」

 

 僕達は言葉を交わさず、極力足跡を増やさないように集中して歩いた。

 万が一、これが証拠になって見つかってしまったとしても、僕一人が抜け出したと言えるように、クラリスが歩いた足跡を踏むようにして歩く。


 後はあの職人らしい男に出会わなければ――。



*   *   *


 

 運命の女神は僕達に祝福を与えてくれたらしい。

 僕達は誰にも出会う事無く、見られる事なく穴を潜り抜け、何事もなかったかのように着替えを済ませた。


 だが、控室を出た時——


 「兄上!クラリス……ッ!」


 ルイスが冷や汗交じりに立っていて、僕達の姿を認めるや否や、手を引いてガゼボへと連れていった。

 席に着くと周囲を確認し、顔を寄せて声を潜めた。


 「兄上……クラリス、大変だよ……!水路の様子を見に来た職人が、子供が通用口から出てきたって使用人に漏らしていて……」


 「ッ……!」

 

 思わず僕はクラリスと顔を見合わせた。

 彼女の顔はさっと青ざめていたが、きっと……僕も同じような顔をしているのだろう。


 「それで使用人が何人か僕達の様子を見に来て……。上手く誤魔化したと思うけど、それでも確実かどうかと言われたら……」


 ルイスは申し訳なさそうに言葉尻をすぼめていく。


 「……ごめん、確かに職人らしい男の人に見つかった。その場で捕まらなかっただけ、良かったというべきか……ルイスには迷惑をかけた……」


 「ごめんなさい、ルイス……」


 そう言って、クラリスも小さく頭を下げる。


 ルイスは一瞬だけ目を伏せ、それからゆっくりと首を振った。


 「……ううん。二人が無事に戻ってきてくれたなら、それでいい」


 その言葉は優しかったが、声はいつもより弱々しく感じた。

 

 「でも……もう、時間の問題だと思う」


 続けられる言葉に、肩が静かに沈んでいく。

 別にルイスに責められているわけでも、怒られているわけでもない。


 ただ、終わりを言葉にして告げられただけ……。

 言われなくても、重々分かっていたことだった。

 それでも、言葉にされると――




 ガゼボの外では、雪がしんしんと静かに降り続いている。

 音もなく、全てを白く覆い隠すみたいに。


 「……くしゅんっ」

 

 控え目なくしゃみが聞こえ、見るとクラリスが寒そうに身を震わせていた。

 はっとした表情を浮かべたルイスが、僕やメアリーが動く前に自分の纏っていた上着をクラリスへと羽織らせていた。

 

 「ルイス……ありがとう。……ふふ、温かい」


 「ごめん、クラリス……ここは寒いよね」


 クラリスは首を横に振った。


 「ううん。大丈夫……」


 上着の裾を、そっと握りしめる。

 その仕草は寒さのせいだけではないと、ここにいる三人には分かっていた。


 メアリーによって温かな毛皮の上着と襟巻を巻かれ、ほっとした顔を見せたクラリスを見て、ようやくルイスが一安心した顔を見せ――ぶるりと身を震わせた。


 「……とりあえず、室内に戻ろうか」


 僕は苦笑しつつも二人へ提案し、二人もコクコクと頷いた。



*   *   *


 

 数日後。


 庭園に面した一角には人の往来が増えていた。

 というのも、発見された穴以外に崩れかけている箇所はないか、職人を始め魔導士までやってきて調査を進めているのだ。


 何度も使わせてもらっていた使用人控室は、扉ごと新しい物に取り替えられ、内部の備品も一新され整えられた。


 僕達は、遠くからその作業を黙って眺めていた。




 ――例の穴は、丁寧に塞がれた。


 土と石で埋められ、その上からレンガで舗装が施される。


 もう、あの場所から外へ出ることはできない。


 「……穴、なくなっちゃったね」


 隣で、クラリスが小さく呟いた。


 「……うん」


 短く答える。


 不思議と胸は苦しくなかった。

 失ったものは、確かにある。

 でも、それと同時に……かけがえのない物を手に入れたから。


 「ねぇ、アレク」


 クラリスが、前を向いたまま言う。


 「私、もっと頑張る」


 「……うん」


 「頑張って頑張って、立派なレディーになって……ミリアちゃんを学園で守るの」


 その横顔は、もう脱走を楽しんでいた少女ではなく、未来を見据える強い意志を持った少女の顔だった。


 「学園……か。僕達も頑張らないとね、兄上?」

 

 「ああ……頑張ろうルイス。……それと、ありがとう」


 そう言うと、彼は一瞬だけ驚いた顔をしてから、小さく笑った。


 「何も礼を言われるような事はしていないよ。……でも、うかうかしていたら僕も兄上を抜いてしまうからね」


 「……言うじゃないか」


 「ははっ」


 まだ10歳の僕達には、それで十分だった。



 穴は塞がれ、楽しい城下町への逃げ道はもうない。


 でも――目を閉じれば、交わした約束がはっきりと残っている。


 同じ場所で、同じ立場で、もう一度会う。


 その為に、今はそれぞれの場所で前へ進むんだ。



 これは終わりじゃない。


 始まりなんだ。



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