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公爵令嬢は親友の為に悪役令嬢を演じますっ!  作者: 濃厚圧縮珈琲
第二章 10歳の王子と公爵令嬢
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最後の脱走劇

 決行日の前夜は、やけに空が明るかった。

 雲一つない晴天からは星々の光が降り注ぎ、薄く積もった雪に反射して庭園全体が淡く白く照らされている。

 

 見ている分には幻想的で、とても美しい光景。

 でも……僕の心は凪いでいた。


 ――嫌な予感がする、と。





 翌日、既に着替えを終えてジャックとなった僕は、穴の前でクララと視線を交わし、短く頷きあった。

 


 急遽決めた脱走計画で、いつものような綿密なスケジュール確認は出来ていない。

 

 でもうかうかしていたら、穴は塞がれる。

 こっそり鍵を変えていた控室も整理される。


 また他の穴が見つかるなんて保証はどこにもない。


 だからこそ――僕達は勝負に出た。


 「……行こう」


 そう口火を切ったのは、僕だった。


 「うん。……最後だものね」


 寂しげに呟かれるその言葉が、胸に棘となって突き刺さる。

 ()()という響きが、いよいよ現実として形を持ち始めていた。


 

 いつもの様に這いつくばり、穴を潜り抜ける。

 雪の積もる地面へ手を突いたからか、指先がとても冷たい。


 続けて穴を潜り抜けたクララの手を取り、僕達は急いで水路の脇の道を走り出した。

 

 雪によって水路の流れが悪くなりやすくなり、冬場は特に敬遠される場所。

 ザクザクと音を立てて雪を踏み締める音と、僕達の息遣い。

 僅かに音を立てて流れる水の音を聞きながら、一気に古い通用口へと駆け抜けた。



 金属製の扉に手を掛けた瞬間、凍るような冷たさに指先が微かに震えた。

 ……いや、それだけではない。

 何度やっても、外の世界へ抜け出す瞬間は手が震えるのだ。


 (大丈夫だ……今までも、何度もやってのけたんだ)


 自分に言い聞かせて、扉を押す。

 錆ついた扉が軋み、思ったより大きく音を響かせた。


 「……っ!」


 クララが息を詰める。


 僕は反射的に彼女の手を引き、僅かに空いた扉から外へと身を滑らせた。



 足元には、まだ誰にも踏み荒らされていない雪。

 街へ向けて一歩踏み出すたび、確かな痕跡が残る。


 ――まずいな。


 今日もそう思った時だった。


 「……おんやぁ?」


 丁度、大通りからこちらへこようとしていた男と目が合ってしまい、ぞくりと背筋に冷や汗が伝う。


 作業着姿に、腰には工具袋。

 今の僕達には知る由も無かったが、彼は雪で水路の流れが悪いと報告を受け、様子を見に来た職人だった。


 男の目が、僕とクラリスの姿をはっきりと捉える。

 目を瞬かせ、僕達を……雪に残る足跡を、そして開いたままの古い通用口を見比べる。


 「……あ」


 小さな声が、無意識に零れ落ちた。


 ぐいっと手を引かれ、顔を伏せがちにしたクララが僕を引っ張る様に歩き出し、慌ててその後へ続く。


 

 男とすれ違う際、声を掛けられ引き留められることもなかった。


 でも――見られてしまった。

 それだけで、十分だった。


 僕はクラリスの手を強く握り、走り出した。


 雪を蹴り、足跡を増やしながら。

 もう、ここからは時間との勝負だと振り返る事もやめた。



 背後で、男が何かを言いかけていたが、その声は大通りからの喧騒と雪を踏む音に吸い込まれて僕達の耳に届く事はなかった。



*   *   *



 僕たちは必死に走った。


 誰かとぶつかったって、謝るどころか振り返る余裕も、息を整える余裕すらなかった。


 滑らないように気を付けながらも全力で走り続け、冷たい空気を吸い過ぎて肺が焼けるように痛む。


 クラリスの手を引いたまま、ただ前だけを見て――




 気が付いた時には、肩で息をしながら見慣れた木の扉の目の前に二人して立ち尽くしていた。


 「……着いた、ね」


 クララの声も荒い息で苦し気に掠れている。


 胸が上下するたび、さっきまで感じていなかった焦りと恐怖が遅れて押し寄せてきた。


 ――見られた。見られてしまった。


 その現実が、ようやく形を持って胸に落ちてくる。


 ノックをしようとする手が、思った以上に震えていた。


 それでも、大きなリスクを抱えてここまで来ておいて、何もせず立ち去るという選択はない。


 僕は一度、深く息を吸って扉を開いた。


 「いらっしゃいませ~!」


 ……聞きたかった聞き慣れた声。

 暖かい空気と、焼き立てのパンの香りが開け放たれた扉の中から流れ出て僕達を迎えてくれた。


 「って……クララちゃん?ジャックさん……?」


 驚いたように目を見開くミリアと視線が合った。


 その瞬間、張り詰めていた何かがぷつりと切れた。


 また……大事な時に、言葉が出てこない。


 来たかったはずなのに。

 会いたかったはずなのに。


 胸の奥に溜め込んでいたものが一気に込み上げてきて、うまく呼吸ができなくなる。


 そんな僕に変わって、クララが一歩前に出て――唇を噛みしめた。


 「……ミリアちゃん。あのね」


 か細い声が、いつもと違い震えていた。

 

 ミリアに伝えなければならないのだ。

 ――これが、夢の時間の最後なのだと。


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