穴は塞がり、未来は開く
短い再会を終え、三人で交わした約束を胸に名残惜しく店を出た僕達は、足早に城へと帰らねばならなかった。
ふわりふわりと僅かに舞うだけだった雪は次第に勢いを増し、通用口へと辿り着く頃にはしっかりと降り始めていた。
「ッ……!」
通用口には何度か人が行き来したような足跡が残り、水路へと続いている。
もしまだあの男がいれば、また鉢合わせしてしまうかもしれない。
「……アレク」
不安げに僕の名を呼ぶクラリスの手をしっかりと握り、僕は通用口の鉄の扉へと力を籠めた。
扉は行きと同様、軋む音を立ててゆっくりと開いた。
素早く身を滑り込ませて扉を閉じ、周囲の様子を伺う。
……人の気配はない。
それなのに、胸の鼓動はまだ速いままだった。
「……行こう」
僕達は言葉を交わさず、極力足跡を増やさないように集中して歩いた。
万が一、これが証拠になって見つかってしまったとしても、僕一人が抜け出したと言えるように、クラリスが歩いた足跡を踏むようにして歩く。
後はあの職人らしい男に出会わなければ――。
* * *
運命の女神は僕達に祝福を与えてくれたらしい。
僕達は誰にも出会う事無く、見られる事なく穴を潜り抜け、何事もなかったかのように着替えを済ませた。
だが、控室を出た時——
「兄上!クラリス……ッ!」
ルイスが冷や汗交じりに立っていて、僕達の姿を認めるや否や、手を引いてガゼボへと連れていった。
席に着くと周囲を確認し、顔を寄せて声を潜めた。
「兄上……クラリス、大変だよ……!水路の様子を見に来た職人が、子供が通用口から出てきたって使用人に漏らしていて……」
「ッ……!」
思わず僕はクラリスと顔を見合わせた。
彼女の顔はさっと青ざめていたが、きっと……僕も同じような顔をしているのだろう。
「それで使用人が何人か僕達の様子を見に来て……。上手く誤魔化したと思うけど、それでも確実かどうかと言われたら……」
ルイスは申し訳なさそうに言葉尻をすぼめていく。
「……ごめん、確かに職人らしい男の人に見つかった。その場で捕まらなかっただけ、良かったというべきか……ルイスには迷惑をかけた……」
「ごめんなさい、ルイス……」
そう言って、クラリスも小さく頭を下げる。
ルイスは一瞬だけ目を伏せ、それからゆっくりと首を振った。
「……ううん。二人が無事に戻ってきてくれたなら、それでいい」
その言葉は優しかったが、声はいつもより弱々しく感じた。
「でも……もう、時間の問題だと思う」
続けられる言葉に、肩が静かに沈んでいく。
別にルイスに責められているわけでも、怒られているわけでもない。
ただ、終わりを言葉にして告げられただけ……。
言われなくても、重々分かっていたことだった。
それでも、言葉にされると――
ガゼボの外では、雪がしんしんと静かに降り続いている。
音もなく、全てを白く覆い隠すみたいに。
「……くしゅんっ」
控え目なくしゃみが聞こえ、見るとクラリスが寒そうに身を震わせていた。
はっとした表情を浮かべたルイスが、僕やメアリーが動く前に自分の纏っていた上着をクラリスへと羽織らせていた。
「ルイス……ありがとう。……ふふ、温かい」
「ごめん、クラリス……ここは寒いよね」
クラリスは首を横に振った。
「ううん。大丈夫……」
上着の裾を、そっと握りしめる。
その仕草は寒さのせいだけではないと、ここにいる三人には分かっていた。
メアリーによって温かな毛皮の上着と襟巻を巻かれ、ほっとした顔を見せたクラリスを見て、ようやくルイスが一安心した顔を見せ――ぶるりと身を震わせた。
「……とりあえず、室内に戻ろうか」
僕は苦笑しつつも二人へ提案し、二人もコクコクと頷いた。
* * *
数日後。
庭園に面した一角には人の往来が増えていた。
というのも、発見された穴以外に崩れかけている箇所はないか、職人を始め魔導士までやってきて調査を進めているのだ。
何度も使わせてもらっていた使用人控室は、扉ごと新しい物に取り替えられ、内部の備品も一新され整えられた。
僕達は、遠くからその作業を黙って眺めていた。
――例の穴は、丁寧に塞がれた。
土と石で埋められ、その上からレンガで舗装が施される。
もう、あの場所から外へ出ることはできない。
「……穴、なくなっちゃったね」
隣で、クラリスが小さく呟いた。
「……うん」
短く答える。
不思議と胸は苦しくなかった。
失ったものは、確かにある。
でも、それと同時に……かけがえのない物を手に入れたから。
「ねぇ、アレク」
クラリスが、前を向いたまま言う。
「私、もっと頑張る」
「……うん」
「頑張って頑張って、立派なレディーになって……ミリアちゃんを学園で守るの」
その横顔は、もう脱走を楽しんでいた少女ではなく、未来を見据える強い意志を持った少女の顔だった。
「学園……か。僕達も頑張らないとね、兄上?」
「ああ……頑張ろうルイス。……それと、ありがとう」
そう言うと、彼は一瞬だけ驚いた顔をしてから、小さく笑った。
「何も礼を言われるような事はしていないよ。……でも、うかうかしていたら僕も兄上を抜いてしまうからね」
「……言うじゃないか」
「ははっ」
まだ10歳の僕達には、それで十分だった。
穴は塞がれ、楽しい城下町への逃げ道はもうない。
でも――目を閉じれば、交わした約束がはっきりと残っている。
同じ場所で、同じ立場で、もう一度会う。
その為に、今はそれぞれの場所で前へ進むんだ。
これは終わりじゃない。
始まりなんだ。




