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公爵令嬢は親友の為に悪役令嬢を演じますっ!  作者: 濃厚圧縮珈琲
第二章 10歳の王子と公爵令嬢
24/35

順調すぎる日々

 それからの日々も、驚くほど順調だった。


 一度きりにするはずだった脱走は、いつの間にか「危険な出来事」ではなくなっていた。


 もちろん、短い間に何度もというわけではない。

 絶好の機会を見つけては、僕とクラリスは城を抜け出し、城下町へ足を運んだ。


 理由はいつも同じ。

 ――ミリアに会うため。



 最初は、クラリスの方から誘ってきていた。


 『ねぇアレク、ルイス!次はどうする?』


 『……うん、行きたいな。ルイスはどうする?たまには外に出てみるかい?」


 『僕は……残るよ。兄上とクラリスみたいに器用じゃないし。それに誰が誤魔化すのさ?』




 それが、いつしか――

 街へ行こうと言い出すのは、僕の方になっていた。



 そのたび、クラリスは一瞬驚いた顔をしてから、

 くすりと笑って、意味ありげに目を細める。


 『ふふ……アレクの方から言うなんて』


 その笑みは悪戯っぽくて、でもどこか嬉しそうで。

 僕は少しだけ、胸の奥がむず痒くなる。


 ……ルイスは呆れたようにため息をつく事が増えていたが。




 また、脱走の手際も、回を重ねるごとに良くなっていった。


 手間取っていた着替えも、ほんの僅かな時間で出来るようになった上、人の目を読む事や気配を読む事にも長けて来てしまっていた。


 まるで勉強の復習のように、不手際を修正し、無駄を削ぎ落とし、次はもっと上手くやろうと考える。



 無論、それを支えてくれているルイスやメアリーの存在もとても大きい。


 彼らは何も多くを語らない。

 だが、こちらが言わなくても、必要な準備は整えてくれていた。



 ルイスの立ち振る舞いはさらに洗練され、不審に思わせない自然な言葉選びも、視線の切り方も、堂々と何も隠していないと言わんばかりな態度も完璧に近い。


 

 使用人や侍女達の間で、ルイスの評判が高まっているのも耳に入ってきていた。


 「ルイス殿下は、とてもお優しい方です……!」


 「それにあの微笑み……もう、くらっとしてしまいそう」


 そんな囁きが聞こえる度、ルイスはどこか困ったように苦笑いを浮かべる。

 それでも、彼は兄とクラリスの為にやめなかった。




 無論、僕達は毎日それぞれの場所で、それぞれの役割を果たしていた。

 努力した事はしっかり結果として残し、疑いの視線を向けさせない。

 両親や臣下達が求める、理想の王子・王妃として成長をしている。



 その日々は、怖いくらいに順調に流れていた。


 だから――僕は油断し始めてしまったのだろう。


 城の中で、少しずつ、少しずつ、違和感が溜まっていっていることに。



*   *   *


 

 冬の訪れは今年もとても静かで、同時に容赦がなかった。



 降り続く雪は、庭園も窓から見える城下町も全てを白く染めていた。

 朝目覚めて、開けた窓から外を眺めると、火の魔法で雪を溶かす使用人の姿と、どこか埃っぽい雪の香りが鼻腔をくすぐる。


 今年もこの季節がやってきたんだなと、白い息を吐きながら窓を閉めた。



 いくら領地がすぐ隣とはいえ、冬が始まると年末年始の挨拶以外、クラリスも公爵と共にエルフォード公爵領へ帰ってしまう。


 (次の脱走が今年は最後になるかもしれないな……。でも来年がある)


 慌てる必要はない。だってチャンスはこれからいくらでもあるのだから。




 そう、思っていた。



*   *   *



 ――数日後のことだ。


 ルイスから、何気ない口調でこんな話を聞いた。


 「最近……使用人たちの間で、少し噂があるらしい」


 噂、という言葉に、僕は特に身構えなかった。


 「噂?」


 「庭園に面した控室が、時々使えないことがあるって」


 それだけ聞けば、ただの手違いか、整備の問題に思えた。


 寒さで扉が歪むことも、鍵の調子が悪くなることもある。

 それに、これまであの部屋を使っている使用人を、僕は見た事がなかった。


 「ふうん……」


 大したことじゃない。

 少なくとも、その時の僕は、そう判断した。


 ルイスはそれ以上、何も言わなかった。



 ――今思えば、あの沈黙こそが警告だったのだと思う。


 



 次の脱走について、ガゼボでクラリスと小声で話していた時だった。


 いつもなら、少し呆れたように相槌を打つだけのルイスが、

 珍しく口を閉ざしたまま、こちらを見ている。


 その表情があまりに真剣で、

 僕とクラリスは、同時に言葉を止めた。



 「……兄上。クラリス」


 低く、慎重な声だった。


 「さっき聞いた話なんだけど……」


 ルイスは一度、周囲にメアリー以外の侍女や使用人がいないことを確かめてから、静かに続けた。


 「庭園の雪を処理していた使用人が、例の……あの穴に気付いたらしい」


 ――背中に雪をねじ込まれたかのような冷たさが走った。


 (……最悪だ)


 そう思ったのが、顔に出てしまったのだろう。

 ルイスはわずかに眉を寄せて続けた。


 「それで……近いうちに補修が入るらしい。穴は塞ぐって」


 ――沈黙が落ちる。


 さらに、ルイスは言葉を選ぶように一拍置いてから続けた。


 「それだけじゃない。ついでに例の控室も整理する計画があるみたいなんだ」


 整理、という言葉がこれ以上ないほど重く響いた。


 僕とクラリスは、思わず顔を見合わせる。


 そして――ほとんど同時に、小さく息を吐いた。


 「……やっぱり、かぁ」


 クラリスが呟く。


 その声には悔しさと、諦めと、それでもまだ何かを探そうとする響きが混じっていた。


 順調すぎた日々。

 幸せだった時間。


 その終わりが、今この時も確実に近付いてきている。

 なら、残された時間は有効に使わなければ……嘘だ。



 「……クラリス、ルイス。聞いてくれ」


 (どうするか……?そんなの決まってる……!)


 ――これが、最後の脱走へ繋がる話だということを。

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