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公爵令嬢は親友の為に悪役令嬢を演じますっ!  作者: 濃厚圧縮珈琲
第二章 10歳の王子と公爵令嬢
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別れと、約束

 クラリスはしばらく俯いたまま、次の言葉を繋ぐ事が出来なかった。

 小さな肩がほんの僅かに揺れている。


 そんな彼女の様子を見て、ミリアはいつもの明るい声を出そうとして――やめた。


 「……どうしたの?」


 優しい声だった。

 だからこそ、言わなければならない。


 クラリスは、ぎゅっと拳を握りしめてから、顔を上げた。


 「ミリアちゃん……。もう……ね」


 そこまで言って、クラリスは一度大きく息を吸った。


 「……こうやって、ここには来られないかもしれないの」


 その言葉を理解した瞬間、ミリアの表情が強張った。


 「……え?」


 「えっと、クラリスとしては……お父様が許してくれれば一年に二回は会えるはずなの。でも、ジャックは……」


 

 クラリスとミリア、二人の視線が僕へ向けられる。


 ミリアからは、悲しげに何かを察してしまった目。


 僕は、被っていたハンチング帽のつばを深く掴んだ。


 ――言わなきゃいけない。

 ――今しか、ない。


 ゆっくりと、変装魔法を解く。


 一瞬風が吹き抜けたかのような感覚と共に、視界で揺れる髪の色が元の金色へと変わっていく。


 「……ずっと、黙っていてごめん」


 発した声が、自分が出そうと思った声よりも低かった。

 それでも、声に……言葉にできただけでも十分だ。


 「ずっと、言えなかった」


 帽子を外し、顔を上げてしっかり正面からミリアを見る。


 「僕は……本当はジャックじゃない。アレクシス・フォン・エルディリオン、この国の第一王子なんだ」


 その名前を口にした瞬間、空気がぴんと張りつめた。


 ミリアは何も言わなかった。

 そして、目を伏せてゆっくりと一歩下がる。


 「……やっぱり」


 小さく深呼吸をして、もう一歩――退いた。


 「クララちゃ……クラリス公爵令嬢が親身にされるお知り合いで、それに……城下町を視察されるアレクシス殿下を、遠くからお見掛けした事も……ありましたから……」


 そう言ってミリアは、静かにスカートの端を摘まみ、ぎこちなくも深々と頭を下げた。


 ――臣下の礼だった。


 「……お初にお目にかかります。アレクシス王子殿下。これまでの御無礼お許し下さいませ……」


 これまでの彼女とは違う、あまりにも他人行儀な臣下の礼に、胸が……痛いほどぎゅっと締めつけられる。


 「違う……っ!」


 僕は思わず、声を荒げてしまった。


 「そうじゃない。僕がしてほしいのは、そんなことじゃないんだ……っ!!」


 よろりと一歩、縋るように歩み寄るも――ミリアは顔を上げずに一歩退いた。


 「……分かっています」


 小さく漏れた声が、震えていた。


 「しかし……身分というのは、そう簡単にどうにかなるものでは……ありませんから」


 ぽたり、と。

 床に、雫が落ちる。


 「残酷なものなんです」


 言葉と一緒に、再び涙が零れた。


 僕は、どうすればいいのか、分からなかった。

 何を言っても今は全部薄っぺらい詭弁になり、間違いになってしまう気がして……。



 ――その時だった。


 「……王立学園……」


 ぽつりと、クラリスが呟いた。


 全員の視線が、彼女に集まる。


 「学園に行けば……表向きは、身分に関係なく同じ学生として学べる場所だって、聞いたことがあるの」


 クラリスは一歩、前に進み出てミリアを見た。


 「先王様の王命が、校則として残っている学園なら……少なくとも、学園の中では」


 そっとミリアの手を取り、優しく包むように握る。


 「……大手を振って、会える」



 それは、現実から目を逸らすための言葉じゃなかった。

 未来の話だった。



 ミリアが、ゆっくりと顔を上げる。

 未だぽろぽろと流れる涙で濡れた瞳に、ほんの微かな光が灯る。


 「そうすれば、私達……またこうして会える。……ううん、毎日会えるの!」

 

 「っ……!」


 ミリアは強く頷き、そっと身をクララへと寄せた。


 「……私、頑張る。今までよりもっと、もっともっと頑張って、絶対学園にいく」


 僕も、同じように頷く。


 「僕も必ず入学する……。だから学園で、また会おう?」

 

 「もちろん私も行くからね……!だからミリアちゃん、約束……っ!」


 「うん……!殿下にも……約束します。必ず、学園でまたお会いするって」

 


 ようやく見せてくれたミリアの笑顔に、僕は内心焦っていた。

  

 (そうだ……もっとだ、もっと……言わなきゃ……)


 伝えたい事は、まだまだいっぱいある。

 でもまだそれのほんの一部しか言えていない。だから……言うんだ。


 「これから城下町の視察があったら、ミリア……絶対に見に来てよ。僕は絶対、どれだけ人々に囲まれていたって、君の姿を見つけ出すから」


 ミリアは一瞬、きょとんとした顔をしてから、

 涙の残る瞳で、くすっと笑った。


 「……もちろんです。私もしっかり、殿下へ手を振りますね」


 そう言って、鼻をすする。


 「……殿下はどちらに向かわれても、とても目立ちますから」


 その言葉に、クラリスが小さく笑った。


 「……確かに」


 僕も、思わず苦笑いする。


 張りつめていた空気が、ほんの少しだけ緩んだ気がした。


 「……約束、だよ」


 クラリスが、もう一度念を押す。


 「はい、約束……です」


 ミリアが頷く。


 「うん……約束だ!」


 僕も、はっきりと頷いた。


 外では、雪が静かに降り始めていた。


 この扉を出たら、もう今までみたいに会うことはできない。


 それでも――別れの先に、ちゃんと皆の道が交差する時があると知れただけで、

 胸の奥がじんわりと温かくなった。


 これは、終わりじゃない。


 未来へ続くための……約束なんだ。


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